迎撃
第一節
 さざなみのように揺れる暗黒。
 二つの光点――惑星ティーリアの主星となる二つの太陽の側に生まれた揺らぎは、段々と歪みを増す。
 いや、歪みだけではなく。底の知れぬ宇宙の深淵に浮ぶ星々……ただただ、背景として揺らされるだけだった無数の星明かりに混じって、蠢く空間そのものが薄ぼんやりとした光を蓄え始める。
 この日、この時。図らずも、その場に居合わせる事となった訓練生――機動魔閃護撃士団主催による成層圏での実践訓練に参加していた者達――は、敵襲来の気配を極初期に察する事の出来た若干の幸運と猶予を活かすべく、早々に行動を開始していた。

 水面にも似た様相で、不安定に波打つ光と闇。
 今にも何某かが飛び出て来そうな転移痕へ目掛け、真っ先に飛び出すものがあった。
 青い惑星の上層、訓練の為に組まれていた幾つかの編隊と小集団の中から、紫の噴炎を尾の如く伴って、彗星さながらに飛翔する白と黒のツートンカラー。
 機動魔閃護撃士団に所属する者、そして、訓練生として実習訓練に臨む者であれば、最早、知らぬ者はあるまい。『初見殺し』の異名名高い実習教官、スゥイ・ダーグ MAX(-・- まっくす)だ。
 遂に来た、訓練ではない、実戦。
 日々、行ってきた修練は、まさにこの時の為。
 ……と、言わぬばかり。行動を開始した教官に触発されて、俄に沸き立つ訓練生。
 特に、血の気の多い魔物狩りで構成されたMAX団の面々はその傾向が顕著で、教官に続け、俺達も撃って出るぞと、比較的に連携の上手く行く同志に編隊を組もうと、呼び掛けを始めていた。
 だが、そんな一同の間を、制止の声――精神感応が駆け抜ける。
『ちょっと偵察だ。オマエ達は守備の方を頼むぜ』
 最初に出てくるのはまだまだ小物、徒党を組んで行くまでも無い。言外にそんな思惑を漂わせる抑揚で聞こえるのは、真っ先に飛び出して行ったスゥイその人の言葉。
『デカい艦に乗ってる奴は特にな。最初のヤツは小さいし、突っ込んで行って振り回されたんじゃ、エネルギーが勿体無いぜ』
 実戦訓練を重ねて来たとはいえ、何分、惑星ティーリアに所属する機動生命体との演習で出来るのは、艦と艦という大型同士の模擬戦だ。機体に旗を立てたり、印を付けたりして、より小さな的を狙う為の訓練も抜かりなく行っては来たが、小さなものが小さな体でそのまま動き回るのとは、勝手が違ってくるもの。
 機動生命体自身であれば、ある種、それが本職――何分、本来の『侵略者』としての機動生命体は、己よりも小さな知的生命体を殲滅する事が、使命なのだ――であり、そう易々と遅れを取りはすまいが……放浪団に属すのが『艦』に類する比較的巨大な機体しか居ない為、『戦闘艇』に代表される小型の機動生命体が実際に動き回って攻撃を仕掛ける姿をまともに目にするのは、惑星ティーリアの面々にとってはこれが初めてとなるだろう。
 一斉に先制を仕掛けるのも悪くはないが……皆にとってはこれが初陣。知識ではない『敵』の動きを一目見てからでも、遅くは無いはずだ。
『オマエ達は本番用に戦力温存しとけよ』
 期待を掛けるような物言いで、MAX団の出撃をやんわりと牽制するスゥイ。
 しかし、だからと言って。
「無謀ですね」
 瞬く間に青い惑星から遠ざかって行く、赤いラインの平たい機体の中央部。白い塗装部に紛れるように据えられた、灰色に煌くスゥイの二つのコア。その片方……ではなく。
 他の訓練生と同じように、遠ざかる機体を眺めることができる場所で。彼の『相棒』アウィス・イグネアが、細い銀縁の眼鏡の弦を軽く指先で押し上げ、呆れたように溢した。
「意図は汲みますが、単機出撃は無謀と言わざるを得ません」
 続ける言葉は輪を掛けて呆れた抑揚で、薄い溜息までもが交じる。
 離れても直接届く精神感応。そんな、頼れる『相棒』の冷静な意見に、スゥイはいつもの頼もしい調子で。
『心配するな、少しだけだ!』
「少しだけ、ではありません。それに、教官が率先して単独行動を取るなんて――」
 ――と、小言交じりの苦言を呈すアウィス。
 そんな様子を、あれ、珍しいなとばかり。ぱっちりした青い瞳で見遣る、勇魚吠(いさなほえり)
「こっちに居りはったんやぁ。てっきりスゥイはんに乗ってると思ってた」
 ……彼女らが今居るのは、惑星ティーリア上空、防衛に展開する布陣の最後尾に位置を取った機動空母艦アテレクシア、その艦内であった。
 文明訪問はすれども、長期間他の惑星に留まることをしない放浪団に措いて、宇宙航行中の異星人の生活は由々しき問題。それを解決へ導いたのが、輸送艦であるアテレクシアの艦内改造。同族である機動生命体以外の搭載を想定していなかった艦内空間を、人類用のいわゆる『宇宙船』そのものへと変えることで、宇宙に於ける異星人の生活問題は一気に解消された。
 とまれ、居住用の個室と食堂があれば最低限の生活には事足りるのだが……改造者である『艦長』の趣味なのか、作戦会議室やら、管制室やら、艦橋やら、とりあえず『それっぽい』ものまで存在するのが、アテレクシアが空母と渾名される所以であろうか。
 尚、管制室で主に制御・監視しているのはアテレクシアの機体や武装ではく、改造により内部に設置された食料供給機構や空調などの、人類が使用する設備だ。しかも、機動生命体であるアテレクシアは、当然ながら己の機体構造を己の意志で自在に制動できる。故に、管制室や艦橋に操作の為の乗務員は不要、むしろ邪魔かも知れない……という、まさに艦長の趣味の賜物である。
 ――閑話休題。
 艦橋(メインブリッジ)の全面全天に填め込まれたモニターが、プラネタリウムのように外部の景色を映し出している。余りにも鮮明に投影される宇宙の光景の只中に居ると、天地の境が曖昧になってゆくような、コアの中に搭乗して居るときとはまた違った、不可思議な錯覚に陥る。
 もっとも、大海原で上下も無く気侭にのんびりと育ち過ごしてきた吠には、地上暮らしの皆が言うほど奇妙な感覚でもない。
 そんな、アテレクシア艦橋には、アウィスや吠以外にも、幾ばかりかの地上人や異星人が集まっていた。主には、訓練用の臨時であったり、試乗で一先ず、といった状況で機動生命体に乗り込んでいた者達で、『この猶予の間に実戦向きの再編成を行うべきだ』『直接顔を合わせて作戦の相談をしたい』等の理由で、自主的にコアを降りてきたのだった。
 先ずは情報を、と考えたアウィスにとっても、戦闘経験のある、特に異星人が待機しているこの状況は意見収集にうってつけ。かくして、率先して攻勢に出たスゥイとは、若干の別行動を取る結果となった。
 とはいえ、『同じ戦場』と広義に取れば完全に別行動という訳でもなく、パートナーである二人は距離など無関係に精神感応による応答が出来る。スゥイの動きは、艦橋モニターの一部に拡大投影され、彼の動きを目視で確認できるようになっているし、今の段では別段不自由はない。
 モニターの別位置には、同じく拡大投影された『ゆらぎ』……敵が出現してくるという、空間跳躍の印。
 そして、そんな拡大部位とは別の場所。
 全天広域に映し出された景色の一角に紛れて、敵陣とは異なった方位へと、舵を取る者の姿があった。

 迎撃に沸き立つ惑星上層から離れ、そしてまた、偵察にと敵陣へ向かったスゥイとも異なった方向へ飛翔する……
 箱。
 ……という形容がぴったりな、ダークブルーの直方体。
 シアンに輝く二つのコアの位置も絶妙で、動かず浮んでいるだけでは前後があるのかすら良く判らない。
 そんな見事な長方形の塊、もとい、リードマンは、今はその後部――進行方向からの推測でしかないが――から、緑の噴炎を吐き出し、惑星周辺宙域へと向かっていた。
 何をするにも、猶予が余り無い事は承知なのであろう。内蔵型の噴気孔からスラスターを介し吐き出される、板状に薄く重なる緑の炎も、心持ち長く伸びて見える。
 無機物なれば尚の事、無表情なまま黙々と進む直方体。
 造形と相俟って無愛想極まりない容貌の中にあって唯一、表情らしきものを覗かせる……こともたまにある、巨大なシアンの宝珠。その裏側に、静かに巡る思惑。
 彼は、本という記録媒体に大変興味がある。
 数多の……というには、まだ少々物足りなくはあるが。放浪団に所属する異星人が、私物として故郷の惑星から持ち出してきた蔵書は、一通り読ませて貰った。
 ……どうやって、というのはさておいて。
 それら、かつて読んだ本の中にあったとある内容を思い出し、暗い宇宙と点在する光を映す二つのシアンのコアが、瞬くような煌きを幾度か繰り返す。
(――応用できないだろうか)
 スラスターの角度を変えれば、片側に居並ぶ緑の噴炎が、更に薄っぺらく絞られ、直方体の体躯が傾き始める。
 旋回に振り返った遠景に、惑星ティーリアの青が際立つ。
 そして、ティーリアを青く照らし出し、ティーリアよりも遥か眩く光を発する、二つの太陽。
 機動生命体にとっては、然程の距離とは言えないが、十二分に離れたこの位置からは、それらの合間に発生したゆらぎは、霞んでしまったように心許無い。
 一方で、逆側の遠景。
 無数の星と、その光を遮り煌かせる雲……そんな、遥か彼方の景色に混じって、いびつで小さな岩石の塊が、自己主張するでもなく殊更控え目に、音も無く前景を通り過ぎて行く。
(小惑星帯までの距離は、非現実的という程ではない)
 一つ二つ。軌道上を規則的に通り過ぎてゆく岩石――小惑星をシアンの表面に映して、リードマンはそう断ずる。無論、今は近景のこの場所を現実的な距離感たらしめているのは、機動生命体の能力があってこそと言えよう。
 さりとて、ぽつねんと。些かの孤独さを漂わせ、遠ざかっていく小惑星らを見送るに。
(分布密度は、現実的ではない)
 ……俄にスライドする、ダークブルーの装甲の一部。
 規則的に居並ぶスラスターとは違い、滑るように開いた装甲部も、その裏に隠されていた穴も、これまた綺麗な四角形。そして、露になったその四角い穴から、これまた四角い物体が、ところてん宜しくぽろぽろと零れ出てきたではないか。
 生み出された直方形の物体は、暗い宇宙の只中に静止すると、回転するでもなく漂うでもなく、リードマンが飛行した痕跡を示すかのように、そのままその場にじっと佇み始める。
 手頃な小惑星帯がないのなら、それに相当する環境を作り出してはどうか――斯様な考えの元、彼が周辺宙域に散布したこの四角いものは、『機雷』である。尚、機雷の形状は機体による。必ずしも四角いわけではなく、球形だったり、三角錐だったり、十二面体だったり、中にはブリリアントカット状態のものまであるそうで、案外フリーダムだったりするようである。機動生命体の機体本体の多様性を見れば言わずもがなと言ったところか。ちなみに、ミサイルや機関砲の弾丸も、同様に個性豊か。用途からするに細長い形状であることが多いが、それはあくまで傾向に過ぎない。大長老のミサイルがすごくまるいのがいい例である。
 さて、触れれば爆発を起こすこの機雷という武装。一つ一つの大きさは5m〜15m前後で、駆逐艦であるリードマンからすれば然程大きい部類ではない。だが、破裂した際の爆発範囲や威力は同サイズのミサイルに勝り、全長が同程度しかない戦闘艇であればほぼ一撃で大破させることが出来る。機動生命体以外、異星人の扱う航空兵器相手ともなれば……その恐ろしさたるや、言わずもがなであろう。
 欠点を挙げれば、設置型の武装である為、設置箇所がばれてしまうと避けられ易いこと。停止性能がなく、目標に目掛けて推進するのみのミサイルとは、実弾兵器としての性質を異とする武装だ。
 だからこそ……今この時に限っては、判り易い『障害物』として、最適であるとも言えた。
 疎らに周回する小惑星帯の軌道に沿って航行する直方体。緩い螺旋回転を加えることで、生み出した機雷を後方範囲に満遍なく送り出す。
 彗星の尾の如くに、飛翔の軌跡を伴って。
 遠く無風の空間を行く体躯は徐々に速度を上げ、黙々と小さな脅威を生み出してゆく……

第二節
 待機戦力の把握と再調整に、俄な賑わいを見せるアテレクシア艦内。
 地上は来訪者らの滞在地は機動魔閃護撃士団本部でも、急遽導入された通信魔器を用いて、各都市や主要組織代表こぞっての対策会議が行われている。
 個人としての意見もあろうが、一刻を争う事態に数十人規模での談合は流石に非効率。護撃士団代表は現地団員と最高責任者兼所長のシャルロルテ=カリスト=アルヴァトロスに任せる形で、アテレクシアの艦内にはくりを介し精神感応で受け取った情報が、無線放送のように一方通行で艦内に放送されていた。
 といっても、艦内に余す事無く全体放送、と言うわけではなく。放送箇所は艦橋左端の一部、第二艦橋、作戦会議室に振り分けられて、より詳しく聴きたい者は第二艦橋や会議室へ自主的に聴きに行く体裁が取られていた。
 聞こえてくる内容に真剣に耳を傾ける者、難しい顔をする者と、ありようは様々であったが。
「はー、難しいことになってるねぇ」
 専門的なことは専門家に任せて、とばかり。吠は引き続き、艦橋に集まった面々の中に居た。
 艦橋では未だ、防衛布陣用再編成の真っ只中。加えて、艦橋での情報集積は、眼前に間もなく現れる敵に関する事柄が最優先。会議放送は片手間で聞き流しながら、といった所だ。
「にしても、アテレクシアはんは、外には無理やけど、自分の中にやったら音出せるんやね」
 そんな吠の脳裏に過ぎるのは、『おはなし装置』として稼働中のくり。
 なお、アテレクシア艦内にある対人用設備の殆どは、艦長が故郷出立間際に、職場の宇宙船から引っ剥がしてきて改造搭載したものであるらしい。それだけ時間が無かったということだろう……とまれ、一から丸ごと設計されたくりとは根本的に性質が異なる。
「宇宙空間は音の伝達が不能となります。従って、本艦には不用な機能であるとの艦長判断と推測されます」
「宇宙って、音聞こえへんの?」
 そうなんやぁ、と感心した様子で、艦橋モニターに映る宇宙の景色を、輪を掛けてぱっちりと開いた青い瞳で改めて見回す吠。
 あれ、でも。以前に訓練で試した時……自身が持つ特殊能力『超音波』を応用して行った索敵行為は、宇宙での練習でも上手く行っていたような……
「コアさんらに乗ってから使うと、音と違う何かになってるんかなぁ?」
 二つに結んだ、白と黒のまだら髪。肩口から前に流したその片方を、思案を示すように褐色の指先にくるくると巻き付ける吠の姿に、傍らでその遣り取りを聞いていたアウィスがふと。
「恐らく、ですけれど……念話の術のような、何かを伝える為の術に変化しているのではないでしょうか?」
「なるほど!」
 途端に吠はぽんと手を打って、流石は術士さんやぁ、とやや童顔な面に少女のような笑みを浮かべる。
 健康的で屈託の無い吠の表情に、ほんの僅か、銀縁の眼鏡に翳る紺色の瞳を細めるアウィス。
 しかしながら、予断を許せる状況でないという意識もしっかりとあり、アウィスの面持ちそのものは依然引き締まって、険しさを漂わせたままだ。
 そんな彼女の側には、惑星ティーリア来訪前から放浪団の一員として侵略者と幾度もの交戦を経験してきた異星人、ペテリシコワ・ホクサーニの姿があった。また、直ぐ側のモニターにごく小さな枠が表示され、放浪団切っての武闘派と名高い戦艦・雷旋が枠の内側に映っている。噂に違わずというべきか、早々と偵察に向かったスゥイに負けじと最前線に陣取る気満々で動き出したはいいが、巡洋艦のスゥイには案の定追いつけるはずもなく、一人侘しく航行中のようである。
 かくて、額を集め何をしていたかと言えば。
「では……『侵略者』には、『進攻』を主として行動する者と、『排除』を主として行動する者が居る、と言う事で間違いはないでしょうか」
 再確認するように、アウィスは手元の帳面に認めた覚書に視線を落とし……かと思えば程無く、短く切り揃えた金茶の髪と、耳に下げた棒状のピアスを揺らして顔を上げる。
 どうやら、敵の種類等についての情報を収集している所らしい。
 これは折も良しと、早速話題に入る吠。周辺に居て、話題に気付いた地上人の幾らかも、興味有り気に耳を傾けているようだ。
「あたしもどんな敵がおるかとか、気になってたんやぁ。その二つて、どう違うのん?」
「前者は予め指定された目標物への到達を優先し、進路上障害となるものだけを攻撃します。後者は敵性存在の排除を優先し、目標と定めた相手が撃墜により沈黙、ないし、攻撃範囲外へ離脱するまで攻撃を繰り返します。惑星侵略時に措いては、前者の目標物は惑星そのものとなるのが通例です」
「進行型は目標物へ到着次第、排除型に近い行動を取りますわ。わたくし達が知る範囲でしたら、『刺客』が一番判り易いかしら。放浪団や離反者を発見するまでは進行型として行動し、発見次第排除型として撃墜まで攻撃を続けるのですわ」
 アテレクシアの解説を補完するように、言葉を継ぐペテリシコワ。
 しかしながら、末端の機動生命体は常に上位からの命令を優先し行動する。
 今、例として出された『刺客』も、元々は離反者排除に送り込まれてきたのに、惑星ティーリアを目前にして文明の存在を知った途端、本来の目的である離反者への攻撃を中断して侵略行為を始めた。これは、上位からの作戦命令によっては、目標物や行動優先順位の変更が容易に行われるのだという事例を示している。
 蟻や蜂のように、全体が統率された意志の元に動く……スゥイが訓練生に度々留意事項として教えていた事を鑑みれば、こういった敵方の突然の行動変更に対していかに混乱せず対処できるか、また、予兆に気付きどれだけ迅速に対応できるかも、被害を減らし勝率を上げる重要な鍵となるに違いない。
 書き留める手は止めず、アウィスは真剣な面持ちのまま、既に記した内容を眼鏡越しの視線で一巡だけさっとなぞり見る。
「目標物発見前に、途中で役割が変わる可能性というのは、どの程度あるのでしょうか?」
「惑星攻略には部隊編成当初より各機に役割を決定します。本艦が知る限り、攻略完了まで途中で変更された事例はありません」
 と言っても、アテレクシアが母星勢力から離反したのは数百年単位で過去のこと。
 それまでの間に、変則的な戦況となった惑星攻略もあるかも知れないが……残念ながら、現在はそれを知る手立てはない。いや、正確にはごく簡単に実行は可能なのだが……それはこちらの情報をもが筒抜けになりかねない諸刃の剣であり、放浪団に属する機動生命体は、各自が自主的に手段を封印している状態である。
 そこへまた捕捉を入れるようにして……実際に文明攻撃を行う場面は惑星ティーリアで目撃したのが初めてで、他の事例を直接見た事はないが、との前置きを入れつつ、ペテリシコワが続ける。
「惑星侵略というのは、大抵が機動生命体優勢による一方的展開で終わるそうですの」
「今までは単に変更が必要な戦況にならなかった……とも考えられるわけですね」
 ……未だ忘れ得ない、あの日、あの時の侵略行為。
 ふと過ぎった感情に、筆を握るアウィスの手に、僅かに力が篭る。あの時、数える程しか居なかった刺客相手でさえ、惑星ティーリアの民は成す術無くやられてしまうところだった。
 もしあれが、惑星を侵略する為だけに現れた大編成の部隊だったら。ましてや、予告も何も無く、唐突に間近に現れようものなら……一方的展開になってしまうというのも、頷ける話。
 何にせよ、侵略者側が行動変更を余儀なくされるのは、惑星侵攻勢力が壊滅に近い状況に追い込まれてからになるだろう。数が多い間は、最初に決められた通りの行動を取ることになる。まずは、そういった相手の基本戦術や戦略を把握せねばならない。
「惑星侵攻に当たっての部隊編成には、法則などはあるのですか? 例えば、尖兵の種類や数から、本隊の大まかな規模や、隊長機となる機体の推測が出来たりは?」
「厳密ではありませんが、侵略編成は各役割、各機種を似通った割合で構成する傾向があります。誤差は生じますが、尖兵数からの本隊規模推測は不可能ではありません」
 推測は不可能ではない。
 その文言に、眼鏡に翳る紺色の瞳が、思案を示すように焦点を遠くする。とすれば、編成内容から、大まかでも侵略者の戦略を先読みする事も、不可能ではないはず……
 そんな、アウィスの短い沈黙を縫うように。
 傍らで遣り取りを聞いていた吠が、すちゃっ、と手を挙げた。
「次、あたし質問してよろしい?」
 僅かな思案の海から意識を戻したアウィスが、はい、どうぞ、と頷いて吠に先を促す。
 吠はお礼代わりににこりと笑みを返すと……アテレクシアはんの顔ってどこやろう、なんて思いつつ、艦橋モニターを見回し、とりあえず、真上辺りを見上げながら。
「追っ掛けて来る奴て、どの位追っ掛けくるのん?」
「個体が受けている指令によります。宙域指定があれば、それを越えての追跡はしません。遊撃指示であれば、己か目標のどちらかが沈黙するまで追跡を行います」
「それはおっかないなぁ」
 一対一なら、ちょっとした追い掛けっこで済むかも知れないし、撃墜も難しくはないだろう。その為の訓練にも日々精を出してきた。
 しかし、教官や他の機動生命体から聞かされて来た通り、相手は大抵が団体でやってくる。一度に相手する数も、片手で足りるような数ではないだろう。だからこそ、護撃士団主導の実習訓練では、孤立しないよう、味方の隙を埋められるような集団戦闘の練習や、教官となれる――集団の統率力に優れた人材の発掘にも、注力してきたのだ。
 ああ、でも。
 なんか、そんな、多勢に無勢な危機的状況を、紙一重で切り抜けていくというのも……!
 ……などと、ふと過ぎった想像の中のスリリングな世界に、つい身を震わせてみたりする吠。そんな状況になるのは実はとても良くない。良くないのだが、何故かちょっと楽しそうにも思えてしまう。
 ……斯様な葛藤が吠の中で繰り返されているとは露知らず。
 アウィスはその遣り取りもしっかりと手帳に書き止めて、軽く銀のフレームを押し上げながら顔を上げた。
「追跡に関してですが、目標設定の条件は?」
「未設定時は最近距離の敵性存在を目標として設定します。上位系統から特定存在への目標設定指示が発生した場合は、この限りではありません」
「あ、それ、わざと寄って行って目標にされて、他所へ連れて行ったりもできるんかな?」
 小首を傾げ、吠がそんな思い付きを口にした時。
 艦橋モニターの一部に新たに増えた拡大窓にダークブルーの直方体を映して、アテレクシアが告げた。
「『その件に関し、提案がある』……リードマンからの通信です」

第三節
 艦内での遣り取りは、片手間に聞き流しつつ。
 相棒の苦言も何のその、白黒二色の巡洋艦は、機体に施された赤いラインを残光のように暗い空間に残して、くしゃくしゃに歪む空間の穴へ向け一路飛ぶ。
 ――俄に。輝きを帯びる揺らぎの表面。
 かと思うや、輝きは輪郭を得て、雫が零れ落ちるようにぷちんと、空間から切り離された。
 程なくに、輪郭を覆う光は褪せて消え失せ、金属で出来た体躯が露となり……暗黒を漂う無機質な身体には、唯一残った小さな光点――青いコアだけが、淡い光を放っている。
 そうして、ついに姿を現した、侵略者の尖兵戦闘艇……敵軍先鋒のそのまた最初の一機の全容が、高速で距離を詰める灰色のコア二つに映り込む。
(遂に出たな)
 先頭を任された最初の尖兵は、平たいスポイト型。
 ……何と無く、親近感の湧く形状な気もするが。
 紫の噴炎を長く伸ばし飛翔するスゥイとは対照的に、噴気孔から細い炎をひょろひょろと吐き出し移動する様は、何処か玩具じみても見える。
 何分、10m有るか無いかという小さな体躯。コアもまた3m有るか無いかの小さなもの一つきりで、武装は進行方向側に申し訳程度の機関砲が一基付いているだけという……スゥイやリードマンら、駆動部や格納式武装などの複雑な機構を持つ大型の艦と比べると、なんとも簡素な仕上がりだ。
 ……まぁ、全長10mでも、人類からすれば十分な大きさではあるのだが。200mだの300mだのが当たり前の艦種ばかり見てきた護撃士団員には、随分小さく感じてしまうことだろう。
 だが、その容貌にじっくりと見入る間もなく。
 最初の一機の登場が完了するよりも早く、揺らぎには次の転送を示す新たな輝きが発せられ、雨粒宜しく次々に、輝く光の塊がこちらへ飛び出てくる。
 規則的に姿を現す小振りな機体。転送前から行儀よく等間隔に居並んでいたのか、互いの配置と出現の間隔が矢鱈規則的で、見ていると妙にリズミカルだ。
 無論、出てくるだけでお終いではなく。転送が済んだ順に同型五機ずつで一塊になって列を成し、一定速度で前進を始める。縦一列、後続四機は先頭の動きを真似て、全く同じ軌道を描いて後に続く。見えない紐か何かで繋がっているのではないかと思う程の一糸乱れぬ動き。
 これが体操競技の類なら、暫く眺めて楽しむ事も出来ようが。無機質に編隊を組むあれらは……たとえ、本人らにその自覚がなかろうとも、知的生命とと文明を抹消する為に生まれた、殺意の塊なのだ。
(出て来始めると早いな)
 接近までの間に、見る見ると増えてゆく敵影。やがてそれらの小さな脅威は、連なる列の数自体が10か20かというほどにまで膨れ上がっていた。
 そして、そのうちの幾らか……いや、もう、幾らと言うにも数え切れぬ編隊が、紫の尾を引いて高速で距離を詰めるスゥイを撃墜目標と定め、唐突に動き出す。
 一列五機の編隊で散会、規則正しい五角形を描いて周囲に布陣、全方位からの銃撃を浴びせ掛けようと――しかし。
(数は多いが……オマエ達相手に遅れは取らないぜ!)
 ぼっ、と。
 音の無い宇宙に灯る、眩い紫の炎。
 刹那のうちに加速した290mの機体は、瞬く間もなく戦闘艇の包囲を潜り抜ける。25機分が絶妙な間隔で不規則に放った機関砲の弾丸は、誰も居なくなった目標地点を虚しく通り過ぎていった。
 しかし、撃墜失敗に対して焦る素振りなどあろうはずもなく。編隊は直ぐ様に形を変え、包囲を抜け旋回する巡洋艦へと、機関砲の銃口を向ける。
 新たに編成を整え直しながら、ぽこぽこと遠慮なく放たれる無数の弾丸。
 それに対し、スゥイは曲面の後部に備えた噴気孔の角度を巧みに調節、きりもみ回転で弾丸の雨の中を突っ切る!
 ここが地上であれば、恐らく、小気味良い音が響いたことだろう。
 向かい来る弾丸はその全てが、白黒ツートンカラーの無敵装甲にぶち当たり、ある物は粉々に、ある物は弾かれ、ある物はお礼宜しく別の戦闘艇へと跳ね返っていく。
 それだけではない。加速した巨躯は布陣する戦闘艇を前にも速度を緩めることはせず、健気に銃弾を吐き出す小さな機体の群れへと、容赦なく突っ込んで行った。
『スゥイ!』
 途端に、叱責以外のなんでもないアウィスの声が、精神感応でスゥイの脳裏に鳴り響く。
 それとほぼ同時、十倍以上差のある体躯の体当たりを受けた一列分の編隊5機が、無敵装甲の硬度と合わせての質量差に、切ないまでの勢いでぶっとばされていった。吹っ飛んだ機体の大半は大破して活動出来る状態ではなく、青かったコアは見事に橙や赤の危険色へと変わり、漂うことしか出来ない有様。それどころか、当たり所の悪かった数機に至っては、弾き飛ばされる事すら許されず、その場でぺしゃんこか粉々かの憂い目に遭い、宇宙の藻屑と化していた。
 だが、斯様な同胞の顛末など微塵も気に掛ける風もなく。生き残った編隊の残りは何事もなかったかのように、布陣を突っ切って行ったスゥイの紫の噴炎吐き出すお尻を追いかけながら、休みなく機関砲の弾丸を発射し続ける。
 ……しかし、小さな戦闘艇の小さな機関砲の弾速もまた、機体相応らしく。同じ方向へと進んでいる筈なのに、機動力抜群のスゥイとは距離が離れていく一方。近くを掠め飛んだサイバーボディに対し、新たに10機分の編隊も後を追うように動き始めるが……離脱行動を取る巡洋艦の速度に敵うはずもなく、やはり置いてきぼり状態になっていた。
 ただ、撃墜目標を変える気自体はないようで、相変わらずお行儀よく並びながら果敢に後を追っている様子。そんな、およそ30機の熱烈な追っ掛けの動きに注視しつつ、機関砲の射程外にまで距離を取った所で、スゥイはひらりと平たい身体を旋回させる。
『どうだ、あいつらの耐久力とか、大体判ったか?』
『そういう問題ではありません。無謀にも程があります』
 あ、怒ってる。
 ……というのがありありと判るアウィスの声色。でも、それが嬉しくもあり。
『悪い悪い。でも、怒ったアウィスも少し見てみたかったしな』
『笑えません。ちっとも笑えませんから』
 意地の悪い冗談に、少しむきになっている風にも思えるアウィス。それでもきっと、傍目にはいつも通り真面目な顔のままなのだろうなと、今は離れた場所に居る相棒の様子がありありと浮んで――場違いなこととは知りつつも、スゥイは少し楽しい気分になっていたりした。
『……それで、後ろから来ているのはどうするのですか』
 呆れを含む念波の波長に、しかし、彼が負けることなど想定して居ない……そんな、信頼を滲ませる落ち着いたアウィスの語調に、スゥイもまた相棒への頼もしさを感じる。
『勿論、片付けるぜ。でも、次のがもう出てきてるからな』
 告げて、翻した平たい体躯。その表面、白い塗装に紛れる二つの灰色のコアに、後方に見える揺らぎが今までよりも一層忙しなく光を吐き出している光景が映る。
 揺らぎ周辺には、スゥイを追いかけてくると同じ形状の戦闘艇が、既に二百を越える軍団で整列し、真っ直ぐに惑星方向へと進行を始めていた。
 その一方、新たに転送されてくる機体は、進行を始めた先陣とは少し違う形をしている。
 平たい体躯であることと、進行方向側がやや長いスポイトじみた形状をしているところまでは似ているが、最初の戦闘艇よりも一回り大きく、備えている武装もレーザー砲二基。編隊の組み方も、五機一組縦列の機関砲戦闘艇とは異なり、レーザー戦闘艇は三機一組で進行方向に対して横一列並行の編隊を維持している。前方の目標に対して常に三機が同時にレーザー攻撃を行える編隊だ。
 また、最初の奴よりも、少し動きも速い。巡洋艦のスゥイには大した問題ではないが、機動力が低い者には、少々鬱陶しい相手になりそうである。
『そっちに戻るのは、二陣の数確認してからだ。全体編成の予測に、必要なんだろ?』

「だからといって、単独で実行するのは無謀だと先程から……」
 所は再びアテレクシア艦内。
 薄く眉根を寄せ半眼のその表情は、まさに呆れ顔といった所か。
 ……かくいいつつも、内心でははらはらしていたりもして。流石のアウィスも、スゥイが戦闘艇へ体当たりを仕掛けた折には、敵の動きを記録する手がぴたりと止まったものである。
『それより。オレを追い掛けない奴は、全部そっちへ行く事になるぜ。布陣は大丈夫か?』
「独自行動を取っている機体を除いて、大多数を正面に、挟撃と打ち漏らし用に幾つかの小部隊に周辺へ散会して貰いました。分割した隊ごとの行動は、各教官機に一任しています」
 眼鏡の細い弦を押し上げ、モニターに映る惑星防衛線を一瞥、続いて、列を成し進軍を始めた敵戦闘艇の一軍の映像を見遣る。
 スゥイとの交戦状況で確認した耐久力からして、現在出現している二種の戦闘艇は、機関砲で大破、ミサイルで撃墜、レーザーなら貫通して複数機を一気に撃墜できると、アウィスは判断した。主砲扱いで威力の高い武装ならば、更に効果的だろう。元々威力の高い高出力や大口径は言わずもがな。
 敵の位置次第では、一撃辺りの撃墜数を大幅に増やすことも出来る……特に、縦列で惑星ティーリアを目指している機関砲戦闘艇には、直線攻撃は効果的。真正面一列に並んだ瞬間を貫通できる威力の砲で狙い撃てば、一網打尽も容易となろう。それゆえの、正面戦力集中だ。
 ……無論、相手方からも、縦に分厚い濃厚な弾幕を浴びせられる事になるが――
「――必ず帰りますよ。みんな帰しますよ」
 力強い眼差しで、虚空を舞う相棒を見上げた、その両耳で。
 長細い銀のピアスが、アウィスの魔力の高まりに反応するように、ちりりと揺れた。

第四節
 団体化した敵陣から、少し遠く。
 放たれる光線を巧みな体制動で回避、取って返す動きで放った紫の光線が、白黒に赤ラインのサイバーカラーを熱烈に負い掛ける集団を貫く。
 ……その様子を、些かに遠く眺める位置。
 シアン色のコアの中、長袖の上着に突っ込んでいた手袋を引っ張り出しながら、吠が小惑星帯に撒き散らされた沢山の四角い物体を見遣る。
「いつの間にこんなんしてはったん」
 どれどれ、と。
 意識を集中し……ふっと、全周囲へ解き放つ超音波。
 音はなく、されど確実に。暫しの間を置き返って来た波が、周辺に散る障害物の形状と位置を、吠の脳内に全天全方位で描き出す。
「わぁ、偉い賑わってるね、鰯の群れみたいやぁ!」
 視覚確認した時よりも更に広範囲、かなりの数の物体が周辺に漂っていると知り、感嘆と喜色の混じった声を発する吠。
 そして、そんな撒き散らされた四角に混じって、所々に浮ぶ圧倒的に巨大な岩石の塊――脳裏に鮮明に再生された小惑星の形状を、ふむふむと確認する。
「あの岩みたいなんの真似して、相手を騙す訳やね?」
『そうだ』
 問い掛けに応じ、シアンのコア内に響く落ち着いた声。
 ――先だって、リードマンが発した提案。
 それは、障害物や罠に敵を誘い込んで動きを制し、停止や回避した所を狙い撃つのはどうか、というものだった。
 小型戦闘艇は兎に角当てさえすれば倒せるが、やはり、脅威となるのは無敵装甲を持つ艦種。
 いかに巧みに、光学兵器を相手のコアへと打ち込むか。スゥイのような巡洋艦であれば、自分が素早く適正射程位置へ動くことで命中精度を上げる事ができるし、速度では劣る戦艦も武装の豊富さと大火力を用いれば、強力な弾幕戦法を展開できる。
 駆逐艦も小柄さに似合わぬ火力で物量押しするのが常套手段。しかしそれは、防衛と損害を度外視して攻勢を維持する母星圏ならではの戦略。個体数に限りある惑星ティーリア防衛陣は、エネルギー消費と損害を減らしつつ、いかに敵方を多く倒せるかが重要だ。数少ない味方を更に減らすことは、惑星ティーリアを防衛する上での不利に繋がってしまう。アウィスが敵の動きの癖の把握に努め、作戦の修正に注力しているのはまさにこの為といえる。
 無論、味方の生還に心を割く理由は他にも――かつての同朋に叛旗を翻してまで、惑星と人類を守る為に戦ってくれる機動生命体を、自分達のために犠牲にしたくない――あるが、気丈なアウィスのこと、冷徹さの裏に潜ませた想いを、軽々しく人前で口にする事はないだろう。
 そこにきて、力任せの弾幕を張るのではなく、周到な準備によって結果的に命中精度を上昇させるという燻し銀なリードマンの構想は、実に理に適っているといえた。
 周囲に大量に散布された機雷は、為の布石である。小惑星帯らしくもっと小惑星がわんさかあればよかったが、実際は悲しいまでの広々空間。代わりに、見え易い罠として自ら機雷を配した訳だ。
 彼は更に、どうすればより確実に敵の隙を突くことが出来るかも考えた。そのうちの一つが――
「よいしょー」
 一人発した、軽い掛け声に合わせ、吠が少しばかり意識を集中する。
 途端に、如何にも機械的だった直方体フォルムの表面が、波を打つようにうねり出した。
 滑らかだった表面には、泡が沸くように次々といびつな凹凸が生じ、時には尖り、時には平坦な部位を生じてと、リードマンの輪郭は今までとはまるで異なった形状へと姿を変えてゆき……
 やがて、機雷の浮ぶ只中に、岩石質なダークブルーの物体が姿を現した。
「うん、上出来上出来♪」
 手前味噌だとは思いつつ、少々誇らしげにコアの中で頷く吠。
 一方、始めての『変形』を体験したリードマンは、すっかり様変わりした我が身に、
『このようになるのか』
 感触を確かめるように、絶妙な位置に移動した噴気孔スラスターを開け閉めしてみたり、緑の炎を軽く噴き方向転換を試してみたりしながら、静かに零すリードマン。
 形が変わっているのだから当然ではあるが、やはり少し勝手が違うように思う。だからと言って何か不自由や不便があるわけでもなく、身体や各部機能は今までとなんら変わらず自在に扱える。それでも、機能的にも外観的にも四角く纏まっていた我が身との違いに……何がと言われると何だか良く判らないが、やっぱり何処と無く不思議な感じはする。まぁ、彼の場合は元々、自分で自分のどの辺りに何が格納されているかは、あまり判ってなかったりするのだが。
 とまれ、このように。
 機体その物を偽装することは出来ないか――そんなリードマンに応じ、吠が試行と練習を兼ねて搭乗してみる事にした訳である。
「でも、コアは全部隠されへんなぁ」
 そう彼女がごちる通り。
 搭乗するシアン色の球体は、岩肌のような表面にちらりと顔を覗かせて淡い光を発し、でこぼこした表皮の一部を薄っすらと照らし出している。無論、表面を覆えば完全なる擬態も不可能ではないが……
 コアの完全な遮蔽は、周囲感知など一切の知覚活動を不能にしてしまう。搭乗者も同じく外の様子が解らなくなるし、搭乗時に使えるはずの特別な能力の行使も出来なくなる。敵編隊の通過までやり過ごしたり、時間制限つきで擬態するならかなり有効だろうが、撃破を目的にして潜む以上は、敵の接近を感知できなくては意味が無い。コアの隠蔽に関しては、角度を変えるなり、別の障害物の陰に見えないように位置を取るなり、他の方法を考える方が良さそうだ。
 それにしても、数百mを超える機体の全容をかくも容易く変えてしまうのだから、人外の徒が有するこの変形という能力には感嘆せざるを得ない。
 そんな変形という能力に対し、無言のままに深く思慮を巡らせていたリードマンの脳裏に、ふと過ぎる思惑。
『機雷などもこのような形に偽装することはできないだろうか』
 実の所、機雷をデブリとして偽装する為に、搭載武装の改造開発を打診してみようか、という考えも、既に彼の中にあった。
 だが、もし。この変形の能力を、機体ではなく射出する実弾に適用することが出来れば……
 変形を利用する為には人外の徒が搭乗していなければならない、という必須条件は発生してしまうが、間もなく姿を現すであろう大型艦と対峙するまでの時間的猶予の無さを鑑みれば、開発を待つよりも圧倒的に簡単な実現手段となる。
 ……斯様な逡巡が、無機質に輝くシアン色の裏側で行われている一方。
 吠は周辺宙域を漂う、見るからに機械然とした佇まいをした沢山の物体を再び見回す。
「リードはんの機雷て、この辺に一杯浮んでる四角いのやんね?」
『そうだ』
 外観の変形は、今までの訓練時に幾度か試みて、凡そ思い通りの形になるこつは掴んでいる。
 しかし、機体本体はともかく、発射する実弾の変形は試した事が無い。
 光学兵器のレーザーなどは、見た目が同じままで効果を変える――例えば、アウィスがやるように、命中により治癒効果を発する光に変える――ことが出来るのは既に周知であるし、魔術や技は勿論、人外の徒の特殊能力も、搭乗時ならば武装を介す事無くエネルギーを己の魔力のように操って行使する事が可能だ。
 だが、そういった元々形のないエネルギーはともかく、物質として生み出されるミサイルや機雷に影響を与えることはできるのだろうか?
「ま、やってみればいいやんね。考えるより産むが易しって言うし」
 初めて超音波索敵を試してみた時もそうだった。考えて解らないなら、出来るかどうかやってみればいい。上手くいかなくとも、それが切っ掛けで別の方法を見出す手掛かりになるかも知れない。
 気合でも入れるかのように。この最近、搭乗時に身につけるようになった船乗帽を、白とグレーのまだら髪にきゅきゅっと被り直し、吠は今一度、意識を集中する。
 同時に。すっかり岩石質な形容になったダークブルーの装甲の一部がするりと開き、中に覗く穴蔵からぽろぽろと零れ出てくる……おや、四角くない。
『効果はあるようだ』
 不思議なものだ、とは思いつつも。
 コアの中に零れるリードマンの声は、相変わらず冷静だ。
 一方、吠は「できるやん♪」とばかりに、手袋を嵌めた手を軽く叩いている。
「やっぱり何でもやってみるもんやぁ」
 とはいえ、確かに四角くは無いが、擬態しているというよりは、四角くは無くなった、という程度。もっと岩石片らしくするには、普通に機体を変形させる時よりも、より一層の集中力が必要なのかも知れない。
 しかし、実弾の変形自体が可能だと判ったのは、大きな収穫だ。
 何をするにも今のうち、早速、薄く開いたスラスターから重ねた板状のように緑の噴炎を吐いて、リードマンは新しく機雷を撒いてゆく。無論、適当に撒き散らしているのではなく、密集する四角い機雷を避けた先、岩だと思って近づくと爆発する……そんな『本命の罠』として機能するよう、細かく位置を考えて設置している。
(他への応用も、可能であろうか)
 岩石質な体躯の後ろに、着実に岩っぽさを増していく機雷を残してゆきながら。
 彼はふと、そんな事を考えた。

 ――惑星ティーリアと、暗黒を揺らす転移痕。
 二つを凡そで結ぶ直線上で、無数の機影と、それらを打ち抜く幾つもの光が交差する。
 青々した成層圏、その更に上層。展開した防衛布陣からは、色取り取りのレーザーが天へ向かって放たれ、射抜かれた幾つもの小さな機影が、光の中に消えて行く。
(あっちは上手いことやってるな)
 熱烈な追っ掛けもいよいよ最後の一機。スゥイは背後から放たれたレーザーを側転で回避、同時に急停止し、動きに対応できす突っ込む羽目になった戦闘艇を、背面から伸ばしたサブアームの一本で横薙ぎに叩いて弾く。
 見事なくの字に凹み、小さなコアを真っ赤にして吹っ飛ぶ小柄な機体。かと思えば、その行く先には既に、噴気孔に紫の炎を灯し先回りしたスゥイが居て、吹っ飛んだ機体をサブアームではっしと捕まえた。
『よし。アウィス、二機目も捕まえたぞ』
 そう告げるスゥイの後部、よくよく見ればもう一本別のサブアームが伸びて、今捕まえたとは違うコアを失った戦闘艇――こちらは機関砲だけの奴だ――がぶら提がっていた。
 捕まったばかりの戦闘艇も、真っ赤になっていたコアに段々とひび割れが生じたかと思うや、硝子が砕けるように粉々に割れて飛び散り、結局はくの字に曲がった機体だけが残される。
 かくして完全に機能停止した戦闘艇二機は、白黒模様のサブアームの先で寂しげに揺れるばかりとなった。
『そのままラボに届けてください。スゥイの速度なら一時離脱しても大丈夫でしょう』
『判った、お土産届けたら直ぐに戻るぜ!』
 言うが早いか、虎の子の高出力噴気孔に全力で灯る紫色。
 全長の二倍はあろうかという長い火を噴き、白黒の機体は相棒の信頼に応えるが如く、瞬き一つの間に彗星のように青い惑星へと突っ込んでいった。

第五節
 地上へ向かったスゥイが、お土産が燃え尽きないよう、成層圏で若干速度を落とした頃。
 元の直方体型に戻ったリードマンと、そのコアに乗る吠は、機雷の配備を終えて小惑星帯から側面配備の部隊の直ぐ近くに戻っていた。
 進軍する敵戦闘艇の殆どは、アウィスの思惑通り縦に並んだ所を正面配備の機体に次々討ち抜かれ、尖兵部隊としての体裁は風前の灯と言った按配。残存戦力は、進軍途中に側面配備の部隊を目標とみなし攻撃を仕掛け、正面射線から外れた排除型が幾らか、といった所である。
 数で勝り一個の生き物の如く動く事が強みの筈の戦闘艇も、数からして劣るような状況に陥れば、最早勝ち目は無い。最初は緊張していた様子の側面部隊も、明らかな勝機が見えてからは訓練時さながらに落ち着いた様子で、隊長機を筆頭に統率の取れた動きを見せていた。
 ……そんな訳であるから。
 戦列に戻って後、頼りない動きで襲い掛かってきた三機一組の戦闘艇を前にして――対峙直後は、びびったり興奮したりと忙しなかった吠だが、
「まだもうちょっとくらい、練習する余裕もあるやんね?」
 とばかり、むしろ丁度いいや位の気持ちで、追撃してくる三機を相手にしていた。
『実戦だが、試行には適切な相手だろう』
 忙しなく並行発射されるレーザーを、絶妙なスラスター捌きで回避するリードマン。
 そんな忙しない飛行戦闘に……乗りたての頃はこんなのでも大興奮していたものだと、翻弄されるばかりだった数ヶ月前をふと思い出す吠。積極的に参加してきた訓練の甲斐もあって、今となっては慣れたもの。海流の激しい所を泳ぐようなものだと、笑って過ごせる余裕も出てきたくらいだ。
 それに……搭乗する機動生命体は皆が皆、無敵装甲に覆われている。同胞のレーザーすらものともしない、文字通り鉄壁の装甲。
「スゥイはんも、攻撃を防ぐ時は積極的に使えて言うてたもんね」
 ざとうくじらという元々の体躯の大きさゆえか、小さな衝突には余り気付かず日頃から傷の絶えない吠の『要所以外なら、当たっても余り気づかない』感覚は、最小の労力での回避行為と何気に相性が良いのかも知れない。
 まぁ、余りぎりぎりで避けてばかりだと、目測を誤った際に非常に不味い事になってしまうが……その辺りの距離感補正は、リードマンが思慮深くやるのできっと大丈夫だろう。
「リードはんは小回り利きはるねぇ」
 噴気孔の角度調節機能くらいは、全員が標準装備しているが、彼のスラスター式噴気孔は噴射方向のより微細な調節が可能らしく、前進後退回転静止と、細かい制動もお手の物。方向の転換に体躯を大回りさせる必要がないのは、駆逐艦としては中々に優秀な機動能力といえよう。
 ちなみに、浮遊状態ならどの機動生命体も自由に方向転換出来る。しかし、浮遊は文字通り浮んでいるというだけで、素早い体制動には向かない。同様の体制動を噴気孔を用いてより迅速に行えるのが彼の強みであり、これは攻撃回避率の上昇に大きく貢献するに違いなかった。
 ……流石に、巡洋艦の素早さを前にすると、若干見劣りするが。
 ちなみに、その巡洋艦スゥイはもう配達を終えて防衛線に戻ってきている。防衛線最後尾に待機するアテレクシアのすぐ横に停止して、今までの偵察や先制攻撃で消費したエネルギーの回復を図っているようだ。
 じっと佇む二つの灰色に仲間の善戦を映す姿は、眠っているかにも見えるが……
『――で、どうだ』
 見た目の静かさとは裏腹に。
 灰色のスゥイの脳裏では、精神感応での遣り取りが盛んに行われていた。
『オレを追っ掛けてきたのも含めて、機関砲のヤツが300で、レーザー砲のヤツが270って所だったな』
 なお、形状名はそれぞれ『アドカノン』と『レフォイムMk-II』というらしい。
 まごう事無き量産型戦闘艇で、大抵の惑星侵略に措いて尖兵として真っ先に戦場投入されると同時に、導入数が最も多くなる機体シリーズであるという。形状ナンバーはどちらもIIIまであり、『アドカノンMk-III』であれば、機関砲が三つ……という具合に、どちらもナンバリングと共に装備する砲の数が増えてゆくそうである。
「尖兵の構成から……最終的に、投入される小型戦闘艇の数は八倍前後になるのが通例だそうです。それら大量の戦闘艇の輸送に輸送艦が数機導入されて……戦闘艇の司令塔に巡洋艦と駆逐艦が五〜六機、主戦力に戦艦が二機程度、というのが、一番可能性のある編成だそうです。想定よりもレイフォムMk-IIの導入が多かったそうですので、投入される艇種は機動力の高い光学兵器系が多めで、司令塔になる艦種も巡洋艦の方が多いのではないかというのが、現在の予測ですね」
『凄い数だな。気が抜けないぜ』
 スゥイが思わずごちた通り、これは単一の惑星を攻略するには余りにも過剰な戦力だ……と、古株の機動生命体らも同意を示す。文明の発展度にもよるが、この規模の戦力が準備されるのは、大抵が惑星三つ以上を同時攻略する場合だという。
『母星のヤツらも、オレ達が味方してるのを警戒してるんだろうな』
 だが、今言ったのは敵が用意している全戦力の予測。
 一度一気に相手をするなら絶望的な戦況必至だろうが……今しがた相手をした尖兵を見てもわかるように、転送されてくるのはあくまでも段階的。敵数が増えすぎる前に適切に対処してゆけば、ましてや、その為の集団戦闘訓練を抜かりなく続けてきた自分達ならは、凌ぎきれないものではない。
 そんな思いを胸に、スゥイの灰色のコアが、揺らめく空間を映して瞬いた。

 ……そんな光景を後方に。
 いよいよ最後の尖兵となった三機一組へと飛翔する、角ばったミサイル。
 直後、直方体の側面から生えるように姿を見せていたミサイルポッドが、にゅーんと装甲内部へ沈み込み……代わりに、スライドで開いた別の装甲部から、にょーんと砲塔らしきものが姿を現した。
 先端に蓄えられる緑の光。瞬き一つの間に解き放たれた緑は、眩く輝きながら……居並んで飛来するミサイルを追うように飛んで、俄に弧を描く。先読みよろしく回りこんだ光線は、迫るミサイルを平行移動で回避しようとした戦闘艇を横合いから撃ち抜いて、小さな機影三つを纏めて光条の中へと消し去った。
「あ、これ、曲がっていくし、岩の振りしながら使うんにぴったりやない?」
 見事命中した誘導レーザー砲に、吠が青い瞳を少しばかり輝かせる。
 直線では見えない箇所をうろつく敵も、超音波による索敵を行使することで把握が可能だし、これは想像以上に有効な戦術ではないだろうか。
 それに……と。
 瞬くシアンのコアでは音にせず、一人、リードマンの胸中に過ぎる思慮。
(彼女の特殊能力。位置を探る以上の効果を発する事は、出来るのだろうか)
 もし、機雷の爆発を遠隔で自在に操作できれば、ミサイルとの併用でより効果的に相手の動きを制し、命中精度を上げることが出来るはずだ。かわしたと思った機雷が爆発するというアクシデントに対し、感情のない機動生命体が焦ったり戸惑ったりすることはないだろうが……機雷の反応範囲が間違っていたという錯覚を与えることは出来るはず――
 ……深く巡る、思慮の最中。
 ふと、記憶の彼方に押し遣っていた事柄が、じわりと頭をもたげる。
 機動生命体に外部との音声通信機能が備わっていないのは、彼らが知的生命を根絶するために生み出されたものであり、その必要性が皆無だから、つまり、機動生命体以外の存在との対話が一切考慮されていないからだ。
 ……有識ある異星人はそう推論しているし、機動生命体本人らも状況的に間違いないと断じている。
 では、だとしたら、尚更に。
 何故、コアには人が搭乗できるのか。
 コアに人を招く事が出来ると判明したのは、偶然であったと言われている。知的生命体とどうにか意思疎通をしようと試行した一機が、『やってみたらできた』ものであったと。
 しかも、一つのコアには、一人しか招くことができない。
 どんなに広々として見えても、複数の者を同一のコアの中に同席させることは出来ないのだ。
(この機能は、何の為のものであろうか)
 不用な機能は実装しない。それが、母星圏での常識。
 機能が存在するということは、必要だということ。或いは、必要だった、ということ。
 ……何に?
 ――斯様な逡巡が過ぎる一方。
 尖兵部隊を一頻り吐き出し終えた揺らぎが、今までに無く大きく眩い光を蓄える。
 増してゆく輝きが、暗黒の揺らぎを照らし出し、そして。
 輝きは巨大な輪郭を得て、一際に大きな機影へと姿を変えた。
 次第に褪せていく光の中から現れたのは、細長い胴と、間接が三つしかない重機のようなサブアームを後方部に備えた……
「あれ、アテレクシアはん? ん、ちょっと違う……?」
 見覚えがあるどころか、ティーリア防衛線最後方に布陣する機影に余りにもそっくりで、吠が大袈裟な位に忙しなく、前方に現れた敵とアテレクシアとを見比べていた。

「形状名『アダマンMk-II』、本艦『アダマンMk-III』の先行艦種で、戦闘艇輸送を任務とする輸送艦です」
 淡々と解説を行うアテレクシアに、思い返せば当然の状況なのだと、引き締まるアウィスの表情。
 幾らでも同じ形の機体が存在する……放浪団内では、リードマンがまさにその事実の体現者といえる。彼は元々、同系形状である『BOXY』シリーズ兄弟機の追跡を使命とし、刺客として放浪団へ差し向けられた機体だ。よもやそのまま叛旗を翻して放浪団に居ついてしまうとは、誰も予想だにしなかったであろうが。
 とまれ、今こうして仲間として行動を共にする機動生命体達は、百とも千とも知れず大量に生み出された同じ機体の中の一つ、個を得ることで群れから飛び出した――母星からすれば、『たまに出る不良品』の一個に過ぎないのだ。
 だが、だとすれば。
 スゥイと同じ形の『侵略者』とも、いずれ、出会うことに――?
「……フリドはんと同じ子もおるってことかぁ……」
 あの子は今も、滞在地のあの場所に佇んだままなのだろうか。そんな想いの滲む吠の呟きを間接的に耳にして、アウィスは自身の思考がまた内側へ沈み掛けて居たことに気付き、我に返る。
 何者にも悟られぬよう、小さな深呼吸を一つ、アウィスはモニターに映る敵影を見上げる。
「戦闘艇輸送艦……では、あの中に……」
「内部に大量の戦闘艇、ないし、移動砲台を格納しているのは確実です」
 どの位の量か……それは、広大なアテレクシアの内部と、先だって撃破した戦闘艇の大きさを比較すれば凡その想像はつく。しかも、彼らは出荷される部品の如く、パスルのように無駄なく隙間無く限界まで詰め込まれているという。見た目からの単純な推測よりも多く搭載されていると考えるのが妥当か。
 こうして話している間にも、アダマンMk-II型の輸送艦が、次々に姿を現そうとしている。先ほど推測として提示された戦闘艇の大多数は、殆どがこうして輸送艦に格納され纏めて運ばれてくるのだろう。
「わ、わ、凄い数やない? 機雷足りやへんのとちがう?」
『我の大口径十二門が火を噴くぜ!』
「布陣次第では撃破は容易と思われます」
 雷旋の自信満々の一言は華麗に無視して、解説を始めるアテレクシア。
「私達機動生命体は、コアを強い衝撃で一気に破壊されると、体内エネルギーの制御が出来なくなり、内部から破裂し木っ端微塵となります。艦種の爆発に、装甲で劣る艇種や据種は耐え切れません。輸送艦に搭載されている戦闘艇や移動砲台は、出撃もままならず運命を共にすることとなるでしょう」
「つまり、出撃して来た戦闘艇よりも、輸送艦本体の撃破を優先するべきということですね」
「はい。戦闘艇発進前に撃破すれば、被害は勿論のこと、戦闘による消耗を最小限に抑えることができるでしょう」
 とはいえ、既に散開し活動を開始している戦闘艇も居る。非格納状態で輸送艦と一緒に出現した、今までの尖兵より一回りか二回りか大きな機体だ。これらは、輸送艦の護衛用戦力だろうという。
「中型戦闘艇『ブリスカ』です。武装はレーザー砲二門、ミサイルポッド二基。機動力は然程ありません。通常時は母星防衛線にて守備を行っており、侵略編成に組み込まれるのは稀です。私達離反機動生命体からの防護を想定して配備されたと推測されます」
『チョット大きめで硬いが、あいつらも戦闘艇だ。無敵装甲じゃないから機体への命中でも何発かすれば倒せる。勿論、コアに当てる方が早いけどな』
 出現した輸送艦は全部で6機。各艦には、20機ずつの中型戦闘艇が護衛に就いている。動きは然程ではないし、武装も余り豊富ではない、が……
「任務内容としては、護衛対象周囲の敵排除を優先、ですよね……つまり彼らは範囲指定の排除型という認識で合っていますか?」
「はい。その認識で間違いありません」
 輸送艦の転送が完了した後も、進行用の戦闘艇が別途細々と転送されて来ている。
 護りに徹し過ぎれば、輸送艦からの大量出撃が始まってしまうだろうし、輸送艦撃破にばかり気を取られていると、発進した戦闘艇の防衛線突破を許してしまうかも知れない。
 仲間の編成は勿論、リードマンらが偽装し散布した『罠』の使いどころも重要だ。
「現在、見えている敵戦力は、全体の三分の二といった所でしょうか」
 だが、それは輸送艦内に格納されている戦闘艇も個体数に含めた場合。
 残る三分の一の戦力には、駆逐艦、巡洋艦、戦艦などの攻撃に特化した艦種が多く含まれている。輸送艦の撃破だけに力を割き過ぎると、間違いなく息切れを起こしてしまうだろう。
「次で使ってしまうんか、あとの為に置いとくか、てことかぁ……悩むなぁ」
 一気に走る緊張の局面。
 ……そんな中、最前線に陣取った雷旋は、大口径レーザーの据付られた駆動部を、やたらと開けたり閉めたりしつつ。
『奴ら諸共この辺の宙域更地にしてやるぞ』
『オマエそれ、エネルギーなくなって袋叩きにされるだろ』
『左様か』
 スゥイの突っ込みに、大人しく腹巻状態に戻る雷旋。
 ……まぁ、使うタイミングさえ間違わなければ、心強い攻撃であることに間違いは無いのだが。
『ようし、エネルギーは大体戻ったぜ』
 今まで静かに佇んでいたスゥイが、紫の噴炎を吐き出し、するすると動き出す。
 進まんとする先には、規則正しく浮ぶ輸送艦と、周囲を漂う無数の侵略者。
 そんな、相棒が見ていると同じ物を、アウィスもまた真っ直ぐ見据える。
「帰りますよ。返しますよ。――みんな、必ず」
 己に、そして、相棒に。
 復唱された彼女の言葉は、確かめるようでもあり、言い聞かせるようでもあった。


文末
次回行動指針
 G11.前線攻勢
 G12.後衛布陣で防衛優先
 G13.後続の強敵に備えて更に準備
 G14.引き続き情報収集

登場キャラクター
■【称号】キャラクター名(ふりがな)/種族/クラス/年齢/性別/

【PC】
■【機動魔閃護撃士団実習教官】スゥイ・ダーグ MAX(-・- まっくす)/機動生命体/巡洋艦/23歳/男性/先制攻撃!
■【機動魔閃護撃士団主査】アウィス・イグネア/地上人/魔術師/21歳/女性/見た目はクールに、心はホットに。
■【すごくかくい】リードマン/機動生命体/駆逐艦/76歳/男性/しかくくなくなることもある。
■【独自技パイオニア】勇魚吠(いさなほえり)/地上人/人外の徒(ざとうくじら)/28歳/女性/何でもやって見るもんよ!

【NPC】
■雷旋(らいぜん)/機動生命体/戦艦/320歳/無性/紛う事無き脳筋。
■機動空母艦アテレクシア(きどうくうぼかん-)/機動生命体/輸送艦/680歳/無性/みんなの空母あてりん。
■雅峰(まさみね)/地上人/人外の徒(猛禽類)/27歳/男性/多分、画面外でBOXY兄弟と機雷設置中。
■ペテリシコワ・ホクサーニ/異星人/礎の民/32歳/女性/絶賛解説員。

マスターコメント
 CORE本編への参加誠に有難う御座います。
 初回から度々の遅滞に最早申し開きのしようも御座いません。

 序盤の山場です。
 開始直後の雑魚地帯が終わり、いよいよ手応えのある相手が登場してきます。
 敵勢力は今回出た情報の通りです。
 対する防衛線は三〜六機で一組になる編隊が六組程度居るとお考えください。うち、アテレクシアは旗艦扱いで最後尾、雷旋は調子に乗って勝手に前に出ている状態で、隊編成には含まれません。BOXYシリーズ機はリードマンさんを除いて全二機、全員ナンバリング違いです。
 また、アテレクシア内にはMAX団員の一部などの地上人も待機中です。機動魔閃護撃士団所属の人類は機体(搭乗可能なコア)数に対し数倍に上りますので、地上待機中の護撃士団員まで含めれば、大抵一人は『○○が得意』といった条件に見合う人物が存在すると思われます。
 一方で、送迎や機体乗り換えは、タイミングを間違うと大幅な戦力低下を招きます。隊長や隊員同士の相性もあり、一人乗り換えると一編隊総乗換えが発生する場合があるからです。ご利用は計画的に。
 現在は平均的な編成です(攻撃系3編成/火力重視・移動力重視・手数重視、防御系2編成/回復系・障壁系、支援系1編成)。

 ……と、少々システマチックに内容を提示しておりますが、本作は『SF(すこし・ふしぎ)』です。感覚的にご理解頂いた上でそれっぽく作戦を立てていただくだけでも何も問題はございません。
 全ては皆様の発想力次第です。

 それでは、次回もお会いできる事を願いつつ。