迎撃
第一節
 さざなみのように揺れる暗黒。
 二つの光点――惑星ティーリアの主星となる二つの太陽の側に生まれた揺らぎは、段々と歪みを増す。
 いや、歪みだけではなく。底の知れぬ宇宙の深淵に浮ぶ星々……ただただ、背景として揺らされるだけだった無数の星明かりに混じって、蠢く空間そのものが薄ぼんやりとした光を蓄え始める。
 この日、この時。図らずも、その場に居合わせる事となった訓練生――機動魔閃護撃士団主催による成層圏での実践訓練に参加していた者達――は、敵襲来の気配を極初期に察する事の出来た若干の幸運と猶予を活かすべく、早々に行動を開始していた。

 水面にも似た様相で、不安定に波打つ光と闇。
 今にも何某かが飛び出て来そうな転移痕へ目掛け、真っ先に飛び出すものがあった。
 青い惑星の上層、訓練の為に組まれていた幾つかの編隊と小集団の中から、紫の噴炎を尾の如く伴って、彗星さながらに飛翔する白と黒のツートンカラー。
 機動魔閃護撃士団に所属する者、そして、訓練生として実習訓練に臨む者であれば、最早、知らぬ者はあるまい。『初見殺し』の異名名高い実習教官、スゥイ・ダーグ MAX(-・- まっくす)だ。
 遂に来た、訓練ではない、実戦。
 日々、行ってきた修練は、まさにこの時の為。
 ……と、言わぬばかり。行動を開始した教官に触発されて、俄に沸き立つ訓練生。
 特に、血の気の多い魔物狩りで構成されたMAX団の面々はその傾向が顕著で、教官に続け、俺達も撃って出るぞと、比較的に連携の上手く行く同志に編隊を組もうと、呼び掛けを始めていた。
 だが、そんな一同の間を、制止の声――精神感応が駆け抜ける。
『ちょっと偵察だ。オマエ達は守備の方を頼むぜ』
 最初に出てくるのはまだまだ小物、徒党を組んで行くまでも無い。言外にそんな思惑を漂わせる抑揚で聞こえるのは、真っ先に飛び出して行ったスゥイその人の言葉。
『デカい艦に乗ってる奴は特にな。最初のヤツは小さいし、突っ込んで行って振り回されたんじゃ、エネルギーが勿体無いぜ』
 実戦訓練を重ねて来たとはいえ、何分、惑星ティーリアに所属する機動生命体との演習で出来るのは、艦と艦という大型同士の模擬戦だ。機体に旗を立てたり、印を付けたりして、より小さな的を狙う為の訓練も抜かりなく行っては来たが、小さなものが小さな体でそのまま動き回るのとは、勝手が違ってくるもの。
 機動生命体自身であれば、ある種、それが本職――何分、本来の『侵略者』としての機動生命体は、己よりも小さな知的生命体を殲滅する事が、使命なのだ――であり、そう易々と遅れを取りはすまいが……放浪団に属すのが『艦』に類する比較的巨大な機体しか居ない為、『戦闘艇』に代表される小型の機動生命体が実際に動き回って攻撃を仕掛ける姿をまともに目にするのは、惑星ティーリアの面々にとってはこれが初めてとなるだろう。
 一斉に先制を仕掛けるのも悪くはないが……皆にとってはこれが初陣。知識ではない『敵』の動きを一目見てからでも、遅くは無いはずだ。
『オマエ達は本番用に戦力温存しとけよ』
 期待を掛けるような物言いで、MAX団の出撃をやんわりと牽制するスゥイ。
 しかし、だからと言って。
「無謀ですね」
 瞬く間に青い惑星から遠ざかって行く、赤いラインの平たい機体の中央部。白い塗装部に紛れるように据えられた、灰色に煌くスゥイの二つのコア。その片方……ではなく。
 他の訓練生と同じように、遠ざかる機体を眺めることができる場所で。彼の『相棒』アウィス・イグネアが、細い銀縁の眼鏡の弦を軽く指先で押し上げ、呆れたように溢した。
「意図は汲みますが、単機出撃は無謀と言わざるを得ません」
 続ける言葉は輪を掛けて呆れた抑揚で、薄い溜息までもが交じる。
 離れても直接届く精神感応。そんな、頼れる『相棒』の冷静な意見に、スゥイはいつもの頼もしい調子で。
『心配するな、少しだけだ!』
「少しだけ、ではありません。それに、教官が率先して単独行動を取るなんて――」
 ――と、小言交じりの苦言を呈すアウィス。
 そんな様子を、あれ、珍しいなとばかり。ぱっちりした青い瞳で見遣る、勇魚吠(いさなほえり)
「こっちに居りはったんやぁ。てっきりスゥイはんに乗ってると思ってた」
 ……彼女らが今居るのは、惑星ティーリア上空、防衛に展開する布陣の最後尾に位置を取った機動空母艦アテレクシア、その艦内であった。
 文明訪問はすれども、長期間他の惑星に留まることをしない放浪団に措いて、宇宙航行中の異星人の生活は由々しき問題。それを解決へ導いたのが、輸送艦であるアテレクシアの艦内改造。同族である機動生命体以外の搭載を想定していなかった艦内空間を、人類用のいわゆる『宇宙船』そのものへと変えることで、宇宙に於ける異星人の生活問題は一気に解消された。
 とまれ、居住用の個室と食堂があれば最低限の生活には事足りるのだが……改造者である『艦長』の趣味なのか、作戦会議室やら、管制室やら、艦橋やら、とりあえず『それっぽい』ものまで存在するのが、アテレクシアが空母と渾名される所以であろうか。
 尚、管制室で主に制御・監視しているのはアテレクシアの機体や武装ではく、改造により内部に設置された食料供給機構や空調などの、人類が使用する設備だ。しかも、機動生命体であるアテレクシアは、当然ながら己の機体構造を己の意志で自在に制動できる。故に、管制室や艦橋に操作の為の乗務員は不要、むしろ邪魔かも知れない……という、まさに艦長の趣味の賜物である。
 ――閑話休題。
 艦橋(メインブリッジ)の全面全天に填め込まれたモニターが、プラネタリウムのように外部の景色を映し出している。余りにも鮮明に投影される宇宙の光景の只中に居ると、天地の境が曖昧になってゆくような、コアの中に搭乗して居るときとはまた違った、不可思議な錯覚に陥る。
 もっとも、大海原で上下も無く気侭にのんびりと育ち過ごしてきた吠には、地上暮らしの皆が言うほど奇妙な感覚でもない。
 そんな、アテレクシア艦橋には、アウィスや吠以外にも、幾ばかりかの地上人や異星人が集まっていた。主には、訓練用の臨時であったり、試乗で一先ず、といった状況で機動生命体に乗り込んでいた者達で、『この猶予の間に実戦向きの再編成を行うべきだ』『直接顔を合わせて作戦の相談をしたい』等の理由で、自主的にコアを降りてきたのだった。
 先ずは情報を、と考えたアウィスにとっても、戦闘経験のある、特に異星人が待機しているこの状況は意見収集にうってつけ。かくして、率先して攻勢に出たスゥイとは、若干の別行動を取る結果となった。
 とはいえ、『同じ戦場』と広義に取れば完全に別行動という訳でもなく、パートナーである二人は距離など無関係に精神感応による応答が出来る。スゥイの動きは、艦橋モニターの一部に拡大投影され、彼の動きを目視で確認できるようになっているし、今の段では別段不自由はない。
 モニターの別位置には、同じく拡大投影された『ゆらぎ』……敵が出現してくるという、空間跳躍の印。
 そして、そんな拡大部位とは別の場所。
 全天広域に映し出された景色の一角に紛れて、敵陣とは異なった方位へと、舵を取る者の姿があった。

 迎撃に沸き立つ惑星上層から離れ、そしてまた、偵察にと敵陣へ向かったスゥイとも異なった方向へ飛翔する……
 箱。
 ……という形容がぴったりな、ダークブルーの直方体。
 シアンに輝く二つのコアの位置も絶妙で、動かず浮んでいるだけでは前後があるのかすら良く判らない。
 そんな見事な長方形の塊、もとい、リードマンは、今はその後部――進行方向からの推測でしかないが――から、緑の噴炎を吐き出し、惑星周辺宙域へと向かっていた。
 何をするにも、猶予が余り無い事は承知なのであろう。内蔵型の噴気孔からスラスターを介し吐き出される、板状に薄く重なる緑の炎も、心持ち長く伸びて見える。
 無機物なれば尚の事、無表情なまま黙々と進む直方体。
 造形と相俟って無愛想極まりない容貌の中にあって唯一、表情らしきものを覗かせる……こともたまにある、巨大なシアンの宝珠。その裏側に、静かに巡る思惑。
 彼は、本という記録媒体に大変興味がある。
 数多の……というには、まだ少々物足りなくはあるが。放浪団に所属する異星人が、私物として故郷の惑星から持ち出してきた蔵書は、一通り読ませて貰った。
 ……どうやって、というのはさておいて。
 それら、かつて読んだ本の中にあったとある内容を思い出し、暗い宇宙と点在する光を映す二つのシアンのコアが、瞬くような煌きを幾度か繰り返す。
(――応用できないだろうか)
 スラスターの角度を変えれば、片側に居並ぶ緑の噴炎が、更に薄っぺらく絞られ、直方体の体躯が傾き始める。
 旋回に振り返った遠景に、惑星ティーリアの青が際立つ。
 そして、ティーリアを青く照らし出し、ティーリアよりも遥か眩く光を発する、二つの太陽。
 機動生命体にとっては、然程の距離とは言えないが、十二分に離れたこの位置からは、それらの合間に発生したゆらぎは、霞んでしまったように心許無い。
 一方で、逆側の遠景。
 無数の星と、その光を遮り煌かせる雲……そんな、遥か彼方の景色に混じって、いびつで小さな岩石の塊が、自己主張するでもなく殊更控え目に、音も無く前景を通り過ぎて行く。
(小惑星帯までの距離は、非現実的という程ではない)
 一つ二つ。軌道上を規則的に通り過ぎてゆく岩石――小惑星をシアンの表面に映して、リードマンはそう断ずる。無論、今は近景のこの場所を現実的な距離感たらしめているのは、機動生命体の能力があってこそと言えよう。
 さりとて、ぽつねんと。些かの孤独さを漂わせ、遠ざかっていく小惑星らを見送るに。
(分布密度は、現実的ではない)
 ……俄にスライドする、ダークブルーの装甲の一部。
 規則的に居並ぶスラスターとは違い、滑るように開いた装甲部も、その裏に隠されていた穴も、これまた綺麗な四角形。そして、露になったその四角い穴から、これまた四角い物体が、ところてん宜しくぽろぽろと零れ出てきたではないか。
 生み出された直方形の物体は、暗い宇宙の只中に静止すると、回転するでもなく漂うでもなく、リードマンが飛行した痕跡を示すかのように、そのままその場にじっと佇み始める。
 手頃な小惑星帯がないのなら、それに相当する環境を作り出してはどうか――斯様な考えの元、彼が周辺宙域に散布したこの四角いものは、『機雷』である。尚、機雷の形状は機体による。必ずしも四角いわけではなく、球形だったり、三角錐だったり、十二面体だったり、中にはブリリアントカット状態のものまであるそうで、案外フリーダムだったりするようである。機動生命体の機体本体の多様性を見れば言わずもがなと言ったところか。ちなみに、ミサイルや機関砲の弾丸も、同様に個性豊か。用途からするに細長い形状であることが多いが、それはあくまで傾向に過ぎない。大長老のミサイルがすごくまるいのがいい例である。
 さて、触れれば爆発を起こすこの機雷という武装。一つ一つの大きさは5m〜15m前後で、駆逐艦であるリードマンからすれば然程大きい部類ではない。だが、破裂した際の爆発範囲や威力は同サイズのミサイルに勝り、全長が同程度しかない戦闘艇であればほぼ一撃で大破させることが出来る。機動生命体以外、異星人の扱う航空兵器相手ともなれば……その恐ろしさたるや、言わずもがなであろう。
 欠点を挙げれば、設置型の武装である為、設置箇所がばれてしまうと避けられ易いこと。停止性能がなく、目標に目掛けて推進するのみのミサイルとは、実弾兵器としての性質を異とする武装だ。
 だからこそ……今この時に限っては、判り易い『障害物』として、最適であるとも言えた。
 疎らに周回する小惑星帯の軌道に沿って航行する直方体。緩い螺旋回転を加えることで、生み出した機雷を後方範囲に満遍なく送り出す。
 彗星の尾の如くに、飛翔の軌跡を伴って。
 遠く無風の空間を行く体躯は徐々に速度を上げ、黙々と小さな脅威を生み出してゆく……

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