東雲明星
第一節
 東から昇る二つの光点。惑星ティーリア特有の青み掛かった太陽が、地平線をじわじわと白く染めていく。
 朝日って、こんなに眩しかっただろうか。
 銀縁の眼鏡越しに差し込む陽光が、やけに目に染みる。これも昨晩起きた騒動のせいだろう……アウィス・イグネアは紺色の瞳を少ししかめるようにして幾度か瞬いてから、慌しく動き出した街並みを見遣る。行き交う人々は大抵が妙に眠そうで、昨晩から殆ど眠っていないのだろうと、容易に察しがついた。
 西方大陸西部、魔都スフィラストゥールに訪れる夜明け。大海洋を隔てる『奈落の口』を境目に、惑星ティーリアの中ではもっとも西に位置するこの大陸は、他都市に比べると必然的に夜明けも遅くなる。
 今頃はもう、碧京(へきけい)の辺り――東方大陸は昼を過ぎ、朝一番で港を経った荷物が、中央大陸圏に差し掛かった頃合だろうか。それどころか、商魂たくましいグリンホーンやシェハーダタからの物資は、夜明け前に港に届いているかも知れない。
 昨日、唐突に起きた襲撃。傷痕も生々しく……とは言うものの、スフィラストゥールは伊達に『世界一』を幾つも謳ってはいない。人口と都市圏の広さから、侵略者による攻撃を集中的に受ける羽目になったのは確かだが、もしこれが他都市であれば、間違いなく『壊滅』の憂い目に晒されていたことだろう。街が街として機能するに問題ない被害で済んだという防衛力の高さ、そして、狙われ易さを鑑みた結果、来訪者らの滞在地がスフィラストゥールの近くと設定されたのも頷ける話だった。
 無論、還らぬままのものもある。夜通し使い続けた回復魔術の疲労感に、アウィスから無意識に零れる溜息。来訪者を直接スフィラストゥールに受け入れないのは、こういった被災者感情に配慮してのことなのだろう……手を尽せぬままに見送った者の面影がふと過ぎり、抑えて久しいアウィスの感情の奥に、もどかしい憤りが湧いてくる。これほどに感情が揺れるのは、いつ以来だろう。かつて経験した、魔物の大侵攻以来だろうか――
 わずかに過ぎった思いと共に、滞在地へ向かうべく街をでる道を辿るアウィス。
 入れ違いに、その頭上を羽ばたきと共に通り過ぎていく影。
 明けて間もない陽射しを浴び、漆黒の翼の外郭だけが蒼白く光を貯える。二つの朝日を背に、ダークネスは東側から市街地の上空を横切り、被災地点へ向かう。
「派手にやられたもんだな」
 日が昇り、夜間には判らなかった実態が露になると、この魔都が想像より痛手を被っていることが確認できる。
 街中に一直線に走る破壊の痕跡。未だ片付けも侭ならず、生々しく残る瓦礫。何分、昨日の今日のこと、加えて、防衛に当たった騎士や魔物狩りの有志にも相当数の負傷者が出たと聞く。作業をしようにも人手が足りていないであろうことは明白だ。
 何より、あの有様……眠い目を擦り片付けに集まってきた人々の傍にふわりと降り立つと、ダークネスは少しばかりずれた眼鏡の位置を戻し、どう手を着ければいいのかと瓦礫を見上げている人々の視線の先を見遣る。
 空中に浮んだ、瓦礫。
 ……下層階は半壊し崩れ落ちているのに、魔術に支えられた上層部だけがやわな壁一枚と共に残って、妙に芸術じみた様相を呈している。
 こいつは、専門の術士がいないと取り崩せそうにない。かといって、もしも倒壊の影響で固定の術が切れるようなことがあれば、浮遊部分が一気に崩れてしまう。そんな万一を考えると、下の瓦礫を退けようにも退けられず。手を付けたいが付けられない、集まった人々のそんなもどかしさが伝わってくるようだった。
 今はまだ、昨日の緊張と興奮で、表立って感情を露にする者は然程居ないが……何処かぴりりとした現場の雰囲気に、これがいずれ不満として表に溢れ出すやも知れぬと、ダークネスの既に抱いている懸念に確信めいたものが過ぎる。
「あれは後回しだ。道塞いでるのから退けていくぞ」
 慣れた様子で咥え煙草に火を灯し、細く煙を吐き出すと、手近な人員にそう告げて。
 ダークネスは着崩した軍服の袖を軽く捲り、自身もまた崩れた石材を拾って台車の方へと運び出す。
 その頭上、遥か上空を。
 丸く巨大な影が悠々と飛び去って行った。

 オリーブグリーンの装甲を煌かせ、大地を見下ろす姿は、すごくまるい。
 いや、今は少しだけ。内蔵型噴気孔二つの蓋を開いた大長老(だいちょうろう)のお尻側から、噴炎が角のように生えている。
 どどどどど、とみかん色を景気良く吐き出し空を横切っていく塊に、地上から注がれる沢山の視線。
(今日のおさはおおいそがしだよ)
 朝日に照らされた深緑のコアを瞬きするようにきらきらさせながら、大長老は一路、東へ向かって飛ぶ。目指すは中央大陸南部・始まりの街グリンホーンだ。
 やがて遠ざかっていく丸いお尻。その様を、眩しさに軽くしかめた銀の眼で見届けてから、シャルロルテ=カリスト=アルヴァトロスは長身を翻した。あとはあいつが自分でなんとかするだろう、そんな事を考えながら、徐々に人の集まり始めた山の手へ向かって歩き出す。
 異星人である自身らの滞在地と定められた場所は、険しく高い山の麓のようだった。聞く所によれば、あの山の向こうは『魔の領域』などと呼ばれる危険地帯で、凶暴な魔物が闊歩しており、迂闊に立ち入れば無事で済まぬらしい。幸いにして、領域を隔てる山脈は標高が三千を越える険しさで、余程の事がなければ魔物も直接山越えをしては来ないという。
「魔物って……バカじゃないの?」
 生態系そのものからして違い、異形の生物しかいない惑星、というのならば、異星人の間でも然程珍しい発想ではない。実際にそういった惑星に立ち寄って、物資の補給を行った事もある。残念ながら、異形の生命体はどれも文明を持つに至っておらず、彼らとそれ以上の交流を持つことはなかったが……
 ところが、主文明を人型の知的生命が占めているのにも関わらず、それを脅かす異形の魔物が実在し、そいつらとは戦うしか解決策が無い……
 まほう、まもの、まじゅつし。
 こんな創作文学みたいな世界があるなんて、この星を造るに至った宇宙の法則は気紛れにも程があるだろうと、シャルロルテは整った面持ちの裏側で溜息を零す。
 幾度目だか知れないそんな思考を打ち切って、見回す周辺。海風は山に遮られるのか、吹き降ろされる風は乾いていて、腰を過ぎるほどに伸びた漆黒の髪を絡ませる事もなくざらざらと撫でていく。風に押されるままに振り向いた山の対面、平野部の草木は背も低くまばらで、岩石質の荒涼とした景色が広がっている。
 だが、一見乾いた大地とは裏腹に、山の恩恵か地下水が豊富に沸くようで、滞在地では真っ先に、水場の設置が始められていた。
 地道……に見えて、よくよく見ると何かがおかしい、惑星ティーリアの土木作業。
 組み上げられていく石材。水の溜まり場を作って……なに、それだけ?
 確か、作業員と話したときは地下水を汲み上げると言っていた。それなのに、周囲を掘ったような形跡がない。ただ積んだだけにしか見えない石材の上に早々と据え付けられている取水口。どう見ても地中と繋がっていないだろう、それ。
 作業している地上人が疑問を抱かない所を見るに、この惑星ではこれが当然のことのようだが、シャルロルテからすると奇妙な違和感を覚える。しかし、その奇妙さに興味を惹かれるのも事実であった。
 そんな作業場のすぐそばに、一際大きな円盤――テトテトラが浮遊しながら近づいていく。工作艦である手前機動生命体としては若干小振りだが、人家の一件分を余裕で上回る体躯にテトテトラを目の当たりにした地上の作業員達が思わずどよめきながら手を止めた。
(地下水? 穴空ける? レーザーでできるよ。いらない?)
 二つある円弧状の外装、その片方から格納していたサブアームを一本伸ばして見せるが……どうやら、意思疎通が上手く行っていないようで、作業員は突然出てきたアームに驚き、戸惑ったように顔を見合わせている。
 全く、何をしているんだか。つい、バカじゃないのなんて口走りながら、シャルロルテが仲介に足を向けた時。
(そっか。コアの中じゃないとお話できないね)
 ランドルト環を思わせる装甲の中央、紺藍色のコアがきらりと瞬いたかと思うや、一番近くに居た作業員がすうっと、中に吸い込まれてしまった。
 一際大きくなるどよめき。シャルロルテはもう幾度目だか知れない口癖が口をついて出てくることに諦観めいたものを覚えながら、テトテトラの元へと足を早めた。

 わいのわいのと聞こえてくる人の声。
 すっかり昇った朝日に黒い瞳を瞬かせると、アンノウンはひょろりとした細い手足で伸びをする。ずれたギターを背負い直し、進んでいくのはスフィラストゥールの街並み。
 ようやっと作業に勢いが付いて来た街……の一方では、当たり障りのない日常が始まってもいた。
 まごうことなき大都市であるスフィラストゥールは、その都市圏の広さから全く被害を受けていない場所も沢山ある。アンノウンが居るのも、そんな場所の一つだった。
 時に、彼が何故、滞在地でなくここに居るのかといえば。侵略者を撃退した後、異星人が最初に降り立った折、彼は気紛れにそのままその場に残り……なんと、昨晩は普通に現地の人々と酒を飲んで騒ぐという暴挙、もとい、快挙を成し遂げていた。
 元々、初対面と会話すのは彼の得意技だ。知り合ったんだから仲良くしようぜ。そういって、戸惑う人々の輪の中に入り込み、普通に客として酒を飲み交わし、普通に皆に混じってあれこれと噂話に花を咲かせ、普通に酔っぱらい共と夜を明かした。
「ねっみい……」
 幾度目だかの欠伸をしながら黒髪をがしがしと掻き、多少ふらつく足取りで進む街並み。ふと見遣った軒先に、採れたてらしい野菜が並んでいる。
 店番してるのは、昨日、隣で適当に弾いてたギターに合の手入れてたおっさんではあるまいか。
 ……昨晩。酒場には固唾を呑んで会談の成り行きを見守る人々が集まっていた。そこへ突然現れた見慣れない男に、人々は警戒したり、あからさまに不信な眼差しを向けたものだが。
 実際のところ、何か大きなことが起きている、と言うくらいしかわかってはいないアンノウンの口振りは、どうなるんだろうなぁと見守る人々とそう代わり映えのしないもので。一緒になってあれこれと適当な推測を言い合っているうちに、すっかり盛り上がってしまったのだった。
 行き掛けに軽く手を上げて挨拶してみると、おっさんはそれに応じつつ、果物を一つ投げ寄越してきた。どうせ何も食ってないんだろ、なんて言いながら。
 この星の通貨なんて持ってはいないが、何か返せるものはないものかと、ジャケットのポケットを順番に探るアンノウン。しかし、ぺらぺらの革ジャケットのポケットをひっくり返しても、綿埃くらいしか出てこないのはおっさんも承知なのだろう、ツケにしといてやると、昨晩とは違うむっつりした表情で言ってきた。判った、このおっさん、酒が入ると陽気になるタイプだ。
 貰った果物に早速かじりつくと、寝起きには良く効く酸味が口一杯に広がる。
「そいやあよ、この辺は普通みてえだが。困り事とかねえか」
 昨日はずっと西側から煙上がってたしよ。そんな具合に、世間話宜しく店先で始まる会話。何気に街の景色に溶け込んでいるアンノウンに、行き交う人々がたまに気付いて、判り易いくらいの二度見をする。
 そんな人々にもまるで近所の知り合いのように軽く手を振るアンノウンに、おっさんがそういえばと切り出したのは――

 ――守護塔。
 それは、都市外の脅威に備え建造された、防衛装置。
 都市圏を覆うように『障壁』を張り、外部から内部へ向けての攻撃を遮断する効果を発する。
 無論、惑星ティーリアにおける脅威とは、魔物のことだ。
 同様の装置は大都市であれば一つ以上を保有し、外壁の代わりを勤めている。中でも、スフィラストゥールのものは魔の領域より沸き続ける魔物への対処も兼ねている為、他都市に比べれば大型で、出力も高めだ。それでも、製造元ともいえる機構都市ツァルベルを護る八本の守護塔には遠く及ばないのだが。今回の襲撃を受け街の被害が皆無であった都市はツァルベルだけで、それはまさにこの守護塔のお陰だった。
 とはいえ、障壁そのものは無敵ではない。長時間の負荷や、強力な力を受ければ、いずれは破られてしまう。障壁で敵を食い止める間に態勢を整え、実際の撃退は騎士や魔物狩りなどが行う、それが各都市においての主な防衛戦術。
 そして、この度の襲撃に措いて。スフィラストゥールの守護塔、通称『東の塔』は侵略者からの攻撃負荷に耐え切れず、魔力の逆流によって内部装置が破裂してしまっていた。大型で高出力の守護塔ともなると、建造には機構都市ツァルベルの職人魔術師の力と、多量の魔鋼が必要となる。修繕も同様だ。
 通常は、障壁が破られても魔力補充の休眠状態に切り替わるだけで、破裂などしない。今回の守護塔機能停止はまさに前代未聞の出来事だった。
 いつまでも沈黙を続ける塔に、近隣住人の不安は募る。既にツァルベルには職人派遣要請が出されているはずだが……そのツァルベルもまた、無傷で済んだのは『街』であり、守護塔そのものは八本のうち三本が襲撃の負荷で崩壊を起こし、機能しなくなっている。都市規模に対し騎士団錬度が低く、防衛の殆どを守護塔に任せていたツァルベルにとって、障壁の喪失は死活問題だ。スフィラストゥールに修繕の人手がやって来るのは、どんなに早くともツァルベルの守護塔に復旧の目処が立ってからになってしまうだろう。
 素材である魔鋼の確保も問題になるに違いない。産出地である山岳都市ダスランへの交通手段が限られているからだ。無論、ダスランも救援物資を必要としているだろうし、考えれば考えるほど、今回の襲撃が惑星ティーリアにもたらした傷痕の大きさを浮き彫りにする。
 ことに、目に見える形でそれがわかる被害地域や塔の周辺には、なんとも言い難い暗い雰囲気が立ち込めていた。
 魔力の欠片も感じられない塔周囲を一巡り、ダークネスは何も手につかぬ様子で空を見上げている人々の近くへと、翼を畳み舞い降りる。
「心配すんな。魔物だってそうしょっちゅう来やしない」
 咥えたままだった煙草に火を着け煙を吹きながら、不安げな住人に声を掛けるダークネス。
 ……その頭上を、また巨大な影が過ぎる。
 さっきのまるいのか? 思い、見上げた漆黒の瞳が真っ先に捉えたのは、機体を走る赤いライン。
 それから数秒して、全体がモノクロのツートンカラーをしていることに気がつく。全容の認識が遅れてしまったのは、そのサイバーなカラーリングの機体、スゥイ・ダーグ MAX(-・- まっくす)が低い位置を飛んでいたからだ。
 塔を砕いた怪物の登場に、無意識に身を竦めてしまう住人達。ダークネスはそんな人々を宥めるように、どうどう、と判り易く両手で押さえるような動作をして見せる。
「大丈夫だ、落ち着け。話着けてきてやるから待ってろ」
 点けたばかりの煙草の火を始末し、無精髭に落ちた灰を軽く払うと、漆黒を羽ばたき上空へと舞い上がっていく長身。
 巡洋艦にしては小振りだが、それでも守護塔よりでかいスゥイの体躯。段々と全容が判らなくなってくる巨躯を前に……あの真ん中あたりにある丸いのがあいつらの目か? そんな事を考えながらダークネスが近けば、ボディカラーと同化し易いスゥイの灰色のコアに、翼を広げた黒い軍服姿が映り込む。
「おい、お前さん」
 呼びかけに、徐々に速度を落としてその場に制止するスゥイ。
「……聞こえてるのか?」
(聞こえてるぜ)
 だが、音声でのやり取りが出来ない手前、ダークネスの方にはそれが解らない。
 暫し見つめ合う両者。
 が、やがて。
 ダークネスを映し込んでいた灰色が、きらりと光る。
『これで話せるぜ。で、何だ?』
「……中か」
 急激に変わった景色。確かめるように眼鏡の位置を直し周囲を見回すダークネス。無重力による不可思議な遊泳感と、直接頭に再生される音声に、どうやらここがスゥイの内部であるらしいと悟る。
 普通なら慌てふためいてもおかしくない所だが、話せるようになったのならそれでいいかと、ダークネスは短い逡巡をしただけだった。
「下に怖がってる奴がいる」
『それは悪かった。もっと高い所飛べばいいか?』
「そうしてくれ」
 すると、スゥイは平たい身体を四半回転させ、噴気孔を下向きにして紫の噴炎を点す。
 ごっ、と文字通りに火を噴くその音に、ダークネスはコアの内部から眼下を見遣る。
「出来るだけ大きな音出すなよ」
『難しい事言うな』
 炎を絞り、ゆるゆると上がっていくスゥイの体。
 次第に遠くなる街並み。やがて、東の塔が指先程の大きさになった所で、これだけ上がれば十分だろうと、ダークネスは翼を広げる。
「……どうやって出るんだ」
『その前に聞きたいことがあるんだが』
 ――それから、程なく。
 煌くコアから機外へと解放されたダークネスを残し、スゥイは西側の山手へと静かに動き出した。

第二節
 日が少し進み、輝く太陽が中央大陸を真上から照らす頃。
 見慣れた――と思っていた港の、随分と様変わりした様子に、勇魚吠(いさなほえり)は、ははぁ、と感心したような、呆れたような息を一つ。
 始まりの街グリンホーン。別名たる海の交差点を象徴するような、大きく張り出た岬。岬を外郭に大きく楕円を描く湾の中央には、『大桟橋(だいさんばし)』と呼ばれる大構造物があり、大桟橋から放射線状に延びる小さな桟橋が、実質の船着場となっていた……のだが。
 いつもなら湾の周辺には沢山の船舶が浮んで、混雑時には港湾の出入りに少し順番待ちをしなければならないというのに。小型船は臨時の船着場のほうに回されているらしく、跡形もなくなった『大桟橋』の付近には、浅瀬に接岸できない大型船がちらほらと浮んでいるだけだった。
 もっとも、この街のことだ、桟橋の修復くらいは一週間と経たずに終えてしまうのだろうが……
 ざんざと打ち寄せる波打ち際。残っていた護岸に顔を覗かせて、修繕作業をしている人影に声を掛ける。
「こっから上がって宜しい?」
 ぬっ、と顔を出したざとうくじらに一瞬驚いて、しかし、吠が人外の徒であると判ると、構わないよと手招きを返す作業員。
 不意に変わって行く輪郭。十メートル近い体躯は徐々に縮んで、尾びれは二股に、胸びれには五指が生じ、やがて人の姿へと転じた吠は、ひょいっと護岸の陰に飛び乗った。
 袖なしのシャツに、腿丈のパンツ。動きやすく、その分着脱も楽な衣服にさっさと袖を通すと、ふわふわした毛質の髪――襟足から伸びた白とグレーのまだら髪を二つに分けて結び、こなれた様子で肩前へ。
「ほんま、派手な襲撃やったねぇ……」
 なんて言ってはみるものの。侵略者の襲撃当時、吠はいつものように海を泳いでいて、直接の被害を目にしてはいない。ただ、空を横切っていく大きな影と、一直線に伸びる眩しい光、それから、陸地の方で上がる黒い煙を、揺れる波間から見かけただけだ。
 しかし、こうして現地に来てみると。
 くじらの姿の時、たまに引っ掛ける事もあるが、それ位ではびくともしなかった大桟橋が跡形もなく。それどころか……乗り上げた護岸から見遣っただけで、街中を抉る巨大な痕跡が確認できた。
 剥き出しの地面に散らばる残骸、刃物で切られたように半分しか残っていない家屋。
「なんやの、なんにもあれへんやん」
 ……あの時見た光には、これだけの威力があったのか。
 ふっと沸いた想像に、妙な恐怖心が沸いてきて、思わず身震いをする吠。
 時を同じくして。
 別の場所から、その光景を眺める者があった。愛用の銛『鳴海』を手に、海風にマントを棚引かせる小麦色の肌の少年、もとい、青年――沙魅仙(しゃみせん)
 岬から続く小高い丘から見回せば、湾から少し離れた海岸線にずらりと並ぶ小型船が見て取れる。消失し使えなくなった大桟橋に代わり、小型の船舶がグリンホーン周辺の漁村を臨時の船着場に利用しているのだ。大型船舶に至っては接岸できる場所が余りに少なく沖に停泊したままで、受け入れをしている漁村の船舶が総出で岸辺まで荷物の中継運搬を行っているようだった。
「ふむ、予想以上に破壊されたものだな……」
 海から陸地、陸地からまた海へ。巡る沙魅仙の黒い瞳に映し出される一連の光景。つい先程、街の住人よりもたらされた情報によれば、グリンホーンの被害自体は大桟橋の欠損と街中に出来た大穴程度で、街の被害そのものは比較的軽微であるらしい。
 だが、あれを『軽微』などと見過ごすようでは、ロードの名折れ!
 ……そんな使命感もあり、沙魅仙は守るべき領民と疑って止まない市民を支援すべく、こうして立ち上がったのだ。
 とはいえ、一人きりで出来ることには限りがある。先ずは人手を集めなければ。ロードとしての資質を問われるであろう重要な部分だ。
 そんな折、丁度護岸に上がってきた吠の姿が沙魅仙の目に止まる。
「ふむ、あの者も海に所縁有る人外の徒か……よし」
 一人頷くと、沙魅仙は金色のメッシュが入った赤い髪とマントを海風に翻し、吠の姿を追って丘を下り始めた。

 最後の瓦礫を山裾の資材置き場に放り込み、利根川 るり(とねがわ るり)は軽く額の汗を拭う。
 辺りを見回すついでに見上げた空、一層に眩しさを増した陽光に、ぱっちりとした紫の瞳を瞬く。
「わ、もう太陽があんなところに……お昼のお手伝いをしないと」
 気合を入れ直すかのように、少し緩んできた髪留めを一度解き、えんじ色の長い髪を後頭部の……いつもより心持ち高いところに結び直す。それから、瓦礫を運んできた台箱――車輪がなく浮遊する荷車のことである――を引いて、一路、グリンホーンの街へと下り坂を駆けていく。
 ……破壊された部分が綺麗さっぱり穴が空いたようになっているのは、光線に当てられて蒸発したわけでなく、こうしたるりらの手早い活動のお陰だったりするのだが、吠が気付くのはまだ少し先になりそうである。
 昨日の襲撃直後。まだ会談も終わらぬ真夜中に、状況の把握を兼ねて真っ先に災害復興に動き出したのは、各地にあるナハリ武術館と、聖ジュディス教会だった。中でもナハリ武術館は門下生にいち早く市民支援を呼びかけ、瓦礫の除去、怪我人の搬送などに人手を回した。お陰で被害程度が割に小さかったグリンホーンでは、こうして昼前にはおおよその目処がつくに至っていた。
 何か力になりたい、募る思いにいてもたっても居られなかったるりにとっても、ナハリ武術館の支援指示は良い追い風になった。元々、何もなくとも手助けをするつもりでいたのが、支部に集まる情報を活用することで、何処に人手が必要なのかを容易に知ることができたからだ。
 だが、他にもまだ人手が必要な場所は沢山ある。例えば、スフィラストゥール――昨晩の会談直後、ナハリ武術館の魔都本部から各都市支部へ支援要請があったことは、支部の門下生であるるりも知っている。グリンホーンの状況がある程度落ち着けば、支部がスフィラストゥール行きの船を手配するらしい、という話は聞いているのだが……港の状態が状態だけに、いつ頃になるかは不明のまま。
 何とかして、力になりたい。昼食の手伝いが終わったら、西方行きの商船に乗せて貰えないか聞いてみよう……
 ……そんな事を考えていると。
 不意に、暗くなる頭上。
 空は青々として、雲はレースのように薄いものがちらほら浮いているだけだというのに。
 丘から見下ろした眼下の街にだけ落ちる、空を切り取ったように弧を描く黒い影。
 おかしいな、と見上げた真上。
 西側の山を越え、段々と近づいてくるまるい……まるい、すごくまるい!
 るりは視界に映りこんだ大長老の姿に、紫の瞳を負けないくらい丸くして、思わず叫んだ。
「丸くて可愛いーー!」
 どよめきと共に空を見上げていた周囲の人が、そんなるりの反応に思わず吹き出すのが聞こえる。
 急に集まった視線に流石に恥ずかしくなったか、るりは台箱を引きながら再び駆け出す。しかし、視線は大長老に釘付けで、そのまるい姿が街の外れに降りていくのを、ずっと破顔したまま見つめていた。

 そうして大長老が現れる直前。
 無事に吠と接触を果たした沙魅仙は、ロードのたしなみたるマントを優雅に翻しつつ、早速勧誘を行っていた。
「わたしは沙魅仙。貴君は此処のものか?」
「どうも宜しゅう。ここの者やないけど、どないしはったん?」
「今、漁をする為に人手を募っている。手が空いているようなら力を貸してもらえぬか?」
 元々尊大な性格だというのもあるのだが、数cmばかり吠の方が背が高いせいか、せめて気位だけは高く……というのが無意識に滲み出て、佇む沙魅仙の姿勢がいつもより心持ち偉そうである。
 もっとも、吠は然して気に留める様子もなく。沙魅仙の手にする銛を目にして、ああー、となにやら合点が行ったように手を打った。
「港あんなやと魚獲れへんもんね」
 何か手伝えることがあればと思っていた吠に、特に断る理由もなく。
 ええよー、と返そうとした、頭上。
 大長老が現れたのは、その時だった。
「なんやの? なんやのん!?」
 山を越えてくる巨大な影に、思わず早口になる吠。
 同じようにどよめく周囲。沙魅仙も暫し丸く巨大な姿を黒い瞳で追いかける。
 街外れに降りて行く大長老。それを追うように、次第に流れていく人。
 やがて落ち着いてきた吠は、初見のどきどきが好奇心に変わり、緩やかに飛ぶ大長老の巨躯に親近感を覚えていくのを感じていた。
「なぁなぁ、あたしらも行ってみやへん? 野次馬するてことは暇してるてことやし、人手も沢山集まると思うんやぁ」
「ふむ、それは名案だ」
 ならば急ごう。沙魅仙は颯爽とマントを翻すと、吠を伴い街外れへと足早に歩き出した。

 そんなこんなで、すっかり注目の的になった大長老。
 遠巻きに見ると、ふさふさに見えていた大長老の装甲。艶消しがされているせいもあるのだろうが、近づくと毛に見えていた一本一本がしっかりと金属質で、それぞれが人の胴体ほどの太さがあると判る。何しろ、全長450m。小さな村くらいなら、すっぽりと隠れてしまう大きさだ。
(もしもし。おさはとてもおおきいけど、すごく安全ですよ)
 ゆっくりと高度を落としながらそう呼びかけてみるものの、やはり、精神感応はコア外に居る相手には届いていないらしく、ざわめきと一緒に人がどんどん集まってくるだけ。
 それならと、大長老はまるい装甲板の一部を開くと、そこからサブアームをそっと伸ばした。
(おにもつ運ぶお手伝いに来たんだよ)
 驚く人々を刺激しないようにゆっくりと、置いてある物資、自分、街とは別の方角を指し示す。
 しかし、人々はまだ驚きの方が勝るのか。ゼスチャーとしては決して間違いではないのだが、大長老の伝えようとしている事が中々伝わらない。
(ううん、どうしよう)
 ちょっぴり困ってしまいながら、何度か動作を繰り返す大長老。
 と、そこへるりが勢い良くやって来る。
「わーー、とても大きいですねー!!」
 まるいもの、飛ぶものが大好きなるりにとって、大長老はまさに好みのど真ん中。溢れる感情にいつものにこにこ顔はより一層に崩れて、余程に嬉しいのだろうということが傍目にもまるわかりだ。
 そして、そんなるりだからこそ、大長老が何かを訴えているのだということにも真っ先に気がついた。
「えっと、荷物を、自分、あっち……判りました、運びたいんですね!」
 その言葉に、周囲に居た野次馬達から、おお、と感嘆の声が上がる。
 きっと、この機動生命体さんは被害が大きな地域へ荷物を運ぶ為にやって来たに違いない。このまるくて大きくて可愛らしい方ともう少し一緒に居たいのも事実だが、それよりも、一緒についていけば船よりも早く現地に行けるのではないか。そんな思いがるりの中を巡る。
「ここにある荷物は全部ダスラン宛で間違いないですか?」
 周囲の荷物番に確認を取ると、るりは大長老に手を振って、判り易いように荷物を抱えて近寄って見せる。
(やったぁ、通じたよ。ありがとう)
 大長老はそんなるりの姿を確認し、応じるようにまるいハッチを開いた。続いて、するすると降りてくるタラップ。
 再びゼスチャーで荷物を示し中を示しとやって見せると、るりは力仕事は任せてくださいと、率先して荷積みを始める。おっかなびっくり、と言った様子で後に続く荷物番の人々。大長老もサブアームを使って、自身の内部へ荷物をどんどん積み込んでいく。輸送艦としては最大規模の大長老艦内はまだまだ余裕があり、一杯になるには少し時間が掛かりそうだった。
(ごめんね、おさ、サブアーム一本しかなくてごめんね)
 しかし、そういえば、これは何処の荷物なのだろう。
 真ん中の大陸の港に必要なものが集まり易いと、シャルロルテにまずそれだけ聞いてここへやって来たわけだが。
(詳しいこと、教えてくれないかな)
 どうにかお話ができないものだろうか。今までの宇宙の旅で、いきなりコアに入れてしまうと喧嘩になり易いというのは、大長老も心得ている。でも、さっきにこにこしていたあのこなら、ちょっとくらいコアに入って貰っても大丈夫かな?
 さて、そうして大長老への積載が進む周囲では、沙魅仙が人手になりそうな若者の勧誘を進めていた。世界随一の港街ということもあり、海洋を得意とする人外の徒も存外に多いようで、沢山とは言わぬまでもそれなりの人数が沙魅仙に応じて集まりつつあった。
「これもコウテイペンギン族の威厳の成せる業か」
 満足げに頷き、海風にマントをなびかせる沙魅仙。その視線が、荷積みの大長老に留まる。
 あの者の助力が得られれば、新鮮な食料を素早く内陸まで運ぶ事もできるのではいだろうか。
 そんな逡巡をしているところへ、持参の塩おにぎりで軽く腹ごしらえをした吠が。
「結構集まったねぇ。早速始めるん? それとも午後から?」
 言いながら、吠もまた大長老を見上げ……浮いてるあの子らは何を食べはんのやろ? ふとそんな事を考えた。

第三節
 中央大陸に差す陽が傾ぎ、夕暮れへと時が進み始めた頃。
 グリンホーン沖の海中を、流星の如く飛泳する影があった。
 白く棚引く泡の尾は、空を切り裂く彗星のように。電光石火に海中を駆けるその姿は、水棲生物であろうと最早目視することは敵わない。
 接近に気付いた時には既に。いや、気付く前にその姿を捉えたとしても、逃げ出すことは出来なかっただろう。
 繰り出した『鳴海』は狙いを違わず獲物の鰓を貫き、その身体を瞬く間に海面へと跳ね上げる。
 勢い良く上がる水柱。海中から海上へ、変わらぬ速度のまま飛び出した沙魅仙の体が、沖に浮かべた小舟の上に振り落ちる。
 ずだん、と勢い良く着地を決めたはいいが、少々高く飛びあがりすぎたせいで、振動にぐわんぐわんと揺れる船。わーきゃーと上がる悲鳴と共に、船縁で休んでいた若者が何人か海に落ちていくのが見えて、沙魅仙は慌てたように咳払い。
「ふ、ふむ、大物すぎたようだな」
 そして、鳴海を一振りして、仕留めたての獲物――彼の身の丈を上回る文字通りの『大物』を先端から取り外す。
 船上には既に皆して獲って来た大小様々な魚介類が無造作に積み上げられていた。その中に転がり込んできた大物に、またぐらぐらと揺れる小船。
 ざとうくじら姿に戻っていた吠は、落っこちた若者を背中で押し上げ船へ戻してやりながら、ぱっちりとした瞳を海面に覗かせて船の様子を見遣る。
「ほんまに大物やねぇ。船も一杯になってもぉたし、一旦戻ろかー」
「よし、頼むぞ」
 濡れないようにと脱いでいたマントを再装着、沙魅仙が風に吹かれるべく船首に立ったのを確認してから、吠はグリンホーンへ向かって鼻歌混じりに泳ぎ出す。
「せやけど、あそこはもう結構食料足りてる感じするんよねぇ」
 元々が物流拠点だっただけに、物資自体は潤沢にあるように思える。どちらかというと、大桟橋の損壊で沢山ある物資の『荷降ろし』が遅れている、というのが現状のようだった。
 それよりも、大陸奥地にある山岳都市ダスランのほうが食糧不足が深刻なのではないだろうか。港の人手はほとんどが沿岸部に集まる船に回され、奥地への輸送人員が圧倒的に不足しているように見受けられる。グリンホーン内ですら輸送が滞っている現状、あらゆる物流をグリンホーンからに頼っているダスランの状況が芳しいとはとても思えない。
 そんな懸念に、沙魅仙は船首で向かい風を浴びながら。
「わたしも考えていた所だが、どうであろう、あの来訪者の力を借りるというのは」
「ああ、さっきのまっるい緑の? そういや、ダスラン行きの荷物積んでる言うてたねぇ」
 ええかもしれへんね。続く吠の言葉に、そうであろう、と背筋を伸ばす沙魅仙。
 やがて近づいてくる港湾と、山を背にした街並み。
 二人の視線は、その端っこに鎮座する、巨大なオリーブグリーンを見つめていた。

(おぼふ……艦の中がパンパンだぜ。てかんじだよ。ごめんね。一度運んでくるよ)
 目一杯に積めるだけの荷を積み込んだ大長老は、作業していた者達が機外へ出たのを確認し、まるいハッチを閉じる。
 そして、ゆっくりと浮き上がりながら……意を決して、三つあるコアの一つを、きらりと瞬かせた。
「わ!?」
 途端に、るりの体が浮遊感に包まれる。かと思うと、るりは既に新緑色をした半透明で巨大な空間の中に居た。
 薄い硝子のようなものの向こうには、空と、海と、グリンホーンの街並み。
 そんなるりの脳裏に、直接呼びかけてくる優しい声。
『もしもし。びっくりさせてごめんね。おさ、こうしないとお話できないから。怖かったらすぐに出すからね』
 ……ひょっとして、ここはあのまるくてかわいい方の中だろうか。
 それが判った途端、驚きと感動と嬉しさと、交じり合いすぎて表現のしようのない感情が、るりの中に溢れてくる。
「わー! おささんっておっしゃるんですか? ここは荷物を入れるところとは違うんですね」
『うちは大長老っていうんだよ。きみが居るのはコアの中だよ』
「えっ? 長老さん? し、ししし失礼しましたーーー!!」
『そんなことないよ。おさでいいからね』
 長老と聞いてあたふたするるりに、変わらず優しい声を響かせる大長老。
 でも、怖がったりはしていないようだと判断して、大長老はなんだか安心――らしき、ふんわりとした気持ちを覚えた。
『だれか、運ぶの一緒にきてくれる人っていないかなあ』
「道案内ってことですか?」
 るりが直接でなくとも、誰か他に随行者が居ないか、代わりに聞いてはくれないか。
 そんな想いをそろそろと綴る大長老に、るりはぐっと拳を握ると、「判りました!」と元気よく応じる。
「私がご一緒します!」
『ありがとう! やったね!』
 途端に、大長老の心中に広がる『なんかいいよね』。
 ほんのりとした感情の動きが伝わってくるようで、るりは益々大長老をかわいいと思ってしまう。
「その代わり、後で私をスフィラストゥールまで運んで貰えませんか?」
『うん、わかった。じゃあ、その時もおにもつ一杯運んでいくね』
 こうして、るりを伴い大空へと浮き上がる大長老。
 山岳地帯へ遠ざかって行く、オリーブグリーンの丸い機影。
 少し遅かったか、とそれを見送る沙魅仙。しかし、周辺の荷物番によると、まだ滞っている荷物が残っているらしく、あの機体はまた後で往復してくるだろうという。
「ふむ、では次の便に積載を頼むとしよう」
「ほんなら、それまでにまたたんまり獲って来とかんとね」
 耳後ろから零れた髪を結び直しながらごちる吠に頷くと、沙魅仙は再び若者らを伴い海へと引き返して行った。

 他大陸に遅れ、昼を迎える西方大陸。
 滞在地に新設された取水口からは、滔々と流れ出る水。持ち上げれば動かせるし、地中とも繋がっていないのだが、これは『こういう道具』であるらしい。
 便利なのか、大雑把なのか。
 水場に集まり昼食を摂る作業員らを見遣りつつ、休息を取るシャルロルテ。テトテトラはまだエネルギーがあるのか、休まずに作業を続けている。いきなり作業員をコアに収容した時はどうなるかと思ったが、機動生命体の会話方法がそういうものだと判ると、人々は案外普通に受け入れているようだった。あの取水口と同じく『こういうもの』だとして納得できるのかも知れない。
 と、不意に、爆破音がして遠くで上がる土煙。どうやら、テトテトラが邪魔な岩を零距離射撃で粉砕したらしい。すぐに、破砕した岩石の欠片を器用にサブアームで拾い上げ、遠くへ運んでいく。最初は周辺の状況を見て、『レーザーで一掃しちゃ駄目?』なんて言っていたが、流石に地形が変わりかねないからと止められた。
 そんなこんなで、着々と準備の進む滞在地。整地の終わった更地には、スフィラストゥール方面から運ばれてきた物資が集められ、資材置き場のような様相を呈している。
(どんな『家』を建てるんだろ)
 テトテトラが知っている住居というのは、宇宙航行中に滞在する輸送艦や空母、あとは母星に居た頃の格納庫くらいのもの。他の惑星では人の住処は空から眺めることしかなかったし、実際に建築したり、内部構造を知るのは初めてのことだ。
 ぽい、と運んだ岩を放り出して、空色の噴炎を吹きながらすいすいと戻ってくるテトテトラ。
(地面綺麗にしたよ)
 作業員達は戻ってきたテトテトラに労いの言葉を掛ける。直接通じては居ないだろうが、それとなく通じ合っているような気がするのが中々面白い。
 今度は何をするのかな。サブアームと一緒に円弧状の外装をくるくると回しながら方向を転じると、休憩を終えた作業員が資材置き場の木材を整形しに掛かっているのを発見。早速、興味津々で近づいていくテトテトラ。
(木材? 切り刻むの? 細かいね)
 人には重労働だが、機動生命体からすると細かい作業。しかし、テトテトラは工作艦、この手の作業などはお手のもの。
 引かれた線に沿って、さっとサブアームが滑ったかと思うや、寸分の違いもなく寸法どおりに裁断される木材。石材も同様に、四本あるサブアームがてきぱきと動く度、あっという間に整形の終わった資材が出来上がっていく。
 余りに華麗で無駄のない挙動に、作業員の間から上がる感嘆の声。
 その中に、午前の配達物資と一緒にやって来たアウィスの姿もあった。
「こんなに細やかな作業もできるのですね」
 昨日のこともあり、純戦力として機動生命体を捉えていたアウィスには、テトテトラのような工作作業に特化した機体の存在は意外な発見だった。
 こういった機体が存在するのなら、自分のように回復魔術が専門の者にも適した相手がいるのではないか――作業員らに疲労回復の術を施しながら逡巡するアウィス。
 組織再生により、疲労部位は瞬く間に修復され、身軽に動き出す作業員。
 すると、今度はそんな光景に興味を示す者が。
「回復の術かい?」
 声を掛けられアウィスが振り返れば。
 ……眼鏡越しの瞳に映るのは、見上げるばかりの長身。華奢で折れそうなシルエットを包むのは、惑星ティーリアでも余り違和感のない貴族然とした意匠の着衣。人形のように整った面持ちは何処かひんやりとして……機構都市ツァルベルの貴族街から来た、と言っても通じてしまいそうな雰囲気だ。
 だが、感じ取れない魔力に、そこに立つシャルロルテが異星人であると、アウィスにはすぐに判る。
「はい。珍しいでしょうか」
「まあね。それを言うと魔術自体がだけど」
 アレなんかさっぱり意味が判らないし。そう言ってシャルロルテが巡らせた視線の先には、例の置くだけ取水口が。
 他にも、支えがないのに水平に立っている屋根や、骨組みが無いのに崩れない壁……訳が判らない物が一杯だと、呆れたように零す。もっとも、然るべき時間を掛けて解析を行えば、天上の民たるシャルロルテには理解可能な段階まで魔術理論を落とし込めるかも知れない。
「魔術ないと何にも出来ないんだね」
「誰でも使えますから」
 息をするように皮肉を吐いてくるシャルロルテに内心でむっとしながらも、アウィスの表情にそれが表れることはない。ただ軽く細い銀縁の眼鏡のつるを押し上げて、静かに返す。
「それより、あなたは何を?」
 てきぱき働いているテトテトラに比べると、一見して油を売っているようにも見えてしまうシャルロルテ。だが、よくよく見ると衣装にあわせて作られたであろう凝った意匠の靴が随分と砂にまみれていて、余程に歩き回っていたらしいことが窺えた。
「言付係。午後は買出しに行くけど、君は何か必要なものあるかい?」
「いえ。それより、お聞きしたいことが」
 告げるアウィスの紺色の瞳が、一軒目の設営を終え再び建築資材の裁断を行っているテトテトラへと巡る。
「あの方は、戦ったりはなさらないのですか?」
「あいつは工作艦って種類で……ま、直接聞いてみればいいんじゃない?」
 そういって、シャルロルテは機嫌よさそうに資材を分断しているテトテトラを呼び寄せる。この方、物言いは辛辣だけど、なにやら妙に親切な気もする。ひょっとして口が悪いだけなのだろうか。
 そんなことを考えているアウィスに、シャルロルテは妙にぶっきらぼうに。
「中入ったら話せるから。後は勝手にするんだね」
「はい。有難う御座います。……あの」
 そのままアウィスの返事も聞かずに踵を返し、街へ向かっていくシャルロルテ。結果的にシャルロルテ個人のパートナーの有無を聞きそびれてしまったアウィスだったが、聞かずにおいてよかったのではないか……遠ざかっていく華奢な長身の背に、不意にそんな思いが過ぎった。

第四節
 魔都の西、魔の領域と街とを隔てる山脈に、一箇所だけある谷間。
 必然的に魔物の通り道となってしまう渓谷と、それを塞ぐように鎮座する砦。
 その真上に、丸底フラスコの口に返しがついたような形状の巨体が浮んでいた。
『障壁分を補う為に、砦の防衛門に騎士が集められてたぜ。魔物狩りも自主参加してるらしい』
 そんなダークネスの言葉に従いやって来たスゥイ。砦の周辺に集まった者達はその姿を間近に、各自様々な意味で大興奮だ。
 艶やかに光る、二つのコア。
 俄に門の周辺が騒がしくなったのは、その直後のことだった。
 響き渡る獣の咆哮。
 10mを越すであろう体躯。牛なのか、馬なのか。駆け抜ける蹄が大地に点々と痕跡を残し、理性の欠片もない双眸が砦だけを見据えて突進してくる。
 防壁展開、砦上部より指揮官らしき人物の号令が響き、後列に居並ぶ魔術師が詠唱を開始する。
 次第に防護門前に張り巡らされる不可視の障壁と、真っ向そこへ突き刺さる異形の体。直後、弾けるような音と共に障壁が爆ぜ消え、押し返された魔物が反動で転倒する。
 迎撃、再び発せられた号令と共に、閃士らが各々の武器を手に防護門からまろび出た。
 起き上がる魔物の足元を狙い、氷を纏わせた刃を振るう者、顔面に目掛け炎の一撃を浴びせ掛ける者、そして、反撃に繰り出された獣の牙を盾に纏わせた空圧で押し返す者。
 規律の取れた連帯で魔物をじわじわと追い詰めていく騎士団。
 その一方で。
 砦のやぐらの上から、新たな敵襲を告げる見張りの声。
 歪な顎に生える骨のような翼……薄気味の悪い異形が、渓谷の空を越えて迫ってくる。
 と、今度は。いち早く射られた風の矢が、異形の身体を風圧に巻き込み地面へと叩き落す。かと思えば弓を射た当人は砦の上から風を纏って飛び降り、とどめを刺さんとして敵の落下地点へと駆け抜けていく。
(あれが『魔物狩り』ってヤツか)
 荒削りながらも、的確に敵を狙い撃つ風の魔術。加勢するように、別の魔術師が地面へと術を仕掛ければ、競りあがった大地が鉄槌となって異形の真上に叩き落ちる。
 上空より見守るスゥイの前で繰り広げられる地上の戦い。
 多少の負傷を負いながらも優勢に進んで行く戦況に……しかし、今度は上空に浮ぶスゥイにだけ、遠く山間を抜けてくる別の脅威が見えていた。
(こうやって次々敵が攻めてくるんだな)
 大群でやって来る気配は今の所ないようだが、確かにこれは人手がないと対処できなさそうだ。昨日の襲撃で負傷者が沢山出たというのなら尚更だろう。
 思うや、スゥイの装甲が音を立てて動き出した。
 鈍い駆動音を響かせて開く前方部。左右に別れた装甲は胴体よりも幅広く掻き開かれ、格納されていたレーザー砲が姿を現す。
 キィン、と。
 高周波を伴い、山間を迸る紫色の光。
 ようやく肉眼に捉えられた新たな敵影は一瞬で光の中に掻き消え、砦の上でそれを目の当たりにした騎士と魔物狩り達が呆気に取られたように立ち尽くす。防護門前では魔物を仕留めた者達が何事かとどよめきながら、再び駆動音を響かせながら武装を仕舞い込むスゥイを見上げている。
 不意に、装甲と同化して見えた二つのコアが、瞬くように輝く。
 途端に、スゥイを見上げていた魔物狩りの二人が……掻き消えた。
『よう。中々やるな、オマエ達』
 慌てふためく二人に、コアの中で話し掛けるスゥイ。
 その時また、やぐらから発せられる敵襲を告げる声。
 折りよしと、スゥイは格納した者達に誘い掛ける。
『力貸すぜ』
 再び、スゥイの装甲が動き出す。
 響き渡る駆動音。剥き出しになった二基のレーザー砲に集められたエネルギーが、発射口に光を灯す。
『だから、オマエ達もオレに貸してくれないか』
 一緒にこの惑星を護ろうぜ。
 言外の意志と共に解き放たれた光が、渓谷を抜けて、魔の領域を貫いていった。

 防護門付近が、妙に騒がしい。
 いや、騒がしくなる事自体は、さほど珍しくもない。魔都を魔都たらしめているのは防護門の防衛そのものだ。魔物が現れれば否応なしに騒がしくもなる。
 障壁の分だけ苦戦を強いられているのだろうか。それとも、さっきの白黒模様のあいつが何かしでかしたのだろうか。
 よもや、防護門周辺がその白黒模様大試乗会会場になっているなどとは露知らず。寸断され、使えなくなった大通りの上をゆっくりと舞っていくダークネス。部分部分、通行できるように瓦礫が取り除かれてはいるものの、そこまで大回りをしなければならない住人には、不便この上ないだろう。
 しかし、その不便を圧してでも、近道をしようとする者も居て。
「無理するんじゃない、危ないだろ」
 飛べるなり、浮遊の術を使えるなりするならともかく。普通に乗り越えていこうとする相手の肩をわっしと掴まえると、ダークネスはひょろりとした細身の身体をそのまま持ち上げる。
「お? お、すげ、飛んだ飛んだ」
 運ばれながら、ギターを背負った男は細い両腕をひらひら。どうやら浮遊感を楽しんでいる風情。
 ……何だろうか、この違和感。
 一先ず瓦礫のない場所まで送り届けると、ダークネスは多少草臥れた様子で着崩した軍服の襟元を軽く整えながら、今運んだ相手をまじまじと見遣る。
 男は訝しげな眼差しを気にした風もなく、旧友にでも会った様な素振りで自然に手を振って見せる。
「いやあ、険しい山だった。越えるだけで日が暮れるかと思ったぜ。ありがとよ」
「何処へ行くんだか知らんが、帰りは安全な所を通れよ」
 そこまで言ったところで、ダークネスはこの男――アンノウンに感じていた違和感の正体を知る。
 ……ああ、こいつが来訪者って奴か。
 機械でない奴に会うのは初めてだが、魔力を感じないこと以外は、取り立てて特異な点は無いように思う。変わった奴らだ、という印象はあるにせよ、ダークネスにとってはその程度だ。
 が、このアンノウンは、来訪者の中でも大分変わった奴かも知れなかった。
「助けて貰った礼って訳でもねんだけどよ。悩みとかあんなら聞くけど、どうよ」
「どうよと言われてもな」
 どちらかとえば、ダークネスは悩みに突っ込んでいく方だ。
 まさかそんな事を尋ねられるとは思わず。しかしながら、面食らうというほど驚いた訳でもなく。つまるところ、この男は暇しているということなのだろうかと、短い沈黙の間に過ぎっていく思考。
 やがて。
「手が空いてるなら手伝えよ」
 眼鏡越しの視線で周囲を見回し、無精髭を貯えた顎先をしゃくって見せるダークネス。
 瓦礫は御覧の通りで、怪我人が残っている場所もある。住人の不安も当分消えはしない。
 やることはまだ沢山、街中に転がっている。
 ……そういうつもりで、手伝えと言ったわけだが。
「飛ぶんだよな。見失うんじゃねえ?」
 いっそ運んでくれよ、などと、屈伸運動をしているアンノウン。着いて来る気だ。なにゆえ。
 悩みの答えが『手伝えよ』であると解釈したのか、或いは、得意の気紛れだったのか。
 有無を言わさずついて来そうな雰囲気に、ダークネスは結局。
「……まあ、いいか」

 ――紺藍色越しに見る景色は、何処か不思議だ。
『一緒に来た皆、地上に降りちゃった。地に根を下ろして赤くなるってやつだね。違う?』
「少し違いますよ」
 サブアームに建材を携えすいすいと移動するテトテトラ。そのコア内で、アウィスは幼さの感じられる声の主と、やりとりを続けていた。
「あなたはいつもこういったお仕事をされているのですか?」
『そうだよ。くっつけたり壊したり剥がしたりもするよ』
 灰と漆黒の機体をくるくると回し、携えてきた建材を迷いなく積み上げていく。
 シャルロルテは魔術を用いた建築を訳が判らないと評したが。アウィスや他の作業員にしてみると、こうして魔術の固定効果なしに組み上げただけで倒壊せずに構造物を維持できているのが実に不思議だった。壊れない建物を作るのがテトテトラの固有能力なのかと勘違いしてしまうほどに。
 興味は多大にあれど、積んだだけの建物の中に入るには覚悟が居るのか、地上人の作業員達は出来上がった外観を暫くの間しげしげと眺めている。
 とまれ、一先ずはこれで、宿舎になる部分は完成だ。
『次はどんなの? 教えてくれたら僕頑張って建てるよ〜』
「そうですね……」
 救護所と、備蓄用倉庫と……当面、自分のように外部から流入する者があると考えると、宿舎の類をもう少し用意しておく必要もあるかも知れない。
 アウィスがそんな逡巡をしている一方、テトテトラは外装と一緒に四方に伸ばしたサブアームをゆっくり回転させながら、資材置き場へと戻っていく。
『僕のサイズでも家って奴には入れないんだよね。残念』
 元々、機動生命体には睡眠や食事の習慣もなく、宇宙空間が活動の舞台である手前、特別に家を持つ必要もない。母星圏の待機格納庫や輸送艦内が、辛うじて宿舎に相当するか否か、といったところだろうか。
 今作っている建造物ももちろん、異星人や地上人用だ。宇宙空間航行中に異星人が生活に使っている輸送艦の内部構造は、テトテトラも知ってはいるが……玄関があって、居間があって、寝室があって、台所があってと、一所に一人分の生活スペースが纏まっている建造物は、自然と好奇心が沸くものらしかった。
「人と同じ大きさの家には無理でしょうけれど、造船ドックのような大きなものなら」
『大きくしたら入れる?』
「ええ。きっとあなたの専用の家になりますよ」
『僕の家。いらっしゃいました、儲かりますか。ってやるんだよね。違う?』
 たまにごちゃ混ぜになって出てくるテトテトラの知識に、珍しく吹き出しそうになるアウィス。
 もっとも、全長45mが住める一軒家となると相当な量の資材が必要だろうし、人類用が優先される現状、実現するにしても当分先の事になるだろうが……
 とまれ、出来る限り多くの機動生命体や異星人の事を知っておきたい。アウィスはそろそろ外に出たい旨を伝えると、物腰柔らかに礼儀正しく一礼をして見せる。
「有難うございました。またお話してくださると嬉しいです」
『いいよ〜』
 まるで手でも振るようにサブアームを回転させながら、テトテトラは作業の続きへと戻っていった。

第五節
 始まりの街グリンホーンから、延々と内陸へ続く渓谷。
 両脇に聳える壁のような山の合間を進み、やがて辿りつく終点。天然の袋小路の正面、唯一なだらかな斜面を登った、山の中腹。
 抉り取られ荒々しい表情を見せる山肌、螺旋を描く逆円錐形の巨大な穴、そして、周囲に僅かに存在する平地に、点々と存在する街並み。
 その傍らに、まるくておおきなオリーブグリーンが浮んでいた。
(あのまるいところ、うちでも入れそうだよ)
 山岳都市ダスランの魔鋼採掘場を見遣りつつ、積荷をサブアームで下ろしていく大長老。
 その間、るりは到着した食料で急遽始められた炊き出しの手伝いを行っていた。
「お待ちどうさまです。熱いから気をつけてくださいね」
 料理はあまり得意でないが、それでもできることは沢山ある。あちらこちらと駆け回り、器を配り、できたてが入った鍋を手に、人々の間を巡る。特に、身体の弱い年配者の元には率先して足を運び、少しでも体に負担が掛からないようにと気を配る。疲れ知らずなのは、るり自身の性格と日々の鍛錬の賜物なのだろう。
 採掘場を要とする労働都市だけに、ダスランの住人は頑健な大人が多くを占めるが、引退した老齢の作業員やその家族、それらを相手に商売をする為に住み着いた者など、数は多くないにせよ様々な人々が暮らしている。
 そんな中、大人に混じって不安げにしているのが、数少ない子供達。
「遅くなってすいません。一杯食べてくださいね」
 にこにこと笑顔を向けて、心持ち大盛りに食事をよそうと、子供達は安心したような泣き出しそうな、とても複雑な表情を覗かせる。
 子供達をこんなに怖がらせるなんて。いずれ来るであろう敵に向け、必ず倒さなければとるりの中にふつふつと湧き上がる正義感。同時に、この子達を守らなければという義務感も沸いてくる。
 並んで食事を摂りながら、歌を歌い、地面に絵を描いてと、少しでもその心を励まし癒そうとするるり。
 一方で、荷降ろしが終わった大長老は、今度は採掘場周辺に散乱する瓦礫をサブアームで取り除き、艦内に収容していく。まるいハッチは空けたまま、すっと街外れまで移動すると、邪魔にならない場所に瓦礫を取り出して積み上げる。
 粗方、除去作業を終えた所で、大長老は再びるりをコア内へと呼び込んだ。
『それじゃあ、戻ってもっかい運ぼうか。こつはなんとなく解ったから、疲れたら先に休んでてね』
「疲れは大丈夫です。でも、もう少し子供達の相手をしたいので、残って居てもいいですか?」
『うん、わかった』
 すっとコアから伸びる光を辿り、地面へと降り立つるり。不安げな表情を向ける人々に大丈夫ですよと笑いかけるるりの姿を確認しながら、大長老はみかん色の噴炎を吐き出し徐々に高度を上げていく。
(それじゃあ、いってくるよ)
 おっかなびっくりな住人と一緒に手を振るるりにサブアームを振り返し、大長老は再びグリンホーンへと飛立っていった。

 傾ぐ日に連れて、長く伸び始めた影。
 二つ居並ぶ陽光は等間隔に並んだまま徐々に回転して、次第に中央大陸を貫く山脈へと向かって行く。
 その山の上空、やや逆光気味に飛び戻ってくる大長老の姿を波間から捉えて、吠はしゅっと背中から潮を吹いた。風に流れ消えていく霧の中に、薄く浮かび上がる虹。
「帰ってきはったよ」
 今度は遅れないように。姿が見えてすぐ、魚介類で一杯になった船と共に、街へと泳ぎ出す吠。案の定、沙魅仙は船首で風に吹かれている。
 次第に近づく岸辺と、街外れに降りて行く緑色。そこから視線を巡らせて、沙魅仙は手ずから仕留めた獲物を見遣る。
「ロード自らが食料調達とはな」
 だが、民の為には労力は惜しまない。付き従う……かどうかはともかく、賛同する若者らの助力もあり、荷の積み下ろしに手を取られてしまっている漁村の代打くらいは果たせたのではなかろうかと、妙な充実感を胸に抱いてみたりする。
 鮮度の保持に冷凍能力のある者の力を借り、ダスラン行きの荷物が集められている場所へと皆して魚介類を運び込む。
 沙魅仙は一足先に大長老の元へと訪れ……とりあえず一番高い場所を見上げるように、大袈裟に体をそらして巨躯を見上げる。
「貴公、わたしと若者らが用意した食料も運んではくれまいか」
(まだ大丈夫だからね、おにもつどんどんいれてね)
 受け入れの意思表示に、サブアームで示される艦内。沙魅仙はうむ、と満足げに頷くと、後からやって来た吠らに、後ろから前へと大きく腕を振って合図する。
「突撃〜、なんちゃってー」
 足取り軽やかに荷物と共に艦内へ進んでいく吠。長く伸びたタラップを伝い、入り込んだ内部は……広かった。外観からして大きいことは判っていたが、実際に入ってみるとそれはもう。この中に村の一つ位は入るのではないかというくらいに。
「いやなにこれすごい広いなぁ、あたしが元に戻っても十分泳げそうやぁ。どこやったっけあれ、魔都か機構都市か忘れてもたけどそこの大劇場より広いねぇ」
 横も広ければ、縦も広い。すごくまるい大長老ならではの積載空間。ぱっちりした黒い瞳で高い天井を眺め回しながら、吠は思わず早口でまくし立てる。
 そこへ、遅れて悠々とやってくる沙魅仙。
 その気配に気付き、吠はやや興奮気味に振り返る。元々少し童顔なのが、この時の表情はそれに輪を掛けて、少女のようにきらきらして見えた。
「今日はもう漁お終いなんやったら、このまま乗せってってもらおうやぁ」
 物資だけいきなり山ほど届いても、人手が足りなければ捌ききれないだろう。ことに、なまものともなれば。一応の保冷処理はしてあるとはいえ、早めに手を着けるに越したこともない。もちろん、単純に復興の助けになることをしたいという気持ちもある。荷物ですらこれだけ滞っているのだから、ダスランへの人の往来はもっと少ないはずなのだ。
「ふむ、民の為に炊き出しをしようというのだな。貴君の心意気、気に入ったぞ」
 流石はわたしが目をつけた人材だと、なにやら誇らしげにしている沙魅仙。
 そして、そんな艦の中での遣り取りを、荷積みをしながら見守っていた大長老は。
(やったね! 一緒にきてくれる人いっぱいふえたよ!)
 最後の荷を積み終えると、一同を乗せたまま閉じられるまるいハッチ。
 随分と傾いできた陽射しを浴び、輪郭を白く輝かせながらゆっくり浮き上がっていく大長老の艦内に、吠の機嫌よさそうな鼻歌が緩やかに響いていた。

 色づくまでには至らずも、日の翳りは西方大陸に落ちる影をも徐々に長く伸ばしていく。
 魔都随一、そして、世界随一でもある高層建築『東の塔』が街に拵える影も、傾ぐ日と共に西から東へと居場所を変える。
 そして、その塔よりも高い位置に浮かぶ、全長290mの巨影。
 渓谷の砦上空に鎮座するスゥイからは、迫り来る魔物に向けて紫色の風や炎や光がひっきりなしに迸っていた。
 二つのコアの内部には、順番に交代で希望者が乗り込んで、術を放ったり、技を放ったり。
 ……煽り文句を付けるなら。
 『機動生命体大試乗会開催中!』
 と、いった所であろうか。
(ふう、結構エネルギーが減ってきたぜ。術ってのは思ったより力を使うらしいな)
 粗方に希望者を乗せ終えたところで、防護の術に優れた術士が乗り込み、防護門の前に薄紫色の巨大な障壁を撃ち出す。
 それを最後に、長らく開いたままだった装甲を閉じるスゥイ。
 無論、あんなのに乗れるか、と反発する者も少なくはなかったが。魔物、ひいては、宇宙から来るであろう外敵への有効な対抗手段として、スゥイの誘いを真摯に受け止めている者も数多くいた。
 渓谷を塞ぐように垂直に聳える障壁。その分厚さと強靭さに、これなら一晩は確実に東の塔の代理を務められるだろうと、そんな声も聞こえる。
(このバリアがあれば暫く大丈夫なんだな。なら、他の場所にも行ってみるとするか)
 不意に、機体を四半回転させたスゥイの尻が火を噴く。
 噴気孔から吐き出される紫の噴炎。初めは緩やかに、そして、高度が十二分と判断した所で、スゥイは虎の子の高出力二基にエネルギーを送り込んだ。
 機体より長く伸びた火柱が、スゥイの体を押し上げる。十二分な高度があるにも関わらず、熱風が地上へ届くのではないかという勢いで噴出した炎は、巡洋艦ならではの加速力と相俟ってスゥイの巨躯を一気に成層圏まで押し上げた。
 青空は瞬く間に眼下へと消え、頭上に広がるのは真っ黒な宇宙空間。
 出力を絞り、一旦そこに静止するスゥイ。
 真下に見えるのは西方大陸と、上空からでも良く見える魔都の扇状の都市圏。そして、その中を横切る斬撃のような傷痕。
 それだけでも既に、スゥイには納得が行かない。機動生命体の本能に抗い母星から離反したのだから当然かも知れないが……新たにやってきたこの惑星を、自分と同じ機動生命体に蹂躙されてしまうなど、尚更に納得できるわけがない。
 なんとしても、この惑星と人々を護る。スゥイはそんな使命感と共に、再び噴気孔から紫の噴炎を吐き出す。
 一気に加速が起き、流星のように惑星ティーリアの空を突き抜けていくモノクロツートンカラー。
(北方大陸ってのは、アレだな)
 白く彩られた極地の雪景色が、灰色のコアに徐々に映り込んでいく……

 ……そんなスゥイの超加速に、砦に残った者達はまたもやぽかーん。
 数秒で天へ消えて行ったその姿には、襲撃の疲れで流れ星が逆さに見えただけに違いないと、街中から目撃した者の約半数が実際に見た光景を信じなかったという。
 などという話を、夕暮れ前に店を開けた酒場の中で、仕事帰りの現地人に混じって聞いているアンノウン。普通に混じってる。物凄く普通に混じってる。当たり前のように乾杯してやがる。
 初対面でもなんとなく上手くやってしまうのは、こいつの特技に違いない。うっかり臨時結成してしまった四十路前野郎ズの空を飛ぶ方、もとい、ダークネスは、成り行きで連れ込まれてしまった酒場の端で、軽く腹ごしらえをしながらそんな事を考える。
 当のアンノウンは、知り合ったからにはと、隣の卓の酔っ払いのグラスに酒を注ぎ、注ぎ返されて、ありふれた光景を作り出している。
 楽器があるんなら何か一曲、という声に応えて、早速ギターをかき鳴らしてみるものの。もう髄分と触っていない弦はたわんでチューニングは無茶苦茶、しかも余りの久しさに弾き方をすっかり忘れているものだから、音階は輪を掛けて滅茶苦茶だ。
「いっけねえ、弾き方忘れちまったよ」
 悪びれた様子もなく言うアンノウンに、馬鹿だなぁなんて笑い声がどっと起きる。
 だが、そんな彼も、歌いだすと印象が変わった。
 ギターの弾き方と同じく、一度は覚えたはずの歌詞はもう忘れてしまった。それでも、体そのものが記憶した癖というのは、無意識にでも出るものらしく。適当に口ずさんでいてもなんとなく音階になって、そこに適当な歌詞を付けて。
 最後には人類みんなを愛してるの歌に無理矢理変えて、また酒場のおやじ共を笑わせる。
 それにしても、普段の口調はぶっきらぼうなのに、歌う間の発音のよさといったら。
「お前さん、話し方の割に随分共通語が上手いな」
「……そうだった。こいつ付けっぱなしだ」
 ふいと、思い出したように呟くと。
 アンノウンは薄っぺらい革ジャケットの襟元に付けていた小さな何かを、ぺちりと外す。
「〜〜〜〜〜」
「なんだ?」
「〜〜〜〜?」
「急にどうした」
 突然、意味の解らない言葉を発し始めたアンノウンに、静まり返る酒場。
 すると、アンノウンは外した何かを、ダークネスの着崩れた黒い軍服の襟元に貼り付ける。
「〜〜〜? ……!?」
 ネスさんまでおかしくなった!
 ……という酒場に上がるどよめきも、今のダークネスには謎言語に聞こえる。
「どういうことだ……?」
「その小っせえのがよ、相手の聞き取れる言葉に勝手に変えてくれんだ」
 言いながら、小さな装置を再び自分の襟元に付けるアンノウン。ああでも、もう外しちまおうか。人類を愛する心があれば相手の言葉だってすぐ覚えられるさ。そんな考えがふと過ぎる。
 だが、それよりも。詠唱呪文から派生した単一言語しか有しない惑星ティーリアの者達にとって、訛りどころか全く聞き取れない言葉というのは、凄まじい衝撃だった。もっとも、ダークネス本人はそういうものか、で軽く流していたりするが。
 実に、変わった奴らがきたものだ。
 見回りの続きをしようと席を立った背中越し、また騒ぎ出す酔っ払い共の声を聞きながら、ダークネスは細い煙を朱色に染まった空へ吐き出した。

第六節
 極地へ向かうと、日の動きはまた替わる。
 西方よりも、より低い位置に浮かんで見える二つの太陽。それとはまた別に、東の地平線には巨大で赤茶けた暗色の惑星――ティーリアの双子の兄弟にあたる星が、ゆっくりと姿を見せつつあった。
 寒々とした北方大陸上空。薄っすらと雪化粧を施した北の森へ、サイバーカラーの巨影がやってくる。
(メナスって街はここか?)
 強い魔物が出たとかで、腕試しの魔物狩りが集まっている。
 試乗会の折に魔物狩りの一人から聞いた話だ。
 見下ろすスゥイの灰色のコアに映るのは、閑散とした街と……
(やってるな)
 森の中で蠢く影に向けて、魔術か技か、何かしらの攻撃が放たれている。
 動き回る人影。命がけであれば当然だが、魔物狩り達は目の前の魔物に必死なのだろう、スゥイが頭上を浮遊していることにも気付かずに、戦いを続けている。或いは、空が暗くなったのは双子星が太陽を遮ったからだ、と思い込んでいるのかも知れない。
 魔都の騎士団を見た後だと、眼下の戦いぶりは一見して、荒々しく雑なものに見えてくる。彼らは皆、我流で腕を磨き、ここまでやって来た者達なのだろう。それに、魔都でなくわざわざ北の辺境へ腕試しにやってくるほどだ、ここには、騎士なんてお上品な奴らと一緒なんてまっぴら御免だ、という尖った気質の命知らず共が集まっているに違いない。スゥイはそう考えた。
 こうして上から見ているだけでも、邪魔だどけ、俺がやる……とでも言っていそうな仕草で、負傷者を差し置いて前に出て行く者の姿が確認できる。中々に血の気の多そうな連中だ。
 口惜しそうに引き揚げていく負傷者。
 スゥイはそれを追うように、辺境の街メナス上空へとゆっくり移動していく。
 ……大都市圏に比べると情報が遅いのか。誰かが警戒の声を発したかと思うや、街に滞在していた魔物狩り達が戸から窓から一斉に飛び出て、臨戦態勢を取る。
 音も無く空を巡る暗い星が、静かに浮ぶスゥイの輪郭と重なる。
 固唾を呑む人々の前。
 装甲の白に紛れた灰色の宝珠が煌いた。
『あの魔物よりでかくて強いヤツ、興味ないか』
 突如変わった景色に面食らっている相手に、何処か挑発でもするように響く声。
『オマエの力、試してみたらどうだ?』
 浮んでいるだけの機体に、表情などある筈もないのに。
 そう誘い掛けるスゥイは、不敵に笑っているようだった。

 中央大陸を、黄昏が包み込む。
 標高の高い山岳都市ダスランに辛うじて射し込む山吹色の残光を浴びて、大長老はオリーブグリーンの機体をほんのりチョコレート色に染め上げる。
 夕食は運び込まれたばかりの新鮮な魚介類。
「料理など、料理番に任せていたが、そうも言える状況ではあるまい」
 やったことはないがロードにできぬことはない、沙魅仙は自信満々で揺れる炎の上に巻き貝を並べていく。
 そして、じっと見守る。
 ……見守る。
 見守り続ける。
 そんな様子に、配給の列整備をしていたるりがにこにこと話し掛けきた。
「とても可愛らしい少年ですね」
「貴公! 無礼であろう!」
 ほぼ背丈が変わらぬるりからの『可愛らしい』発言に、背が低い事を指摘されたと思い怒り出す沙魅仙。どうやら年上らしいと聞いて、るりは、えっ、と驚きの声を漏らす。
「大変失礼しました!」
「全く、わたしはコウテイペンギン族の……」
「コウテイペンギンの……!!?」
 途端に、真ん丸く見開かれたるりの瞳がきらきらと輝く。
「きゃーーーーーー、やっぱりかわいいーーーー!!」
「きっ、貴公!」
 遠慮なく抱きついてきたるりに、沙魅仙がまたもや怒り出す。だが、ロードたるもの、寛容な心も忘れてはならない。ここは抑えるべきところか、などと思い頑張って言葉を飲み込む。
 ……その時。
 火に掛けていた巻貝が、ばくはつした。

「ふ、ふむ。今日は日が悪いようだな。此処は任せるとしよう」
 咳払いを一つ、マントを翻して調理場から離れていく沙魅仙。彼がいた場所には、無残にも消炭になった貝が数個、残されていたという。
 そんなハプニングもありつつ、無事に出来上がった魚介料理。
 年配者には良く煮込まれて柔らかくなった具を選び、子供達には甘くて美味しいところを選りすぐって器に盛り付けていくるり。働き盛りさんには、お疲れ様の意も込めての大盛りだ。
 食事を渡し列の整備をするるりの傍では、吠が鍋の火の番をしている。温かいご飯は困ってる人優先とばかり、吠自身の夕食は持参の塩おにぎり。今日は沢山動いたし、多めに作ってきて正解だった。質の良い海水から拵えた塩の味が、なんだか体に染み渡る。
 一通りに食事を配り終えると、るりもやっと夕食。既に陽の一つは西の地平に沈んで、残った一つが後を追うように朱色に輝いている。
「背が高くて素敵ですねー。モデルさんみたいでうらやましいです」
「ありがとぉ。でもあたし、ほんまはもっとでっかいんよ」
 それが切っ掛けで始まる海談義。
 やがて日がとっぷりと暮れ、空腹を満たした人々は、どっと出てきた疲れにまぶたを重くする。
 夜の冷え込みに備えカーキ色のマントを羽織ると、吠はまた鼻歌を始める。
 歌声に含まれる癒しの音色。内側に染みて行くような心地よさに、段々とあちらこちらから聞こえてくる穏やかな寝息。
 るりは絵本を読み聞かせていた子供達が寝静まったのを確認してから、そっとその場を離れた。

 眠れぬ夜を経て、慌しく過ぎていった激変の一日。
 二つの太陽と、二つの惑星。
 急かすでもなく、宥めるでもなく。
 星にはまた、新しい一日がやって来る。

第七節
 滞在地に一度も姿を見せないアンノウンがどうしているのかを知ったのは、数日経ってからのこと。スフィラストゥールから来た資材運搬員から伝え聞いた内容に、
「バカじゃないの?」
 真っ先にシャルロルテの口を突いて出てくる言葉。
 ……やっぱり、この方はこういう方らしい。
 この数日で、すっかり街らしくなった滞在地の景色。宿舎一階部分に設けられた、仕切りも無く広々とした部屋の窓から、アウィスは外を見遣る。
 エネルギー充填完了、みかん色をどどどどどと噴出して空へ浮き上がっていく機体。
(それじゃあ、今日もおにもつ運んでくるね)
(おさ。オレも行くぜ)
 先に飛び立った大長老を追って、紫の噴炎を吹くスゥイ。
 この数日、スゥイはいつも何処かへ出かけている。大長老のように荷物を運んでいるわけでも、テトテトラのように建築の手伝いをしている訳でもないし、一体何をしているのだろうか。
 ただ、一昨日くらいから、スゥイを尋ねてきている節のある……少し柄の悪い者達の姿を、ちらほらと見かけるようになった。身形からして魔物狩りを生業にしている者らしいとは判るのだが。
 一方、あちらにこちらにと動き回っている二機とは対照的に、家屋の建設が一段落して少し手が空いたテトテトラ。
 その興味は、大長老が『ミサイル』のお礼に貰ったという、『魔鋼』なる物質に注がれていた。曰く、物質精製能力で必要物資を作れないかと試したが、結局、ミサイルポッドから出てきたのは爆発しないミサイル――つまり、ただの金属の塊。だが、機動生命体が作り出す金属素材はティーリアでは大変珍しく、研究資材としてミサイルを引き取ったオルド・カーラ魔術院が、交換で魔鋼を幾らか分けてくれたのだった。
 つついたり、持ち上げたり、転がしたり、容赦なく割ってみたり。不思議な力を発する鉱石を、テトテトラは無邪気に弄りまわす。
(何か作っていいかな? 駄目?)
 でも、何ができるんだろう。外装はそのまま、内側のランドルト環状の部位をくるくる回して、テトテトラは色々と考を巡らせる……

 大桟橋の仮復旧が完了し、港としての凡その機能を取り戻した始まりの街グリンホーン。
 同時に、山岳都市ダスランへの物流も再開されたことで、沙魅仙をリーダー、もとい、ロードとする食料調達部隊は、魔都スフィラストゥールの衛星都市に当たる西方大陸北部の港町へと、活動の場を移していた。
 平地へと広がる広い都市圏は、少し小高い丘へと上れば、衛星都市からでも大体見渡すことができる。傷のように魔都を貫く痕跡を行き交い、瓦礫の方付けを続ける人々。
「民よ、わたしが貴公らの安寧と平和を約束しよう。安心して復興に精を出すがよいぞ」
 海から吹き上げてくる風にマントを棚引かせながら、それを眺める沙魅仙。
 ロードなにしてるんですか。
 不意に掛けられたそんな声に、沙魅仙はまた慌てたように咳払いをした。
 その魔都の痕跡では、るりが復興の手助けに勤しむ。
 未だ生々しい傷。瓦礫を片付ける周囲から、あらそういえば……などと聞こえてくる話し声。どうやら、話しているのは『来訪者』に関係することらしい。
「私にもお聞かせ頂けますか」
 興味を惹かれ、話の輪に入っていくるり。るりが直接接したのは大長老だけで、他の来訪者や、既に倒された侵略者達のことはまだまだ良く判らない。
 そして、そこでるりが耳にしたのは――

 ――少しずつ、厚みを増していく名簿。
 いずれ来たる外敵との戦いに備えて募った、参戦志願者らの名と能力が記された、いくばかりかの紙の束。
「全く、薄っぺらすぎだよ」
「仕方ありません、まだ数日ですし」
 相変わらず、皮肉めいたことばかり言うシャルロルテ。しかし、アウィスが自ら参戦志願者を募りに出かけようとすると、「家主が留守にするなんてバカじゃないの?」など文句をいいながら代わりに出かけては、名簿の枚数を増やして帰ってくる。だが、シャルロルテ自身の名はまだない。
 はらはらと、集まった紙を捲り、幾度目か中身を確認するアウィス。
 『色々付いてるやつ』
 『動きの早いの希望』
 『まるいこ好きなやさしい人がいたら、なんかいいよね』
 そして――
 俄に、『家主』のアウィスの脳裏に、直接流れ込んでくる声。
 同時に、アウィスは声の主へと三日前に告げた言葉を思い出す。

 ――防護門で、障壁を撃ち出すのを見たと、人づてに聞いたのです。
 わたしとパートナーになりませんか――

(よう、『相棒』)
「はい、なんですか」
 大陸を越えても変わらず届けられるスゥイの声に、アウィスは両耳に下げた銀色のピアスを揺らし、顔を上げる。
(名簿に命知らずを20人ばかり追加だ)
 滞在地に幾つか儲けられた宿舎の一つ、その入り口に掲げられた看板には、こう記されている。
 『パートナー仲介事務所』

 ……事務所の存在は、半日もしないうちにスフィラストゥールに届いた。
「気になるなぁ」
 いざ、本当にそういう仲になると、別れの時が辛い気がする。でも、あの緑のまるっこい子以外には、どんな子がおるんやろう。そんな好奇心に吠の心が揺れる。
 そんな話題とは無関係に。
 普通に朝起きて、寝ぼけ眼で朝市に繰り出ていくアンノウン。
 行き交う人に手を振る様は、なんだかもう既に近所の人に溶け込んで、普通に生活し始めているのが不思議でならない。
 今日もまた別の酒場から出てくる所を、朝の一服を吹かしていたダークネスが屋根の上から目撃する。あいつは滞在地とやらに戻らなくてもいいのだろうか。
 ……と、俄に暗くなる頭上。
 そこに居たのはいつぞやの機動生命体、ではなく。天を横切る見慣れた暗褐色の星。
 魔都の真上を越えてゆく、空を覆いつくさんばかりの塊に、ダークネスは不意に眼鏡越しの瞳を鋭く細める。
「嫌な軌道だ」

 同じ頃、アンノウンも地味に行き着けになっている食堂で、気になる話を耳にする。
「ああ、あの黒くてでけえのか」
 空を横切る月のような存在。
 惑星ティーリアの連星、双子でありながら生物の存在しない、不毛の惑星。
 ティーリア同様に魔鋼を多く含有している為に、星が頭上を跨ぐ時、わずかながら人々の魔力が引き上げられる。
 二つの太陽とは違い、この星の軌道は毎日少しずつ変化し、気紛れに位置を変えてゆく。
 そしてそれが、魔都と魔の領域を隔てる砦の真上……渓谷の合間を抜ける時、魔鋼に影響された魔物が砦へと群れを成して押し寄せてくることがあるという。
 毎回、大侵攻が起きるわけではないが……障壁があってさえ、多数の殉職者を出すことがあるというのに、『守護塔』が沈黙したままの今、もし大侵攻が起こったら……そんな不安が、知り合った人々の口から零れ出る。今日明日で直ぐに危険な位置を通過するものではないそうだが……
 アンノウンは成程なあと頷いて見せながら、空を横切っていく黒い塊を見上げる。
 さてしかし、これはかなりでっかい悩み事だ。
 そんな人々の不安を嘲笑うかのように、黒い星は着実に、砦への距離を縮めていた。


文末
次回行動指針
 1.魔物の対処にあたる
 2.都市機能の強化を図る
 3.魔鋼が気になる
 4.他にやりたい事がある

マスターコメント
 COREβシナリオにご参加頂き、誠に有難う御座います。
 続き物としては短いお話になりますが、最後までお付き合いいただければ幸いです。
 どうぞ宜しくお願いします。

 最初の居所を散らせてしまいましたので、折角頂いた他の方への印象や反応などがお蔵入りになっている方もおりまして、申し訳ないことしきり。解説も多かったりと、予定より文章量が多めになってしまいました。
 次回からはもう少し読み易くなると思います。重ね重ね申し訳ない。

 さて、多少ですが補足を。
 描写はしておりませんが、サンプルNPC等は何処かに居るものとして扱って頂いても構いません。何か用があって働きかけが無い限りは出てきませんので、空気のようにそっとしておくか否かは皆さん次第です。
 また、沙魅仙さんには7名前後、スゥイくんには20名前後の賛同者がおり、アクションにて協力要請を出すことができます。出さないのも自由です。
 加えて、今回のアウィスさんの事務所立ち上げによって、簡易パートナーNPCも選択可能になりました。何か希望があればアクション等にお書き添えください。専用の相棒NPCが作成されます。基本的に補助員ですので、居るのに出てこない、という事態が多発するとは思いますが。
 もちろん、PCさんを指定していただいても構いません。今回のアウィスさんとスゥイくんのように気付いたら相棒ができているかも知れません。

 それでは、また次回にお会いできますことを。