黄昏幻日
第一節
 明け方、東の地平線が白む頃。
 魔都スフィラストゥールで随一の最高度を誇る高層建築、『東の塔』に灯されていた明りが、夜明けの光に役目を引き継ぐように、次第に弱まってゆく。
 今は、その近くにもう一つ。
 『ふがしのとう』という仮称を得た二つ目の高層建築――東の塔と同じ外観、同じ高さを有す、魔都の新しいランドマークもまた、昇る陽光と引き換えに明りを落とす。
 明りが消えた後も、東の塔は本来の役割……守護塔として、魔都を覆う障壁を張り続けている。対するふがしのとうは、外観こそ似ているものの、『ふがし』の名が表す通りに中身はすかすか。設置されている装置らしい装置といえば、比較的に用意の簡単だった『照明装置』だけで、今の役目は精々が特大夜間照明といった所だろうか。
 夜間に見間違わぬようにという配慮なのか、惑星ティーリアの太陽に似た白っぽい光を発する東の塔に比べ、ふがしのとうが発するのは柔らかな山吹色。
 東から差し込む本物の太陽二つの光に圧され、順番に消えていく明り。それをやや遠く見遣りながら……八百屋のおやじは、正面隣斜向かいの見慣れた顔ぶれ共と、朝一番の世間話。
 そういやあいつ、ここんとこ見掛けないが、何処をほっつき歩いてんだろう――ごちる視線が向けられた先には、すっかり光を失ったふがしのとうのてっぺんが、遠く屋根の向こうに覗いている……

 山越えの乾いた西風のせいで、雪こそ降らぬものの。魔都の位置する西方大陸は、気候としては比較的に涼しい部類。気温の上がる日中は過ごし易く、若干の乾燥が気に成らなければ、住環境としては良好な部類である。もっとも、魔の領域が山向うにあるという物騒さが、気候より気になる部分ではあるが。
 それでも、まだ気温の上がらぬ明け方に、絶え間なく吹き込む西風に身を晒せば、流石に寒く感じることもある。
 ふらり気侭に魔都を発ち、北へ向かう乗り合い馬車に揺られること一夜。
 蓑虫のように包まっていた毛布から、のっそりと顔を出すアンノウン
 程なくして、牽引していた馬が嘶きと共に動きを止める。車輪もなく、浮かんだまますいすいと動く荷台は、停止の折にも軋みなく、軽い慣性を残すだけ。眠っていたならば恐らく気付かないだろう、そんな安定した乗り心地。
 御者をしていた男が告げる到着の声に、ぞろぞろと起き出した乗客が三々五々。それに交じり、アンノウンも御者に「愛してるぜー」などと礼なのか何なのか戸惑うようなことを言いつつ、ギターを片手に荷台を降りる。
 眼前に広がるのは、ややこぢんまりとした佇まいの街並みと……まだ低い陽光を浴びて波を白く輝かせる海。
 西方大陸北岸、魔都の衛星都市の一つである港町。それが今、彼の居る場所だった。
 鼻先に漂ってくる磯臭さと、寝起きの身に染みる明け方の空気。細い腕を振り上げ、欠伸をしながら伸びをする身体が、俄にぶるりと震える。
「ぶえっくしょい!」
 その姿に、先から後から降りてきた昨晩の道連れらが、笑いながら軽く手を振り別れの挨拶。こんなところでも如何なく発揮された彼の特技のお陰で、出会って一晩しか経っていないはずの馬車の同乗者らとの遣り取りは、旧知の知人の見送りか何かにも見えてくる。なお、彼の発したくしゃみが、冷えによるものなのか、八百屋のおっさんの噂話のせいなのかは、定かでない。
 アンノウンは伸びの姿勢のまま、右に左にと身を曲げ手を振り返して、やがて去ってゆく人影を見送る。そんな脳裏に過ぎる、ぼんやりとした既視感。
「ああー、何だっけな。ここまで出掛かってんだが」
 手足同様にひょろりとした首元を揉むような仕草をしつつ、港の方へとふらりと歩き出す。
 が、やがて。
 本格的に覚醒してきた意識に連れて、閃きの如く浮上してきた記憶に、ぽんと手を打つ。
「そうだそうだ、あの感じ。寝台列車だ」
 合点がいったように呟き、擦れ違う人々にはまた適当に挨拶を交わしながら進む。突然、見知らぬ相手に挨拶されて、しかも、異星人であるが故に感じる違和感に、大抵の相手が驚いたように二度見をするのが面白い。
 かくして、魔都を離れやって来た見知らぬ街。
 別段、目的地があるでなく。どこかに出かけてみるか、とふらりと出歩いていたら、乗り合い馬車を見つけ、ふらりと乗り込んで、ふらりとここまで来ただけのアンノウン。そして、更に気の向くままにふらりと足を向けた港には、漁船とは違う大型の船舶が幾つか停泊していた。家畜や物資など、荷降ろしの行われているものもあれば、逆に荷積みが行われていたり客らしき人が乗り込んでいく姿が見えたりと、これから出航するであろう雰囲気を漂わせているものもある。
 昨日馬車で一晩を共にした乗客らの話によると、この港から出る船は、東回りで西方大陸沿岸を半周するものと、中央大陸の物流拠点・始まりの街グリンホーンへ向かうものしかないという。最終目的地が他大陸の場合でも、どの道、グリンホーンを経由することになる。極稀に、中央大陸以外へ直行するものもあるそうだが……本当に極稀で、まずお目に掛かれない。従って、この港から出る船の針路は、西方大陸東回りとグリンホーン行きの二つだけ、といって相違ないそうだ。
「国内線と国際線みてえなもんか」
 自身の有する文化知識に当てはめ、理解し易いように整理しておくアンノウン。
 それにしても、こんなに長く他所の惑星に居座るのは初めてではなかろうか。あちこち好きに行き来できる時間があるのは、気紛れな彼としては喜ばしいことだ。
 さてしかし、これは乗っとくしかねえだろ、なんて思う半面。乗船料なりなんなりが必要になるだろうなあ、とも思うわけで。ぺらぺらの革ジャンのポケットには、相変わらず砂か綿埃くらいしか入っていない。まさか大型船はヒッチハイクで乗せてはくれまいし。
 ……いや、それもありか?
「やってみりゃあいっか」
 港傍の商店街、海産物たんまりの汁鍋を朝食に頂きながら、アンノウンは桟橋を離れて東へ向かい始めた船影の一つを、遠く眺め見た。

 中央大陸に差す陽射しが、徐々に強さを増してゆく。
 始まりの街グリンホーンには、今日も多くの船舶がひっきりなしに出入りしている。
 港湾に渡された大桟橋(だいさんばし)の周囲、所狭しと浮ぶ船から、絶え間なく出入りする人と物資。その中には勿論、遥か東方大陸からやって来たものもある。
 吹き上げてくる温かい海風。弧を描き張り出した岬から、聳える山へとなだらかに続く傾斜の途中、山裾の小高くなった辺りで、街並みを見下ろしマントをそよがせる人影。
 ……掬い上げるように吹く海風は、マントを大袈裟に煽り、絶え間なく翻してくれる。それゆえに、この街に措いての彼にとってのベストポジションなのだろう。何か考え事をする時、余裕がある時、特に意味もなく、嗜みとして――理由はその都度様々あれど、街中で見かけないときは大抵、沙魅仙(しゃみせん)はそこで風に吹かれていた。逆に、山裾付近に住む人々からは、最近あの人良く見かけるなぁ、と思われているかも知れない。
 ロードを自称する彼が、領民と信じて止まぬ人々を護る為、呼びかけに応じ集まった有志らと共に立ち上げた組織『ロードナイツセブン』。初めは七人だった有志――『貴志』と命名された構成員らは、今では二十名を数える。組織規模自体の成長速度は、正直な所、亀の歩みといった印象が拭えぬが……それだけ、侵略者の襲撃による危機的状況から、人々の暮らしが元のものに近づきつつあるということだろうか。貴志自体の数が増え、人員募集を行う人手も回数も総合的には増えているはずなのに、それに対しての新規応募数が極端に減少したのは確かだ。復旧目処が立ってからは特に、その傾向が顕著に感じられる。
 しかしながら一見の規模には見合わず、山岳都市ダスランから機構都市ツァルベルへの大規模魔鋼輸送を成功させるなど、ロードナイツセブンの活動自体は目を見張るものがあった。
 集まった者の中に、或いは、それらから手繰れる伝手の中に、構想を可能にする人員や協力者が揃って居たことは、幸運だったという他にない。いや、その『ツキ』すらも、生まれながらにしてのロードが備え持った資質やも知れぬ……波打つマントと、風の音を聴きながら、沙魅仙は感慨深げにそんな事を考える。
 ……斯様な具合に、彼は彼なりに思考を巡らせているわけだが。
 端からはさぼっているように見えるというか、実質的にはさぼりも同然な事もままあったりするわけで。時折、執事役の貴志に釘を刺されては、誤魔化しの咳払いをすることもしばしば。
 さて兎角。彼が今、心を寄せているのは、遥か東の果て――東方大陸は、最果ての都・碧京(へきけい)。
 大規模輸送成功のお陰で、ツァルベルへ届けられる魔鋼の『量』自体は、必要十分が揃いつつある。となると、次なる目標は『質』の向上。
 今までの生活では、愛用の銛『鳴海』で不足だと思ったこともなし、沙魅仙自身は魔具や魔器の類には然程、造詣が深いわけではない。東方大陸については馴染みがなく、碧京の話も、『噂』程度の認識しかなかったが……
 碧京で採れる魔鋼の純度の高さや、それを用いた魔具の高価さ・人気の高さは、道具に拘りのある魔術師であれば大抵は知っており、また、いずれ手に入れたいと憧れるほどのものであるらしい。高名な職人の手に掛かろうものなら、完成した魔具の最終取引価格はとんでもないものになる。また、宝石の如く透き通った碧色の美しい外観は、宝飾としての評価も高く、意匠によっては天井知らずの値が付けられることもあるとか。財のある上流階級がこぞって手に入れたがる風潮も、価格高騰に拍車を掛けているらしかった。
 何はともあれ。碧京に馴染みが無くとも、目的を達する為にはロード自ら赴くしかあるまい。
「留守は頼むぞ」
 すっかり執事が板に付いて来た蟹人外貴志にそう告げると、沙魅仙は纏うマントと、金色のメッシュが入った赤い髪を風に掻き乱されながら、街が機動生命体用にと準備した専用発着場を遠く振り返る。
 だが、そこに目当ての相手の姿はなく……思う頭上に、ふいと差す影。
(お呼びかな)
 頭の中に直接響く声に応じ、沙魅仙が仰ぎ見れば。そこには、彼のパートナーであるオペレートアームが、小柄ながらも存在感ある機影を浮かべていた。
「うむ、東へ。目指すは最果ての都」
 沙魅仙が告げると同時に、きらりと瞬くコア。
 一瞬の間に転移した沙魅仙は、浮遊感に包まれた内部で、まだ陽の低い東を見遣る。
「いざ新たな力を求め、友よ全速前進だ!」
 次第に上がって行く高度。いずれこの空をも……幾度となく過ぎる想いに、沙魅仙の心もまた、次第に高揚してゆくのだった。

第二節
 パートナー仲介事務所が置かれている宿舎、その室内を、小さな物体が浮遊している。
 拳一つ分、掌に乗るほどしかない、金属の体躯。壁に張り付いてみたり、室内照明に興味を示して周囲を何度も旋回したり、卓上にあったティーカップの上で蓋のようになってみたり……そんな気侭な動きを、勇魚吠(いさなほえり)がぱっちりした青い瞳で、何やら嬉しそうに追いかけている。
 その様子に、飽きないね、なんて嘆息交じりに零す長身――シャルロルテ=カリスト=アルヴァトロス。今、事務所内をうろうろしているこの小さな浮遊物は、シャルロルテが先日、魔鋼から作ったという手製の機動生命体だ。
「だって、可愛いやん? ね?」
「はい、とっても可愛いですよね」
 丁度、お茶を淹れてきたところを吠に問いかけられるも、利根川 るり(とねがわ るり)は慌てる様子もなく、にこにこしながら頷いて見せる。
 その脳裏に過ぎるのは、先日、パートナーになったばかりの、大長老(だいちょうろう)のこと。パートナー関係の締結に際して、身体的や精神的に何か変化があるわけではなく、実感として変わったことと言えば、いつでも話ができるようになったことくらいだが……
『ちっちゃなまるいこだよ! おぼふって言ってるよ! おそろいだね!』
 ……そういって喜んでいる大長老と、ほんのりと伝わってくるなんかいいよねに、るりも嬉しい気持ちになったものだ。
 当の大長老は、流石に事務所内には入れない為、滞在地東側――発着や待機に都合がいいため、機動生命体の多くが未だ手付かずの荒野側に停泊している――で、おにもつ運びで消耗したエネルギーの回復に、オリーブグリーンのすごくまるい機体を休めていた。
 正式名称もなく、今は『試作一号』とだけ呼ばれているちっちゃな新入り。まだほんの生まれたてだからというのもあるが、誕生の過程が本来の機動生命体と根本的に異なっているからだろう、精神感応から読み取れる思考能力や判断能力は、本来の機動生命体と比べても随分劣っているように思える。
 それだけに尚更、いろいろ連れて行って、教えてあげたいが……
(このこはうちのコアで『どうちょう』して、おぼふを覚えたんだよ。だから『うちのこ』なんだよ。壊れたら、なんかやだよね)
 無敵装甲のない剥き出しの機体、しかもあんなに小さいとなれば、流石に心配だ。
(うちみたいな装甲をつけて上げられないのかな)
「……って、おささんがおっしゃってます」
 卓にカップを並べながら、伝言するように告げるるり。
 シャルロルテは置かれたカップを銀の眼差しで一瞥して後、再び手元へと視線を落とす。
「無敵装甲かい? それなら無理だよ。あの装甲は工作艦以外には弄れないからね」
 姿勢を変えずに零す手元には、予定や設計、考察の記された紙。それは、引き続き続けられている、魔鋼の解析と、可能性探求の痕跡。現段階での目標は……とにかく、この伝言ゲーム状態を解消する為の、『おはなし装置』の開発だ。
 紙に筆を走らせる一方、卓の上には掌二面分程の金属製の板が置かれて、表面にはめ込まれた液晶版には、様々な図形や数字が表示されている。
 いでたちからして、貴族然としたシャルロルテ。羊皮紙と羽根ペンを片手に、整ったおもてを伏せ目がちに思案に耽る様は、物語に出てくるいずこかの王子様の肖像さながらだが……当たり前のように操作される液晶媒体の存在が、シャルロルテが異星から来た者であることを再認識させる。
 しかしながら、如何な天上の民といえども、こういった開発業務はシャルロルテには専門外の分野。時折、整った眉の合間に薄っすらと皺を刻んで、険しい表情を覗かせているのを見るに、結構無理をしているのかも知れない。
 意思疎通の簡易化は、るりにとっても大賛成の案件。期待感がある半面、技術的な協力が出来ない事もあり、それ以外のことでシャルロルテを煩わせてはいけない、せめて身の回りのことくらいは! と、滞在地に居る間は、給仕をしたり買出しを代行したりと、あれこれ積極的に世話を焼いていた。
 そしてまた、そんなるりの姿に、吠は「ほんとにええ子やぁ」とほのぼのとした笑みを浮かべるのだ。
 さて、吠の方はここで何をしているかといえば。
「あの機体はんと魔術師はんは見事やったなぁ……」
 試作一号を愛でつつ、ごちる脳裏に過ぎるのは、先日行われた大侵攻迎撃戦。吠が『あの』として思い浮かべているのは、スゥイ・ダーグ MAX(-・- まっくす)と、その相棒、アウィス・イグネアのことだ。
 お互いの能力を把握し、うまく力を合わせて戦っていた二人。対して自分は、臨時タッグだったとはいえ、まごまごするばかりで役に立てた気はしない。
 それに、生身のままであっても、ダークネスの活躍も見事なものだった。彼が血を吐くほどに音無き『咆吼』を繰り返すのを見て――吠もざとうくじらの人外だ、彼とはまた異なるが、超音波を発する能力を持っている。自分も何か独自に、ああいった技を生み出せないものか、肩から前に回したふわふわの後髪の片方を指先で弄りながら、そんな考えを巡らせる。
 しかし、吠の発する超音波はダークネスほどの直接的破壊力はない。単に効果を増幅しただけでは、うっかり付加された癒しの作用まで相手に届ける事になってしまう。
 何か、もう一捻り……るりが淹れてくれたお茶を啜りながら、きりっとした眉を更にきりりと吊り上げ、重ねる思考。
「……あ……上手く相手の心に作用させて催眠、誘導とか……?」
 できるだろうか、やってみたいな……でも、機械が相手だと効果はどうなのだろう。
 そのまま更に思考は深く沈み、ぶつぶつと、暫く続く吠の一人反省会。
 一方、集中力が途切れたか。シャルロルテは不意に、ふっ、と華奢な両肩を揺らし溜息を一つ。それでも、視線は手元の紙に向けたまま、卓の上に置かれた紅茶のカップに手を伸ば――おや、カップに蓋が。
「またかい? 邪魔だよ」
 いつまでもティーカップの上でぬくぬくしている円盤状の物体を、ほっそりした色い指先で軽く弾くシャルロルテ。試作一号は、かつん、と硬い音を立てて数cm弾かれると、暫くその場に空中静止していたが……そのうち、紅茶の湯気から生じた水滴をうっすら付着させたまま、何処かへと動き出す。
 その姿に気付いた吠が、笑みを浮かべながら手招きをして。
「濡れてるやん。拭いたげるからおいで」
(おぼふ。まだいた。じゃま。おぼふ。なんで。おいで。おぼふ。ぬれてる)
 相変わらずおぼふがお気に入りらしい試作一号。
 今はまだ、気に入った単語や、聞いたばかりの言葉を繰り返しているだけの様子。さっきからティーカップの上に鎮座する事を何度か繰り返しているのを見るに、何かしら気に入っている素振りはある。となれば、喜怒哀楽じみた感情自体は、ある程度備わっていると仮定できるが……その感情が覚えた言葉とどう繋がるのか、よく判っていないようだ。
(『おぼふ』っていうのはね、演算結果と実際の結果が違ったときに発する波のこと。『想定の範囲外』って意味なんだよ)
 精神感応で送り込む波長も直感的で判り易いものにして、丁寧に説明をする大長老。試作一号はそれを聞いて暫く、思案しているのか黙りこくっていたが。
(おぼふ!)
(おぼふ。その用法はおさがおぼふなんだよ)
 肯定の返事代わりに使われてしまったおぼふに、大長老もおぼふ。
 そんな遣り取りがあったとは露知らず、ありあわせで作られた外観を吠にきゅっきゅと磨かれている試作一号を見遣り……ああ、でも。あいつに言葉を叩き込めば、あいつ自身を通訳機械にできるのではなかろうか。シャルロルテの脳裏にそんな考えがふと過ぎる。そうすると確かに、多少の強度は必要か。
「そう、さっきの話。耐衝撃性の緩衝カバーくらいなら、つけてやれるよ」
(そうなんだ、やったね!)
 るりを経由して届いたお返事に、大長老の中を過ぎるなんかいいよね。惑星内をお出かけする位だったら、日常行動に耐えられる程度の強度があれば一先ずなんとかなるだろう。
 しかし、いつまでも試作一号というのも、なんかやだよね。名前をつけてあげたい、大長老の逡巡を表すように、深緑色した三つのコアが瞬くように煌く。
 【小】さな【大】長【老】で、『こたろう』なんてどうだろう。或いは、今は円盤状の簡素な形状をしているが、自分のような外装をつけて貰えるのなら、『くり』とか……
(ちっちゃいこは、どっちがいいかな。ほかのがいいかな)
(こたろう。くり。おぼふ。ほかの。……くり)
(くりがいいのかな? じゃあきみは『くり』だね!)
「……バカじゃないの?」
 数分のち、「名前が『くり』に決まった」という伝言に、迷わず口癖をお見舞いするシャルロルテ。
 動物型か人間型に出来たら皆喜ぶだろうか、なんてぼんやりと考えていただけに、『くり』はかなり意表を突かれた。まさかの植物。
 これは、外装をいがぐり状にするべきなのか……?

 そんな遣り取りが成されている所へ。
 事務所所長でもあるアウィスが、滞在地に留まっている参戦希望者、そのうち数名を引き連れ戻ってきた。概ね、一度は見た顔であるが……中に数人、見慣れない者も混じっている。
 戻ってすぐ、アウィスは色々と作業をしているシャルロルテに。
「少し騒がしくなるかも知れませんが、大丈夫でしょうか」
「ここは君の事務所だろ。何を気兼ねしてるんだよ、バカじゃないの?」
 絵に描いたように不遜な物言い。
 初対面ならむっとするところだろうが、慣れてくるとこれが、ああ、いつものシャルロルテだなぁ、なんて思えてくるから不思議だ。
「はい、ありがとうございます」
 アウィスも慣れたもので。品の良い会釈を一つ返すと、何やら、やって来た者達と一緒に卓の並び替えを始める。力仕事ならお任せとばかり、るりも直ぐに手伝いに回る。
 やがて、受付用と、雑務用の物を残し、円を描くように並べ直される卓。椅子は卓を更に囲むように配置され、全員が内側に向いて席に着く形が出来上がる。
 早速、アウィスが着席を促すと、どやどやと好き勝手に埋まっていく座席。しかしながら、対立とまでは行かずとも、互いに自尊心や対抗心があるのか、誰の対面に座るかをさりげなく吟味していたり、席と席の間に微妙な隙間の差が生まれていたり。
 とりわけ、新顔で少し雰囲気の異なる二人組を、席に着いた誰もが気にかけている様子。それもそのはず、彼らは魔都の騎士団から出向してきた現役の騎士。守護塔が復帰した事によって防衛負担が緩和されたことを受け、手透きになったところを志願してこちらにやってきた者達なのだ。一度は有事を共に切り抜け、祝賀会で一緒に騒いだ仲とはいえ、魔物狩りからすると「負けてられねぇ!」といった意識が働いてしまうのだろう。それが、互いの座席位置や、着席時の微妙な距離差に現れている。
 水面化で静かに飛び散る火花に、何故か傍観位置なのに緊張してしまう吠。
 一方、渦中のアウィスは気にした風も無く。すっと立ち上がり、細い銀のフレームを指先で押し上げ位置を整えると、眼鏡越しの視線で一同を見回す。
「先ずは呼びかけに応じて頂いた事に感謝します」
 育ちの良さが垣間見える上品な一礼。着席のまま礼を返す者もあれば、腕組のままふんぞり返っている者もあるが……数年間、魔都に席を置いて魔物と戦ってきたアウィスにすれば、騎士と魔物狩りの威圧対決は割と見慣れた光景だったりするわけで。あからさまに挑発したり罵声が飛んだりしない限り、進行に支障はない。
「本題に先立ちまして。業務拡大に伴い、当パートナー仲介事務所を、本日より、正式な侵略者対抗組織として立ち上げる旨を宣言したく思います」
 穏やかながらも堂々としたその物言いに、沙魅仙とはまた違う威厳を見た気がして、吠は素直に感心して思わず拍手を送る。
「あんた凄いなぁ! こないだの戦いもお見事やったけど、なんとか塔やっけ、それ直すときも相棒はんと頑張りはったんやってね? それに、こういうのんて、思いついても中々できへんやん。凄いわぁ!」
「ありがとうございます」
 段々と早口になっていく吠に、物腰柔らかに応じるアウィス。そんな彼女へ、自主的に、或いは吠に釣られてと、集まった者達からもばらばらと拍手が送られる。
 直接見えはせぬまでも、事務所上空で内部の様子をなんとなく察したスゥイは、相棒の手腕に誇らしげな気分だ。
 さて、些か仰々しい組織設立宣言をしてまで、何を始めるつもりなのかといえば。
(集まったヤツらと、訓練をやろうと思ってるんだ)
 いずれ来たる、侵略者との戦い。時期は定かでないにせよ、文明を破壊し、蹂躙する者達との対峙が避けられないのは、機動生命体であれば誰しもが知っている。何故なら、彼らは本来『そのため』に生み出された存在なのだから。
 また、宇宙放浪中に幾度となく退けた追跡者らとは違い、惑星襲撃には相応な戦力の投入が予測される。蜂や蟻の如く、上位系統から一貫して統率された動きを取る機動生命体の『部隊』に対し、スゥイらのような離反勢力は各個人の意志で個別に行動している。まぁ、敵の中にも、隊から外れてスタンドプレーを始めてしまう自我の強い奴も居たりはするが。
(いきなり実戦だと、危なっかしいヤツも居るからな)
 オマエ達も協力頼むぜと、滞在地東側で休んでいる機動生命体らに、精神感応で呼びかけるスゥイ。
(やる気のあるヤツを見つけたら、どんどん訓練に誘ってみてくれ)
(わかったんだよ。がんばりたいこ見つけたら、おにもつといっしょに運んでくるね)
(いいよ〜)
 今は何処で何をしているのか、滞在地に姿の無いテトテトラからも、軽く返事が返ってくる。
 そんな具合に、スゥイが同胞に根回しをしている間。
 定期的な実施による錬度の上昇は勿論、集団での共闘を想定していることや、指導者を割り当てることで効率化を図るなど、現段階で構想している様々な提案をアウィスが皆へと説明する。
 そして、出された提案の中、特に注目を集めたのは。
「当面は、私のパートナー機が実習教官を努めますが……訓練内容や資質を考慮して、自選他薦、または組織の内部外部を問わず、有能な方を積極的に『指導者』として抜擢採用していきたいと考えています」
 今ここに着席して話を聞いているのは、「今後行う訓練について話があるので、代表で何人か付いて来てください」、そんな呼びかけに応じて集まった者達で、滞在地で過ごすうち自然と出来上がった有志らの小集団、そのリーダー格が半数を占める。残りはやる気のある一匹狼であったり、興味本位で着いてきたり、騎士と同じく何処からかの出向であったりと、ばらつきはあるが……
 リーダーになるような気質を元から持っている者にとっては、箔がつくのは願ってもないこと。他の者より優れている事が容易に判別できる『指導者』という立場が、魅力的に映らぬはずも無い。
「指導者を交代制にすることで継続的な訓練の実施が可能となり、実施回数が増えることによってスケジュール調整が容易となれば、より多くの参加者が見込めるはずです」
 そんな説明の間中、会議を始めた当初より断然目つきをぎらぎらさせ、真剣に話を聞く者が続出、やる気になっているのがありありと伝わってくる。最初の訓練で格の違いを見せ付けて、指導者一番乗りを果たしてやるぜといわんばかりだ。
 流石に、そこまでのぎらぎらしたものは無いにせよ、実践的訓練実施の話は吠にとっても願ったり叶ったり。何ができるのかという悩みはあるにせよ、湧いてくる好奇心と高揚感に胸が躍る。
 そして、一頻りの説明を終えた所で。
 アウィスは不意に居住まいを整えると、改まった様子で告げる。
「今後の有事の際は、私も戦闘員として前線へ出る覚悟でいます。訓練計画の管理や平時の雑務は今までどおり行いますが、組織の長としての立場からは退き……新たに、最高責任者として、そちらのシャルロルテさんを推挙したいのですが、いかがでしょう」
 整った所作でアウィスが掌で促すと同時に、一斉にシャルロルテへと集まる視線。
 まさかの突然の名指しに、当人は珍しくきょとんとした様子で、銀の瞳を瞬いている。
 ……確かに、今までを振り返ると。
 アウィスが出かけている間は、事務所で留守番をしていたし。
 魔鋼解析などの後方支援的な性質の作業を行っている手前、有事の際でも前線に出て不在、ということはなさそうである。
 滞在地に駐留している者達には、シャルロルテのそういった状況は周知であり、列席者からはそれは適任だと言わんばかりの雰囲気で以って、一様に歓迎の拍手が……!
 己より優れたものは無いと豪語するシャルロルテからすると、褒め称えられるのは悪い気分ではない。期待されているなら尚の事、やってやらなくもないという気にもなる。
 だが。
 こんな状況でシャルロルテが発する言葉は、一つしかない!
「……バカじゃないの?」

第三節
 一先ず、話の内容が具体的な訓練計画へと移り変わる頃。
 魔都防護門のある渓谷、魔の領域の入り口でもあるそこで、灰と漆黒の巨大な円盤状の体躯が器用に瓦礫を積み直していた。
 渓谷を塞ぐ、瓦礫で出来たバリケード。先日の魔物大侵攻の際に構築したものだが、襲撃に際して穴があけられ、そこから崩れたりと、物理防壁としては既に機能しなくなっている。
 その残骸を回収して、せっせと修繕しているのは……バリケードを拵えた当の本人、テトテトラだった。
 後方、砦で哨戒にあたっている騎士らが向けてくる視線を浴びながら、形の替わった瓦礫を入れ替え組み換えと、順調に作業を進めていく。絶え間なく等速で動きつつも、行う作業は各自ばらばら、見ていて飽きない動きを見せる四つのサブアーム。
(この間の人来ないかな)
 そうして作業しつつ思うのは、先日バリケードを作った折に出逢った一人の男。
 漆黒の瞳に眼鏡を掛け、無精髭を生やした口元には咥え煙草。着崩した黒い軍服の背からは、艶やかながらも夜に沈む深い色を備えた漆黒の翼。短い髪を向かい風に掻き乱しながらも、広げた翼に風を受け、滑らかに宙に浮かぶ長身――が、紺藍のコアの表面に映り込む。
(あ、きた〜)
 回想している間にやって来た、『この間の人』ことダークネスに、テトテトラはご機嫌な様子で、コアを囲うランドルト環状の中心装甲をくるくる。
 滑らかな回転は、遠巻きに見ればどこか可愛らしくもあるが……45mの体躯を支える装甲の駆動は、間近で見るとかなりの迫力。しかし、どこか達観した感のあるダークネスは、別段驚くでもなく、どちらかというと感心したような眼差し。
 が、それは然程長い時間でもなく。黒衣の長身を映す紺藍の球体が瞬いたかと思うと、ダークネスの姿はコアの内部へと、一瞬で移動していた。
 こいつには毎回、声を掛ける前に収容されてるな。ダークネスがそんな事を考えていると、先日聞いたあの幼さを思わせる声が、紺藍の球体内部に響く。
『助かったって言ってたよね。復活しておくよ』
「俺も丁度、新しいの頼もうと思ってた所でな。手間が省けた。助かるぜ」
 相変わらず唐突な物言いだが、先日同様、ダークネスは動じる事も無く。むしろ、二度目ともなると想定の範囲内。それに、彼自身が幾つか思うところがあって、機動生命体、ではなくテトテトラ個人を探していた事もあり、今更動じる要素は無いに等しいのだった。
 さて、彼のその『思うところ』なのだが……
 ……不意に、組まれたバリケードの上に現れる気配。飛行型の魔物だ。
『上は駄目だよ』
 ごちながら、サブアームの一本をくねらせるテトテトラ。動き自体は、人が羽虫を叩き落とす挙動を髣髴とするが……その威力自体は、戦闘経験がそれなりに豊富なダークネスですら、滅多とお目に掛かれない程のものだった。
 真上から、真下へ向けて、振るわれたサブアーム。ぺちん、などといった擬音が似合う有様でバリケードの向こう側へ、文字通りに叩き落とされる魔物。その身体は凄まじい速度で地面と衝突、余りの衝突に耐え切れず「ぱしゃっ」という水音を立てたかと思うや、一瞬で真っ赤な液体へと姿を変えていた。
『柔らかいね。硬いのもいる? ふしぎ不思議〜』
 そう、これが。
 この、無邪気故の残酷さこそが、ダークネスの危惧するところだった。
 好奇心の塊のようなテトテトラ。先日も魔物を解体したりと、興味の趣くままの行動を見せていた。こうして言葉を交わしてみても、何処かしら危なっかしさを感じるのに、物言わず物騒な行為に及んでいる姿は、脅威以外の何物でもないだろう。一般人なら尚更に。
「お前には、躾が必要みたいだな」
『じめじめ? お水必要? 濡れてたほうがいい?』
「……それは湿気だ」
 本当に、どでかいお子様だ。実年齢を知れば、また印象も……否、細かい事には拘らないダークネスのこと、知ったところで「そういうものか」と思う程度だろう。
「保護者になってやる、といえば判るか?」
『じゃあパートナーになるんだね。いいよ〜』
 なんとも緊張感の無い流れで、さらりと結ばれるパートナー契約。
 テトテトラとしても、いきなりコアに招いてもそわそわおろおろせず、質問に的確に受け答えをしてくれた彼には、大変興味があった。また色々と話が出来れば良いと思ってもいたし、バリケード作成も半分は彼が来ないかと期待してのものだっただけに、ダークネス側からの申し出は渡りに船だ。
『そういえば名前聞いてなくて、言ってない? 工作艦のテトテトラだよ。よろしくね』
「俺はダークネス。ネス、と呼ぶ奴も居る」
 そう、彼が告げた直後。
 軍服を纏うダークネスの輪郭が、俄に変化を始めた。
 無精髭をそなえた面持ちは、鈎の如く曲がった鋭い嘴を具えた鷲のものへと変わり、肩や胸に生え揃った翼と同じ漆黒の羽毛が、着崩した軍服の胸元から零れ出る。両腕は鈎爪を具えた猛禽類の脚へと変化を遂げ……靴を履いている手前、少し判り辛くはあったが、元々筋肉質な両脚は、更に力強さを感じさせる獅子のものへと変わる。
 物心ついた頃から、人型で生活してきたダークネス。その本来の姿を知る者は、然程多く無い。
 この姿へと立ち戻るのはいつ振りだろう――逡巡と共に、着衣の裾から伸びる獅子の尾を揺らしつつ、其処に姿を現したのは、漆黒のグリフォン。
「これが俺の本当の姿だ。ちゃんと覚えとけよ」
『うん、覚えた』
 ほんの一瞬の出来事。テトテトラが応じる頃には、ダークネスの姿はいつも見る眼鏡と無精髭の長身に戻り、漆黒の翼だけがその名残を物語る。
 何事もなかったかのように、ダークネスはいつものように煙草を咥えると……はたと、思い出したように。
「中は禁煙か?」

 ところは再び、新所長(仮)が誕生したような気がする事務所。
 訓練日程などを話し合っているのを横目に、シャルロルテは自身の作業を続ける。遠隔操作しているのか、卓に置かれた液晶版の画面を触るたび、事務所隣に建てられたラボという名の機材置き場から、音が聞こえたり、聞こえなかったり。
 隣のラボや、今居るこの事務所は、テトテトラが建てたもの。器用でお仕事も速くて素敵です、と感心したように零するりの脳裏に過ぎるのは、そのテトテトラが魔都に拵えた『ふがしのとう』のこと。
「あれにも魔鋼を設置すれば、守護塔として活動できるのでしょうかね」
 先日、ダスランから大長老が運んだ魔鋼は、東の塔の修理に回されて殆ど残っていないらしい。一旦はテトテトラがふがしに詰めた加工前の魔鋼も、街の他施設再建に回される予定で運び出されてしまったらしく、ふがしのとうが正式稼動に漕ぎ付ける目処は立っていない。もう一度ダスランから運んでくるのも悪くは無いが……純度の高いものが用意できれば、もっと素早く完成に近づけることが出来るのではないだろうか。
 それに、そういった純度の高いものが手に入れば、シャルロルテの魔鋼解析もより進んで、見えない所で関連があるらしい機動生命体達のことも、もう少し詳しく判ったりするかも知れない……そんな期待と展望が、るりの中にはあった。
 大長老も高品質な魔鋼の入手には思うところがあるようで。
(魔鋼の精錬所とか作れたら、この先みんな便利なのにね)
 職人さんの『必殺技』で、精製はできないのかな。そんな風に言う大長老……の言葉をまたるり経由で聞いたシャルロルテは、何か閃きかけたのか暫しの長考に入る。
(あっ。るりさん、おでかけできるよ。おまたせなんだよ)
「はい!」
 エネルギー充填が終わった事を告げる大長老に、るりは大きな頷きを一つすると……思案中のシャルロルテを邪魔をしないように、そっと新しい飲み物とお茶請けだけを用意して、事務所を後にする。
 くりも気紛れにふわふわと後を追いかけようとしていたが。
「きみはお留守番。お出かけは外装ちゃんと着けてからにしときね」
(おぼふ)
 吠にひょいと捕まって、思わず発せられたおぼふに、大長老の中に広がるなんかいいよね。
『おぼふちゃんと使えたよ、えらいね!』
 吠に捕まったことを「予想外」と感じ、おぼふを使ったくり。
 そして、そんな大長老から感じる、柔らかく温かい感情に、るりはまた顔を綻ばせる。
『人がよく言う『親』って、こういうかんじなのかな。よくわかんないけど、なんかいいよね!』
「早く一緒にのりのりできるといいですね!」
『るりさんのお手伝いもいっぱいするよ。だって『うちのこ』だからね! おさといっしょに、もりもりがんばろうね!』
 そんな会話を交わしながら、みかん色の噴炎を吐き出し、上空へ浮上していくすごくまるい機体。
 目指すは東、最果ての都・碧京。
 地図上で見る限りは、ごく近い位置にすら見える、魔都と碧京。
 しかし、惑星ティーリアの住人にとっては、『西回り』の航路は常識の範囲外。西方大陸よりも西、そして、東方大陸より東には大海洋が広がり、その大海洋に存在する『奈落の口』と呼ばれる海の裂け目が、両大陸を隔てているからだ。
 惑星ティーリアを南北に極地から極地まで貫き、線でも引いたように黒々と沈む大海溝『奈落の口』。深さが知れぬのもさること、周辺に発生する不可思議な潮流によって、そこを超えようとする船舶は瞬く間に黒い裂け目の中に吸い込まれてしまう。その勢いたるや、海洋生物ですら抗う事が難しいらしく、海生の人外の徒であっても『奈落の口』がどうなっているのか知る者はないという。
 また、地図上だけなら、海を跨いで真っ直ぐ行けば良いように見える各大陸間にも、複雑な潮の流れが存在している。気流も横断航路には適さないものが多く……これらの奇妙な現象は『奈落の口』の異常な吸水力に起因しているに違いない、というのが船乗の間での定説だ。もっとも、実際の関連や詳細は明らかになっていないのだが。
 兎角、流れに逆らうには潮流や風の影響を受けない特殊加工の船を用意せねばならない。そういった特別製は極端に値が張り、伴って、数も極僅か。素直にグリンホーンを経由する航路を使う方が、安全かつ安上がりなのである。
 だが、空どころか、宇宙すら自由自在に航行が可能な大長老ならば、潮流や多少の気流など無関係も同然。魔都からの『西回り』で、碧京を目指す事は容易い。
 それだけに、空を使って各都市を繋ぐ航路があれば、きっとみんな便利だろうにと、大長老は思う。
 ロードナイツセブンが請け負っている、ダスラン・ツァルベル間の大規模輸送も、実の所は大長老の『おにもつ運びのおてつだい』が生命線。採掘量の飛躍的増加は、沙魅仙がパートナーとして選んだオペレートアームが工作艦であったことに由来するし、ダスランでの採掘許可等交渉が上手く行ったのも、事前に救援物資として魚介類を届けた実績から、現地の人々からの感情が好意的に転じていたという側面もあり、『交渉』や『準備』の部分についてはロードのお手柄と言って相違ないが……大長老による輸送はどちらかといえば外注に似た性質。艦内積載量がかなり大きいこともあり、ツァルベルへの『おてつだい』は一日ないし二日に一回くらいで十分とはいえ、大長老本人としては自分が宇宙に出るなどで『留守』にする場合でも、みんなが不便にならないようにできればいいなと思う。それは、おにもつ量の多いグリンホーンや、砂漠商都シェハーダタに対しても同じ。
『空の定期船って、どうやったら作れるんだろうね?』
「空の、ですか?」
 深緑のコア越し、初めて見る大海洋の景色にぱっちりした紫の瞳を輝かせていたるりが、後ろで結んだえんじ色の髪を揺らして首を傾げる。
「台箱でしたら、私も良く利用するんですが」
 惑星ティーリアには、車輪の無い浮遊する荷台が普及している。が、牽引には馬や牛など、地に脚をつけて移動する動物が使われるのがもっぱら。単に浮んでいるだけなので、押したり引いたりで簡単に動かす事が出来る分、強い風には弱いという欠点もあった。
 つまるところ……それらを克服した、大型で、自走し、風に強い乗り物とは、先の潮流と気流を受けない特殊加工船と同等のものとなり、採算等諸々の問題から普及に至らず、という具合なのだ。これに加え、山越えまで出来る高度航行能力を付与するとなると、実現難易度は更に上がることだろう。
 なお、『個人』が己の術を駆使して一人で山を越えたり海を跨いだりは、然程珍しいものでもない。腕の立つ魔獣狩りの中には、そうやって世界を渡り歩く者も居る位だ。もっとも、距離に比例して魔力の消費も大きくなるため、実行可能なのは移転系統の術を『得意』とする者に限られてくるが。
「やっぱり、大きな物になってくると、守護塔のように専門の職人さんや、沢山の魔鋼が必要なんじゃないでしょうか? 乗り物ですから、操作をする人もですね」
『そっかあ。おさができるのは、魔鋼いっぱい運ぶおてつだいだから、ほかのことはできるこを探さないといけないね』
「私も、そういう人を見つけたら、おささんにお教えしますね」
『ありがとうなんだよ!』
 シャルさんにも、後で相談してみよう。おにもつ運びのおしごとを引き受けているシャミーさんも、何か知っているかも。
 そんな考えを巡らせているうちに。
 広い海原の中にぽつりと浮ぶ、断崖絶壁に囲まれた小さな大陸――碧京のある東方大陸が、オリーブグリーンの真下に近づきつつあった。

第四節
 珍しく青空に尾を引いていた薄雲も、陽光を遮るほどに分厚くなる事はなく。
 天頂からは今日も、二つ分の日差しが降り注ぐ。
 滞在地に留まり始めて暫く。潮っけの無い生活をこんなに長く続けているのは、初めてなんじゃないだろうか。置物のように鎮座したままぴくりとも動かぬ機体、日差しを避けるようにその影の中に座り込みながら、吠はそんな事を考える。
「水っ気ないと、結構違うもんやねぇ」
 耳後ろから襟足まで、二つに結んで肩から前に回した、白とグレーのまだら髪。元々ふわふわした癖っ毛が、完全に乾ききって更にふんわり感を増している気がする。かさかさする程酷くはないが、肌もなんとなく、潤いが足りないような。殆ど無いも同然の短い袖や裾から、遠慮なく露出した腕脚を見遣って……
「また傷できてる。どこでぶつけたんやろ」
 背を預ける、物言わぬ機体へ語り掛けるように、褐色の肌に新しく見つけた小さな傷を見遣りながら、ひとりごつ。
「実践訓練やるんやけど……あ、もうスゥイはんから聞いてたりするんかな?」
 二つあるコアの片方が欠けたまま、修理もされずに沈黙を続ける駆逐艦。
 この機体が、フリド=メリクリアと呼ばれている事は、他の機体から教えて貰った。
「今ね、あたしにも何かできへんかなーて、色々考えてるんよ」
 聞こえているのに無反応なのか、そもそも聞こえてすらも居ないのか。その辺りは吠にはよく判らないが。
 超音波を増幅させて、敵味方の距離を測ったり出来ないだろうか、とか。
 乱戦時に増幅音波で動きを鈍らせて、識別しやすくできないか、とか。
 思いついたこと、試してみたいことをあれこれと、背凭れ代わりの巨大な機体へ語り掛ける。
「他は……ロードはんが接してたオペじいさんやったら、何か知ってへんかなぁ。あ、この際ロードはんでも、何か妙案浮かんでくれはるんなら、ええよね」
 沙魅仙当人が聞いたら「貴公! その物言いは無礼であろう!」と即行で反応を示したに違いない。そういえば今は何処で何をしてはるんかなぁ、なんて考えを巡らせていると。
「あのペンギン、凄く面白いね」
 ふいと聞こえた声に吠が振り向けば、腰を過ぎる程に長く伸びた漆黒の髪を風になびかせる長身。この暫くの滞在で、すっかり見慣れた感のある折れそうに華奢なシルエットに、吠はちょっぴり悪戯に笑いながら。
「所長はんやぁ」
「バカじゃないの」
 何処か冷たく整った面持ちをそのままに、即座に返す口癖。
 シャルロルテ本人は、引き受けるか否かはまだ保留中のつもりだが……周囲は既に所長に就任したもの思っているらしく、このままでは数の勢いでなし崩しに決まってしまいかねない。どうするどうなる仮所長。
「それより。相変わらず反応なしかい?」
 そう言ってシャルロルテが銀の瞳で見上げるのは、吠が寄り添うように凭れ掛かっている巨躯。
 このところ、吠は暇があるとフリドの傍であれこれ話し掛けているか、くりと遊んでいるか。現在、滞在地に居る中でフリドの様子に一番詳しいのは、彼女であると言って過言ではない。
「ん、フリドはんに用事?」
「こいつの教育係させてやろうと思ったんだけどね」
 告げるシャルロルテの片手には、くりが捕まっている。くりのほうは特に嫌がる素振りもなく、素直に捕まっているが、またおぼふとでも呟いていそうである。
「全く、これじゃ本当にただの置物じゃないか」
 そんな悪態をついている様子に……先日、フリドのことを聞いた折は、不機嫌にしていたように見えたが。あえて教育係にフリドを選ぼうと考えたのは、何か心境の変化でもあったのだろうかと、ひっそり勘繰ってみたりする吠。
「教育係かぁ。あたしにはでけへん?」
「まだ意思疎通用の装置ができてないし、機動生命体じゃないとこいつと話ができないからね。ま、そいつが無理ならおさにでも頼むよ」
 試作機を作るときはまた魔鋼持ってきてねとお願いもされているし、ちっちゃいこが増えるようなら艦内にまるいこハウスを用意したいと提案するなど、くりの存在をいたく気に掛けていることからしても、大長老なら喜んで引き受けるに違いない。むしろ、外装が着いて安全性が増せば、放っておいても大長老があちこち連れ回して自主的に教育してくれそうだ。
 兎角、無敵装甲相手では、叩いても蹴飛ばしても硬い音が響くだけ。むしろ、こちらが痛い以外の収穫があるわけでもないので、シャルロルテは細い両肩を揺らして大袈裟な溜息を零すと、再び事務所の方へと戻って行った。
 振り返らず進む背に、またねぇ、と手を振る吠。そして、華奢な背中が見えなくなるまで見送ってから、話の続きを思い出したかのようにして、背を預ける機体へと語り掛ける。
「良かったら実験の相棒に付き合ってくれへん……? 戦いに出る時じゃなくて、こういう練習でも……たは、無理かなぁ?」
 やや童顔な面持ちに、はにかんだような表情を浮かべ、背面に聳える金属の体躯を見上げる。一つ残ったコアも、相変わらず無敵装甲に塞がれたままで、何の反応もないが……吠は尚も、その傍に寄り添って。
「いつでもええんよ。やる気になったら、付き合って欲しいな」
 いつものように、自然と奏で始めた鼻歌が。
 乾いた風に乗って、東へと静かに流れてゆく。

 ――始まりの街グリンホーンに、また新しく船が着く。
 岬に囲まれた天然の港湾を、出たり入ったり忙しなく行き交う大小の船舶。大型船が一隻、荷積みを終えて湾を出たのを見計らい、護岸の一部に建てられた見張り台から様子を見ていた監視員が、順番待ちで沖に浮んでいる船へと合図を送った。
 甲板で威勢のいい声が上がり、畳まれていた帆の半分が広がり、風を受ける。足りない推力を補うように、船員の幾人かが術を行使して帆に受ける風を勢い付け、舵と合わせて船を細やかに動かしていく。
 港湾中央に張り出た大桟橋、そこから枝のように放射状に伸びる桟橋に浮ぶ、幾つもの先客の横を、船は緩やかに進む。
 色んな船舶と、そこへ乗り降りする様々な人々。その姿が景色と一緒に右から左に流れていくのを、アンノウンの黒い瞳が捉える。
「賑わってんなあ」
 船縁で潮風に吹かれながら、流れる景色を見遣っているうちに。彼の乗る船は、空いた桟橋へと、吸い込まれるように接岸していった。
 ……無銭で行く・惑星ティーリア世界一周の旅。
 などという著作が書けてしまいそうな勢いで、何食わぬ顔でここまできているアンノウン。
 そう、あれは、早朝。馬車を降りて港の屋台飯屋で朝飯を食っていた時。たまたま隣に来たおっさんに、いつも通り気紛れに話し掛けてみたら、そのおっさんは船長だった。
 無論、おっさんは最初は面食らっていた。が、アンノウンの特技はそこでも遺憾なく発揮され、何故か逆隣のおっさんや、更にそのもう一つ隣のおっさん、飯屋のおばちゃんまで加えての世間話に発展。あれよあれよと、おっさんの船に乗っけて貰える運びになってしまったのであった。幾ら初対面での会話に長けているといえ、出会ってすぐの相手を乗っけてしまうのは危機管理という面から見てどうなのだろうと思わなくもないが、何かそういった害意を防ぐ術や何やがあったりするのだろうか。
 兎角、名目上はおっさんの船の雑務係扱いで、船に揺られたり、船酔い起こしたり、おっさんやら他の乗員と勢い任せに騒いだりすること数日。彼の乗った船は、こうしてグリンホーンへとやって来た。ちなみに、雑務の割に仕事らしい仕事はしなかった気がする。適当な宇宙っぽい話が受けたので、案外それで十分だったのかも知れない。もっとも、冗談好きなアンノウンのこと、話した内容の何処までが本当なのかは判ったものでないが。
 おっさんの指示を受け、船員連中がいそいそと積荷の揚げ降ろしを始めるのに混じって、船から桟橋へと降り立つアンノウン。
「あ〜、まだ揺れてらあ」
 細身の身体を右に左に、やや千鳥足で進む姿――に、違和感を感じてか、他の船の人々が、あちこちから二度見を連発。その視線に応えるように、細い腕をひらひらと挨拶を返しまくる。
「有名人みてえじゃねえ? 気分だけだけどよ」
 他の街でもそうだったが、歩いてるだけで注目の的というのは、この惑星ならでは。人外だのなんだのが居る世界では、服装や背格好だけなら然して突飛でもなさそうなものだが、やっぱ異星人って目立つんだなあ、なんて手を振りながら思う。何が目立っているのかまでは、当人は余り判っていないようだが。むしろ、世界の愛が俺に釘付けだぜ、位の感覚なのかも知れない。
 世話になったおっさんの船から届く、帰る時まで居たらまた乗っけてやんよー、といった類の声にも、適当な感じで応答しつつ。わざとなのか、本当に揺れているのか判別のつかない飄々とした足取りで、アンノウンは大桟橋の根元、山裾に広がるグリンホーンの街へと歩みを進める。
 スフィラストゥールも都市圏が広いなりに、所によれば雑多な雰囲気もありはしたが。防護門のある西側の公営施設や、街の中心地に高層建築が目に付くスフィラストゥールの街並みに比べると、グリンホーンには物見塔だの灯台だのと言ったものが、ひょいひょいと突き出て見える程度。他の建物の高さは二階か、精々三階止まりで、全体的になだらかな眺めだ。ただ、高さはないが、一軒あたりの面積が妙に広い建築物が散見される。
「倉庫かなんかか?」
 とりあえずそういった適当に目に付いたものを目標に、ふらりと街中散策……し始めたはいいものの。
「いっけね、こっからじゃあ見えねえや」
 似たような高さが続く街並みに近づくと、目印にしようと思っていた建物を手前になった建物が隠してしまう。普通ならここで途方にでも暮れそうだが、そもそもアンノウンは特に目的があって目印を決めたわけでなく。それならまた適当な目印を決めてそっちに行けばいいやとばかり。
 ……いや、もう、目印もいらないか。適当に進もう。適当に。出会いなんてのは、行き着くところ、何処にだってあるものさと、気紛れに街中をふらふら。そして、気侭に人波に流されてゆくギターを背負ったひょろぺら男を、商品らしき荷物を抱え行き交う人々がまたぎょっとした様子で振り見る。
 そんな視線の一つ。すぐ脇から向けられた、同じ方向へ進む人の眼差しが、アンノウンの黒い瞳とかち合う。
 これは気まずい。
 ……と、思ったのは、相手の側だけで。
 アンノウンはまるで、道案内に付いて来た友人にでも話しかけるように。
「あのよ、俺、ここ来んの初めてなんだけどよ」
 至極普通に声をかけられ、えっ、と言わんばかりの顔をしている相手。
 だが、アンノウンは気にした風も無く。いつもの調子で冗談交じりの世間話を挟みつつ、別れ道まで気紛れに、並んで歩いてゆくのだった。

第五節
 人が掃け、大体いつも通りの静けさを取り戻した事務所内。
 再び元の並びに戻された卓の一つに腰掛けて、アウィスがせっせと訓練予定表を拵えている。時折、窓の外を見遣ったり、天井を見上げるような仕草で動きを止めているのを見るに、事務所の上空に浮んでいるスゥイと、精神感応で相談をしているのだろう。
 そんな様子を銀の眼差しに捉え、シャルロルテはふと。
 ……そういえば、この惑星の通信技術はどうなっているのだろう。よくよく考えれば、例の置くだけ取水口は、地下水を地上に転送して汲み出しているわけだし。この惑星に来た初日の夜にも確か、来訪者らへの対応を決める為の各都市代表会談がいきなり実行されたはずだ。一体どうやって?
「ちょっといいかい?」
「はい、何でしょうか」
「この惑星って、遠くに居る相手と話す方法あるのかい?」
 アウィスが手を止めたのを見計らい、直接聞いてみる。彼女は学術研究機関とも繋がりがある様子だし、当人が知らなくても、そういった分野に詳しい専門家に心当たりがあるかも知れない。
「結論から言うと、あります」
「なんだよ、あるんじゃないか。なんで早く言わなかったんだよ。バカじゃないの?」
 別にアウィスのせいではないが、社交辞令代わりに悪態を吐くシャルロルテ。まぁいつものことだ。
「それで、そいつはそういう類のものなんだい?」
「念話の術になります。術者の能力や習熟度によって、距離や精度は変わってしまうのですけれど。近距離の念話は学院で基礎の一つとして学びますから、都市部で術師課程を修了した人でしたら、大体は使えると思います」
 都市外、辺境部では各家庭による教育が成される為、修得の度合いは解らないが……ある程度便利な代物ではあるので、集落に一人くらいは使い手が居るのではないか、というのが、アウィスの推論だった。
「ただ、行使には、話したい相手の位置を特定した上で、念話中は集中し続ける必要があります。『得意』な方であれば、集中は発動時だけで、会話の終了まで効果が持続しますけれど」
 ちなみに、基礎で習う『近距離』は、向う三軒両隣程度の、極短い距離である。正直、そんな短距離では会いに行って直接会話すれば集中する必要もないし、魔力も使わずに済むし、何より圧倒的に早いので、街中で一般人が使っているのを見かけることはまずない。
「代表者会談はそういうのでやってたんだね」
「恐らくは。会談は幻像付きで念話のできる魔器を使っていたのではないかと。転送の術で直接会合を行った可能性も皆無ではありませんが……各都市共に、襲撃による被害が出ていましたし、そんな非常時に上層部の方が都市を離れていたとは、考え難いのです」
「何でもありだね、魔術ってのは。ふざけてるんじゃない?」
 これは確実に、通信端末に相当するものが存在している。しかも、絶対、あの置くだけ取水口のように、蓋を開けるとただの箱だったり板だったりするに違いない。精々、見間違わないようにそれっぽい装飾が加えられているか、魔力補助用の魔鋼がちょろっと詰まっているくらいだろう。そんな確信めいたものがシャルロルテの中を過ぎる。
 とはいえ、先の説明の通り、距離や精度が術者の力量次第となってくる為、通信魔器の性能自体も術を施す職人の腕前に比例する。ことに、各都市を結ぶ程の距離と精度を保障するには、『念話だけ』ですら相応の腕前を持つ職人が必要となり……それに擬似映像まで付いたものとなれば、希少性や有用さから考えて、間違いなく高価な代物だ。保有できるのは都市上層部か、余程に財のある上流階級、豪商くらいのものだろう。
「ま、でもそんなのあるんなら、一からやるよりは早そうだね」
 入手難度は兎も角、通信の概念とそれを体現した装置自体があるのなら、組み合わせ次第で容易に『おはなし装置』を実現できるはずだ。更に、魔鋼と機動生命体のエネルギー源が同質であるのを踏まえれば、相性も抜群だろう。
 大長老が言った『魔鋼の精錬所』も、実現すれば構想段階で留まっている色々なものに光明が差すのは間違いないし……これは一度、オルド・カーラ魔術院とやらを尋ねて、専門家の意見を仰いでみるべきか。
「なんで職人こっちに寄越さないんだろうね。気の利かない奴らだよ」
 遠まわしに、守護塔修理の折の職人をこっちまで連れて帰ってこればよかったのに、と言っているような気もするが。かくいいつつも、早速出かける支度を始めるシャルロルテ。この所、留守番や開発作業が多かったせいで、周囲には余り動かない人という印象を持たれてしまった感が拭えないが……別にものぐさなわけではないので、動くときは結構動く。
「一筆書いてくれるかい? とりあえず、門前払いされなければいいよ」
「判りました。魔都支部宛で宜しいでしょうか。それとも、機構都市の本部へ?」
(本部行くなら運ぶぜ?)
 片鱗から状況を読み取ったのか、不意にスゥイから届く声。守護塔再生時に、院生や教諭他、住人の多くがスゥイを目撃しているのは確かだし、二人の功績を考えれば、彼の存在自体を紹介状に見立てる事も可能に違いない。
「……と、言ってますけれど」
「まぁ、魔都でいいんじゃない?」
 機構都市の本部はまだ、残りの守護塔の再建で慌しくやってるのだろうし。話を聞きにいく程度なら、近場でも十分にだろう。
 頷きを返して、真新しい便箋を引き出しから取り出すアウィス。
 ……そういえば、これは所長(仮)が出かけて自分が留守番をする構図なのか。この事務所、偉い人ほど不在になってる気がするが、何か変な力でも働いているのだろうか。そんな事を、ふと考えてみたりするのだった。

 魔都スフィラストゥール、防護門。
 門の据え付けられた砦から見遣った先、西へと続く渓谷の合間には、組み上がった新生バリケードが鎮座していた。
 そのバリケードの前では、製作者たるテトテトラが、一仕事終えたあとの一服でもするかのようにじっと浮んでいる。
 いや、じっと、と言うのは語弊があるかも知れない。テトテトラは大体いつも、円弧状の外装か、コアの填まった中心装甲かを、くるくる回しているからだ。
 そして、そのランドルト環に似た装甲の中心、紺藍に煌くコアの中には、パートナーとなったばかりのダークネスが居た。
『パートナーになるといつでも何処でもどんな時でもお話できるんだよ』
「そいつは便利だな」
 ごちるダークネスの口元から零れる、白い煙。
 一応、禁煙ではないらしいということで、遠慮なくいつもの咥え煙草でいるものの。上も下もなく重力の影響から解放される巨大な珠の内部では、煙はなんとも不可思議に漂い、かと思えばいつの間にか何処かへ消えていく。内部に煙が篭るような気配もないし、掻き混ぜられて見えなくなっているのでなはなく、本当に何処かに消えてしまっているのだろう。こうして、常に清潔さが保たれるよう、なんらかの力が働いているに違いない。
『ネスが知らないソラも一緒に見れるよ』
 ソラ――宇宙。
 惑星ティーリアの外。
 大空を羽ばたく事の出来るダークネスでも、まだ見た事の無い世界。
 先日、魔都へ魔物大侵攻という一大事をもたらした双子星。遠く巡回し続ける二つの太陽。それよりもまだ遠く、か細く輝く無数の星々。それらが浮ぶ、暗黒の空間。
 遠い世界に思い馳せ心躍らせる……ほどには若くもないし、そもそも、そんな柄でもないが――
『あ、きた』
 響く声に、逡巡に内側を彷徨っていた意識が浮上する。
 さて、そんな二人、バリケードが完成したのになぜ未だここに居るかといえば……
 俄に動き出す、テトテトラのサブアーム。その先端が、バリケードの方向へ向かって突進してくる魔物の一体へと、精密な動きで駆動し、接触する。
 刹那、接触した先端が、仄かに空色の光を発した。
 蒸発するような音がして、今までがむしゃらに走っていた魔物の身体を、光が貫いた。サブアーム先端に格納されていたレーザー砲から、零距離で放たれた光線。遠慮なく相手を貫通した空色の光は地面にまで穴を空け、一瞬で事切れた魔物の身体が、弾かれたように前のめりに地面へと倒れ伏した。胴体に開いた焼け爛れたような穴からは、数拍遅れて白い湯気が立ち上る。
『これで二匹目だね』
 言いながら、今しがた倒したばかりの魔物を、サブアームで拾い上げ……て暫く、穴の空いた部位から千切れてしまう、魔物の身体。どさりと落ちた地面に、また一つ、赤黒い染みが広がっていく。
『あれ。半分になっちゃった』
「見た目より柔らかい奴だったんだな」
 動じる様子もなく、細く煙を吐き出しながら応じるダークネス。
 ……この二人、実は、魔物を集めているのだった。
 それも、『餌用』の魔物を。
 事の発端は、バリケード作成時。テトテトラがまた、知らない事を色々と、ダークネスに質問していた時のこと。
『食べ物にも魔鋼みたいに純度ってのがあるのかな?』
「ん? どういうことだ?」
『この間ね、奥まで行ってみたんだよ』
 先日、魔の領域の奥へ行った時に見聞きした事を交え、あれこれと話すテトテトラ。
 魔物が獣を食べていたこと。
 何事か、喧嘩をしていたこと。
 コアに入れてみた時のこと。
『にくとめしの違いって何だろね?』
 確かに、不思議な話だ。単に適当な言語になっていただけなのか、意味があって区別されているのか……
『魔法使える人を食べると力強くなるの? 人は試せないけど、魔物が魔物を食べた時に強くなるのか気になるよね』
「確かにな」
 魔物の生態云々については、ダークネスにも気になる部分はある。もし、発生の原因が判り、根本から絶つことが出来るのなら、それが最上だとも思う。
 そして今なら、それも可能かも知れない。テトテトラが居れば、おいそれとは近づけない魔の領域の奥へも、容易に辿り着く事ができる。何より、本人が興味を示している。保護者としてついていくのも、個人の興味としても、探索に出かけるのは吝かではない。
「ま、試してみりゃぁいい」
『そうしてみるね』
 かくして、共食い用の『餌』を用意するべく、こうしてバリケード前に張り込んでいるわけである。道すがらに探すのも悪くはないが、必ずここを通るのなら、待ち構える方が確実だと踏んだのだ。砦への侵攻も防ぐ事ができて一石二鳥。
『あ、三匹目。話題に上げれば影ってやつだね』
「噂をすれば影、だ」
 一応の訂正を挟みつつ、今度は飛行してきた敵影を、コアの中から見遣るダークネス。テトテトラは、今度は生け捕りにできたらいいなーとごちながら、再びサブアームを向かい来る魔物へ向けて精密な動きで肉薄させる。
『でも、僕、四匹しか持てないね。残念』
「突き刺して運べねぇのか?」
 何処か尖った所にでも……と、ダークネスは何の気なしに、漆黒の瞳でテトテトラの外装を見遣る。
 灰と漆黒で構成された、円盤状の輪郭。
 その外装の一部にふと、本来ならあるはずのない棘状の隆起物が、にょきにょきと発生した。
 ……テトテトラには、そういった稼動部位は存在しない。それ所かそもそも、無敵装甲が駆動なしで、流動物のように形を変えることは、本来ありえないことだ。
 そう、つまり。
 この棘は、ダークネスが生やしたものだったりする。
 しかし、どうやら変形を実行した当人は半分無意識だったらしく、急に出てきた都合のいい部位を見て。
「ほう、いい所にあるな」
 と、他人事のように感心。
 だが、すぐに。
『ネス凄いね。こんなの出せるんだ』
「なんだ、俺がやったのか」
 テトテトラの言に、どうやら元々付いている装置ではないらしいと察し、試しに棘に意識を集中してみると……
 出たり、引っ込んだり。伸びたり、縮んだり。太くなったり、細くなったり。
 思う通りににょっきにょっき形を変える棘に、ダークネスは呼吸と共に、薄く紫煙を吐き出して。
「……ああ、成程、本当だな」
 などと、自分がやった割に、然程驚くでもなく。相変わらずの達観振りで、こういうものか、と淡々と受け入れてしまうのだった。
 そんなこんなで、都合よく生えた棘に、早速、倒した魔物をさくさくぐさぐさ。倒したて新鮮な魔物だったがために、棘の根元から滴った鮮血が、テトテトラの漆黒の装甲に薄っすらと赤黒い筋を描き出している。
 実に物騒な光景ではあるのだが、ダークネスとしては余程に不味いことでも起きない限りは放任するつもりでいる。相手が魔物となれば尚更、気に掛ける要素など微塵も無いわけで。むしろ、倒すついでに実験に使えるのなら都合よし。そんな風にすら考えていた。
 この親にして、この子あり。
 保護者の方も中々に、容赦ない御様子である。

第六節
 ――最果ての東に、空から降りてくる、すごくまるい機影。
 対面するように西回りでやって来た、見覚えのあるオリーブグリーン。
 順当に東回りでやって来た沙魅仙は、コア越しの景色に見える大長老に、ほう、と感嘆の息を漏らす。
「ロードの意向を察して駆けつけるとは。中々殊勝であるな」
 偶然であるとは露知らず。既に同志認定済の大長老の登場に、何処か満足げな沙魅仙。ちなみに、誰に限らず、一度出会った相手は沙魅仙の中では大体が『領民』『同志』『従者』のどれかに分類されている。自動的に。
 いよいよ至る、東方大陸。断崖絶壁に囲まれ、隔絶された大陸に根ざし生まれた、独特の雰囲気。
 ついに東の果てまでやってきたか、そんな思いで碧京の街並みを見下ろす沙魅仙。
 都市の街並みは、大抵が気候風土に合わせて作られるもの。魔術の存在によって、自然の影響を幾ばかりか無視――異星人からすると、凄まじく奇妙な場合もしばしばあろうが――することが可能な惑星ティーリアといえど、労力の軽減を考えればやはり、土地、気候、そこに住む者達の気質に沿って、街ごとの特色が育まれてゆくのも、ごく自然な流れ。
 とりわけ、他大陸とは離れた位置にある東方大陸は、物理的な距離もさること、大陸自体が他よりも極端に狭く、首都である『碧京』が全土を一括管理できる支配力を持っている。そのことも、他の大陸とは違なる趣を生んだ原因かも知れない。
 各地からの流入が多く、雑多に入り混じった活気ある街、グリンホーン。
 労働都市故に、景観に余り気を使っている様子のない無骨な佇まいの、ダスラン。
 歴史を感じさせる古めかしい様式を踏襲しつつも、要所要所に目の覚めるような先鋭的技術が潜む、ツァルベル。
 余りにも都市圏が広い為に、機能性重視で少し愛想のない高層建築街や、下町情緒溢れる郊外の佇まいまで、場所により色々な表情を覗かせる、スフィラストゥール。
 発展や賑わいは他の大都市に引けを取らぬものの、砂漠越えに使われる数多くの牽引動物の存在が独特の雰囲気を醸し出している、シェハーダタ。
 そして、ここ、最果ての都たる碧京は、大陸が狭いが故に貴重となる天然資源を大切にする気風が、街づくりからも見て取れる。緑と水、山と海、そんな自然の一部に溶け込んでしまうほどの、実に慎ましやかな佇まい。自然との調和を重んじる方策は、都市中心部から郊外に至るまで大陸全土に行き渡っており、その不思議な統一感がまた、最果ての地が持つ神秘的な雰囲気を強く印象付けていた。
 大陸沿岸の殆どが断崖絶壁に囲まれた東方大陸は、船が自然に着岸できる場所も限られてくる。空を自在に浮遊飛行できる機動生命体には、そんな制限は全く関係はないが……ここでおにもつ運びのお手伝いをするときは、港傍の海上に降りるのがいいのかな、なんてことを考える大長老。
 しかし、どこが魔鋼採掘場なのだろうか。
 純度の高い魔鋼が埋まっているだけに、地中から発せられる魔力に意識を集中すれば、鉱脈全体の位置はなんとなく把握できるが……
 ダスランは空から見ても地上から見てもそれはもう判り易く、巨大な掘削孔がぽっかりと山の中に口を空けていたものだが。自然との調和を重視する碧京では、無闇に景観を崩すことを良しとせず、鉱脈へ続く坑道も最小限で済ませているようで、上空からでは何処が入り口になっているのか良く判らなかった。
 兎角、解らないなら行ってみるしかあるまい。
 大長老が港から続く街道の上に停止したのを認め、沙魅仙はふむ、と逡巡の息を一つ。
「我々もあそこへ降りるとしよう」
 ……それにしても、段々世界を股に駆ける商人のようになってきた気もしないではない。このままではロードナイツセブンがロードキャラバンセブンイレ……げふんげふん、とかになりそうだ。企業戦士的にも、営業時間的にも、二十四時間戦えてしまいそうである。
 機動生命体の突然の来訪に、港や街中から集まる人々の視線――このところ、荷物運びの往復で、よく行く街の人々は目撃に馴れて来た感があっただけに、大騒ぎされるのは逆に久方振りな気すらしてくる。
 すごくまるい機体に三つ並んだ深緑のコアの一つから、細く伸びる光。
 同じく、若干小振りな機体に据えられた一つだけのコアからも、光が伸びる。
 スポットライトのように静かに届いた光の先端が、山並みの合間を縫うように作られた街道へ接すると、その中からそれぞれ、るりと沙魅仙が姿を現した。
 浮かび上がる輪郭、消えていく光と引き換えに、山間を吹きぬける風に煽られ、マントを颯爽と翻す、皇帝ペンギン!
 ……に、自動変換された姿を紫の瞳に捉え、にこにこしているるり。今日も対沙魅仙フィルターは絶好調のようである。
(それじゃ、気をつけてね。おさは海の上でまってるよ。なにかあったら、すぐに呼んでね)
「はい、行ってきます!」
 みかん色の噴炎を吐きだし、港横に広がる断崖絶壁付近へ向かって、ゆっくり移動していくオリーブグリーンを見送って……るりが振り向けば、やっぱりそこには皇帝ぺんぎん!
 さて、一方の沙魅仙はといえば。彼女はロードの手助けに馳せ参じたに違いない、と決め付けて、さも当然のように。
「では、参るとしよう」
 だがしかし、るりも、一瞬、ぱちくりと瞳を瞬いてはみたものの。
「はい!」
 指示されて行動することに慣れているから、というのもあるにはあるが……何も言わなくても判ってしまうなんて、『ロード』って凄いんですね! と言わんばかりの眼差しで付き従う。
 碧京自体が、高純度魔鋼以外で余り名前の出ない場所ではあるので、ここに来る目的が似たり寄ったりになるのは、ある種当然。とはいえ、今回目的が一致したのは、偶然なのだが……何だかんだでこの二人、息ぴったりである。
「それで、何をなさるんですか?」
「先ずは交渉相手を見つけねばなるまいな」
 食糧支援や炊き出しで、図らずも事前に繋がりを得る事になったダスランとは違い、碧京での活動はまだまっさらな状態。るりが他支部の門下生であることから、一緒にナハリ武術館の支部を尋ねれば、無碍にされることはないだろうが……貴志の募集・勧誘に行くとか、碧京の情報収集をするとかであれば兎も角、商談窓口に武術館は適さないだろう。
 何はともあれ、状況確認。二人は目撃者らの戸惑ったような視線を浴びつつも、あるがままの砂利道を少し加工しただけの道沿いに、碧京の街へと入っていく。
 上から見ると、自然に覆い隠されていた街並みも、地上からだとそれなりの存在感。
 伐採、整地を行い、建造物を構築する他都市とは違い、木と木の間の隙間を埋めるように複雑な形状で建ち居並ぶ建造物。中には、二階部だけが妙に高い木の上にあったり、家の中を木を貫通していたり……それに伴い、家屋は周囲の自然物に合わせた曲線的で流動的な形状の外壁が数多く用いられており、醸し出す雰囲気の独特さは、他都市に類を見ない。
 そしてなにより。
 碧京には、土産物屋と、芝居小屋と、飲食店と、宿屋が多い!
 最果てというくらいだから、田舎だろう。そう考え、閑散とした『辺境』のよくある光景を想像していた沙魅仙だったが……意外や意外、娯楽と観光資源が充実している模様で、交易のついでは勿論、異文化体験を目当てにやってくる他大陸からの旅行者向けの施設が、そこかしこに軒を連ねていた。
 東方大陸が『隔絶した文化圏』であることを、碧京の者らはしっかり意識しているようで、ここで育った独自の娯楽や風土を売りに、実に上手いことやっている。
「くっ、これは予想外だ」
 最新情報や、洒落た衣類、娯楽の類を交渉材料として考えて居た沙魅仙には、まさに予想外の事態。山間部であれば、得意の漁で海産資源を交渉材料に、とも思っていたが……宿泊施設が普通に、新鮮な海の幸山の幸を売りにしているではないか。なんたる事態。
 いやまて、まだわからんぞ。この風に棚引くロードのマント(ロード的最新ファッション)や、ロード英雄記(ロード的お奨め文学素材)ならば、それを覆し余りある成果を上げることが出来るやも知れぬ……!
 ……などと、割と都合よく前向きに沙魅仙が思考転換している間。
 るりは居並ぶ土産物を前に、ぱっちりした瞳を更にまんまるくしていた。
 碧京の名の由来でもある、碧い魔鋼。
 原産地だけあって、それらを使った魔具や魔器を扱う店も、直ぐに見つけることができる、が。
「すすすすす、すごいおねだん……!」
 拳大一つで一生遊んで暮らせると言わしめる高純度魔鋼。
 確かに、輸送費諸々分を除けば、他所の大陸で買うよりは安い……安いのか?
 豆粒程度の魔鋼が付いているだけの杖一本、腕輪一つ、首飾り一つ、どれを取ってもとてもるりが個人で手が出せるような値段ではない。本当に目玉が飛び出てしまいそうだ。
「こちらはまだ、何とか手が出なくもないですけど……どどどどどうしましょう」
 一応、純度が低めの二級品や三級品を使った品も取り扱われてはいる。ダスラン産の混じりもの一杯の原石に比べれば、濁りはすれども色味ははっきり出ているし、触るまでも無くしっかりとした魔力が感じ取れることから、多少はシャルロルテの魔鋼解析の役に立ちそうだが……それでもやっぱり、豆粒サイズでるりの手持ちが一瞬で消し飛んでしまう位の威力はある。
 状況視察代わりに、同じく店頭の魔鋼を使った商品を見ていた沙魅仙も、黒い瞳を険しくしている。
「確かに……他の土産物や日用品とは、比べるべくもないな……」
 とはいえ、ここにあるのは魔具。つまりは加工品だ。元々産出量が少ないのに加え、宝飾としての工賃が上乗せされているのは間違いない。ついでにいうと、土産物的な側面もあるので、装飾造形も東方大陸特有の技法がふんだんに使用されており、多少ぼったくりな価格設定になっている気もする。こういうものに興味が無ければ、適正な相場や価値の判断は難しい。
 流石に店売りの品の入手は微妙だ。加工前の原石なら、少しは手に入れ易いだろうか……まだまだ続きそうな沙魅仙の苦悩モード。無論、唸りつつもロードの嗜みとしてマントを風になびかせることは忘れない。
 そんな彼の様子に、珍しく悩んでおられる! と息を呑むるり。何故なら、余りに可愛いくて思わず抱きつきそうになったからだ。
 ……そんな二人の葛藤はさておき。
 ロードナイツセブンの名声効果で交渉窓口までは何とか辿り着けたものの、交易資源に乏しい碧京にとって高純度魔鋼は最大の輸出品目。そもそもの交換レートが桁違いであるのに加えて、沙魅仙の提示している内容には然程真新しさがないのか、どうにも微妙な反応。
 だが、反応が芳しくない原因は、それだけではなかった。
 物流拠点であるグリンホーンでは、ダスランや碧京から輸送されてきた魔鋼の中間売買も行われている。大陸間の運搬が海洋輸送が大部分を占める惑星ティーリアで、必ず通らねばならぬ海の交差点。となれば、そういった仲買市場が発達するのも自然な事といえるだろう。逆に言えば、仲買を介さぬ大規模な直接輸送を実現させたことが、ロードナイツセブンがツァルベルから高評価を受けることに繋がっているわけだが……当の仲買人らからすると、間を抜かされるのは実に面白くない。
 それに、商売に聡い商人らの間では、最近急に名を上げてきたロードナイツセブンは要注意株。ただでさえ魔鋼大規模輸送という介入不能な市場を開拓されてしまったのに、商売敵としてはこれ以上の市場参入は阻止したくてたまらないだろう。希少価値の高いものを取り扱うならば尚更だ。
 碧京では、高純度魔鋼の希少性と価格の維持に、輸入出方法や取り扱い場所、窓口を碧京自らが一元管理している。採掘や販売を担う業者が複数あれば、何処かを当たればそのうち条件に釣り合う所も見つけられようが、現状、流通方法や手順の決まっている碧京に措いては、自動的に一人の相手を巡って他の商人と競争する羽目になってしまう。
 生粋の商人らと渡り合うのは、如何なロードといえども流石に厳しい。碧京が公営で魔鋼に関する全てを担っていることが、結果として沙魅仙に不利に働いてしまっているのだった。
「むむ……よもや、これほど苦戦を強いられようとは」
 存外に手強い、最果ての都碧京。
 今まで順風満帆だったロードナイツセブンに訪れる、何気に大きな試練。
 だが、そう、ロードナイツセブン結成の折に、吠も言っていたではないか。英雄譚には試練が付き物であると。
 つまりこれは、天が、世界が、試しているのだ。ロードとしての器を!
「これしきで諦めたのではロードの名折れ。この試練、見事乗り越えて見せようではないか!」
 生まれながらのロードであるなら、試練は勿論、その先の克服と栄光まで約束されていて然り。
 途方に暮れるどころか、俄然やる気に。沙魅仙は鳴海を手に、背筋を伸ばして胸を張ると、向かい風に颯爽とマントを翻すのであった。

第七節
 西方大陸の西。大陸を貫いて南北に延々と連なる山脈、その向こう側に広がる魔の領域。
 山に隔てられた大陸西側全てを占め、森と荒野の点在する、人の住めぬ世界……の、一角から、何やら賑やかな音が聞こえてくる。
 来訪者らの為に用意された滞在地から見て、丁度真西。
 標高千メートルを数える山並みを越えた先の様子は、山裾の滞在地から肉眼で確認することは叶わないが――
 薄く天を覆う曇り空に浮かぶ、幾つもの巨影。それらが動く度に、青やら赤やら黄やら、様々に空を彩る噴炎。旋回の度に風切る鋭い音が空を裂き、金属の体躯が駆動する度に高く低くと硬質で機械的な音が鳴り響く。
 魔の領域上空を縦横無尽に飛び回る、機動生命体の一団。
 何処かぎこちない動きをしたりしなかったりしつつ、弾丸を放ったり、ミサイルを発射したり、光線を撃ってみたりしているのは、彼らが『第一回実習訓練』の真っ最中だからである。
 搭乗者の居る機体、居ない機体に別れ、あちらこちら飛び交う巨躯。
 無人の機体は如何にも機械と言った様相で、実にきびきびと無駄の無い動きをする一方、誰か地上人を乗せている機体は、時々妙な動きを見せることがある。それは、機体自身が判断して取ろうとした挙動と、搭乗者が判断して行おうとした行動とが異なる折などに発生する、いわば誤差のようなもの。我の強い機体に我の強い奴が乗り込んでいたり、相乗りで搭乗者同士の意思疎通がいまいちだったりすると、ぎこちない動きになる事もしばしば。
 特に、我の強さに定評のある魔物狩り……『辺境戦隊あらくれーず』などと呼ばれているような者同士が相乗りなんてしていると、かなり荒ぶった動きになり易いようだった。それはそれで、敵からするとトリッキーで掴み所が無いともいえそうだが……仲間への誤射も起き得る乱戦時のことを考えると、荒ぶり過ぎるのは余り宜しくない。
 そして、そんな荒ぶる有人機に対峙する、無人機団体の先頭に。
 丸みを帯びたお尻と、対照的に、やや細長く突き出た前部。先端に返しの付いた寸胴フラスコにも似たシルエットを持つ一方、体側が陽光と垂直に交わる時に落とす影は細長い。機体の大きさは、集団の中でもかなり小振りで、背面に控える戦艦と比べると、少々可愛らしくも見える。
 白と黒のツートンカラーに、赤いラインが映える巡洋艦――今は『実習教官』なスゥイの姿があった。
 小振りといっても、それは機動生命体全体での話。優に290mを数える体躯は、人から見れば十分に巨大だ。そして、そんな機体の一部、無敵装甲に覆われたお尻の部分に……何か、刺さってる。
『コレに当ててみな』
 精神感応で、同胞を介して搭乗者へと届けられるスゥイの声。
 実習生として参加中の吠は、今日のお相手である戦艦のコアの中から、その様子を見遣って青い瞳を瞬く。スゥイの言う『コレ』。何だかひらひらしているようにも見えるが……
「あれ何、旗? ……ちっさ! あんなんほんまに当てられるん?」
 大きさは、自分の元の姿――ざとうくじらの時と同じ位だろうか。とはいえ、数百m級のお尻にちょこんと付いていると、比率の関係で凄まじく小さく見える。
 基本の武装がまだまだ上手く扱えていない吠にとっては、小さ過ぎると言って過言ではない的。静止していても、当たるかどうか余り自信が無いというのに……スゥイは、じっとしていてはくれない。
 しかも、彼は機動生命体の中でも、機動性に優れた巡洋艦である。
「ちょ、早い、早過ぎるて! やーもー何処狙ったらいいかわからへんー!?」
 紫の噴炎を吐き出し、縦横無尽に旋回する機影。
 器用に機体を傾けて平たい体を上手く使ってやり過ごしたり、側転でもするようにきりもみ回転し真横へ回避行動を取ったり、水平飛行していたのが唐突に直角上昇を始めたり。
 虎の子の高出力噴気孔が未使用であることから、スゥイとしてはこれでもまだまだ手を抜いているようだが、何分、本物の機動生命体の動きを目の当たりにするのは初めてのこと。時に残像すら生み出しかねない無機質で機敏な動きには、まだ要領の掴めていない実習生の多くが苦戦を強いられる。
 他にも、スゥイの呼び掛けに応じ集まった僚機らが、同じように旗を貼り付けて逃げ回っていたり、基本武装の使用練習を重点的に行っている実習生相手に、静止したままサブアームに持った旗を振ったりして的役をやっている機体も居た。
 一方で、上手く魔術や必殺技を用いて命中精度を上げたり、搭乗機の性質を活かして手数で勝負を仕掛けたり、ドッグファイトに持ち込もうと挑んでくる、血気盛んな実習生も。
『おっと。中々いい動きをするヤツも居るな』
「大丈夫ですか?」
 実習という事もあり、全機、武装の威力は最小出力にまで落としてあるものの。たまに、装甲部分に光線や魔術が被弾する度、搭乗中のアウィスが物憂げな眼差しを覗かせる。
『無敵装甲だからな、これぐらいどうってことないぜ』
 文字通りに無敵を誇る外装・無敵装甲。同胞の光線や実弾兵器ですら、この外装を傷つけることは出来ず、機動生命体同士の戦いの際は、互いのコアを如何に狙い撃つことが出来るかが鍵となる。
「でも、コアに当たれば危ないのでしょう?」
『確かに、オレ達の身体の中じゃ、コアは一番弱いところだが、それでも並の金属よりは丈夫なんだぜ。大口径でもない限り、一回やそこらじゃやられないから安心しな。それに、何かあっても、オマエがいるしな』
「もう。いきなり何かあっては困ります」
 信頼されているのは嬉しいが、実習で自分が全力を出すような事態にだけは、なって欲しくない。だが、実戦を想定するなら、被弾を前提とした訓練もしていかねばなるまい。訓練参加者の錬度が上昇すれば、被弾数は更に上がっていくだろうし……訓練後、消耗した機動生命体達へのサポートやケアについても色々と考慮する必要があるなと、アウィスは教官役として立ち回るスゥイを見守りながら考える。
『いいか、オレ達……今、オマエ達と居る機動生命体は自分の意志で自由に動いてるが、母星から襲ってくるヤツらは部下を連れて団体でくる。孤立すると囲まれてあっという間にやられちまうぞ』
 惑星ティーリアで最大の脅威ともいえる魔物は、基本的に単体で行動している。先日の魔物大侵攻時のようなものは例外的なもの。だが、それでも、数が多いというだけで、魔物同士が連携を取ったりと言ったことは殆どない。結果的に連携に似た状況が起きた、というのなら皆無ではないが、意図的にというのは極々稀だ。
 対する機動生命体は、基本からして連携してくる。一対一の対決であれば、搭乗者の持つ能力の分だけこちらが有利にもなりうるが、敵が正々堂々勝負してくれるような手合いかといえば、そうではない。侵略者らは自身の損傷など度外視で、忠実に目的を遂行するように作られている。躊躇も容赦もなく、自己犠牲すらも厭わず挑んでくる、意志をもった兵器そのもの。敵とみなした相手の撃破・殲滅のためには、己や同胞を捨て駒にする事に一切の感傷も迷いも生じないのだ。
 でも、だからこそ。スゥイ達離反勢力は、そこまでして徹底的に侵略を行う事に疑問を覚えた。
 現にこうやって、一緒にやっていけているじゃないか。
 絶対、惑星ティーリアと、そこに住む皆、そして、一緒に戦おうという者達を、死なせてはいけない。そのためにも、彼らを立派に戦えるように、自分の手で自分の故郷を守れるように、してやらなくては。
 見目には無機質な、白黒塗装の金属。触れば冷たい体躯とは裏腹に、灰色のコアの中に灯る熱い想い。それだけに、実習教官としての指導にも熱が入る。
『よし、攻守交替だ。今からオレが攻撃するから避けてみろ』
 全機への精神感応での通達と共に、俄に動き出すスゥイの装甲。
 曇天の空に轟き響く駆動音。上下に掻き開かれてゆく、サイバーカラーの巨躯の中、側面装甲に隠されていたレーザー砲、前部装甲からは主砲・イオンスフィア砲が姿を現す。丸いシルエットだった後部装甲までもが、鳥の尾羽のように大きく広がって開き、まろび出た六基ものサブアームが、孔雀が飾り羽を広げたが如くツートンカラーの体躯を彩る。
 刹那、スゥイの噴気孔が、紫色の炎を噴いた。
 装甲全開状態からの、全速横回転。しかもその状態から、装甲内の二門のレーザーが光線を撒き散らし、暴風雨のように前後左右から降り注ぐ。
 かと思えばいきなり慣性を無視するかのような空制動で鋭角旋回、真後ろから襲い掛かってきて、サブアームでそふとたっちしてまた離脱していく。
「ええええ、まって、まってまって、どないなってるん、どこにおるん!? どっちいったらええのんー!」
 予想外の猛攻に、吠は思わずびびりながら大興奮。
 他の実習生も、必死に動きはするものの、殆ど本気で仕掛けてきたスゥイの動きにはついていけず、レーザーの雨を食らったり、サブアームでぺちぺちと肩でも叩かれるように触られたり。横を掠めるようにすっ飛んでいった! と思ったら、時間差で後ろからミサイルをぶち当てられたり。
『完全に避けなくてもいい。コアに当たらないように、上手く身体をずらして、無敵装甲で防ぐんだ』
 ほんの数分間の、嵐のようなスゥイの攻撃。
 無論、無敵装甲がある限り、被弾による被害はないも同然ではあるのだが。
 一頻り攻撃を終えたスゥイの体躯が、また駆動音を轟かせる。広がっていたサブアームはするすると背面へ吸い込まれて消え、大きく広がっていた外部装甲が閉じて、見慣れた平たいオメガ型のツートンカラーがそこに浮んでいる。
「やぁもうびっくりしたぁ。まだ心臓ばくばく言うてるやん。いつかあたしもあんなん見えるようになるん? 想像できへんわぁ……」
 想像以上のスリリングな体験に、逆に楽しささえ覚え始めている吠。
 ちなみに、スゥイの攻撃形態全開モードを初見で見切ることが出来た実習生は一人もいない。まさに『初見殺し』の面目躍如である。なお、二回目でも見切るのは困難を極めた。彼を攻略するには相当回数の試行錯誤が必要そうである。
 とはいえ、流石に全力で動き回ると消耗も激しい。巡洋艦は他の戦闘向きの艦に比べるとエネルギー量が少ないため、致し方なくはある。
『一旦休憩するぜ。暫く自習しててくれ』
「ん、今日の相方さんはまだまだ一杯エネルギーあるみたいやし、今のうちに思いついたこと実験してみよ」
 思い立ったが吉日とばかり、吠は訓練参加前に考えていた増幅超音波による索敵を試してみようと考える。
 先ずはどうしようか。元の姿に戻るイメージで――そう考えた途端、乗り込んでいる戦艦の外装が、駆動音とはまた違う何か妙な音を立てて動き始めた。
「わ、すごいなぁ! え、これ、あたしがやってるん? ほんとに?」
 見る見るうちに、ざとうくじら型に変わってしまった外装。駆動部を考えれば、本来ならありえない形への、完全なる『変形』に、吠の興奮もまた鰻登り。淡々と事実を受け入れていたダークネスとは大違いである。
 これならできる気がする! 湧いてきた自信と共に、意識を集中し……発する強力な超音波。
 人には聞き取れない、高音域の波が、全方位に向けて広がり、そして、吠の元へと戻ってくる。
 瞼を閉じた視界、暗い脳裏に三次元に浮かび上がってくる、仲間達の輪郭と配置。
「やった、できるやん♪ でも、判るん形と距離だけかぁ、敵とか味方とかを見分ける工夫もせんと……うん?」
 随分遅れて、戻ってきた音波が、吠の脳裏に捉えたものの位置を示す。
 なんだろう、訓練で集まっている皆とは全然違う位置に一機だけ、ぽつんと誰か居るような……?

 魔都スフィラストゥールの西。西方大陸を跨ぐ山脈の唯一の切れ目である渓谷。
 渓谷の終点、山裾の切れ目には、鬱蒼とした森が広がっている。
 ……と、言われてはいるものの。
 放っておいても魔物の側から頻繁に訪ねてきてくれる手前、騎士や魔物狩りがそんな深い場所にまで御出迎えに向かう必要性は皆無。それ故、渓谷深部に至り、その光景を目にした者は居ない――少なくとも、ダークネスが知る範囲には。
 又聞きでなら、そうらしい、と言う話は耳にするが。それは所謂、『友達の友達が聞いた話』程度の、確証のないもの。信憑性については、いわずもがなである。
 そも、山脈の大きさを鑑みれば、渓谷を抜けきるだけでも数時間は掛かるはず。その間、襲ってくる魔物を倒しながら進まねばならぬわけで……行ったはいいが帰ってこれなかった奴くらいは、居るのかも知れない。
 それが、今は、いとも容易く。
 空色の噴炎を吐き出し、滑らかに空を行く、灰と漆黒の巨大円盤。ランドルト環状の中心装甲の真ん中に据えられた紺藍の半透明越しに、初めて見る景色が広がっている。
 延々と広がる森は、何処か黒々として。かと思えば、まるで穴でも空いたように、森の中に荒れ果て赤茶けた荒野が広がり、かと思えばまた、緑険しい森が広がる。森と荒野の境目は、線でも引いたようにくっきりしている所もあれば、合間に草原や水辺が挟まって、段階的に移り変わっていく場所もある。
 何にせよ、スフィラストゥールのある山脈東側大部分が乾燥地帯に覆われていることに比べると、中々に表情の豊かな光景だ。上空も先程から、曇ったり晴れたりを繰り返しているし、雨が少なく水源を地下に頼っている東側とは、随分雰囲気が違う。
「こっち側は、こんな風になってるのか」
 かくして、バリケートを作り、必要分の『餌』を入手終えた二人――ダークネスと、彼をコアに乗せたテトテトラは、渓谷伝いに西へ進行。こうして、魔の領域へとやって来たのであった。
 興味津々、とまでは行かずとも、多少、感心はした様子で眼下の様子を眺め見ているダークネス。
 ……それにしても。
 先程から、何やら遠くのほうで微かに、賑やかな音がしているような。
「魔物でも暴れてるのか?」
 姿が全く見えないのに、音は確かに聞こえる。とすると、相手はとんでもない大物で、しかも、音の具合からして、結構な数。
 もし、これが魔物大決戦の喧騒だとすれば、魔の領域の奥にはとんでもない大物がひしめいている事になるが……
『スゥイがみんなと来てるって』
「ああ、例の訓練か」
 成程、それは賑やかなはずだと、合点がいったように音のする方に視線を投げる。先日、防護門前で戦った際も結構なものだったが。あの巨大な機動生命体同士が複数でドンパチやらかしているのなら、この喧騒も道理だ。
『ネスも行く?』
「お前さんがやるなら付き合うが」
『じゃあいいや』
 外周に浮ぶ、円弧状の二つの装甲をくるくると回し、更に奥へと進んでいくテトテトラ。
 何処かのんびりした空気さえ漂う二人の遣り取りだが。外装から伸びるテトテトラのサブアームには……魔物が一体、携えられていた。
 時折、全身が萎縮したり痙攣したりと、思い出したように何かしらの動きを見せている所からして、一応は息があるらしいが、半死半生、瀕死と言って差し支えない状況だ。
 魔物はそれ一体だけではない。残る三つのサブアームにも、原型を留めていない肉団子状のもの、半分千切れて無くなっているもの、形は残っているがぴくりとも動かないもの……状況様々な魔物共が、それぞれ携えられている。
 ……無論、こいつらは皆、防護門付近で集めた『餌』用の魔物だ。
 あの時、ダークネスが生やした棘状の外装には、はやにえだか串団子だかといった有様で、魔物の亡骸が三つ四つ突き刺さっていた。結構な豊漁だったようである。
『魔鋼もあるんだよね。とびっきりで沢山。噂の立つところに煙ありってやつだね。違う?』
「お前さん、意味は通じなくもないが、毎回何か混ざってるな」
『沢山あったらふがしの塔も守護塔になるのかな』
 実現できるのであれば、ダークネスとしても、ふがしの守護塔化は早々に達成したい所ではある。
 何にせよ……渓谷を抜けて暫くした辺りから、妙に強い魔力をひしひしと感じる。魔鋼鉱脈があるという『噂』は、どうやら単なる噂ではなさそうだ。
 ダークネスの感知した魔力の流れを頼りに進路を定め、空色の噴炎を吐き出して進むテトテトラ。やがて、訓練の音が聞こえなくなってくる頃合に、真下の森で騒ぎ立てる声が聞こえてくる。
 魔力の強さと、魔物には、やはり関連があるのだろうか。魔力の強い方向へ進むほど、遭遇率が上がっているような気もするし……それとも、偶然なのか。咥え煙草から白い筋を棚引かせながら、逡巡と共に腕組みして、ダークネスは眼下で騒ぎ立てる魔物の様子を見下ろす。
 今は、三、四匹が、何を目当てにしているのか良く解らないが、互いに争っている様子。一応、全部魔物のようではあるが……此処では、他の普通の生き物はどうしているのだろう。それとも、全てが魔物なのだろうか。魔術院などの専門機関がどこまで研究しているのかはよく知らないが、今までは倒すべき敵として捉えてきた相手。生態については、全くと言っていいほど情報が無い。
『餌投げてみるよ』
 逡巡の間に、持って来た魔物の一つを、テトテトラがぽいっと投げ込む。
 途端に、一匹が降って湧いたご馳走に喰らいつき、そいつに向かって別の一匹が襲い掛かり、それをまた……と、餌の取り合いが始まる。
 そのうち、一匹がやられ、哀れ新しい餌と化す。
「……この場面だけなら、過激な弱肉強食、程度なんだがな」
 だが、こんなに過激に共食いをするのなら、もう少し数が減っていても良さそうなものだが。
 一体、奴らは何処から湧いているのか。
『目に見えて変化するって事は無いのかな? 魔力の変化はある?』
「地形から感じる魔力が強過ぎて判らねぇな。近づいて確かめてみるか」
 無精髭の生えた顎を軽く擦りつつ。
 ……何だか、長期休暇の自由研究を手伝っているかのようだと、なんとなく微笑ましい気分になるダークネス。目の前で繰り広げられている光景はちっとも微笑ましくないが。
 コアから伸びる光を辿り、暴れて食ってと荒れ放題な魔物の真上へと姿を現す黒い軍服。
 とばっちりを食わぬようにと留意しつつ、ダークネスは漆黒の翼を羽ばたき、少しずつ魔物らへの距離を詰めていった。

第八節
 始まりの街グリンホーンの街中では、ロードナイツセブンの貴志らが、様々な活動を行っていた。
 ……はずなのだが。
 その輪の中にすっかり入り込んで、弾き方を忘れたギターを掻き鳴らし、一際に人々の注目を集めている男が一人。
 何やら、この惑星の未来の為にと仰々しい大義名分を掲げて真面目に活動してる団体があるらしい……という話を、行きずりの通行人から耳にして、気紛れに接触したのがつい先程。街を行き交う行商人らとは雰囲気が違うし、何が出来るか解らないままにとりあえず集まった愚連隊ともまた少し毛色が違う。勢いだけは若気の至りに溢れていたが、その真っ直ぐな所が逆によかったのかも知れない。
 街角で見つけた貴志の一人……に、まるで待ち合わせでもしていたかのように、細い腕をひらひらさせながら近づくや。
「よ。手伝おうか?」
 と、担いでいたギターを背から下ろし、アンノウンは相手が何か言うよりも早く、チューニングが狂って久しい六本の弦を適当に爪弾き始めたのである。
 ここまで、大体、歩いているだけで注目を集めていたアンノウン。それがまた奇怪な行動を取ったとなれば、注目が集まるのも当然で。通行人は勿論、一方的に手伝われている筈の貴志らもが、何事かと集結する事態に。
「そんで、こっからどうすんだ?」
 注目を集めるだけ集めておいて、ノリで対応を丸投げしてくるこの奇妙な異星人に、集まった貴志らは一様に、「えっ」と戸惑った顔をしていたという。

 ――青々とした海原に佇む、小さな大陸。
 断崖絶壁に囲まれた東方大陸の、ほぼ唯一と言っていい船着場。他大陸との交流の為、西側の一箇所にだけ解放された港、そのすぐ傍の海上に、浮遊状態で佇むすごくまるい機影。
 その隣には、小粒なもう一つの機影が、内陸を見つめるかのように浮んでいる。
(中々苦戦しておるようだ)
(そっかあ)
 到着した船からの積荷の揚げ降ろしをサブアームで時々お手伝いしながら、精神感応で話すのは遠く街中で交渉をしている各々のパートナー――魔鋼の入手に頭を悩ませている沙魅仙とるりのこと。
 ロード的最先端情報での交渉に失敗した沙魅仙が次に思いついたのは、山岳都市ダスランでの産出量上昇に貢献したように、工作艦としてのオペじいの能力を使っての魔鋼の産出量上昇。しかし、碧京の魔鋼鉱山はダスランとは異なり、入り口も搬送路も最小限、幾ら工作艦が小柄とはいえ、最低でも30mを越す体躯に人間サイズの坑道を使うのは至難だろう。かといって、ダスランのような大きな採掘場の新規開拓を、景観を重視する碧京が許可するとは到底思えない。
「この試練、中々に手強い……友よ、何か良い案はないものだろうか」
(私は器用さだけが取り得ですからな)
(おにもつ運びとか、おさいると交換じゃむつかしいかな)
 おさのミサイル、略して、おさいる。
 惑星ティーリアで珍しい金属である、機動生命体の精製ミサイルとなら、希少な魔鋼とも釣り合いが取れないだろうか。とはいえ、珍しいといってもそれは現段階でのこと。エネルギーさえあれば無尽蔵に製造が可能なミサイルと、埋蔵量が決まっている魔鋼とでは、いずれ価値も変動してゆくだろう。交換が可能なのは、最初の一回だけになってしまうかも知れない――
 それでも、僅かでも目があるのなら! とばかり、果敢に交渉に挑む沙魅仙。
 るりとしてはできれば、『ふがしのとう』の稼動に足る分を確保したくはあるが……余りに量が少ないようなら、シャルロルテが解析に使える分だけでも、とロードの手腕に希望を託す。
 ふとるりが巡らせた紫の眼差し。青々とした木々に覆われた景色の向こう側に、大長老のまるい機影の天辺だけがちょこんと覗いている。大長老が何か仕草をすると、都度都度に感嘆や驚愕の声が上がるのが、遠く微か風に乗って聞こえてくる。
 グリンホーンへ頻繁に寄港する船乗の中には、『おてつだい』にやってくる大長老をすっかり見慣れた者もいる。すごくおおきな大長老のサブアームは、やっぱり凄く大きい。それに、人間に比べれば当然、凄く力持ちで、サブアームによる荷物の揚げ降ろし作業効率はとても高い。その為、大長老を『お馴染みの機動生命体』として見知っている船乗は、率先して大長老に手伝ってくれーと声を掛けてくる。
 そんな様子すらも珍しいのか、手の空いている街の人々が入れ替わり立ち代りで、港近くの断崖に集まって見学や野次馬をしているのが、大長老の目でもある三つの深緑のコアに映り込む。気さくに大長老へ手伝いを依頼する船乗達の姿に、危険が無いことを理解したのか、騒いだり怯えたりと言った様子は徐々に少なくなっているようだが……機動生命体に対して警戒心や恐怖心を抱いている者が、まだ数多くこの惑星に居るのは、間違いないだろう。
 意思疎通の装置ができれば、そんな人々と機動生命体との架け橋になるはず。
 『ふがしのとう』の稼動に足る分を確保できれば最上だが、そうでなくとも、せめてシャルロルテが解析に使える分だけでも……
 街中で魔鋼の店を見回っている折、土産物屋で見つけた深緑色の硝子細工を手にるりは、めげずに交渉を試みている沙魅仙の背を期待の眼差しで見守っていた。

 ……かくして、ロードが四苦八苦している頃。
 割といつも通りの唐突な出会いを経て。先ずは仲良くなろうや、というお決まりの方策で、アンノウンは貴志集団に混じって、ロードナイツセブン・グリンホーン拠点、と言うには質素な街外れの倉庫の一角にお邪魔して、またまた適当な音階のギターを掻き鳴らしながら酒盛りを始めていたりした。
 個人・団体を問わず、絶賛協力者募集中のロードナイツセブンとしては、異星人側からのアプローチは歓迎するところ。しかしながら、彼は協力者としてやってきたのか、様子を見に来ただけなのか、貴志として正式加入するのか、どれが正解なんだ……と、始めのうちはその曖昧な雰囲気に戸惑う様子も見受けられたものの、普通に混じって普通に飯食って騒いで普通に親睦が深まっていくうちに、細かい事はいいんだよという感じになってきて現在に至る。
 正面切って勧誘すれば、気紛れなアンノウンのこと、「なんだかよくわかんねえけど、まいっか」などとノリであっさり了承するに違いない。もっとも、加入もノリなら退去もノリで、ある日突然、ふらりと姿を消してしまうかも知れないが。
 兎角、話してみれば皆同じ。アンノウンの愛する知的生命に違いなし。とはいえ、ここに居る貴志らがスフィラストゥールで出会った八百屋のおっさんや食堂のおかみさんなど、地に足のついた生活をしている者達とは少し違って、『自分の故郷、そして、この惑星の為に何かしたい!』という、若い情熱に溢れていた。当人自身の年齢などには無関係に、大きな目標に目を輝かせて邁進する様子は、純粋な少年少女さながらである。
「いいねえ、夢はでっかくねえとな!」
 調子よくそんな事を言って、そんなお前らに一曲プレゼントだ! と、再びギターを掻き鳴らすアンノウン。弾き方なんて適当でいい、音のずれなんて些細なこと。この愛があいつらに伝われば無問題!
 飲めや歌えやと倉庫の一角で続く小さな宴会。勢い任せについつい時間を忘れてしまうが……ロードもたまに風に吹かれてさぼっている事があるし、こうやって何もしないで騒ぐだけの日があってもいいだろう。沙魅仙に留守を任されている蟹人外貴志はそう考えたか、羽目を外して騒ぐ同志らを、静かに見守る事に決めたようだ。
 手拍子やら笑い声やら、屈託なく聞こえてくる様々な音。
 それらを耳に、アンノウンの脳裏にふと、この星の言語を覚えたりできないかといった考えが過ぎる。
 しかし、昔覚えていた筈のギターの弾き方でさえ、今は見る影も無くこの有様。思い出すのすらいまいち上手く行かないのに、まっさらから他所の星の言葉を覚えるのは、きっともっと難しいに違いない。
 無理か。俺頭悪いし。
 いやでも、メカだって愛の力でパワーアップしたんだ。知的生命への愛の力でなんとか、なんねえ?
 案ずるより産むが易し。ちょいと試してみっか、とばかり。ぺらぺらの革ジャケットの襟元に付けっぱなしになっている小さな装置を、ひょいと外してみる。
 ああ、うん。
 やっぱりちんぷんかんぷんだ。
「あー、何言ってっか全然解んねえや」
 突然、聞き取れない言葉を発したアンノウンに、鳩が豆鉄砲でも食ったような顔になっている一同。
 アンノウンはその様子にからからと笑いながら、取り外した小さな物体を指差して、もう一度、自分の革ジャケットの襟に取り付ける。あー、前もやったな、こういうの。なんてぼんやり甦る既視感。
 一方で、全く聞き取れない言語に遭遇した貴志らは、驚愕したり動転したり、また大騒ぎ。惑星全土がほぼ単一の言語体系であるティーリアの住人には、『意味の同じ単語を照合する』という習慣自体がない。更には、魔力もないのに動く不思議な装置に興味津々で、自分もやってみたいと挙手して賃借を希望する者まで。
 気前よく、ノリで貸し出している間、やっぱりさっぱり意味の解らない言葉。
 でも、どの星でも一つだけ。
「笑い声だきゃあ、付けても外しても、変わんねえんだよなあ」
 それが判っただけでも、何と無く満足な気分がして、アンノウンもまた自身が生まれた星の言葉と発音で笑う。
 やっぱり、知的生命体は最高だ。

 ……所は変わり。
 魔都スフィラストゥールにある、オルド・カーラ魔術院支部。
 少々古めかしく荘厳な見栄えの建物前、揺れも音もなく停止した馬車から降り立つは、長い漆黒の髪を棚引かせる長身。
 貴族然とした意匠の着衣と相俟って、建物前に佇む姿が妙に絵になる。その光景に、初めは見惚れるように視線を向けていた通行人らが、近づくに連れて感じる違和感に、今度は不思議そうに眉根を寄せて通り過ぎてゆく。
 かと思えば、何か合点がいったように頷き、暫しその姿を見遣る者も。それはまるで、魔力のない異星人のことをよく見知っているかのような素振り。
「……ああ、名無しがこっちに居たんだったね」
 その名無しことアンノウンが既にスフィラストゥールを出ているとは露知らず。シャルロルテは一人納得したようにごちて、魔術院の入り口へ続く短い階段に足を掛ける。
 軽く周囲を振り見れば、屋根の向こうの遠い景色に、一際高く突き出た二つの建造物。魔都の守護塔『東の塔』と、件のアンノウンがテトテトラと一緒に勢いで拵えた『ふがしのとう』だ。少々、周囲の建物が高くとも、その隙間から更に飛び出て見える辺り、流石は世界一の高層建築といった所か。
 一瞥の間に、そんな逡巡をさらりと過ぎらせて。
 開け放しの大きな鉄扉を潜り、中へと進む。学術機関でもあり、教育機関でもある魔術院。入り口入ってすぐの大広間中央に、石碑的な物が置かれている様子は、レトロな博物館や、古い建造物を大事に使い続けている由緒正しい大学かといった趣き。
 もっとも、古さを感じるのは、天上の民であるが故かも知れないが……シャルロルテ当人としては、旧時代的な物もそんなに悪くない。服装からすると、こちらの方がしっくり来るくらいだ。
 大広間からは、各施設へと続く大きな廊下が見て取れる。上層階へ続く階段も。さて、どれが正解か。
 学生か研究者かといった身形の者達が行き交う中、思案するように銀の眼差しを巡らせていると……大広間の傍らに、事務窓口らしきものが。先ほどから、行き交う学生諸氏の視線が度々シャルロルテに向けられているが、窓口の番をしている相手も例に漏れず。
 図らずも目が合った一瞬だけ、少しばつが悪そうに目を泳がせている相手の元へと、石造りの床を靴音高く進み、シャルロルテは持参した紹介状を広げて見せる。
「通信の専門家に話を聞きたいんだけど、取り次いでくれるかい?」
 紹介状を見た相手は、その内容と署名を確認すると、やや慌しく事務机の上にあった何かを操作して――あれはもしや、通信魔器そのものではないか。
 ひょっとして、校内放送程度の中距離音声のみの魔器は、一般にも普及しているのか? それとも、ここが魔術院という特殊な環境だからなのだろうか。
 整った面持ちの裏でそんな考えを過ぎらせている間に、どうやら専門家の紹介に留まらず、支部長が直接面会を希望しているらしく、奥の応接室まで案内される事に。
 広く長い廊下を真っ直ぐ奥へ進む道すがら、世間話として交わされるのは先日の大侵攻に纏わる話。死者を出さず危機を乗り切ったという偉業もさること、東の塔の復旧や、新しい塔の爆誕と、大侵攻当日は出来事が目白押しだった。それがつい先日の事ともなれば、未だに話題の中心に上るのは致し方ないことといえよう。
 その中で、『ふがしのとう』を将来的にどうするか、と言うのは、都市行政や有識者らの間でも色々と意見が交わされていると聞かされる。二本目の守護塔として防衛強化に充てようというのが意見の主流ではあるが、都市強化に繋がる何か他の機能も付けられないかなど、面白い提案が幾つか出されているという。
 さて、そんなふがしのとう、相変わらず正式名称は募集中だそうで。
 冗談交じりに、何かいい案はないものかと、案内の人に話を振られて、
「ふがしでいいんじゃないの」
 そう告げるシャルロルテの声は、至極、平坦だったという。

第九節
 海鳥飛び交う、中央大陸南端の風景。
 すっかり親睦も深まったアンノウンは、執事役らしい蟹人外に連れられて、貴志の活動ついでに、観光案内宜しくグリンホーンの街中をあれこれ散策中。
「へえ、山の上にも街あんのか」
 山岳都市ダスランの話を聞き、細い身体を少し大袈裟に逸らせて、聳える山並みを見上げる。
 そこから、山の向こうの街――機構都市ツァルベルへの荷物運びの仕事を請けているのだと、蟹人外は北東の方角を示しながら言っていた。
「こっからじゃあ山しか見えねえや」
 地図上で見れば、一塊に見えてしまう、中央大陸と北東大陸。互いが接触し押し合って作り上げた巨大な地形は、惑星ティーリアに存在する山岳の中でも最高峰。
 それを除いても、中央大陸南端の山裾から、大陸の殆どを占める山岳地帯の全容が見えるはずもなく。グリンホーンの街中から判るのは、大地が傾斜を増しながら空へ向けて続いている、ということだけだ。
 碌に見えもしない山並みを辿り、視線を巡らせると、遠慮なく盛り上がった山と山に挟まれ、北へと続く巨大な谷間が見て取れる。大桟橋のある港湾――沿岸部をグリンホーンの正面だとすれば、それは丁度、背面に当たる内陸方面。ダスランへと続く唯一の道。
 山裾を少し登り見下ろせば、積荷を載せた荷台を動物に牽かせ、谷の奥へ進んでいく商隊の姿を、頻繁に目にする事が出来た。どの商隊にも大抵一人は物々しいいでたちの者が同行している。護衛というやつか。
 傾斜が在るにせよそこそこに緩やかで、多くの人々の居住を許している山裾沿岸部とは異なり、根元から急な角度で天へ聳える山脈は、巨大な天然の壁のよう。そのうち両側から迫ってきて、押し潰されてしまうのではないか……そんな錯覚を覚える程の、威圧感を持っている。
 とはいえ、まさか、錯覚に対して護衛が必要な訳もない。彼らの役割は、時折出没する魔物から、積荷と商人らを護ることだ。稀に、夜盗なども出てくるそうだが、主には魔物相手が仕事だという。
「魔物って何処にでも出んのな」
 先日は双子星云々でスフィラストゥールが大変そうだったしと、少し前の事を思い返すアンノウン。魔都ほど頻繁に魔物が襲ってくることはないが、それでも、目撃情報が出たり、街の指示で討伐隊が組まれたり……そういったことが毎月数回はあることから、グリンホーンでも魔物そのものは珍しい訳ではないようだ。
 倒すか倒されるか、でしか話に上らない魔物。しかし、相手は何か考えがあって襲ってきているわけでもないらしい。自然災害みたいなものか。
「やりようによっちゃ仲良くできるのかもしんねえよな」
 そんな事をごちるアンノウンに向けられる、不思議な事を言う奴だ、と言った視線。
 魔物は倒すもの、と頭から考えて育ち、生活してきた者達には、随分奇妙で突飛な考えに映ったことだろう。貴志の中には居ないが、魔物に親しい誰かの命を奪われてしまった者が居れば、仲良くなんて冗談ではない、と反発すらしたかも知れない。それ程に、魔物は『敵』として惑星ティーリアの人々の認識に根を下ろしてしまっている。
 どの道、本腰を入れるにしても、今後の課題として後回しになるのは必定。
 なお、気紛れなアンノウンが、唐突に思いついたこの件に取り組むかどうかは、また別の話である。

 さてそんな、魔物山盛りの魔の領域では。
 物騒な親子が、自由研究宜しく生態観察中。
 眼下で騒ぐ魔物の頭上へ、漆黒の翼を羽ばたき少しずつ近づいていくダークネス。更にその上を、円盤状の巨大な機影が同じ位の速度でゆるゆると付いて行く。
(コアに入って無くても一緒に空飛べるって面白いよね)
 羽ばたく脳裏に直接届く、テトテトラの声。
 成程、こうやって距離に無関係に会話ができるのか。これは確かに便利だ、などと考えつつ……他所の惑星とやらには、飛行できる人種は殆ど居ないのだろうかと、ダークネスは言葉の意味に少しばかり逡巡する。
 惑星ティーリアに措いても、先天的に浮遊、或いは、飛行する能力を持つ者は、少数派ではある。しかし、然るべき学術機関で魔術師課程を経験すれば、浮遊系の術も基礎魔術として習う場合が多く、ちょっと浮ぶ、くらいのことは市井の民の間でも不可能ではない。ただ、基礎しか知らない場合は――アウィスが念話の術に対して行った説明と同じく――行使に相応の魔力と集中が必要になる為、それを得意としている術者でない限りは、頻繁に使用することはない。
「他所じゃあ、飛ぶ奴は珍しいのか?」
(乗り物が無いと落ちるよ)
「乗り物か」
 魔術や人外が当たり前のこの惑星からすると、何かするのに必ず道具が必要になる他所の惑星の話は、少々不思議なものに聞こえる。
 とすれば逆に。異星からの来訪者らにティーリアの『常識』が奇妙に映るのも当然かと、眼下に近づいてきた異形の争いを見下ろしながら考える。
 がつがつと、新鮮な遺骸に群がり、その肉を食い千切る魔物達。俄に、そのうちの一匹が、近づくダークネスに気付いて、血走った双眸で空を見上げる。喉まで裂ける歪で大きな顎に、不揃いに居並ぶ鋭い牙。滴る血肉を歯の隙間や喉に引っ掛けたまま――唸る喉の奥に不穏な空気を感じて、ダークネスの背中にちりちりとした戦慄が奔る。
 咄嗟に翼を翻し、旋回して魔物の射線上から退く。その直後、吐き出された炎の帯が、先ほどまで彼が居た場所を通り過ぎて行った。
「近づき過ぎたか?」
 頭上を舞う黒衣の姿を、引き続き、視線で追いかけて来る魔物。と、そんな魔物とダークネスの間を遮って、ぬっと大きな影が差した。
(ネスは駄目。餌はこっち)
 伸ばしたサブアーム一本の陰にダークネスを隠すようにしながら、別のサブアームをくねらせ、持参した『餌』を魔物の前に投げ落とすテトテトラ。
(ネス達は僕らよりも短くて脆いんだよね)
 パートナーと居るのは面白いから、少しでも長く続くように大切にするんだ。そんな無邪気な感情を精神感応と共に届けながら、テトテトラは中心装甲をくるくると回転させる。
 ……この物言いからするに、どうやら、テトテトラには過去にもパートナーが居た様子。
「前の相手はどうした?」
(天寿まっとうしたよ。体はあるけど反応が無くなるんだよね。残念)
「……そうか」
 然程、様子が変わるでもなく、右に左にと装甲を回転させながら告げるテトテトラに、ダークネスは短くそれだけ返し、壁になるように動くサブアームの陰から、眼下を見下ろす。
 ダークネスを見失った魔物は、新たに与えられた餌へと素直に食いついていた。身を裂き、食い千切り、咀嚼し、飲み込んでと、そこまではコアの中から見ていた時と特に変わった様子もなく。
(どう? 強くなってる?)
「特に魔力に変化は感じねぇな」
 魔力感知に一層意識を集中してみても、感じ取れる魔力には別段変化は見られず。
 単に、この混沌とした有様が、魔物にとっての弱肉強食の生態系なのだろうか。それにしては、今まで出会った魔物はどれも形状がてんでばらばら、全く同じ容姿と能力のものを見た記憶が殆どない。形状だけ、能力だけ、という分類でなら、合致するものも増えるが……種ごとの個体差、で片付けるには、類似件数が少な過ぎる。そこがやはり、腑に落ちない。
 種が違うとすれば、繁殖は出来ないだろうし。それとも、こいつらは全部、形が違うだけで一個の種族なのだろうか。逆に、個々個別に発生しているなら、どこから、どうやって?
 次第に深く沈んでいく思考。ふむ、と零した息と共に、咥え煙草の口元から溢れた煙が、流れる風に乗って後方へ吹き散らばっていく。
 一頻りに考えを巡らせて後、場所を変えてみるか、と思い立った矢先。
 不意に、眼下から駆け上ってくる妙な魔力のうねりに、漆黒の眼差しが険しさを増した。
 めきめき、ぱきぱきと、明確な音を立てて、先ほどまで死肉を食らっていた魔物の体が、急激に変化をし始めたのだ。
(形変わったね。他に変化はある?)
「魔力量も少し変わってるぜ。一応、増えてる、か」
(じゃあ、強くなるから共食いしてたんだね)
「かもな」
 だが、単純な魔力の吸収ではなく、形状の変化を伴うのは、未知の情報だ。
 人外の徒であれば、自身の望む範囲で、元の姿と人型とで自由に変身することが出来るし、単なる変身であれば別に珍しいものでもない。ダークネス自身、翼だけを残して人型を取っているのだし、その気になればいつでも、どちらでも好きな姿を取ることが出来る。
 しかし、今、眼下に居る魔物はそれとは様子が違う。もがき苦しむように暴れ、時には痙攣を起こし、のたうち回りながら形を変えてゆく様は、己の意志で変身を起こしているとは到底思えない。
 それに、先ほどは炎を吐くだけだった魔物が、今度は体に炎を纏って、挙動の度に腕や脚から火炎を撒き散らすようになっている。これはもう変身よりも、別の姿へ生まれ変わったと言う方がしっくり来る。
「共食いが変化を誘発するのか」
 だが、眼下で起きる変化は、それだけで終わらなかった。
 なんと、食い散らかされて骨と皮だけになった遺骸までもが、突然魔力を発し、新たな魔物として動き出し始めたのだ。
「成程な。時々見かける、妙に生物離れした魔物は、ああやって発生してた訳だ」
(不思議ふしぎ〜)
 動き出して即、骨だけの魔物と、炎の魔物とか新たな争いを始める。
 骨だけで肉を食えるのか。という新たな疑念も湧いてはきたが……哀れ骨は粉々になって焼き尽くされ、奴がどうやって餌を摂取するのかは、解らないままに終わってしまった。
「にしても、遺骸まで変化するってことは、共食いが直接的な原因じゃないのか?」
 一人ごちて、眼鏡越しの視線で周囲を見回すダークネス。
 怪しいのはやはり、地形から感じる強力な魔力だ。
 一方で、テトテトラは、一度は食い尽くされ動かなくなったはずの魔物が、再び起き出してきた事が、気になっていた。
(ネス達は、その体自体がコア? コアは心臓?)
 右に、左に。首でも傾げるように、中心装甲を交互に半回転させているテトテトラ。
(自己再生能力があっても、欠けたら駄目なんだよね)
 機動生命体の心臓とも言えるコア。機体部分の状態と無関係ではないが、コアさえ無事であれば体躯は幾らでも取替えが利く。それ所か、コアを複数持つ機体であれば、どれか一つさえ残っていれば、他が破損しても――稼動部が制限される場合はあるにせよ――活動そのものに支障はないし、修繕などの際に交互に一個ずつ取ったり付けたりなんて事も出来る。
 しかし、生物ははそうは行かない。
 脳や心臓は損傷すれば即死、なくてはならないものだ。だが、出血多量や、重度の火傷などでも死に至ることを考えれば、身体の状況そのものがコアに相当するといえなくもない。
「そうだな、どっちもコアたりうる、って感じか」
 無精髭の生えた顎を軽く指先で擦りながら逡巡するダークネス。その姿を紺藍色のコアに映しながら、テトテトラは中心部の装甲をくるくる。
(死ってよくわからないけど、二度と話さないんだよね)
 反応がないなぁ、どうして返事しないのかなぁ、と思っているうちに。
 最初のパートナーは、骨になってしまった。
 その骨も、起き上がったり、返事をしたりは、しなかった。
(魔物は骨でもまた動くんだね。この星だけ? 人も? ここに連れてきたら、また起きる?)
「起きるかも知れないが。その時のそいつはもう、『魔物』に変わっちまってるだろうぜ」
(そうなんだね。残念)
 脳裏に届く無邪気な声は、いつもと変わらない。
 ただ単に疑念として、死という現象に興味があるのか。それとも、離別に対して、テトテトラは特別に思うところがあるのだろうか?
 頭上、己を映す無感動な紺藍色を見上げて、ダークネスは短くちびた煙草を摘んで眼下へ放り投げる。折り良く吹き上がった例の魔物の炎が、それを一瞬で消炭に変えた。
「死ってのはな、確かにもう動いたり喋ったりしないもんだ。間違ってはないぜ?」
 おもむろに、胸元から新しい煙草を取り出し、今度は自ら起こしたもので火を点す。
「でも、それだけじゃない。お前さんが、この先どこへ行っても、どこまで行っても、この世界のどこにも居ないって事だ」
 同じ声に。同じ顔に。
 二度と。
「永遠に会えないって事なんだ」
 飄然と、いつものように紫煙を風に棚引かせながら、告げる彼の記憶に。
 ほんの一瞬だけ過ぎる――
「お前さんが言う『残念』ってのは、俺達の言う『悲しい』とか『寂しい』と同じ意味なのかもしれねぇな」
 瞬き一つ。瞼の裏の暗がりに、刹那に視えたものは、記憶の箱に仕舞って。
 ダークネスは漆黒の瞳で、真上にある大きなお子様の澄んだ眼――テトテトラのコアを暫し見つめていた。

第十節
 宙を駆ける体躯が、曇天の空に重ねて白い雲の糸を描く。
 丸いお尻から紫の噴炎を吐き出し、魔の領域上空を駆け抜ける機影。その背を追って、様々な角度から放たれる光線や実弾兵器、術の塊。だが、それらの多くは、高速で飛翔する機体を捉え切れずに、残された筋雲を掻き乱しながら空の彼方へ消えていく。
 下方に待ち構えていた機体の主砲から、天を衝く竜巻の衝撃が立ち昇る。鋭く襲い掛かる風の洗礼を、オメガの機影が巧みな空制動で旋回回避すると、標的を失った衝撃派は分厚い雲に穴をあけながら成層圏を突っ切った。
 灰色に覆われた空に、ちらりと覗く青。空を巡る二つの太陽、その片方が開いた穴から顔を出し、差し込む陽光が薄い光のカーテンとなって大地にまで降り注ぐ。
『いい時間だな。今回はココまでにするぜ』
 白黒二色に赤いラインのサイバーボディ――実習教官スゥイは揺らめく陽光を浴びながら、遅れてやって来たミサイルを垂直離脱で回避して、周囲に散らばる実習生や僚機らに精神感応で呼び掛けた。
 呼び掛けと、徐々に噴炎を抑え空中に停止するスゥイの姿を捉え、一生懸命に飛び回っていた実習生搭乗機らも噴炎を止めて飛行を浮遊に切り替えたり、様々な駆動音を響かせて露出させた武装を仕舞い込んだり。
 そんな光景をじっくりと眺め見るスゥイ。
『ダメージを受けてるヤツも居るな』
 的役をしていた僚機は勿論、三次元全方位の乱戦に慣れていないこともあって、避けたつもりが自分から当たりに行ってしまったりする実習生も居た。
 攻撃に使う光線や実弾、術や技の威力は最小にしてあるものの、何度も当たればそれなりにダメージも蓄積してくる。かく言うスゥイ自身も、灰色のコアに少し色味が差している様子。
『相棒、回復の術を頼む』
「はい」
 頷き、軽い集中と共に、スゥイのエネルギーを魔術へと転換するアウィス。
 紫色の柔らかな光線が雨の様に周囲へと降り散ると、淡く橙や黄に色づいていた機動生命体達のコアが、元の寒色に戻っていった。
 その様子を、巨大な宝珠の中から見遣って……アウィスは何処か物憂げに、紺色の瞳を瞬く。
「まだエネルギーはありますか?」
『あるぜ。どうした?』
「どうしたではありません。あなたの治療がまだなのです」
 言うが早いか、スゥイの武装は使わずに、変換した術をそのまま、波動のように広げるアウィス。仄かな紫に色づいた柔らかい光が球形の薄い膜を張り、スゥイ自身を包み込む。
 次第に色を失い、消えていく光。その頃には、スゥイのコアから色味は抜けて、元の煌く灰色が周囲の景色を映していた。
「熱心なのは良いことですが、ご自身の状態にも留意しなくては」
『気をつけるぜ』
 そんな会話を交わしながら、滞在地のある東側へ、残りのエネルギーを使って、のんびりと山越えしていく。
 訓練に参加した機体も、半数程がスゥイと同じく滞在地へ引き揚げる。それ以外の機体には、交代の合間を縫って参加した騎士や魔物狩りなどが搭乗しており、そんな彼らを送り届けるべく、スフィラストゥールの方向へと移動を始めていた。
 移動の間にも、色々な機体から精神感応が届く。良い経験になったという声や、今回の訓練で上手く行かなかったのか、もっと上達したいたいという悔しげな声、成果が上々だった者からの売り込みまで、色んな意見や言葉が聞こえてくる。中には、僚機からの「次は負けないぞ」といった、対抗心を滲ませたものも。
 また、スゥイが自ら勧誘してきた『あらくれーず』に至っては、今回の訓練で『初見殺し』の実力を目の当たりにして、スゥイを兄貴と呼び始める奴まで出る始末。スゥイの製造年数だけ見ると、相手の方が年上だったりすることもままあるが、そこは気にしたら負けに違いない。
 様々な応答の合間。アウィスは灰色のコアの内側に響いて来る、他の機体からの呼びかけに、ふと。
「スゥイと言うのは固有名詞でしょうか?」
『そうだな、一応は、オレだけの名前だ』
 機動生命体には元々、『名前』というものがなく、元々付けられているのは形状としてのもの。形状が同じなら、呼ばれ方も全部同じになる。
 スゥイのように母星勢力から離反した機動生命体達は、知的生命に倣って個別の名前をつけたり、パートナーや同行者に付けて貰ったり、愛称がそのまま名前に昇格したりと、形状名以外に個別の名前を持っている事が多い。
 兎角、彼の名前は形状名とは別の名称であるのは、確かだった。
「……では、そう呼んでもいいですか?」
 暫しの逡巡を経て、何処か意を決した様子で告げるアウィス。
 勿論、スゥイにそれを断る道理もない。
『いいぜ。遠慮なく呼んでくれ』
 むしろ、頼れる相棒との距離が縮まるのは喜ばしいことだ。
 だから、スゥイも。
『アウィス。これからもヨロシク頼むぜ』
「は、はい」
 先に名前を呼ばれて、逆に驚いてしてしまうアウィス。
 思わず俯いた表情は、銀縁の眼鏡と、短く切り揃えられた金茶色の髪に翳って解らないが。
 珍しくどぎまぎしているらしいことが、両耳に下がる銀のピアスの揺れ方から、なんとなく察しがついた。
「えと、あの。こちらこそ、宜しくお願いします。……スゥイ」
 少し控え目に口に出しながら、顔を上げるアウィス。
 それがなんだか照れ臭くて、ここがコアの中で良かった、なんて思いながら、彼女ははにかんだように小さく微笑む。
 自分の相棒が、繊細な人の女性ながらに、ひたむきで熱い心を持っている事を、スゥイは誇らしく感じている。
 でも、こういうところも素敵だと、スゥイは改めて思うのだった。

 そうして、魔の領域から撤収する者がある一方。
 魔物の変容を目にしたダークネスとテトテトラは、更に深部へと探索を進めていた。
 共食いからの進化――或いは、転生――を目撃した地点から程近く。上空からの森の風景に奇怪なものを見つけ、今度はその様子を窺っていた。
 うぞうぞと不気味に蠢くのは……植物。
『植物も、めしとかにくとか言ってるのかな』
「養分、水、だったりしてな」
 スフィラストゥール付近では余り見かけないが、この惑星にも食虫植物は存在する。人と共に生活する人外の徒にも、植物系統を元の姿とする者が居るのだし、にくめし争奪戦に植物型の魔物が混じっているのは、特別おかしなことではない。
 しかし、今、二人の関心を惹いているのは、魔物の種別が動物か植物か、ではない。
『あ、また増えた』
 争う間に間に、異形の茎から、種らしき物を吐き出す魔物。かと思えばそれはあっという間に芽吹いて形を成し、新たな魔物となって争いに加わる。
 その様子に気を取られていると、今度は植物魔物の花実を食い千切らんと、何処からともなく昆虫型の魔物が襲い掛かってくる。何処から来たかと、その昆虫型が飛来した方角を注視していると……
 ……なんと、樹のうろに作られた蜂の巣から飛び出た『普通の蜂』の幾らかが、飛翔中に突然、魔物へと姿を変えていたのだ。しかも、変容後の容姿も、飛翔できる昆虫種であるという事以外、あまり統一感がない。
「道理で、魔物の数が減らない訳だな」
 魔物ごとの繁殖に加えて、短期間で繰り返される突然変異。森に荒野に草原にと、なまじ環境に多様性があるばかりに、素材になる生物はそれこそ山ほどいる。機動生命体の戦闘力を用いれば、魔の領域に生息する生物を根絶やしにして、草木一本生えない不毛地帯に変える事も可能だろうが……スフィラストゥールがある東側の住環境にまで影響を及ぼしかねない方法を、根本的解決法として用いるのは不味かろう。
 無尽蔵に変貌し、発生し続ける魔物。
 それもこれも……この異常なくらいに強力な魔力が影響しているのだろうと、ダークネスは眼下に広がる紺藍越しの景色を見遣る。この付近にやってきてから、彼自身も妙な高揚感と、頭痛に似た違和感を覚えていた。こうまであからさまでは、強い魔力が体内の魔力に影響を与えていることが、直感で判る。
「人が魔物化したって話は聞いた事ないが……」
 死者すら無理矢理叩き起こす強力な魔力だ。ひょっとすると、例外も起こり得るかも知れない、そんな考えが過ぎる。
 原因は恐らく、ここに埋まっているとされる、純度の高い魔鋼。だが、魔器の長時間使用で調子を崩しただとか、魔鋼鉱脈のある街で異常を訴える工夫が居た、なんてのは聞いた試しがない。魔力が人に悪影響を与える事例は、暴発を除いて全く無かった。――少なくとも、今までは。
 とすれば、ここにはそれらの事例を覆す程に『規格外』な代物が存在していることになる……はずなのだが。
『埋まってるのかな』
 空色の噴炎を吐き出して、暫し付近を回遊するテトテトラ。
 上空から見遣っても、魔鋼らしき姿は影も形も見当たらず。相変わらず、森と荒野と、争い闊歩する魔物が目につくばかり。
 ダークネスは細く長く、煙を吹き出し、改めて周囲を眺め見ると。
「掘ってみるか」
 ごちると同時に、くるくると回っていたテトテトラの形状が、段々と変化を始める。
 外周に浮ぶ二つの円弧外装、そこから伸びる四本のサブアームが互いに絡み合い、捩れたかと思うと、螺旋を描く一つの円錐形へと姿を変える。円盤状だった外観も少しばかり細長く、掘削に適した形状へと変わっていた。
『僕、ドリル使うの初めて。面白いね』
「そうか。ま、掘るのは任せるぜ」
『判った〜』
 形を変える事自体は造作もないが、慣れない装備をあれこれ動かすのは少々難しい。テトテトラも使ったことのない装備に喜んでいるようだし、場所と方向だけ示して、後は任せてしまおう……なんて考えつつ、紫煙を燻らせるダークネス。
 今までのテトテトラにはありえなかったであろう、勇ましい駆動音を響かせ、回転を始める巨大ドリル。ダークネスが示した地面へと遠慮なく突き刺さり、木々を薙ぎ倒し、大地を抉り、そこで争っていた魔物達をも容赦なく荒挽きにして、細切れになった肉片を土砂と一緒に周辺へ撒き散らす。
『千切れた魔物、放って置いたらまた生えてくる?』
「植物型なら生えてるかもな。戻った時に生えてたら、片しとくか」
『はーい』
 まるで雑草駆除でもするような調子で、ほのぼのと話している間に。
 大地には45mある体躯を飲み込む大穴が穿たれ、更に深くテトテトラの体躯を地下へと飲み込んでいく――

 ――そんな魔の領域へ、西から迫る、すごくまるいオリーブグリーン。
 ちょこんと生えた角のように、みかん色の噴炎を吐き出し滞在地へ一路飛翔するのは、東方大陸での用事を終えたるりをコアに乗せた、大長老。
 ……と、その『おにもつスペース』に相乗りしている、オペじいと沙魅仙だ。
 沙魅仙の手には、碧く輝く鉱石が一塊。
 交渉は非常に難航したものの。最終的には、おさいる、及び、機関砲の砲弾数個とで、何とか交換成立まで漕ぎ着けた。しかしながら、継続的にとは行かず。交換の締結もこれ一回のみで、手に入った量も沙魅仙が持っている、掌……の、窪みに填まる程度の塊が一つきり。
 当初に思い描いていた予定とは大幅に異なるが、試練を乗り越えたという充足感なのか、魔鋼を手にする沙魅仙は何やら妙に誇らしげである。
 さてしかし。手に入ったといってもこの大きさ一つきりでは。機構都市の学術機関へ寄与するのも悪くはない。だが、それだけでいいものだろうか。惑星の未来を考えるならば、寄与して終わりではなく、何かもっと有益な使い道は……
 そこに浮上してきたのが、魔鋼研究中のシャルロルテの存在。
 沙魅仙としても、研究用にシャルロルテへ魔鋼を回そう、という構想自体は最初からあった。加えて、るりが碧京を訪れていた目的のうちの一つが、研究用魔鋼の確保――もう一つは、ふがしのとうの守護塔化――だと知って、ならばこれはシャルロルテに託してみようかと、そんな話に行き着いた。
 ロードとしては、あの不遜な物言いは気になる。しかし、高純度魔鋼の提供を申し出れば、ロードの偉大さを改めて知り、寛大な心に打たれてロードナイツセブンの門を叩くやも知れぬ……と、実は少し渡すのが楽しみだったりするとかしないとか。
 兎角、収穫無しという事態は回避できた。そのことに、るりはほっとしながら、深緑のコアの中で、いつものにこにこ笑顔を浮かべている。
「これで、おはなし装置や……空の定期便も、何か新しい方法で実現出来るかも知れませんね」
『やったね! あっ、そうだ』
 定期便のことを、シャミーさんに聞いてみよう。そう思い立ち、オペじいを介して精神感応であれこれと話をしてみる大長老。
 流石に具体的な方策の提示にまでは至らなかったが、今までの大長老の働きに報いるのもロードの勤めだばかり、沙魅仙は同志や関係機関にも話をしてみよう、と約束してくれた。
 さて、そんな会話の中で、図らずもぽろりと出てきたのが……始まりの街グリンホーンと、砂漠商都シェハーダタが、『空の物流拠点』という第三の称号を賭けて水面化で激戦を繰り広げているという噂。
『おぼふ。うちの知らないところでばちばちしてたんだね』
 喧嘩をしているわけではないのだろうけれど、大長老としては皆が仲良くしているほうが、なんかいいよね。
 そこで大長老は考えた。『なかよし案』を。
 例えば、二つの街を回って『しるし』を一杯集めると、おまけが貰えるというのはどうだろう。
『そういうのが流行ってる星もあるんだって』
『スタンプラリーですかな』
 オペじいの補足も交えてのなかよし案に、るりも沙魅仙も興味津々。特にるりは、他の惑星での文化だと言うことになんだかわくわくして、紫の瞳を輝かせていた。
 『友好都市』って言うんだっけ? と、大長老も少しうろ覚えのようではあったが、何よりも、みんなお得で、なんかいいよね。
「『友好都市』と『スタンプラリー』か……」
 今後、宇宙からやってくる敵に対処せねばならぬ以上、惑星内での不和を解消できるならばそれに越したことは無い。人々の平穏の為にと立ち上がったロードナイツセブンの活動にも合致するし、助力を惜しむ理由もあるまいと、沙魅仙は考える。
 そうこうしているうちに、西方大陸を東西に隔てる山脈を越えて、眼下に広がるのは魔都スフィラストゥールの、広大な扇形都市圏。
 山から裾野へと伸びる都市の中、一際に高く聳える二つの建造物――
『グリンホーンとシェハーダタも、ひがしの塔とふがしの塔みたいに、並んで役割ぼんたんすればいいのにね』
 そう溢す大長老の深緑のコア三つそれぞれに、遠く並び立つ塔の姿が、映り込んでいた。

第十一節
 ……本当に、魔術というのは出鱈目な代物だと思う。
 もっとも、文明発展度によっては『空間転移』の技術すら開発・会得済みとなる天上の民が、言えた義理ではないかも知れないが……その天上の民の文明を以ってしても、空間を捻じ曲げて繋ぎ、向こう側に人や物を送り込むほどの出力を出すには、結構大掛かりな装置が要るものだ。
 それが、魔術を用いれば、人間が一人、魔鋼の填まった杖を手に、数分間念入りに何か唱えるだけで、同じ事が出来てしまうというのだから。仮に転送装置と類似性があるとすれば、音声や思考認識で機械が作動してくれるという、操作が簡単、な部分くらいか。
 なお、それを得意とする術者本人が知っている場所へ、本人だけが転移する場合は、魔鋼や念入りな詠唱も必要ないとか。眉間に皺を寄せて一生懸命長い呪文を唱えていたのは、他人を見知らぬ場所に転送せねばならないから、だったらしい。
 ……なんて話を、『助手』として魔術院から一緒に付いて来た魔術師に聴きながら。
 スフィラストゥールのオルド・カーラ魔術院支部長の計らいで、『転移の術』による送迎を受け、早々に滞在地へと戻ってきたシャルロルテは、ラボの中で何やら作業を行っていた。
 行きは馬車で数時間掛かった距離も、まさに一瞬。楽なのはいいけど、なんてごちる手元、綺麗に片付けられた作業台の上では、試作一号こと『くり』が大人しく何かを取り付けられている。助手として派遣された魔術師若干二名は、シャルロルテが行う作業内容そのものもさること、今は背景と化している様々な機器にも興味津々である。
「こんなところだね」
 一段落に、軽く息を吐いて手を止めるシャルロルテ。
 と、同時に。山を越えて戻ってきた機動生命体の団体が、滞在地上空を航行する音が、ラボの外から聞こえてきた。

 滞在地東側の空き地に、次々と着陸していく団体。それから程なく、コアから出てきた搭乗者らが、各自が溜まり場にしている食堂や酒場に向かって、ぞろぞろとラボの前を横切って行く。
 一方で、吠は人の流れには乗らず、今日の訓練の事を話そうと、相変わらず沈黙したままのフリドの元へ。
「なんかちょっと汚れてきてるなぁ。でもこんな大きいと、あたし一人じゃお手入れできへんね」
 乾いた風に煽られて、段々と砂を被り始めている機体を、手の届く範囲で軽く払ってみる吠。そういえば確か、魔物迎撃戦の祝賀会で機体を磨こう会が急遽開催されていたけれど、結局朝まで掛かっていた。凄い人数が参加していた気がするが、それで一晩掛かるとなると……自分一人だと、全部終わる頃には最初に掃除したところが前より汚れていそうだ。
「お手入れてどないしてるん? そういうのも工作艦がやってくれはるん?」
 返事のない機体の傍、閉じたままのコアに一番近い場所に腰を降ろして、いつものように話し掛ける。
 今日の訓練で、初めて『変形』をして、ちょっぴり感動したこと。
 実験としてやってみた超音波探知が、上手くいきそうなこと。
 それから、それから……
 魔都への送迎を済ませ、遅れて戻ってきた機体が停泊する様を見遣りながら、とりとめなく話す今日の出来事。
「スゥイはん凄い速かったんよ! フリドはんは駆逐艦やから……当てるの得意やったりする?」
 いつも通りに、反応はないけれど。
 なんとなく、今はこれでいいかなと、そんな気もする。
 勿論、早く目を覚まして、次の訓練を一緒にできるのなら、それが一番だけれど。思いつつ見上げた事務所の上空には、静かに浮遊しているスゥイの姿。きっと、アウィスと今後のスケジュールを話し合っているに違いない。
 ……と、もう一つ。
 逆光気味な西側、見覚えのあるすごくまるい機影が山を越えて近づいて来る事に気付いて、青い瞳を少し眩しそうに瞬く。
「おさはんやぁ。るりちゃんの用事、上手く行ったんかな?」
 くりの様子も見に行きたいしと、よいしょと立ち上がる。またあとでね、とフリドに笑い掛けると、吠は空き地に着陸してくる大長老の方へ歩きながら、大きく両手を振って見せた。

 格納式の噴気孔をまあるい蓋の中に仕舞い込み、代わりに開くのはおにもつスペースのまあるいハッチ。続けて、するするとタラップが地上まで伸びると同時に、深緑色のコアからも光が伸びて……光の中からはるりが、タラップ伝いには沙魅仙とオペじいが、大長老の中から降りてくる。
「おかえりー。あ、ロードはんも一緒やぁ」
「いい所に戻って来たね」
 出迎える吠の背面、不意に聞こえた声に振り向くと、そこには華奢なシルエット――シャルロルテが。
 210cmもある長身の腰を過ぎて伸ばされた真っ直ぐな髪が、吹き込む西風になびいて、漆黒の絹糸のように滑らかに波打つ。
 対する沙魅仙は、目一杯に背筋を伸ばし、ロードの嗜みたるマントを威風堂々翻す。どんなに背伸びしても50cmの身長差を覆す事はできない。ならばロードとしての威厳で凌駕して見せよう!
「早速だが、シャルロルテとやら。これを貴公に賜ろう」
 毅然と胸を張り、マントをなびかせたまま、沙魅仙が取り出したのは、小石程の大きさの透き通った碧い石。
 ずいっ、と小麦色の手で差し出されたそれを、対照的に色白な指先で摘み上げるシャルロルテ。
「なんだい?」
「最果ての都碧京にて入手した、高純度魔鋼だ」
 ロードの偉大さに感激するが良い、とばかり、少々得意げにしている沙魅仙。
 しかし、シャルロルテは、息をするように皮肉を吐き出す御仁である。
「ふうん。これっぽっちかい?」
「なー!?」
 予想外の物言いに、電流でも奔ったように硬直している沙魅仙。そこへ、慌てて補足に入るるり。
「ここここれだけでも凄いんですよ! シャミーさんがいらっしゃらなかったら、爪の先程でも手に入ったかどうか……!」
「にぎりこぼしいっこで、ティーリアのこたちはいっしょう遊んで暮らせるんだって。だから、ちっちゃくてもすごいんだよ」
「そ、そうであるぞ! 貴公は無礼が過ぎるっ」
 るりと大長老のフォローにはっと我に返ると、沙魅仙は腕を組みながら、むっとした様子で眉間に皺を寄せる。しかしながら、元の面持ちが童顔な為、少年が拗ねているかのようだ。年上の筈なのに。
 ……あれ。
 というか、今、大長老、普通に喋っ……
「え、なに、なんなん、今のおさはんやんね? どこ? どっから聞こえてるん?」
「今のおささんの声、私以外にも聞こえてたんですか?」
 真っ先に気付いた吠が、ぱっちりした目を更に真ん丸くしてあちこちを見回すのを見て、るりもまたぱっちりした瞳を驚いたように瞬く。
 すると、シャルロルテが、こいつだよと、肩の辺りを浮遊しているいがぐり状の物体を、つんつんと小突いて皆の前へ押し出した。これは……『くり』か?
「そもそも僕は、おさにこいつに話し掛けてくれって、言いに来たんだよ」
 今のを見る限り成功みたいだねと、涼しい顔でごちるシャルロルテに、一同は暫くぽかーんとしたあと、気侭にふわふわと浮んでいるくりへと視線を移動する。
 そして、皆の視線を浴びたくりは、その場に居る皆が聞き取れる音声で、はっきりと言った。
「おぼふ」
「くりちゃんが喋れるようになってる!」
「おはなし装置、完成したんですね!」
「やったね! うちの声はくりからきこえてるんだね。シャルさんありがとうなんだよ!」
 唖然とした空気から一転、盛り上がる一同。
 見た目からは余り解らないが、シャルロルテとしてはちょっと気分がいい。そんなシャルロルテに、沙魅仙から向けられる視線。この者に敬いの心を抱かせるのは、碧京の商人を陥落させるより手強いやも知れぬぞ……!
 一方で。このペンギン、凄く面白いね。という眼差しで、幾度かの瞬きと共に沙魅仙の黒い瞳とかち合う銀の瞳。
「ま、礼くらいは言っとくよ」
 碧い魔鋼を手にそう告げると、用事は済んだとばかりに踵を返すシャルロルテ。何分、まだまだやってみたいこと、試したいことが色々とある。
 なお、ラボに戻った際、助手の二人がその魔鋼を見るなり、「すげえええ!」「でけえええ!」といった意味の言葉を、研究者らしく小難しい言い回しで連呼しているのを目の当たりに、シャルロルテは漸く感心する素振りを見せたとか。後でその事を伝え聞いて、沙魅仙はやっと少し、溜飲が下がったそうである。

 連れ歩く必要があるにせよ、パートナー以外との会話が可能になったのは画期的だ。
 くりを介している、という点では、まだ伝言状態からの完全な脱却には至っていないが、少なくとも人間を間に挟む必要がなく、リアルタイムで意思疎通が出来るようになったのは大きな進歩。
 なにより、くりサイズのおはなし装置の実現は、大長老ら大型艦への流用が秒読みに入った、といって過言ではない。
「設計自体は、済ませてあるんだけどね」
 と、シャルロルテも言っていたし、あちこちから機動生命体の肉声(?)が聞こえてくる日も、そう遠くないのかも知れない。
 ちなみに、音声を自動変換する翻訳装置――アンノウンがつけたり外したりして遊んでいた、小さな装置がまさにそれである――は、異星人全員が所持している。宇宙渡航が可能な文明を持つ天上の民らには、翻訳装置自体は別段特別なものではない。他惑星系の他文明と接触する折にはどうしても必要になる。この装置がなければ、異星人同士ですら会話が通じなくなってしまうからだ。
 惑星ティーリアに滞在している来訪者が使用している翻訳装置は、機動生命体放浪団に加わった一番最初の天上の民が持ち込んだ装置を雛形に、改良・増産したもの。現在は既に亡き彼が放浪団に加わるまでは、精神感応を介して会話せねばならず、それはそれは面倒臭かった……というのが、当時から居る古参機動生命体達の証言。
 兎角、その翻訳装置と精神感応を、通信魔器を作成する要領で念話の術によって結び付けることで、『おはなし装置』は実現するに至った。
 異星から持ち込まれた機械と魔術の融合、それは新しい可能性の発見とも言える。
「次は何ができるんやろねぇ。楽しみやぁ」
 事務所内を浮遊するいがぐり外装のくりを視線で追いかけながら、吠は卓の上に腰掛けて、素肌の覗く長い足をふらふらと揺らす。なお、くり用には防護外装として、人型、犬猫型、鳥型なども作って置いてある。元は人形師をしていたシャルロルテに掛かれば、この程度の造形や調整なんてお茶の子さいさい。魔鋼の分析に比べれば月とすっぽんの難易度。素材さえあれば大抵のものは作れてしまうだろう。
 そして、それらの外装は、保護カバーであるいがぐり形態のままでも装着が可能で、お出かけ用の二重装甲として利用できる。誰の弁だか『くり専用おしゃれ着』とは言い得て妙な。
 そのシャルロルテは、今は助手と一緒に高純度魔鋼を解析している所だろうか。ラボに行ったきりで暫く事務所に姿を見せない所長(仮)に、ふとそんな事を思う。
 軽く息を吐き、アウィスが羽根ペンを持つ手を止める。喉を潤そうと手を伸ばしたカップの上に、くりがふわふわと邪魔をしにやってきた。
「次はあんまり間を空けずにやりたいな」
 くりから聞こえてくるのは、何処か男らしい――事務所上空に待機している、スゥイの声。
 アウィスは頷きながら、程よい温度になった茶を一口。それから、まだちょっぴり、躊躇った様子を見せてから。
「スゥイ……から見て、見込みの有る方はいらっしゃいましたか?」
「そうだな、あいつはどうだ、操作も上手いし機転も利きそうだ」
 そんな会話を傍らに、茶を振舞われて一服していた沙魅仙が、髪と同じ赤い眉の片方を跳ね上げる。
「何の相談をしているのだ?」
「あれ、シャミーはん、知らんかったん? 実習訓練やってたんよ」
「おお。じいから話は聞いている」
 碧京に用があって見送ったが、と呟く脳裏、いずれはロードとして戦いに赴く日も来るであろうと……格好良く戦っている自分の姿を、もわもわと想像してみる。しかも、まだ想像の段階なのに、何故か満足げだ。
 一頻り想像を済ませると、うんうん、と沙魅仙は何やら一人頷くと、マントを翻しアウィスの元へと歩み寄る。
「この美しき星の未来を守らんと立ち上がった者同士、共に手を携えてゆこうではないか!」
「あ、はい。宜しくお願いします」
 急に言われて、思わず瞳を瞬きつつも、丁寧な礼と共にそう返すアウィス。
 それに対し沙魅仙は、うむ、と一際に尊大な仕草で大きく頷きを一つ。これだけの遣り取りで既に、事務所とロードナイツセブンの『提携』が完了したに違いない。彼の中で。
 とはいえ、助力の申し出を断る理由は事務所側にも特にないので、多分、今後もこの調子で普通に協力したりされたりといった関係が続いていきそうである。
「では、わたしは次なる活動の場へ向かうとしよう。ご馳走になった」
 出されたお茶の礼を言ってマントを翻すと、颯爽と歩き出す沙魅仙。
 その姿が、玄関先でオペじいのコアへと吸い込まれる……一連の光景を、事務所上空に浮ぶ灰色の宝珠が見守る。
 やがて、二人が魔都に向かって動き出したのを確認した所で、一旦途切れていたスゥイの声がくりから再び聞こえてきた。
「そういえば、本格的に訓練も始めたし、仲介事務所って名前のままなのもちょっと変だな」
 今後はパートナー仲介以外、侵略者対抗組織として、戦力増強を主眼に置いた活動に一層力を入れていく事になるだろうし、何かより相応しい名称に改めておく方がよさそうではある。
 先程の、沙魅仙率いる一団にも、『ロードナイツセブン』と立派な名称があるし。
 カップを持ち上げた姿勢のまま、逡巡するアウィス。機動生命体と魔法使いが集まって団体になっているから、合わせて『機動魔法士団』なんてのは……
 そこまで考えた所で、両耳の細いピアスを揺らしながら、軽くかぶりを振る。
(……安直過ぎるでしょうか?)
『オレは良いと思うぜ』
 口には出さず直接送られた念波に応じ、スゥイも精神感応でアウィスにだけ直接言葉を返す。
『気になるなら、他のヤツにも聞いてみたらどうだ』
(そうですね……あとで、皆さんからも意見を募ってみましょう)
 尚、その後。第一次選抜を潜り抜けた指導者候補も交えて意見を聞いたところ。
 閃士も混ぜようとか、惑星防衛をするのだから護衛団や防衛団はどうかとか、迎撃するのだから攻撃的な要素も欲しいとか、いっそスゥイの名前を取ってMAX団にするのはどうかなど、色々な意見が出された。
 ……流石に、全部取り入れると珍妙な事に成りかねないので、一先ず保留されることに。
「お手透きになったら、所長にも伺ってみましょうか」
「候補作っといて、最終決定はシャルにして貰うってのもいいかもな」
 だが、もし、仮名称のまま、所長(仮)に申請したが最後。
「それでいいんじゃないの」
 という平坦な声と共に、ふがしと同じく本決定してしまいかねない。
 色々と『仮』が溜まってきた気がする仲介事務所。
 『機動魔閃護撃士団・MAX(仮)』は、正式名称を絶賛募集中である。

第十二節
 西方大陸の山伝い、裾野を進む道中。
 沙魅仙はふと、吠から聞いた訓練の模様を思い出し……練習がてら、試しに変形!
「お、おお……これが……!」
 瞬く間に姿を変えていくオペじいの外観。
 その輪郭は流線型の……見紛う事無き、コウテイペンギン。
 浮遊感に包まれたコアの中、沙魅仙は言い知れぬ感激と感動が湧き上がってくるのを感じていた。
 これはまさに、コウテイペンギン族の悲願。空をも駆るこの姿、まさにロードオブロード!
「わたしは今、空をも治める!」
 感極まっての堂々宣言。
 じーんとしつつ、その余韻に浸っていると。
『まだやることが山積みではないですかな』
「そうであったな」
 冷静な言葉にはっと我に返り、咳払いを一つ。
 そして、気を新たに。遠く見える広大な扇形の都市圏へと、友と共に全速前進!

 ……かくして、ペンギン変形に更に自信をつけた沙魅仙が、得意の魚雷泳法で空を駆り、魔都スフィラストゥール上空へと突入していった頃。
 聳える山脈を越えた西側の物騒な地域では、勇ましい音と共に、撒き散る土砂に埋もれて行く機体が一つ。
 差し込む自然光は後方へと遠のくが。半透明な紺藍色自身が発する光のお陰で、今の所は穴倉の中を知るのに不自由はない。
 ただ、地底へと掘り進め、潜れば潜るほど、感じ取れる魔力は益々強さを増し、妙な圧力が身体を包む。違和感は確かな頭痛に変わり、更には軽い吐き気のようなものまで生じてくる。
 間違いなく近づいている。面持ちは然程変わらずも、少し息苦しそうに。ダークネスは深呼吸するようにコアの中で細い息を吐いた。
 無重力の世界に身を委ね、消え行く煙と共に今は上下のない世界を見つめる。
 ……俄に。紺藍越しに浮かび上がる穴倉の中、光を弾く物を見つけた気がして、身を翻す長身。
 同時に、轟音を立て土砂を削り取っていたドリルの回転もぴたりと止まった。
 大雑把に掘り進めているように見えても、そこは器用な工作艦。地層の推移とは明らかに違う土の中の手応えに、テトテトラは直ぐ様に空色の噴炎を停止させ、浮遊状態でその場に静止する。
『ネス、これ魔鋼?』
 光る何かを壊さないよう、ドリルの先端で周囲の土を器用に突き崩せば、露になる結晶。
 ダークネスは、ああ、と一度短く応じてから、煙を吐き出す一拍を置き、改めて告げる。
「魔鋼だ。間違いない」
『やっぱりあったんだね。『とびっきり』』
 といっても、加工前、それも掘り出したばかりの高純度原石を目の当たりにするのは、ダークネスも初めてだ。市場流通品は大体が魔器や魔具として加工済みだし、原石として出回っているものも表面研磨くらいの軽い処理がされている。
 ……なんて事を考えている間にも、四方八方から感じる魔力の圧力に、ダークネスは軽くこめかみを押さえながら、コアが発する光に浮かびあがる土塊の壁を見回す。
「これ一つじゃねぇな。周りにも埋まってると思うぜ」
『じゃあ掘ってみる。戻して〜』
「ああ、悪い」
 応じると共に、するすると解けていくドリルの螺旋。細長かった機体も円盤状に、四本のサブアームを備えた、いつものテトテトラの姿へと戻っていった。
 先ずは目の前に見えている一つ。四本のサブアームが滑らかな動きで周囲の土を撫でるたび、徐々に露になっていく全容。
 やがて、ごろり、と緩慢な動きで転げ出てくる、透き通った結晶。
 疑う余地もない、高純度魔鋼。
 しかも、一つの塊が、ダークネスの背丈程もある。三流品でもこの大きさは珍しいというのに。
「こんなものがごろごろしてやがるのか」
 これ程異常な状態であれば、地上部での魔物のありえない変貌も頷ける。現に、彼自身が頭痛や気分の悪さを覚えているのだから。
「魔力酔いなんて初めてだぜ」
 それも、悪酔いか、二日酔いか。そんな不快な感覚。
『魔鋼って酔うんだね。お酒になる?』
「酒には……どうだろうな。出来てもしない方がいいと思うが」
 などと話している間にも、サブアームの大活躍によって、次々に転げ出てくる塊。
 ここに立ち込めている息苦しい程の魔力を使えば、術や技の威力は飛躍的に高まるだろう。だが、人がこの地に長く居るのは危険だと、ダークネスの勘が告げている。もしも、魔力の影響を受けやすかったり、敏感な者だったとしたら、『悪酔い』程度では済まないはずだ。
 そんな彼の不調は、テトテトラにも伝わっているのだろう。ある程度、土の中の結晶を掘り出した所で、サブアームの動きを止めて、
『ネス、平気? 戻る?』
「そうだな。出る物も出たし、引き上げるか」
『幾つ要るかな。ふがしと、シャルと、僕と、ネス? おさもいるかな?』
 掘り出した中から大きい順に塊を選び取ると、くるりと外装を回転、進行方向を逆転させ、真下へ向けた噴気孔に空色の噴炎を点す。
 程なく、穴蔵を脱し、魔の領域上空へと浮かび上がる機影。
 土の中に居たときは、テトテトラのコアが紺藍色であるせいか、その光を弾く鉱石もほんのりと紺藍に色づいて見えたが。
「ここのは無色、か」
 変形を利用し、籠型に変えた一本のサブアーム先端。そこに詰め込まれた必要分の高純度魔鋼が、差し込む陽光そのままの色を蓄えて輝く。
 眼下には、掘りたてほやほやの大穴。周囲には撒き散った土砂が散乱し、草原に残るのは不自然な黒丸模様。
 遠ざかって行くに連れ、ダークネスが感じていた違和感も薄れてゆき……魔都へ戻る渓谷の入り口に達する頃には、気分の悪さもすっかりと消え失せていた。今、感じ取れるのは、持ち帰った魔鋼の塊から発せられる、鮮明な魔力だけ。
 一塊が大きい程度では、妙な症状も出ない。同じ高純度魔鋼が取れるはずの碧京で、魔力酔いをしたという噂も報告も全く聞かないのは、実際にそんな症例が発生していないからだろう。
 碧京は産出量の違いが、採掘量の多いダスランの場合は純度の違いが、魔力酔いの起きない要因と見て間違いあるまい。
「一先ずこれで、ふがしは完成しそうだな」
『シャルもバカじゃないのって喜ぶかな?』
「それは喜んでんのか?」
 進む傍ら、真下の渓谷を通って同じ方向へ進んでいく魔物を見つけては、談笑交じりに原型の解らない液体に変えていく。
 やがて、バリケードを越え、防護門と砦の上空を越えて、魔鋼の詰まったサブアームをお買い物帰りのように揺らしながら、スフィラストゥールへ帰還する二人。
 多くの者は、見た事のない巨大な魔鋼の塊に目を丸くしていたが。
 砦付近で容赦なく行われた魔物処理や後片付けの様子を目撃した騎士だけは、微妙に引き攣った表情をしていたそうである。

 西へ傾ぐ陽の代わりに、明りの灯り始めた二つの建造物。
 魔都の街並を照らす東の塔とふがしの塔。
 帰る者、出かける者、様々な人々が明りを見上げながら通り過ぎてゆく最中。ふがしの塔の袂には……時刻には見合わぬ妙な人だかり。
「我々は未来を守らねばなるまい! この美しき星を!」
 吹き降ろす西風にマントをなびかせ、浮遊するオペじいを足場に眼下の群集に呼びかけているのは、沙魅仙である。
 一度は去った危機。だが、その再来も想像に難くない。
 この度の勝利は、皆の力が合わさってこそ。一人は皆の為、皆は一人の為、その心が導いた勝利。
 一人では小さくとも、個が精一杯にできることできうることを成せば、大きな力となる。
 だから、力を出すこと、出せぬ事を恐れず、出し惜しまずに、今出来ることをしようではないか……と、懇々と語り掛ける。
「もし何かしたいが出来ない何をすればいいかわからない。未来に託したい、未来を守りたい、そんな想いの者がいれば、ロードナイツはいつでも手を貸そう」
 情報に聡い者は、その名称を聞いた途端に、軽くどよめき。
 そうでないものは、何だろうといった表情で顔を見合わせる。
 だが、個々の反応には構わず、ロードはマントを颯爽と翻して、尊大に手を差し伸べる。
「君たちの歩みを待っている」
 ……という締めの一言と共に、大抵は拍手らしきものが発生するのだが。
 それが不意に、大きなざわめきに変わった。
 暮れなずむ西からやってくる円盤と……斜陽を浴びて朱色の光を蓄える、巨大な鉱石――魔鋼。
 ふがしへ近づくにつれ、眼下に増えていく人影。驚愕と驚嘆にまみれた視線を浴びながら、しかし、それを気に止める様子もなく。黒衣の長身は、紺藍色の中で煙を吐く。
「なんだ、また宴会でもやってたのか?」
『ふがしの塔完成祝いかな』
 機嫌良さそうにランドルト環状の中心装甲を回転させる機影は、勿論、テトテトラ。
 コア内のダークネスは、それは気が早過ぎやしないかと思いながら、判り易く自分達を追いかける地上の視線を見遣る。魔の領域から戻り、高純度魔鋼が手に入った事をオルド・カーラ魔術院に報せに行ったのがついさっき。魔術院からは直ぐに職人を手配するから先に魔鋼をふがしの塔に設置しておいてくれ、と頼まれたばかり。寄り道せずに真っ直ぐふがしを目指してきた自分達よりも早く完成祝いをするのは、流石に無理だろう。
 思う視界に映る、ふがしの袂に鎮座するどでかい物体……あれは、機動生命体か。
「あいつを見に集まってたのか」
 何をしに来たのかは知らんが、とは言いつつも。テトテトラよりもまだ一回りほど小さい機体がふがし前の空き地に着陸しているのを認め、合点が行ったように頷く。
「あいつも細工が得意なタイプなのか?」
『そうだよ。手伝って貰う?』
「その辺はお前さんに任せるぜ」
『じゃあいいや〜』
 斯様な会話が交わされているとは露知らず。
 頭上にやって来た機影が、立派な高純度魔鋼を携えて、あまつさえそれをふがしの塔に詰める様を、沙魅仙は感心したように見上げる。
 ロードにすら成し得なかった魔鋼の質向上をやってのけるとは天晴れなりと、何故か感慨深げに頷く。そして、相変わらず唖然としている群集へと、咳払いと共に告げる。
「みんなの心が、想いが合わされば、未来もまたこのようによりよい方角へと導かれていくであろう!」
 結果よければ全て良し!

第十三節
 ――などと、ロードが追加演説をぶちかましている頃。
 ロードナイツセブンの本拠地っぽい感じになっている始まりの街グリンホーンから、山岳都市ダスランへ向かう商隊の中に、弾けないギターで新曲を披露する男の姿があった。
 じゃんじゃかと調律もろくにできていない撓んだ弦を引っ掻きながら、機嫌よく笑ってはいるが。
「はっはー、何言ってんだか全然わかんえや」
 相変わらず、例の翻訳装置は会う人会う人が興味津々、気前良く貸し出しをしていたはいいが……又貸しの又貸しで段々と誰が誰に貸したのか追い切れなくなってきて、結局、いつの間にか行方不明になるという事態が発生していた。
「まあいっか」
 なんとかならあな、愛さえあれば。
 最近ずっと行動を共にしている貴志連中は、彼の発する聞き取れない言葉にも段々慣れてきた様子。それに、見た事あるもの、見た事ないもの、色んな身振り手振りを繰り出しあっては、伝わったり伝わらなかったりする状況を、彼はすっかり楽しんでいた。言語で通じないとジェスチャがどんどん大袈裟になっていくのが他所の星と同じだというのも、彼としては愛すべき発見だ。
 たまに、どうしても何かを正確に伝えたい時は、魔術か何かで頭に直接意志を流し込んできてくれる。ただ、いつもそれをしてくる相手は、使えるだけで得意な訳ではないらしく、使用の度しかめっ面の難しい顔をしているが。
 兎角、非常時の通訳代わりに、念話係を伴いつつも。
 なんかそう言うノリだったから、という気紛れな理由で、アンノウンは物資を届ける商隊に混ざり込んでいた。
 両側に聳える、垂直にすら思える険しい山。谷間の道幅はうんと広く、進む道の蛇行も緩やかで、一見すると真っ直ぐにも見える。
 いや、真っ直ぐでも、曲がってても構わない。それより、山もでかいし、道もでかいしで、全然、景色が変わっているように見えないのが……グリンホーンを出立したのが昼過ぎで、既に日も落ちて辺りが暗いのがそれに拍車を掛けている。
 間違いなく前進しているんだなと思えるのは、後方に残してきたグリンホーンの街並が、振り返ってももう確認できなくなっていることくらいか。微かな街明かりすらも、見えなくなって久しい。
 進行方向には勿論、山に挟まれた道がまだまだ続いている。
「何日掛かんだこれ?」
 終点がさっぱり見えてこねえなあ。続・人類みんな愛してるの歌を終え、沸いてきた笑いと拍手へ細い腕を振り上げて大袈裟に応じつつ、そんな事をごちる。
 距離が相当あることを見越してだろう、揺れない荷台――車輪がなく浮遊する例の荷台には、動物が牽引する為の器具の他、谷間を吹き抜ける風を利用して進む為なのか、帆船のように帆と帆柱が据え付けられていた。今は大した風も吹いていないので、綺麗に折り畳まれている。
 一方で、荷台を牽引する動物は、馬ではないし、ロバでもないし。顔つきは鳥や爬虫類を髣髴とするが、角が生えていることを考えると、違っていそうだ。かといって、牛でもないし、鹿でもないし。体毛は羊毛っぽくも見えるのだが……一体何なのか。
 ただ判るのは。
 物凄い馬力と体力を持っているということ。
 今は無風のこの谷間で、歓声に応じて拳を掲げ立ち上がった彼のひょろぺらい身体が、進行方向から吹き込んでくる凄まじい風で薙ぎ倒されそうになる。それくらいの速度。
 一応、なんという動物なのかと問いかけはしたものの、その時には既に翻訳装置は行方不明で、全力疾走中の『あいつ』の正体は不明なまま。
「むー、とか、おーとか、なんかそんな発音だった気はすんだけどよう」
 一度しか聞いてないので、記憶の正誤も怪しい所だが。
 まぁ覚えてたらまたそのうち聞いてみるか。そんな事を考えつつ、向かい風に薙ぎ倒されるままに荷台に座り込む。どこの惑星でもそうだが、必ず一つ二つ、出身惑星には居なかった不思議な動植物が根付いている。それがまた、面白い。
 に、しても早い。まるで高速道路を走っているような感覚。なのに殆ど変わらない両側の山の景色ときたら。どれだけでかいんだか。この速度で移動できていなければ、目的地まで本当に何日掛かるか判ったものでない。
 もっとも、急ぐ旅でもなし。アンノウンがそんな事を気にする事もないのだが。
 そろそろ一寝入りしておくかと、ごろりと仰向けになって見上げる夜空。
 その中に煌く、三つ並んだ、やけに大きな……見覚えのある光。
「あれ毬藻じゃねえ?」
 段々と重くなる瞼に半分程を覆われながら、見上げる黒い瞳に。
 自分達とは逆方向、ダスランからグリンホーンの方向へと移動していく深緑色のコアの輝きが、映っていた。

 お休み前の一仕事。まだエネルギーが残っているからと、おにもつ運びのお手伝いに出かけた大長老が、惑星ティーリアの空をゆく。
 そろそろ日没を迎える滞在地と、スフィラストゥール。
 一方の中央大陸は、夜を迎えてから随分経つ。グリンホーンの街中は灯る照明で輝いて見えるけれど。
 地上に降りれば夜真っ盛り。だが、東に向け航行する大長老が居る遥か上空からは、一巡して昇り始めた二つの太陽の光が、遠い東の水平線を白く染める様が確認できる。
 おやすみなさいが近いから無理しないでねと、滞在地の宿舎に残してきたるりの代わりに、今は遂にお出かけデビューしたくりが、おにもつスペースに搭乗して同行中。
 離れていても届く声。寝床に入って眠るまでの一時に、ゆったり交わされる二人の会話。
(るりさんのつよいこモードってどんなんだろうね?)
「つよいこモードですか?」
 どうやら、必殺技の事を言っているらしい。言葉だけでは通じない事も、精神感応で届くちょっとした思念のゆれが、思いの伝達を補助してくれる。いつも完璧に、と言うわけではないのだけれど。
(『たきだし』で、すごくまるくてとてもおいしいおにぎるがいっぱい出来たりするのかな)
 閃士としてならば、素手での戦いが得意で、中でも足を使った技の威力には自負があるるり。ただ、しっかり鍛えた分だけ、腿周りやふくらはぎが立派な筋肉質に育ってしまったことについては、年頃の彼女としては悩みどころではあるが。
 閃士の力は戦う力。魔物であるとか、日々の生活であるとか、個人差があるにせよ、技を使うのは壊したり、倒したりといった事が多いわけだが……
 今は、大長老の言葉に、自分の挙動の後に一杯のまるいおにぎりがころころと生まれていく光景を想像、それがなんだか可愛くて、くすっと吹き出す。
(るりさんとシャルさんがいっしょに必殺技したら、『たきだし』のおにぎるからちっちゃいこが出来たりしちゃうのかな。なんかすごいね)
「ホエリィさんも一緒なら、もっともっとすごく美味しいおにぎるになりますね!」
 ちっちゃいこ――試作機のようなものが沢山生まれる様子を想像している大長老に、るりはほんわかした気持ちを抱いて、にこにこした表情を更に破顔させる。
 その表情の裏で。また侵略者の襲来があった時には、パートナーを組む他の皆と同じように、自分と大長老も戦う事になるのだろうか、こんなにおおらかでやさしい大長老を、戦いの中に借り出すような――前線に立って直接戦わなくとも、輸送艦として仲間の援護をする事もあるだろう――ことになるのかと思うと、心が痛んだりも。
 でも、そう。あれは先日聞いた『てんじゅまっとう』の話。
 ひとの、限られた命。寿命で、病気で、争いで。人生にはいつか終わりが来て、別れがくる。
 この暫くの、大長老を始めとした沢山の素敵な出会いは、るりにとってずっと続いて欲しいと願う幸せの一つ。基本、前向きな性格のため、良くない考えには滅多と行き着かないが……もしも、それらが失われてしまったらと思うと、気分が落ち込む。
 だから、ずっと続くということ――永遠というものに憧れがあって。
 でも、永遠に近い機動生命体である大長老が、ひとをすごいと言ったことが、なんだか不思議で。話を聞いた時、街へ向かう荷台の上で、何故だか涙が出たのを憶えている。
 宇宙には、知らないこと、想像のつかない事が、まだまだ一杯ある。
 まだまだ、いっぱい。
 ……これから先、侵略にやってくるわるいこと戦ったり、追い返したりするには、一時的にティーリアを離れる場面も出てくるかも知れない。
 それも全部終わって、もう大丈夫だと判った時には……この惑星とお別れして、新しい旅に出る事にも、なるのだろうか。
 ただ、これだけ長く居て、これだけ仲良しが沢山出来た星は、他にはなかった。ずっといるこ、そうじゃないこ。いろいろいるのかな。みんなどうするんだろうと、大長老はそんな事を考える。
(うちの機体名ね、『Orbis』の意味って『世界・空・星』……そういうおおきなまるいこのことなんだって)
 天には星空、地には海。次々に流れていく景色を隔てる水平線は弧を描く。
 もっと高くまで、あの青の外へ飛び出れば、この星がおおきくまるいことを、その目で確かめる事ができる。
 段々と眠くなってきたるりを気遣っているのか、意識に響く大長老の声は、今までよりも更にほんわりとして優しい。
 いざと言う時は、大長老の力を借りて皆を守る力を出せたら……いや、きっと。大長老が『たきだし』でおにぎるができると言ったように、大長老とるりにしかできないことも、いっしょなら見つけていけるはずだ。
 自己満足かも知れない。でも、誰かの役に立って、感謝されて生きていけたら。そうして、大長老がすごいと思えるような『てんじゅまっとう』ができたら。
 そんな強い想いを抱きながら、るりは瞼の裏の暗闇に、意識を沈ませる。
 寝息のような落ち着いた波長に変わった念波を感じ、小声で囁くようにおやすみを告げる大長老。
 今は枕元にでも置いているのだろうか。碧京で見つけた深緑の硝子を、「おささんと同じ形にして貰ったんです!」と嬉しそうに見せてくれたことを、遠く離れた夜空の上で思い出す。
(すてきなまるいこの夢、いっぱいみれたら、なんかいいよね)
 ゆっくりゆっくり、発着場へと高度を落としながら。
 大長老は瞬く星を見上げるように、夜空を三つのコアに映す。

 ――世界も空も星も、どこだってきっと、一緒に行けるんだよ。

第十四節
「所長」
「バカじゃないの?」
 ……という、遣り取りも段々と聞き慣れてきた滞在地。
 ちなみにラボ――研究所の長と考えると、所長でも間違っては居ない。が、大半の者は事務所の長で認識している気がする。そのうち、対抗組織の正式名称が決まれば、それに倣った呼び方をする者も出てくるかも知れない。
 なお、『MAX団』の部分は、旧『メナス戦隊あらくれーず』の正式名称として採用されたらしい。
 閑話休題。
 とまれ、助手の加入と、高純度魔鋼の入手によって、魔鋼の解析は飛躍的に進んでいた。テトテトラが持ち帰った巨大な塊を見た時には、助手が大興奮の余り熱を出した、というまことしやかな噂が流れる一幕もありつつ。
 異星の機器との連動に可能性が見えて以降、構想で止まっていたものの製作が思ったより順調に進み、小型で簡易的な物ではあるが、魔鋼精製機に相当する物も出来上がっていた。ただ、不純物を取り除いた魔鋼は体積が激減。精製を繰り返し繰り返し、装置に詰められるだけ詰めて、精製後の物を更に詰め直して……と相当回数を経て漸く、小石程度を作るのが限界。
 それでも、出来上がる高純度魔鋼は、地上人の研究員が手にすれば、小躍りせずにおれないくらいの代物。研究や開発に使用するならば十二分。
 尚、精製品も魔鋼の質としてはなんら変わりない。しかし、天然信仰とでもいうのだろうか、元々純度が高い碧京産魔鋼の人気は未だ衰えを見せず、計画的な輸出も相俟って市場価格には然程変動が見られない。これは、以前に職人術士が魔鋼高純度化精製を成功させた折と同じだ。
 もっとも、同じく天然物である魔の領域産が幅を利かせるようになれば、今後どうなるか判ったものでない。危ないから採取は当分やめておけと、ダークネスは言っていたが……商魂逞しい者達が、黙って見過ごすだろうか。
 それに、大長老の考えていた空の定期便も、実現に足る要素は揃いつつあるようだし……
 もしかすると、惑星ティーリアの経済は、激変の時を迎えつつあるのかも知れない。
 ……などと、遠慮なく鎮座している無色透明の特大魔鋼を見遣りつつ、逡巡してみるアウィス。
「それで、御用というのは」
「これ、試してきてくれるかい。君じゃなくてもいいよ。使えるなら誰でも」
 ひょい、と急に手渡された代物に、小首を傾げる。
 曰く、以前に大長老が『シャルさんへのおみやげ』として持ち帰ってきた魔具、を一旦ばらし、魔鋼を追加して組み直したものだそうなのだが。
「杖でしょうか?」
 それにしては重心が妙な所にあるし、普通ならば柄になるはずの長い部分には、内部に穴が空いている。指を掛ける部分だろうか、輪になった部位は随分上の方に付いているし……
 はて、と。ひっくり返したり回したり、眼鏡の位置を直しつつ、暫くその外観を眺めていると。
「狙撃銃。弾は光線だよ」
「……ええと、つまり」
「簡単に言えば人間用レーザー砲だね」
 この人はどうして、こう想定外の物をさらりとぽんぽん出してくるのだろう。
 息をするように出て来る皮肉には慣れたが、この謎技術にだけは未だに慣れない。
「内臓の魔鋼をエネルギー源にしてるから、尽きるまでは撃てるよ」
「術への変換も可能なのですか?」
「それを試すんだよ。バカじゃないの?」

「――ということが、ありまして」
『珍しい物持ってると思ったら、そういうことか』
 本日の実習訓練直前。集合場所に向かう少し前、寄り道に魔都へと進路を取るスゥイ。
 移動力に優れた巡洋艦である彼にしてみれば、滞在地からスフィラストゥールまではほんの数分。本気になれば秒単位で移動できる距離だが、今は紫色の噴炎も心持ち控え目に、同じく魔都へ向かう機動生命体らと、速度を合わせて団体飛行中。訓練に参加を予定している中で、普段は防護門近くで都市防衛をしている者達の、御出迎え部隊だ。
 もっとも、スゥイの用事は御出迎えでなく、お届けの方だが。
『先に魔物で試してみるのか』
「はい。それに、他の方にも使ってみて頂こうと」
 ふがしの塔の守護塔化が成功し、一層に堅牢さを増した魔都の護り。比例して、余裕の出来た騎士や魔物狩りからの参加希望は増加の一途を辿り、搭乗する機動生命体が足りない、なんて事態も発生している。開催スケジュールの調整や、回数を増やす事で幾らか緩和してはいるものの……今は魔都の騎士や、滞在地に居を置いている者が大半だが、今後は他都市からの更なる増員もありうる。
 来訪した機動生命体よりも、ティーリア住人の方が圧倒的に多いのだから、当然といえば当然。しかし、それだけに。機動生命体に拠らない、侵略者への対抗手段の獲得は、大幅な戦力増強に繋がるだろう。
『そいつを大型にできれば……オレ達の新しい武装にもなりそうだな。それに、人だけで使えるなら、地上からの反撃も夢じゃないぜ』
 惑星侵略にやってくる機動生命体は、大型の艦だけではない。
『この惑星に最初に来た時には居なかったが、次はヤツらも来るだろうしな』
 それは、戦闘艇と呼ばれる、無敵装甲を持たない、ごく小型な――その大きさは、工作艦を更に下回る――機体。無敵装甲を標準装備している艦種に比べ、装甲は当然貧弱、コア以外の部分への攻撃も十分有効。ただ、その分を補うべく尋常でない数で団体を組んでくるのが、何よりも厄介な所なのだが。
 しかし、落とせる相手である以上、手数を揃えるなどの対抗策を取れば、十分対処可能だ。
『数が揃えば、そういうの使って、地上からの迎撃訓練もできるな』
 辿り着いた砦前。灰色のコアから伸ばした光に乗せて、アウィスを地上へと届けると、スゥイはコアを中心にした回転で方向を転じる。
 続々と砦付近の上空へ侵入してきた機動生命体のコアに、迎えを待っていた者達が搭乗してゆく。
 その様子を、地上から軽く手を振って見送るアウィス。スゥイは彼女へと、瞬きするようなコアの煌きで応じると、噴気孔に紫の炎を点した。
(忙しくなりそうだぜ)
 噴炎が長く伸び、ごう、っと音を立てて後方や地上へと温かい風を押し付ける。
 発進する白黒二色の機影。施された赤いラインが、青い空に一筋の残像を描く。
 西の山を駆け上り、空へと舞い上がっていく教官。その姿を追って、大小様々な機体もまた、重い噴射音だけを街へと残し、山の斜面を駆け上る――

 ――数十秒の時を要し、遅れて届く噴射音。
 重なり合って心身を揺さぶる振動に、ダークネスが薄っすらと瞼を持ち上げる。
 くあぁ、と大きく開いた鷲の嘴から零れる欠伸――今日は珍しい事に、元の姿で。西の山を越えて行く一団を視界の端に一瞥すると、またうとうとと眼を閉じる。
 居並ぶ二つの守護塔の真上、誰の視線も届かないであろう上空に浮ぶ、大きな円盤。
(次は何しようかな〜)
 丸まって昼寝を再開する彼を、横倒しにした機体の中心、輝くコアの上に乗せて。
 テトテトラは機嫌よさげに円弧状の外周装甲を回しながら、魔都の上を漂ってゆく。

 山岳都市ダスランからふと見上げた、西の空。
 今日は随分高い位置にまで上がっていく幾つもの機影は、空へと逆方向へ駆け上る流星群のよう。
「おー、やってんなあ」
 背伸びをしながら見遣る空、浮き上がった幾つもの光は、再び下降し何処かへ消えていく。
 街に着いて暫く。後からやって来た貴志が、見つけた装置を届けてくれたお陰で、今はもう意思疎通に弊害はない。
 でも、何も通じないのも、それはそれでよかったなあと、アンノウンは思う。
「ぼちぼち行くかあ」
 ひょろぺらい背中にギターを担ぎ、繰り出す街中。
 丁度、巨大な採掘口から運び出されてきた鉱石が、その傍の平地へと積み上げられていく。次の運搬予定は一日後。
 沙魅仙はマントを風になびかせながら、工夫に混じって鉱石を掘り出すオペじいを遠く見守る。
「これを終えたら、再び魔都で協力者を募るとしよう」
 いずれ空をも治めるために。
 やることは、まだまだ沢山ある。

 ――一気に駆け上った、成層圏。
 青から黒に変わった天……星々の瞬く宇宙を見上げて、頑張るぞと気合を入れてみる吠。
「今日はどんなことするんかなぁ」
 今日の相方はんもよろしゅうね、と搭乗するコアの中から笑いかけつつ、先導する教官機達についていく。
 暗黒の中、真上には一際に強く輝く二つの太陽。それを覆い隠すように巡り来る、暗い双子星。間近にすら思える距離を通り過ぎていく巨星の影に機体の輪郭を重ねて、スゥイは青く澄んだ惑星ティーリアへと、機首を反転させる。
 この星を必ず護ろう。
 一緒に護っていくんだ。新しい仲間と。
 追いついてきた幾つもの機体、その中に見える人影、そして、何よりも信頼する相棒の姿を思い描いて。
(準備はいいか? 始めるぜ!)


文末
登場NPC
■カニスチャン/人外の徒(かに)/男/ロードナイツセブン構成員。執事役なのに観光案内もする。
■フリド=メリクリア/駆逐艦/無性/相変わらず心が引き篭もり。
■オペレートアーム/工作艦/無性/おじいちゃんがペンギンに!
■くり/人口艦/無性/試作一号。動くおはなし装置。おしゃれ完了。

マスターコメント
 遅延に次ぐ遅延で、他にお詫びのしようもありません。
 申し訳ありません。

 大変に、本当に大変に長らくお待たせ致しました。
 地上辺準備編『天地邂逅』最終回です。
 全三回と短い間でしたが、皆様揃って最後までお付き合い頂き、誠に有難う御座います。

 ふがしのとうは満場一致でふがしのままでした。

 各組織の立ち上げを皆さん手ずから成された事が、予想外であり大変素晴らしいと返す返すに思います。
 手探りでの開始もありまして、当初はどなたもパートナーを有してはおられませんでしたが、それは、状況的にパートナーが居ることが想定できなかったから、というのもあったのではないでしょうか。出会って間もなくという導入でしたから、特に地上人の皆さんはその傾向が強かったことでしょう。
 それが、仲介事務所の立ち上げによって、地上人が初めからパートナーを有している事に対しての不自然でない理由付けを得ることになりました。更に今回、対抗組織へと昇格したことで、動機付けや理由付けはより容易となったのではないでしょうか。
 また、研究機関の発足や、素材の発掘によって、地上での武装開発も自由に行えるようになりました。開始当初であれば、知識のある異星人だけの特権であったところが、地上人が開発に関わっていてもおかしくは無い状況が作られたわけです。技術レベルという面ではまだまだ異星人特権は拭えませんが、それは今後に期待、といった所でしょうか。
 互助組織による人と物資の交流が更にそれらを助けと、本編へ続く流れとしては最良のものとなったのではないかと思っております。何より、これらが全て、皆さん自らの発想の元に実現したことが、一番の功績でしょう。

 これにて、βシナリオ『天地邂逅』は終了となります。
 この後、諸々の反省点の吟味など調整期間を頂き、本編シナリオが準備される予定です。
 もしまたお付き合い頂けるようでしたら、その時またお会いしましょう。
 それまで、いまひとときお別れです。黄昏が過ぎて夜の帳下りた大地でお休み下さい。
 有難う御座いました。