迎撃
第二節
 待機戦力の把握と再調整に、俄な賑わいを見せるアテレクシア艦内。
 地上は来訪者らの滞在地は機動魔閃護撃士団本部でも、急遽導入された通信魔器を用いて、各都市や主要組織代表こぞっての対策会議が行われている。
 個人としての意見もあろうが、一刻を争う事態に数十人規模での談合は流石に非効率。護撃士団代表は現地団員と最高責任者兼所長のシャルロルテ=カリスト=アルヴァトロスに任せる形で、アテレクシアの艦内にはくりを介し精神感応で受け取った情報が、無線放送のように一方通行で艦内に放送されていた。
 といっても、艦内に余す事無く全体放送、と言うわけではなく。放送箇所は艦橋左端の一部、第二艦橋、作戦会議室に振り分けられて、より詳しく聴きたい者は第二艦橋や会議室へ自主的に聴きに行く体裁が取られていた。
 聞こえてくる内容に真剣に耳を傾ける者、難しい顔をする者と、ありようは様々であったが。
「はー、難しいことになってるねぇ」
 専門的なことは専門家に任せて、とばかり。吠は引き続き、艦橋に集まった面々の中に居た。
 艦橋では未だ、防衛布陣用再編成の真っ只中。加えて、艦橋での情報集積は、眼前に間もなく現れる敵に関する事柄が最優先。会議放送は片手間で聞き流しながら、といった所だ。
「にしても、アテレクシアはんは、外には無理やけど、自分の中にやったら音出せるんやね」
 そんな吠の脳裏に過ぎるのは、『おはなし装置』として稼働中のくり。
 なお、アテレクシア艦内にある対人用設備の殆どは、艦長が故郷出立間際に、職場の宇宙船から引っ剥がしてきて改造搭載したものであるらしい。それだけ時間が無かったということだろう……とまれ、一から丸ごと設計されたくりとは根本的に性質が異なる。
「宇宙空間は音の伝達が不能となります。従って、本艦には不用な機能であるとの艦長判断と推測されます」
「宇宙って、音聞こえへんの?」
 そうなんやぁ、と感心した様子で、艦橋モニターに映る宇宙の景色を、輪を掛けてぱっちりと開いた青い瞳で改めて見回す吠。
 あれ、でも。以前に訓練で試した時……自身が持つ特殊能力『超音波』を応用して行った索敵行為は、宇宙での練習でも上手く行っていたような……
「コアさんらに乗ってから使うと、音と違う何かになってるんかなぁ?」
 二つに結んだ、白と黒のまだら髪。肩口から前に流したその片方を、思案を示すように褐色の指先にくるくると巻き付ける吠の姿に、傍らでその遣り取りを聞いていたアウィスがふと。
「恐らく、ですけれど……念話の術のような、何かを伝える為の術に変化しているのではないでしょうか?」
「なるほど!」
 途端に吠はぽんと手を打って、流石は術士さんやぁ、とやや童顔な面に少女のような笑みを浮かべる。
 健康的で屈託の無い吠の表情に、ほんの僅か、銀縁の眼鏡に翳る紺色の瞳を細めるアウィス。
 しかしながら、予断を許せる状況でないという意識もしっかりとあり、アウィスの面持ちそのものは依然引き締まって、険しさを漂わせたままだ。
 そんな彼女の側には、惑星ティーリア来訪前から放浪団の一員として侵略者と幾度もの交戦を経験してきた異星人、ペテリシコワ・ホクサーニの姿があった。また、直ぐ側のモニターにごく小さな枠が表示され、放浪団切っての武闘派と名高い戦艦・雷旋が枠の内側に映っている。噂に違わずというべきか、早々と偵察に向かったスゥイに負けじと最前線に陣取る気満々で動き出したはいいが、巡洋艦のスゥイには案の定追いつけるはずもなく、一人侘しく航行中のようである。
 かくて、額を集め何をしていたかと言えば。
「では……『侵略者』には、『進攻』を主として行動する者と、『排除』を主として行動する者が居る、と言う事で間違いはないでしょうか」
 再確認するように、アウィスは手元の帳面に認めた覚書に視線を落とし……かと思えば程無く、短く切り揃えた金茶の髪と、耳に下げた棒状のピアスを揺らして顔を上げる。
 どうやら、敵の種類等についての情報を収集している所らしい。
 これは折も良しと、早速話題に入る吠。周辺に居て、話題に気付いた地上人の幾らかも、興味有り気に耳を傾けているようだ。
「あたしもどんな敵がおるかとか、気になってたんやぁ。その二つて、どう違うのん?」
「前者は予め指定された目標物への到達を優先し、進路上障害となるものだけを攻撃します。後者は敵性存在の排除を優先し、目標と定めた相手が撃墜により沈黙、ないし、攻撃範囲外へ離脱するまで攻撃を繰り返します。惑星侵略時に措いては、前者の目標物は惑星そのものとなるのが通例です」
「進行型は目標物へ到着次第、排除型に近い行動を取りますわ。わたくし達が知る範囲でしたら、『刺客』が一番判り易いかしら。放浪団や離反者を発見するまでは進行型として行動し、発見次第排除型として撃墜まで攻撃を続けるのですわ」
 アテレクシアの解説を補完するように、言葉を継ぐペテリシコワ。
 しかしながら、末端の機動生命体は常に上位からの命令を優先し行動する。
 今、例として出された『刺客』も、元々は離反者排除に送り込まれてきたのに、惑星ティーリアを目前にして文明の存在を知った途端、本来の目的である離反者への攻撃を中断して侵略行為を始めた。これは、上位からの作戦命令によっては、目標物や行動優先順位の変更が容易に行われるのだという事例を示している。
 蟻や蜂のように、全体が統率された意志の元に動く……スゥイが訓練生に度々留意事項として教えていた事を鑑みれば、こういった敵方の突然の行動変更に対していかに混乱せず対処できるか、また、予兆に気付きどれだけ迅速に対応できるかも、被害を減らし勝率を上げる重要な鍵となるに違いない。
 書き留める手は止めず、アウィスは真剣な面持ちのまま、既に記した内容を眼鏡越しの視線で一巡だけさっとなぞり見る。
「目標物発見前に、途中で役割が変わる可能性というのは、どの程度あるのでしょうか?」
「惑星攻略には部隊編成当初より各機に役割を決定します。本艦が知る限り、攻略完了まで途中で変更された事例はありません」
 と言っても、アテレクシアが母星勢力から離反したのは数百年単位で過去のこと。
 それまでの間に、変則的な戦況となった惑星攻略もあるかも知れないが……残念ながら、現在はそれを知る手立てはない。いや、正確にはごく簡単に実行は可能なのだが……それはこちらの情報をもが筒抜けになりかねない諸刃の剣であり、放浪団に属する機動生命体は、各自が自主的に手段を封印している状態である。
 そこへまた捕捉を入れるようにして……実際に文明攻撃を行う場面は惑星ティーリアで目撃したのが初めてで、他の事例を直接見た事はないが、との前置きを入れつつ、ペテリシコワが続ける。
「惑星侵略というのは、大抵が機動生命体優勢による一方的展開で終わるそうですの」
「今までは単に変更が必要な戦況にならなかった……とも考えられるわけですね」
 ……未だ忘れ得ない、あの日、あの時の侵略行為。
 ふと過ぎった感情に、筆を握るアウィスの手に、僅かに力が篭る。あの時、数える程しか居なかった刺客相手でさえ、惑星ティーリアの民は成す術無くやられてしまうところだった。
 もしあれが、惑星を侵略する為だけに現れた大編成の部隊だったら。ましてや、予告も何も無く、唐突に間近に現れようものなら……一方的展開になってしまうというのも、頷ける話。
 何にせよ、侵略者側が行動変更を余儀なくされるのは、惑星侵攻勢力が壊滅に近い状況に追い込まれてからになるだろう。数が多い間は、最初に決められた通りの行動を取ることになる。まずは、そういった相手の基本戦術や戦略を把握せねばならない。
「惑星侵攻に当たっての部隊編成には、法則などはあるのですか? 例えば、尖兵の種類や数から、本隊の大まかな規模や、隊長機となる機体の推測が出来たりは?」
「厳密ではありませんが、侵略編成は各役割、各機種を似通った割合で構成する傾向があります。誤差は生じますが、尖兵数からの本隊規模推測は不可能ではありません」
 推測は不可能ではない。
 その文言に、眼鏡に翳る紺色の瞳が、思案を示すように焦点を遠くする。とすれば、編成内容から、大まかでも侵略者の戦略を先読みする事も、不可能ではないはず……
 そんな、アウィスの短い沈黙を縫うように。
 傍らで遣り取りを聞いていた吠が、すちゃっ、と手を挙げた。
「次、あたし質問してよろしい?」
 僅かな思案の海から意識を戻したアウィスが、はい、どうぞ、と頷いて吠に先を促す。
 吠はお礼代わりににこりと笑みを返すと……アテレクシアはんの顔ってどこやろう、なんて思いつつ、艦橋モニターを見回し、とりあえず、真上辺りを見上げながら。
「追っ掛けて来る奴て、どの位追っ掛けくるのん?」
「個体が受けている指令によります。宙域指定があれば、それを越えての追跡はしません。遊撃指示であれば、己か目標のどちらかが沈黙するまで追跡を行います」
「それはおっかないなぁ」
 一対一なら、ちょっとした追い掛けっこで済むかも知れないし、撃墜も難しくはないだろう。その為の訓練にも日々精を出してきた。
 しかし、教官や他の機動生命体から聞かされて来た通り、相手は大抵が団体でやってくる。一度に相手する数も、片手で足りるような数ではないだろう。だからこそ、護撃士団主導の実習訓練では、孤立しないよう、味方の隙を埋められるような集団戦闘の練習や、教官となれる――集団の統率力に優れた人材の発掘にも、注力してきたのだ。
 ああ、でも。
 なんか、そんな、多勢に無勢な危機的状況を、紙一重で切り抜けていくというのも……!
 ……などと、ふと過ぎった想像の中のスリリングな世界に、つい身を震わせてみたりする吠。そんな状況になるのは実はとても良くない。良くないのだが、何故かちょっと楽しそうにも思えてしまう。
 ……斯様な葛藤が吠の中で繰り返されているとは露知らず。
 アウィスはその遣り取りもしっかりと手帳に書き止めて、軽く銀のフレームを押し上げながら顔を上げた。
「追跡に関してですが、目標設定の条件は?」
「未設定時は最近距離の敵性存在を目標として設定します。上位系統から特定存在への目標設定指示が発生した場合は、この限りではありません」
「あ、それ、わざと寄って行って目標にされて、他所へ連れて行ったりもできるんかな?」
 小首を傾げ、吠がそんな思い付きを口にした時。
 艦橋モニターの一部に新たに増えた拡大窓にダークブルーの直方体を映して、アテレクシアが告げた。
「『その件に関し、提案がある』……リードマンからの通信です」
【第一節】   <<   【第二節】   >>   【第三節】