迎撃
第三節
 艦内での遣り取りは、片手間に聞き流しつつ。
 相棒の苦言も何のその、白黒二色の巡洋艦は、機体に施された赤いラインを残光のように暗い空間に残して、くしゃくしゃに歪む空間の穴へ向け一路飛ぶ。
 ――俄に。輝きを帯びる揺らぎの表面。
 かと思うや、輝きは輪郭を得て、雫が零れ落ちるようにぷちんと、空間から切り離された。
 程なくに、輪郭を覆う光は褪せて消え失せ、金属で出来た体躯が露となり……暗黒を漂う無機質な身体には、唯一残った小さな光点――青いコアだけが、淡い光を放っている。
 そうして、ついに姿を現した、侵略者の尖兵戦闘艇……敵軍先鋒のそのまた最初の一機の全容が、高速で距離を詰める灰色のコア二つに映り込む。
(遂に出たな)
 先頭を任された最初の尖兵は、平たいスポイト型。
 ……何と無く、親近感の湧く形状な気もするが。
 紫の噴炎を長く伸ばし飛翔するスゥイとは対照的に、噴気孔から細い炎をひょろひょろと吐き出し移動する様は、何処か玩具じみても見える。
 何分、10m有るか無いかという小さな体躯。コアもまた3m有るか無いかの小さなもの一つきりで、武装は進行方向側に申し訳程度の機関砲が一基付いているだけという……スゥイやリードマンら、駆動部や格納式武装などの複雑な機構を持つ大型の艦と比べると、なんとも簡素な仕上がりだ。
 ……まぁ、全長10mでも、人類からすれば十分な大きさではあるのだが。200mだの300mだのが当たり前の艦種ばかり見てきた護撃士団員には、随分小さく感じてしまうことだろう。
 だが、その容貌にじっくりと見入る間もなく。
 最初の一機の登場が完了するよりも早く、揺らぎには次の転送を示す新たな輝きが発せられ、雨粒宜しく次々に、輝く光の塊がこちらへ飛び出てくる。
 規則的に姿を現す小振りな機体。転送前から行儀よく等間隔に居並んでいたのか、互いの配置と出現の間隔が矢鱈規則的で、見ていると妙にリズミカルだ。
 無論、出てくるだけでお終いではなく。転送が済んだ順に同型五機ずつで一塊になって列を成し、一定速度で前進を始める。縦一列、後続四機は先頭の動きを真似て、全く同じ軌道を描いて後に続く。見えない紐か何かで繋がっているのではないかと思う程の一糸乱れぬ動き。
 これが体操競技の類なら、暫く眺めて楽しむ事も出来ようが。無機質に編隊を組むあれらは……たとえ、本人らにその自覚がなかろうとも、知的生命とと文明を抹消する為に生まれた、殺意の塊なのだ。
(出て来始めると早いな)
 接近までの間に、見る見ると増えてゆく敵影。やがてそれらの小さな脅威は、連なる列の数自体が10か20かというほどにまで膨れ上がっていた。
 そして、そのうちの幾らか……いや、もう、幾らと言うにも数え切れぬ編隊が、紫の尾を引いて高速で距離を詰めるスゥイを撃墜目標と定め、唐突に動き出す。
 一列五機の編隊で散会、規則正しい五角形を描いて周囲に布陣、全方位からの銃撃を浴びせ掛けようと――しかし。
(数は多いが……オマエ達相手に遅れは取らないぜ!)
 ぼっ、と。
 音の無い宇宙に灯る、眩い紫の炎。
 刹那のうちに加速した290mの機体は、瞬く間もなく戦闘艇の包囲を潜り抜ける。25機分が絶妙な間隔で不規則に放った機関砲の弾丸は、誰も居なくなった目標地点を虚しく通り過ぎていった。
 しかし、撃墜失敗に対して焦る素振りなどあろうはずもなく。編隊は直ぐ様に形を変え、包囲を抜け旋回する巡洋艦へと、機関砲の銃口を向ける。
 新たに編成を整え直しながら、ぽこぽこと遠慮なく放たれる無数の弾丸。
 それに対し、スゥイは曲面の後部に備えた噴気孔の角度を巧みに調節、きりもみ回転で弾丸の雨の中を突っ切る!
 ここが地上であれば、恐らく、小気味良い音が響いたことだろう。
 向かい来る弾丸はその全てが、白黒ツートンカラーの無敵装甲にぶち当たり、ある物は粉々に、ある物は弾かれ、ある物はお礼宜しく別の戦闘艇へと跳ね返っていく。
 それだけではない。加速した巨躯は布陣する戦闘艇を前にも速度を緩めることはせず、健気に銃弾を吐き出す小さな機体の群れへと、容赦なく突っ込んで行った。
『スゥイ!』
 途端に、叱責以外のなんでもないアウィスの声が、精神感応でスゥイの脳裏に鳴り響く。
 それとほぼ同時、十倍以上差のある体躯の体当たりを受けた一列分の編隊5機が、無敵装甲の硬度と合わせての質量差に、切ないまでの勢いでぶっとばされていった。吹っ飛んだ機体の大半は大破して活動出来る状態ではなく、青かったコアは見事に橙や赤の危険色へと変わり、漂うことしか出来ない有様。それどころか、当たり所の悪かった数機に至っては、弾き飛ばされる事すら許されず、その場でぺしゃんこか粉々かの憂い目に遭い、宇宙の藻屑と化していた。
 だが、斯様な同胞の顛末など微塵も気に掛ける風もなく。生き残った編隊の残りは何事もなかったかのように、布陣を突っ切って行ったスゥイの紫の噴炎吐き出すお尻を追いかけながら、休みなく機関砲の弾丸を発射し続ける。
 ……しかし、小さな戦闘艇の小さな機関砲の弾速もまた、機体相応らしく。同じ方向へと進んでいる筈なのに、機動力抜群のスゥイとは距離が離れていく一方。近くを掠め飛んだサイバーボディに対し、新たに10機分の編隊も後を追うように動き始めるが……離脱行動を取る巡洋艦の速度に敵うはずもなく、やはり置いてきぼり状態になっていた。
 ただ、撃墜目標を変える気自体はないようで、相変わらずお行儀よく並びながら果敢に後を追っている様子。そんな、およそ30機の熱烈な追っ掛けの動きに注視しつつ、機関砲の射程外にまで距離を取った所で、スゥイはひらりと平たい身体を旋回させる。
『どうだ、あいつらの耐久力とか、大体判ったか?』
『そういう問題ではありません。無謀にも程があります』
 あ、怒ってる。
 ……というのがありありと判るアウィスの声色。でも、それが嬉しくもあり。
『悪い悪い。でも、怒ったアウィスも少し見てみたかったしな』
『笑えません。ちっとも笑えませんから』
 意地の悪い冗談に、少しむきになっている風にも思えるアウィス。それでもきっと、傍目にはいつも通り真面目な顔のままなのだろうなと、今は離れた場所に居る相棒の様子がありありと浮んで――場違いなこととは知りつつも、スゥイは少し楽しい気分になっていたりした。
『……それで、後ろから来ているのはどうするのですか』
 呆れを含む念波の波長に、しかし、彼が負けることなど想定して居ない……そんな、信頼を滲ませる落ち着いたアウィスの語調に、スゥイもまた相棒への頼もしさを感じる。
『勿論、片付けるぜ。でも、次のがもう出てきてるからな』
 告げて、翻した平たい体躯。その表面、白い塗装に紛れる二つの灰色のコアに、後方に見える揺らぎが今までよりも一層忙しなく光を吐き出している光景が映る。
 揺らぎ周辺には、スゥイを追いかけてくると同じ形状の戦闘艇が、既に二百を越える軍団で整列し、真っ直ぐに惑星方向へと進行を始めていた。
 その一方、新たに転送されてくる機体は、進行を始めた先陣とは少し違う形をしている。
 平たい体躯であることと、進行方向側がやや長いスポイトじみた形状をしているところまでは似ているが、最初の戦闘艇よりも一回り大きく、備えている武装もレーザー砲二基。編隊の組み方も、五機一組縦列の機関砲戦闘艇とは異なり、レーザー戦闘艇は三機一組で進行方向に対して横一列並行の編隊を維持している。前方の目標に対して常に三機が同時にレーザー攻撃を行える編隊だ。
 また、最初の奴よりも、少し動きも速い。巡洋艦のスゥイには大した問題ではないが、機動力が低い者には、少々鬱陶しい相手になりそうである。
『そっちに戻るのは、二陣の数確認してからだ。全体編成の予測に、必要なんだろ?』

「だからといって、単独で実行するのは無謀だと先程から……」
 所は再びアテレクシア艦内。
 薄く眉根を寄せ半眼のその表情は、まさに呆れ顔といった所か。
 ……かくいいつつも、内心でははらはらしていたりもして。流石のアウィスも、スゥイが戦闘艇へ体当たりを仕掛けた折には、敵の動きを記録する手がぴたりと止まったものである。
『それより。オレを追い掛けない奴は、全部そっちへ行く事になるぜ。布陣は大丈夫か?』
「独自行動を取っている機体を除いて、大多数を正面に、挟撃と打ち漏らし用に幾つかの小部隊に周辺へ散会して貰いました。分割した隊ごとの行動は、各教官機に一任しています」
 眼鏡の細い弦を押し上げ、モニターに映る惑星防衛線を一瞥、続いて、列を成し進軍を始めた敵戦闘艇の一軍の映像を見遣る。
 スゥイとの交戦状況で確認した耐久力からして、現在出現している二種の戦闘艇は、機関砲で大破、ミサイルで撃墜、レーザーなら貫通して複数機を一気に撃墜できると、アウィスは判断した。主砲扱いで威力の高い武装ならば、更に効果的だろう。元々威力の高い高出力や大口径は言わずもがな。
 敵の位置次第では、一撃辺りの撃墜数を大幅に増やすことも出来る……特に、縦列で惑星ティーリアを目指している機関砲戦闘艇には、直線攻撃は効果的。真正面一列に並んだ瞬間を貫通できる威力の砲で狙い撃てば、一網打尽も容易となろう。それゆえの、正面戦力集中だ。
 ……無論、相手方からも、縦に分厚い濃厚な弾幕を浴びせられる事になるが――
「――必ず帰りますよ。みんな帰しますよ」
 力強い眼差しで、虚空を舞う相棒を見上げた、その両耳で。
 長細い銀のピアスが、アウィスの魔力の高まりに反応するように、ちりりと揺れた。
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