迎撃
第五節
 地上へ向かったスゥイが、お土産が燃え尽きないよう、成層圏で若干速度を落とした頃。
 元の直方体型に戻ったリードマンと、そのコアに乗る吠は、機雷の配備を終えて小惑星帯から側面配備の部隊の直ぐ近くに戻っていた。
 進軍する敵戦闘艇の殆どは、アウィスの思惑通り縦に並んだ所を正面配備の機体に次々討ち抜かれ、尖兵部隊としての体裁は風前の灯と言った按配。残存戦力は、進軍途中に側面配備の部隊を目標とみなし攻撃を仕掛け、正面射線から外れた排除型が幾らか、といった所である。
 数で勝り一個の生き物の如く動く事が強みの筈の戦闘艇も、数からして劣るような状況に陥れば、最早勝ち目は無い。最初は緊張していた様子の側面部隊も、明らかな勝機が見えてからは訓練時さながらに落ち着いた様子で、隊長機を筆頭に統率の取れた動きを見せていた。
 ……そんな訳であるから。
 戦列に戻って後、頼りない動きで襲い掛かってきた三機一組の戦闘艇を前にして――対峙直後は、びびったり興奮したりと忙しなかった吠だが、
「まだもうちょっとくらい、練習する余裕もあるやんね?」
 とばかり、むしろ丁度いいや位の気持ちで、追撃してくる三機を相手にしていた。
『実戦だが、試行には適切な相手だろう』
 忙しなく並行発射されるレーザーを、絶妙なスラスター捌きで回避するリードマン。
 そんな忙しない飛行戦闘に……乗りたての頃はこんなのでも大興奮していたものだと、翻弄されるばかりだった数ヶ月前をふと思い出す吠。積極的に参加してきた訓練の甲斐もあって、今となっては慣れたもの。海流の激しい所を泳ぐようなものだと、笑って過ごせる余裕も出てきたくらいだ。
 それに……搭乗する機動生命体は皆が皆、無敵装甲に覆われている。同胞のレーザーすらものともしない、文字通り鉄壁の装甲。
「スゥイはんも、攻撃を防ぐ時は積極的に使えて言うてたもんね」
 ざとうくじらという元々の体躯の大きさゆえか、小さな衝突には余り気付かず日頃から傷の絶えない吠の『要所以外なら、当たっても余り気づかない』感覚は、最小の労力での回避行為と何気に相性が良いのかも知れない。
 まぁ、余りぎりぎりで避けてばかりだと、目測を誤った際に非常に不味い事になってしまうが……その辺りの距離感補正は、リードマンが思慮深くやるのできっと大丈夫だろう。
「リードはんは小回り利きはるねぇ」
 噴気孔の角度調節機能くらいは、全員が標準装備しているが、彼のスラスター式噴気孔は噴射方向のより微細な調節が可能らしく、前進後退回転静止と、細かい制動もお手の物。方向の転換に体躯を大回りさせる必要がないのは、駆逐艦としては中々に優秀な機動能力といえよう。
 ちなみに、浮遊状態ならどの機動生命体も自由に方向転換出来る。しかし、浮遊は文字通り浮んでいるというだけで、素早い体制動には向かない。同様の体制動を噴気孔を用いてより迅速に行えるのが彼の強みであり、これは攻撃回避率の上昇に大きく貢献するに違いなかった。
 ……流石に、巡洋艦の素早さを前にすると、若干見劣りするが。
 ちなみに、その巡洋艦スゥイはもう配達を終えて防衛線に戻ってきている。防衛線最後尾に待機するアテレクシアのすぐ横に停止して、今までの偵察や先制攻撃で消費したエネルギーの回復を図っているようだ。
 じっと佇む二つの灰色に仲間の善戦を映す姿は、眠っているかにも見えるが……
『――で、どうだ』
 見た目の静かさとは裏腹に。
 灰色のスゥイの脳裏では、精神感応での遣り取りが盛んに行われていた。
『オレを追っ掛けてきたのも含めて、機関砲のヤツが300で、レーザー砲のヤツが270って所だったな』
 なお、形状名はそれぞれ『アドカノン』と『レフォイムMk-II』というらしい。
 まごう事無き量産型戦闘艇で、大抵の惑星侵略に措いて尖兵として真っ先に戦場投入されると同時に、導入数が最も多くなる機体シリーズであるという。形状ナンバーはどちらもIIIまであり、『アドカノンMk-III』であれば、機関砲が三つ……という具合に、どちらもナンバリングと共に装備する砲の数が増えてゆくそうである。
「尖兵の構成から……最終的に、投入される小型戦闘艇の数は八倍前後になるのが通例だそうです。それら大量の戦闘艇の輸送に輸送艦が数機導入されて……戦闘艇の司令塔に巡洋艦と駆逐艦が五〜六機、主戦力に戦艦が二機程度、というのが、一番可能性のある編成だそうです。想定よりもレイフォムMk-IIの導入が多かったそうですので、投入される艇種は機動力の高い光学兵器系が多めで、司令塔になる艦種も巡洋艦の方が多いのではないかというのが、現在の予測ですね」
『凄い数だな。気が抜けないぜ』
 スゥイが思わずごちた通り、これは単一の惑星を攻略するには余りにも過剰な戦力だ……と、古株の機動生命体らも同意を示す。文明の発展度にもよるが、この規模の戦力が準備されるのは、大抵が惑星三つ以上を同時攻略する場合だという。
『母星のヤツらも、オレ達が味方してるのを警戒してるんだろうな』
 だが、今言ったのは敵が用意している全戦力の予測。
 一度一気に相手をするなら絶望的な戦況必至だろうが……今しがた相手をした尖兵を見てもわかるように、転送されてくるのはあくまでも段階的。敵数が増えすぎる前に適切に対処してゆけば、ましてや、その為の集団戦闘訓練を抜かりなく続けてきた自分達ならは、凌ぎきれないものではない。
 そんな思いを胸に、スゥイの灰色のコアが、揺らめく空間を映して瞬いた。

 ……そんな光景を後方に。
 いよいよ最後の尖兵となった三機一組へと飛翔する、角ばったミサイル。
 直後、直方体の側面から生えるように姿を見せていたミサイルポッドが、にゅーんと装甲内部へ沈み込み……代わりに、スライドで開いた別の装甲部から、にょーんと砲塔らしきものが姿を現した。
 先端に蓄えられる緑の光。瞬き一つの間に解き放たれた緑は、眩く輝きながら……居並んで飛来するミサイルを追うように飛んで、俄に弧を描く。先読みよろしく回りこんだ光線は、迫るミサイルを平行移動で回避しようとした戦闘艇を横合いから撃ち抜いて、小さな機影三つを纏めて光条の中へと消し去った。
「あ、これ、曲がっていくし、岩の振りしながら使うんにぴったりやない?」
 見事命中した誘導レーザー砲に、吠が青い瞳を少しばかり輝かせる。
 直線では見えない箇所をうろつく敵も、超音波による索敵を行使することで把握が可能だし、これは想像以上に有効な戦術ではないだろうか。
 それに……と。
 瞬くシアンのコアでは音にせず、一人、リードマンの胸中に過ぎる思慮。
(彼女の特殊能力。位置を探る以上の効果を発する事は、出来るのだろうか)
 もし、機雷の爆発を遠隔で自在に操作できれば、ミサイルとの併用でより効果的に相手の動きを制し、命中精度を上げることが出来るはずだ。かわしたと思った機雷が爆発するというアクシデントに対し、感情のない機動生命体が焦ったり戸惑ったりすることはないだろうが……機雷の反応範囲が間違っていたという錯覚を与えることは出来るはず――
 ……深く巡る、思慮の最中。
 ふと、記憶の彼方に押し遣っていた事柄が、じわりと頭をもたげる。
 機動生命体に外部との音声通信機能が備わっていないのは、彼らが知的生命を根絶するために生み出されたものであり、その必要性が皆無だから、つまり、機動生命体以外の存在との対話が一切考慮されていないからだ。
 ……有識ある異星人はそう推論しているし、機動生命体本人らも状況的に間違いないと断じている。
 では、だとしたら、尚更に。
 何故、コアには人が搭乗できるのか。
 コアに人を招く事が出来ると判明したのは、偶然であったと言われている。知的生命体とどうにか意思疎通をしようと試行した一機が、『やってみたらできた』ものであったと。
 しかも、一つのコアには、一人しか招くことができない。
 どんなに広々として見えても、複数の者を同一のコアの中に同席させることは出来ないのだ。
(この機能は、何の為のものであろうか)
 不用な機能は実装しない。それが、母星圏での常識。
 機能が存在するということは、必要だということ。或いは、必要だった、ということ。
 ……何に?
 ――斯様な逡巡が過ぎる一方。
 尖兵部隊を一頻り吐き出し終えた揺らぎが、今までに無く大きく眩い光を蓄える。
 増してゆく輝きが、暗黒の揺らぎを照らし出し、そして。
 輝きは巨大な輪郭を得て、一際に大きな機影へと姿を変えた。
 次第に褪せていく光の中から現れたのは、細長い胴と、間接が三つしかない重機のようなサブアームを後方部に備えた……
「あれ、アテレクシアはん? ん、ちょっと違う……?」
 見覚えがあるどころか、ティーリア防衛線最後方に布陣する機影に余りにもそっくりで、吠が大袈裟な位に忙しなく、前方に現れた敵とアテレクシアとを見比べていた。

「形状名『アダマンMk-II』、本艦『アダマンMk-III』の先行艦種で、戦闘艇輸送を任務とする輸送艦です」
 淡々と解説を行うアテレクシアに、思い返せば当然の状況なのだと、引き締まるアウィスの表情。
 幾らでも同じ形の機体が存在する……放浪団内では、リードマンがまさにその事実の体現者といえる。彼は元々、同系形状である『BOXY』シリーズ兄弟機の追跡を使命とし、刺客として放浪団へ差し向けられた機体だ。よもやそのまま叛旗を翻して放浪団に居ついてしまうとは、誰も予想だにしなかったであろうが。
 とまれ、今こうして仲間として行動を共にする機動生命体達は、百とも千とも知れず大量に生み出された同じ機体の中の一つ、個を得ることで群れから飛び出した――母星からすれば、『たまに出る不良品』の一個に過ぎないのだ。
 だが、だとすれば。
 スゥイと同じ形の『侵略者』とも、いずれ、出会うことに――?
「……フリドはんと同じ子もおるってことかぁ……」
 あの子は今も、滞在地のあの場所に佇んだままなのだろうか。そんな想いの滲む吠の呟きを間接的に耳にして、アウィスは自身の思考がまた内側へ沈み掛けて居たことに気付き、我に返る。
 何者にも悟られぬよう、小さな深呼吸を一つ、アウィスはモニターに映る敵影を見上げる。
「戦闘艇輸送艦……では、あの中に……」
「内部に大量の戦闘艇、ないし、移動砲台を格納しているのは確実です」
 どの位の量か……それは、広大なアテレクシアの内部と、先だって撃破した戦闘艇の大きさを比較すれば凡その想像はつく。しかも、彼らは出荷される部品の如く、パスルのように無駄なく隙間無く限界まで詰め込まれているという。見た目からの単純な推測よりも多く搭載されていると考えるのが妥当か。
 こうして話している間にも、アダマンMk-II型の輸送艦が、次々に姿を現そうとしている。先ほど推測として提示された戦闘艇の大多数は、殆どがこうして輸送艦に格納され纏めて運ばれてくるのだろう。
「わ、わ、凄い数やない? 機雷足りやへんのとちがう?」
『我の大口径十二門が火を噴くぜ!』
「布陣次第では撃破は容易と思われます」
 雷旋の自信満々の一言は華麗に無視して、解説を始めるアテレクシア。
「私達機動生命体は、コアを強い衝撃で一気に破壊されると、体内エネルギーの制御が出来なくなり、内部から破裂し木っ端微塵となります。艦種の爆発に、装甲で劣る艇種や据種は耐え切れません。輸送艦に搭載されている戦闘艇や移動砲台は、出撃もままならず運命を共にすることとなるでしょう」
「つまり、出撃して来た戦闘艇よりも、輸送艦本体の撃破を優先するべきということですね」
「はい。戦闘艇発進前に撃破すれば、被害は勿論のこと、戦闘による消耗を最小限に抑えることができるでしょう」
 とはいえ、既に散開し活動を開始している戦闘艇も居る。非格納状態で輸送艦と一緒に出現した、今までの尖兵より一回りか二回りか大きな機体だ。これらは、輸送艦の護衛用戦力だろうという。
「中型戦闘艇『ブリスカ』です。武装はレーザー砲二門、ミサイルポッド二基。機動力は然程ありません。通常時は母星防衛線にて守備を行っており、侵略編成に組み込まれるのは稀です。私達離反機動生命体からの防護を想定して配備されたと推測されます」
『チョット大きめで硬いが、あいつらも戦闘艇だ。無敵装甲じゃないから機体への命中でも何発かすれば倒せる。勿論、コアに当てる方が早いけどな』
 出現した輸送艦は全部で6機。各艦には、20機ずつの中型戦闘艇が護衛に就いている。動きは然程ではないし、武装も余り豊富ではない、が……
「任務内容としては、護衛対象周囲の敵排除を優先、ですよね……つまり彼らは範囲指定の排除型という認識で合っていますか?」
「はい。その認識で間違いありません」
 輸送艦の転送が完了した後も、進行用の戦闘艇が別途細々と転送されて来ている。
 護りに徹し過ぎれば、輸送艦からの大量出撃が始まってしまうだろうし、輸送艦撃破にばかり気を取られていると、発進した戦闘艇の防衛線突破を許してしまうかも知れない。
 仲間の編成は勿論、リードマンらが偽装し散布した『罠』の使いどころも重要だ。
「現在、見えている敵戦力は、全体の三分の二といった所でしょうか」
 だが、それは輸送艦内に格納されている戦闘艇も個体数に含めた場合。
 残る三分の一の戦力には、駆逐艦、巡洋艦、戦艦などの攻撃に特化した艦種が多く含まれている。輸送艦の撃破だけに力を割き過ぎると、間違いなく息切れを起こしてしまうだろう。
「次で使ってしまうんか、あとの為に置いとくか、てことかぁ……悩むなぁ」
 一気に走る緊張の局面。
 ……そんな中、最前線に陣取った雷旋は、大口径レーザーの据付られた駆動部を、やたらと開けたり閉めたりしつつ。
『奴ら諸共この辺の宙域更地にしてやるぞ』
『オマエそれ、エネルギーなくなって袋叩きにされるだろ』
『左様か』
 スゥイの突っ込みに、大人しく腹巻状態に戻る雷旋。
 ……まぁ、使うタイミングさえ間違わなければ、心強い攻撃であることに間違いは無いのだが。
『ようし、エネルギーは大体戻ったぜ』
 今まで静かに佇んでいたスゥイが、紫の噴炎を吐き出し、するすると動き出す。
 進まんとする先には、規則正しく浮ぶ輸送艦と、周囲を漂う無数の侵略者。
 そんな、相棒が見ていると同じ物を、アウィスもまた真っ直ぐ見据える。
「帰りますよ。返しますよ。――みんな、必ず」
 己に、そして、相棒に。
 復唱された彼女の言葉は、確かめるようでもあり、言い聞かせるようでもあった。
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