迎撃
第四節
 団体化した敵陣から、少し遠く。
 放たれる光線を巧みな体制動で回避、取って返す動きで放った紫の光線が、白黒に赤ラインのサイバーカラーを熱烈に負い掛ける集団を貫く。
 ……その様子を、些かに遠く眺める位置。
 シアン色のコアの中、長袖の上着に突っ込んでいた手袋を引っ張り出しながら、吠が小惑星帯に撒き散らされた沢山の四角い物体を見遣る。
「いつの間にこんなんしてはったん」
 どれどれ、と。
 意識を集中し……ふっと、全周囲へ解き放つ超音波。
 音はなく、されど確実に。暫しの間を置き返って来た波が、周辺に散る障害物の形状と位置を、吠の脳内に全天全方位で描き出す。
「わぁ、偉い賑わってるね、鰯の群れみたいやぁ!」
 視覚確認した時よりも更に広範囲、かなりの数の物体が周辺に漂っていると知り、感嘆と喜色の混じった声を発する吠。
 そして、そんな撒き散らされた四角に混じって、所々に浮ぶ圧倒的に巨大な岩石の塊――脳裏に鮮明に再生された小惑星の形状を、ふむふむと確認する。
「あの岩みたいなんの真似して、相手を騙す訳やね?」
『そうだ』
 問い掛けに応じ、シアンのコア内に響く落ち着いた声。
 ――先だって、リードマンが発した提案。
 それは、障害物や罠に敵を誘い込んで動きを制し、停止や回避した所を狙い撃つのはどうか、というものだった。
 小型戦闘艇は兎に角当てさえすれば倒せるが、やはり、脅威となるのは無敵装甲を持つ艦種。
 いかに巧みに、光学兵器を相手のコアへと打ち込むか。スゥイのような巡洋艦であれば、自分が素早く適正射程位置へ動くことで命中精度を上げる事ができるし、速度では劣る戦艦も武装の豊富さと大火力を用いれば、強力な弾幕戦法を展開できる。
 駆逐艦も小柄さに似合わぬ火力で物量押しするのが常套手段。しかしそれは、防衛と損害を度外視して攻勢を維持する母星圏ならではの戦略。個体数に限りある惑星ティーリア防衛陣は、エネルギー消費と損害を減らしつつ、いかに敵方を多く倒せるかが重要だ。数少ない味方を更に減らすことは、惑星ティーリアを防衛する上での不利に繋がってしまう。アウィスが敵の動きの癖の把握に努め、作戦の修正に注力しているのはまさにこの為といえる。
 無論、味方の生還に心を割く理由は他にも――かつての同朋に叛旗を翻してまで、惑星と人類を守る為に戦ってくれる機動生命体を、自分達のために犠牲にしたくない――あるが、気丈なアウィスのこと、冷徹さの裏に潜ませた想いを、軽々しく人前で口にする事はないだろう。
 そこにきて、力任せの弾幕を張るのではなく、周到な準備によって結果的に命中精度を上昇させるという燻し銀なリードマンの構想は、実に理に適っているといえた。
 周囲に大量に散布された機雷は、為の布石である。小惑星帯らしくもっと小惑星がわんさかあればよかったが、実際は悲しいまでの広々空間。代わりに、見え易い罠として自ら機雷を配した訳だ。
 彼は更に、どうすればより確実に敵の隙を突くことが出来るかも考えた。そのうちの一つが――
「よいしょー」
 一人発した、軽い掛け声に合わせ、吠が少しばかり意識を集中する。
 途端に、如何にも機械的だった直方体フォルムの表面が、波を打つようにうねり出した。
 滑らかだった表面には、泡が沸くように次々といびつな凹凸が生じ、時には尖り、時には平坦な部位を生じてと、リードマンの輪郭は今までとはまるで異なった形状へと姿を変えてゆき……
 やがて、機雷の浮ぶ只中に、岩石質なダークブルーの物体が姿を現した。
「うん、上出来上出来♪」
 手前味噌だとは思いつつ、少々誇らしげにコアの中で頷く吠。
 一方、始めての『変形』を体験したリードマンは、すっかり様変わりした我が身に、
『このようになるのか』
 感触を確かめるように、絶妙な位置に移動した噴気孔スラスターを開け閉めしてみたり、緑の炎を軽く噴き方向転換を試してみたりしながら、静かに零すリードマン。
 形が変わっているのだから当然ではあるが、やはり少し勝手が違うように思う。だからと言って何か不自由や不便があるわけでもなく、身体や各部機能は今までとなんら変わらず自在に扱える。それでも、機能的にも外観的にも四角く纏まっていた我が身との違いに……何がと言われると何だか良く判らないが、やっぱり何処と無く不思議な感じはする。まぁ、彼の場合は元々、自分で自分のどの辺りに何が格納されているかは、あまり判ってなかったりするのだが。
 とまれ、このように。
 機体その物を偽装することは出来ないか――そんなリードマンに応じ、吠が試行と練習を兼ねて搭乗してみる事にした訳である。
「でも、コアは全部隠されへんなぁ」
 そう彼女がごちる通り。
 搭乗するシアン色の球体は、岩肌のような表面にちらりと顔を覗かせて淡い光を発し、でこぼこした表皮の一部を薄っすらと照らし出している。無論、表面を覆えば完全なる擬態も不可能ではないが……
 コアの完全な遮蔽は、周囲感知など一切の知覚活動を不能にしてしまう。搭乗者も同じく外の様子が解らなくなるし、搭乗時に使えるはずの特別な能力の行使も出来なくなる。敵編隊の通過までやり過ごしたり、時間制限つきで擬態するならかなり有効だろうが、撃破を目的にして潜む以上は、敵の接近を感知できなくては意味が無い。コアの隠蔽に関しては、角度を変えるなり、別の障害物の陰に見えないように位置を取るなり、他の方法を考える方が良さそうだ。
 それにしても、数百mを超える機体の全容をかくも容易く変えてしまうのだから、人外の徒が有するこの変形という能力には感嘆せざるを得ない。
 そんな変形という能力に対し、無言のままに深く思慮を巡らせていたリードマンの脳裏に、ふと過ぎる思惑。
『機雷などもこのような形に偽装することはできないだろうか』
 実の所、機雷をデブリとして偽装する為に、搭載武装の改造開発を打診してみようか、という考えも、既に彼の中にあった。
 だが、もし。この変形の能力を、機体ではなく射出する実弾に適用することが出来れば……
 変形を利用する為には人外の徒が搭乗していなければならない、という必須条件は発生してしまうが、間もなく姿を現すであろう大型艦と対峙するまでの時間的猶予の無さを鑑みれば、開発を待つよりも圧倒的に簡単な実現手段となる。
 ……斯様な逡巡が、無機質に輝くシアン色の裏側で行われている一方。
 吠は周辺宙域を漂う、見るからに機械然とした佇まいをした沢山の物体を再び見回す。
「リードはんの機雷て、この辺に一杯浮んでる四角いのやんね?」
『そうだ』
 外観の変形は、今までの訓練時に幾度か試みて、凡そ思い通りの形になるこつは掴んでいる。
 しかし、機体本体はともかく、発射する実弾の変形は試した事が無い。
 光学兵器のレーザーなどは、見た目が同じままで効果を変える――例えば、アウィスがやるように、命中により治癒効果を発する光に変える――ことが出来るのは既に周知であるし、魔術や技は勿論、人外の徒の特殊能力も、搭乗時ならば武装を介す事無くエネルギーを己の魔力のように操って行使する事が可能だ。
 だが、そういった元々形のないエネルギーはともかく、物質として生み出されるミサイルや機雷に影響を与えることはできるのだろうか?
「ま、やってみればいいやんね。考えるより産むが易しって言うし」
 初めて超音波索敵を試してみた時もそうだった。考えて解らないなら、出来るかどうかやってみればいい。上手くいかなくとも、それが切っ掛けで別の方法を見出す手掛かりになるかも知れない。
 気合でも入れるかのように。この最近、搭乗時に身につけるようになった船乗帽を、白とグレーのまだら髪にきゅきゅっと被り直し、吠は今一度、意識を集中する。
 同時に。すっかり岩石質な形容になったダークブルーの装甲の一部がするりと開き、中に覗く穴蔵からぽろぽろと零れ出てくる……おや、四角くない。
『効果はあるようだ』
 不思議なものだ、とは思いつつも。
 コアの中に零れるリードマンの声は、相変わらず冷静だ。
 一方、吠は「できるやん♪」とばかりに、手袋を嵌めた手を軽く叩いている。
「やっぱり何でもやってみるもんやぁ」
 とはいえ、確かに四角くは無いが、擬態しているというよりは、四角くは無くなった、という程度。もっと岩石片らしくするには、普通に機体を変形させる時よりも、より一層の集中力が必要なのかも知れない。
 しかし、実弾の変形自体が可能だと判ったのは、大きな収穫だ。
 何をするにも今のうち、早速、薄く開いたスラスターから重ねた板状のように緑の噴炎を吐いて、リードマンは新しく機雷を撒いてゆく。無論、適当に撒き散らしているのではなく、密集する四角い機雷を避けた先、岩だと思って近づくと爆発する……そんな『本命の罠』として機能するよう、細かく位置を考えて設置している。
(他への応用も、可能であろうか)
 岩石質な体躯の後ろに、着実に岩っぽさを増していく機雷を残してゆきながら。
 彼はふと、そんな事を考えた。

 ――惑星ティーリアと、暗黒を揺らす転移痕。
 二つを凡そで結ぶ直線上で、無数の機影と、それらを打ち抜く幾つもの光が交差する。
 青々した成層圏、その更に上層。展開した防衛布陣からは、色取り取りのレーザーが天へ向かって放たれ、射抜かれた幾つもの小さな機影が、光の中に消えて行く。
(あっちは上手いことやってるな)
 熱烈な追っ掛けもいよいよ最後の一機。スゥイは背後から放たれたレーザーを側転で回避、同時に急停止し、動きに対応できす突っ込む羽目になった戦闘艇を、背面から伸ばしたサブアームの一本で横薙ぎに叩いて弾く。
 見事なくの字に凹み、小さなコアを真っ赤にして吹っ飛ぶ小柄な機体。かと思えば、その行く先には既に、噴気孔に紫の炎を灯し先回りしたスゥイが居て、吹っ飛んだ機体をサブアームではっしと捕まえた。
『よし。アウィス、二機目も捕まえたぞ』
 そう告げるスゥイの後部、よくよく見ればもう一本別のサブアームが伸びて、今捕まえたとは違うコアを失った戦闘艇――こちらは機関砲だけの奴だ――がぶら提がっていた。
 捕まったばかりの戦闘艇も、真っ赤になっていたコアに段々とひび割れが生じたかと思うや、硝子が砕けるように粉々に割れて飛び散り、結局はくの字に曲がった機体だけが残される。
 かくして完全に機能停止した戦闘艇二機は、白黒模様のサブアームの先で寂しげに揺れるばかりとなった。
『そのままラボに届けてください。スゥイの速度なら一時離脱しても大丈夫でしょう』
『判った、お土産届けたら直ぐに戻るぜ!』
 言うが早いか、虎の子の高出力噴気孔に全力で灯る紫色。
 全長の二倍はあろうかという長い火を噴き、白黒の機体は相棒の信頼に応えるが如く、瞬き一つの間に彗星のように青い惑星へと突っ込んでいった。
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