砂漠
第一節
 真上から照りつける陽光の鋭さたるや。
 東西南北を分け隔て無く。地平線までを覆いつくす黄土の大地。
 明けて間もない一日の始まりには、青み掛かった二つの光点を浴びて、砂ばかりの世界も白く輝いて見えるのに。
 揚々と天高く昇る二つの太陽は次第に大地を焦がし、熱砂より立ち昇る陽炎が、支子色(くちなしいろ)に塗れた世界をぐらぐらと歪みうねらせる。
 だが、斯様に不毛な黄色の中に、潤いをもたらす命の景色。
 クッキー型か何かで分厚いケーキを型抜きして、そのままぽんと置いただけ……そんな印象すら受ける、全周囲が崖ばかりの奇妙な山。
 惑星ティーリアに存在する六体陸中、中央大陸に倍する規模の陸地を持つ南方大陸。その五割近く占める大砂漠は、面積だけなら西方大陸全土に匹敵する広大さを誇る。そんな南方大陸中央部、全方位を砂漠に囲まれた中心地に、唯一湧き出す巨大なオアシス。鏡面のように曇りない空を写し取る、穏やかに澄み渡る命の源。
 そこに満々と湛えられる水を支えているのが、オアシス北東に位置する、垂直に切り立つ山。側壁だけでなく、山頂もまた遠めに見れば真っ平ら。人為的とすら思える造形を有すその山は、砂漠商都シェハーダタの住人からは、『チーズケーキ山』の愛称で呼ばれている。広い穀倉地帯を持ち、酪農も盛んなシェハーダタらしい愛称と言えよう。
 都市の街中にいる限りでは、大砂漠のど真ん中とは思えない程の活況。
 それでも、明々と照り付ける二つの日差し、水気と体力を奪う気温の高さ、郊外から風に乗り運ばれる砂、オアシスの側にあるにも関わらず酷く乾いた空気……何よりも、昼と夜と構わず遠景を延々と歪ませる蜃気楼が、ここが砂漠の只中であることを実感させる。
 そして、不規則に揺れる景色、その最中に。
 鈍(にび)色の二等辺三角形が、不意に浮かび上がった。

 ――その話を伝え聞いたのは、少し前。
 本当に、少し前。
 南方大陸は砂漠地帯辺境、砂漠に措いての交通の要とも言える、牽引動物。
 その動物達がこの最近に、相次いで魔物被害に遭っているというのだ。
 古今東西、常に人の脅威であり続ける存在、魔物。何処からとも無く現れて、人の生活を乱す……その有様を前に、意志のある災害と称す者もいる。
 だが、だからどうしたというのだ。
 災害だから手をこまねいて過ぎ去るのを待つというのか?
 そうじゃない、そうじゃないだろう!
 寒さを凌ぐに炎を使い、暑さを凌ぐに水を喚ぶ。風が吹けば壁を打ち立て、山が崩れれば降り注ぐ岩石を砕き割る。惑星ティーリアの人間はその叡智で得た魔術で以って、災害にすら抗い生き延びてきたではないか。
 それなら、それならば。
 『魔物』を相手にやるべきは一つ!
「叩き潰して先に行く! それが人間の生き方だろうがっ!」
 すらりと長い手足。その片腕に携えた長大な杖の底で床を打ち鳴らし、長身の青年――ゼノムは立ち上がる。
 肩口まで適当に伸びたアッシュブロンドの髪と、他種の布からなる民族的な着衣を翻しなびかせて、彼は迷いの無い足取りで宿を出た。
 強い意志を宿すアンバーの瞳。視線を巡らせ見上げた先、逆光に輝く二等辺三角形の機影が、その眼差しに映り込む。
「行くぞ、ライア!!」
 俺達の魂をみせてやるぜとばかり、地上から掛けられるゼノムの力強い呼び掛け。
 直ぐ様、巨大な三角形の影を落とす240mの機影……パートナーたる駆逐艦のコアが、呼び掛けに応じて輝いた。
 『星の乙女』――アストライアはウィンクでもするように、映り込む空よりも尚鮮やかな蒼穹の宝珠を煌かせ、その片方へとゼノムの身を招き入れる。
 異星人文明で言うところの、戦闘機を彷彿とするシルエット。俄に翻った体躯は、機首を南の方角へと巡らせ……ふと。
『南でいいの? 北にも居るみたいだけど』
 コアの内側に響く、若い女学生のような溌剌とした声。
 薄く色付く、コア越しの風景。浮遊感に体を預けながら、旋回に伴い上下左右と入れ替わる外の景色を見遣り、ゼノムは構わないと頷く。
「どっちでもいいさ、どうせ両方片付ける!」
 壁があるなら正面突破。
 何処にあろうと幾つ有ろうと、貫き壊して越えて行く。
 それが彼のやり方なのだ。

 ……かくして、二つ具えた蒼穹色のコアの片方にゼノムを乗せ、金に輝く噴炎を灯した機影は南への進路を取った。
 数刻と掛からぬ道中。結果的に後回しにした北の魔物には、工作艦のテトテトラと、保護者状態のパートナー・ダークネスが向かっているのだと聴いて、ゼノムは負けず嫌いが刺激されたのか「北より先に片付けてやるぜ!」と俄然やる気になっていた。
 益々以って時間が惜しい所だが、北は『メナスの近くの森』と場所が鮮明であるのに対し、南は『南の辺境』という漠然とした情報だけで、数ある大砂漠辺境のどこで事件が頻発しているのだかよく判らない。一箇所でなのか、砂漠全土に渡ってなのか、それすらもだ。
 そんな訳で、二人は一旦、南方大陸大砂漠の物流を一手に担う拠点、砂漠商都シェハーダタに被害情報が集まっていないかの確認をすることにした。いくらゼノムに魔物の生態に関する知識がや経験があるにしても、流石に『大砂漠の何処か』程度の曖昧さでは、役立つものも役立たない。一度発生した魔物相手なら――人の居る所に向かう事も多く、ある程度の動きの推測もできようが、こと『何処に発生するか』については、熟練の魔物狩りや騎士ですら真っ当に予測できたためしがない。絶対そこに居ると疑いようが無いのは、西方大陸の『魔の領域』くらいのものである。
 とまれ、西側から滑るように、蜃気楼を越えて砂漠商都へと飛来する翼持つ機体。
 ……これが辺境区の街だと、いきなりの飛来に街が騒ぎになったかも知れないが。シェハーダタは惑星ティーリア六大都市の中でも、始まりの街グリンホーンと共にごく初期から来訪者協調路線を表明し、その一環として都市間航空輸送の助力をする機動生命体専用発着場を準備してしまう位の、親機動生命体都市。
 誰に咎められる事も無く、気兼ねもする事無く、街の様子を街の側からじっくりと観察できるのは、アストライアにとってこの上ない優良環境である。
『見てー、あたしが映ってる』
 外径を金に彩られた白い噴炎を絞って、上空に一時停止。オアシス側の発着場へと機体を落ち着ける最中、鏡のような水面にくっきりと映し出される自身の姿に、アストライアは興味津々。全身を余す事無く投影するオアシスの水鏡に、機体を傾けてみたり、角度を変えてみたり……お出かけに身支度を整えるお嬢さんさながらだ。
 発着場に居る誘導員らしき人影も、随分活発に動いてるなぁ、と珍しいものを見るような眼差しでアストライアの機影を見上げている。平時の仕事で機動生命体の姿を見慣れているであろう彼らがそんな顔をするということは、他の機体はよっぽど静かに昇降しているか……多分、動かすにしても外装の駆動部を開閉するとか、手の代わりにサブアームを振ってみるとか、その位なのだろう。
 無機物的な外観なりに、はしゃいでいるのが伝わってきそうな、些か人間臭い動きを伴いつつも、アストライアの蒼穹色をしたコアの片方から、筋のような光がスポットライトのように地面へと伸びる。
 光はやがて細く衰えて消え失せ、代わりにその中から人影――熱砂を渡る風に着衣の裾をなびかせる長身が姿を現した。
 早速に、街へ向かおうとするゼノム……の背に、俄に精神感応で届くアストライアの声。
『ねーねー、これはなに?』
「ん?」
 足を止め振り向くゼノム。その視線の先に映るのは、鈍色機体の鼻先を通り過ぎていく団体。
 ふわふわ浮く荷台と、それを牽引する動物。そして、手綱を握り動物を操る商人らしき風貌の御者。
「商隊だな。引っ張ってるのがラクダで、乗ってるのは多分商人だろ」
『あれは〜?』
「どれだ?」
『四角い所にある、薄いのよ。ひらひらしてる〜』
「冷却の術だな。砂避けもしてるんじゃないか?」
 発着場の程近く、『甘味処』の看板を掲げた二階建ての建物。入り口や窓などの開口部にゆらゆらと揺らめく薄く白い半透明の膜は、暑さから来客を、風に運ばれてくる砂塵から飲食物を守る為に施された、いわゆる小規模な結界のようなものらしく、よくよくに見舞わせば街中の至る所、建物という建物の殆どに、ひらひらふわふわした薄い膜が漂っていた。
『いいなあ』
 刺すような日差しの中、緩慢に波打つ術のヴェールは、とても涼しげだ。
 同じ術を掛けて貰ったら、あのふりふりを着て飛べるかなあ、そんな期待交じりの小さな呟きが、早足で街中を行くゼノムの脳裏に響いていた。
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