砂漠
第五節
 轟いた筈の魔物の断末魔は、風を引き裂き大地を抉り取る勇ましい音に掻き消された。
 声だけに飽き足らずその肉体すら、全てを貫き砕く巨大な螺旋の前には、原型を留ること適わなかったか。
 次第に舞い上がる砂塵が落ち着き、辺りを見渡せる程度の視界を取り戻しても。砂の大地の上には、細切れになった何かの残骸が、幾らか見て取れるだけだった。
 あっという間とはこのことか。
 大規模化した魔術の威力を目の当たりに、その場に立ち会った街の有志らは、ぽかんと佇むばかり。無理もない、と思う半面……ツァイ自身も暫くは、無言のまま辺りの様子を窺っていたものだ。
 はたと我に返ったのは、一仕事終えて舞い降りてきたアストライアの機影が、間近に迫った時。そういえば、彼女のことはパートナーだとしてゼノムに間接的に紹介されただけで、直接挨拶をしていなかったことを思い出したからだ。
 それに……機動生命体という存在自体にも、色々と興味がある。
「あの、初めまして。ご挨拶が遅れてすみません」
 人と接する時と同じように、礼儀正しく。ツァイは先ずは魔物退治を手伝ってくれた礼を述べ、改めて挨拶と自己紹介をする。何処となく距離を置いている感があるのは、やはり警戒心の表れだろうか。目の前であれだけのものを見せられた直後では、無理もないことだが。
 ……とはいえ、距離感があると思うのは、人間であれば。240mの体躯からすれば、数m程度の距離感など、大した差ではない。
『こんにちは! あたしアストライアっていうの……って、このままじゃ聞こえないわね。ゼノムぅ〜』
「ん? 通訳か?」
 訴えるように機体を左右に揺らし、両翼でぱたぱたと地を仰ぐアストライアに、アンバーの瞳を瞬くゼノム。
 ……一応、返事はあったようだが……彼女は何と言ったのだろう。
 巻き起こる風に髪と着衣と構わず煽られながら、端から見てわかるか否か程度の微かさで、首を傾げるツァイ。そんな彼に、叶星は黄色いメットと、浮んだ荷台が風に飛ばないよう押さえながら。
「あ〜、パートナー以外は、コアの中に入らないと、話せないべ」
 あれ、そういえば、この人とも挨拶が未だだった。
 にしても、何か感じる違和感……これは、もしや。
「失礼ですが、貴方は異星人の方でしょうか?」
「んだ〜。オラ、叶星て言うだ。ウーて呼んでくれればいいべ」
 地図を作っている最中に、魔物に遭遇してしまったのだと、事情を説明する叶星に、最初はなるほどと頷きはしたものの。
 てっきり、キャラバン移動中に動物を襲われ、仲間と逸れて命辛々一人だけ逃げ延びてきたものだと思い込んでいた辺境の街の皆さんは、後に当人から、荷台一個で己の足で歩いてきたと聞かされ、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする羽目になるのだが……それはさておき。
 先ほどはいきなり術を掛けてすみませんでしたと、一言入れるツァイに、叶星はいいさいいさお陰で助かったからと、人好きのする顔にやわらかい笑みを浮かべていた。
「あ〜、でも、これでやっと一つか〜」
 タブレット端末内に記録できた地図は、西側へ続く道ひとつ分。
 砂漠の各街への安全行路開拓の完遂には、どうやらそれなりに時間が掛かりそうだ。

 きらりと瞬く蒼穹の内側。
 不思議な浮遊感に包まれたここは、アストライアのコア内だ。
 直接話がしたい、というツァイの意図を受け、二つある片方へと、彼を招き入れたのである。
『あたしに聞きたいことってなぁに?』
 コア内に響く、若い女性の声。飛行物然とした外見と……パートナーのゼノムの人となりもあって、男らしい人格を想像していたツァイは、正直少し驚いた。
 とまれ、失礼は承知と前置きしつつ彼が尋ねたのは、『機動生命体は何を食べて動いているのか』『何で出来ているのか』。奇しくも、別の場所、別の時間。食事に関する疑問を利根川るりが大長老に聞いていたりするのだが……当人らがそれを知る由もない。
『食べるっていうのは、あたしたちには良く判らないの。エネルギーはじっとしてると溜まっていくものだから』
「じっとしているだけでいいのですか」
 先の魔物退治で見た……あれ程の強力な魔術を行使する力が、じっとしているだけで得られるとは、なんと便利で不思議な身体だろうか。
『身体が何で出来てるのか、かあ。金属よ、っていうのじゃだめかな?』
 人間が生まれた時に得た自身の肉体に対し、何で出来ているかと深慮を巡らせることが無い――皆無ではないにせよ、それは少数派であろう――のと同様に、機動生命体も改めて考え分析を行ってみない事には、自身の構成物がどういうものか知ることはできないようだった。
 無敵と呼ばれる装甲を持つ、意志を持った機械。
 しかし、機動生命体というその名の通り、彼らの我が身に対する認識は、人間のような生命体と然程変わらないのかも知れない。
 無論、人間に例外がいるように、別の個体に尋ねれば、また異なった答えが返ってくる事もあるはずだ。或いは、滞在地にあるという研究機関なら、当人たちよりも詳しい異星人の研究者が居たりもするのかも……
 そして、その滞在地でまさに無敵装甲の解析が行われたことを、ツァイが知るのはいつになるのか……

 さて一方。
『ねーねー、お留守番のおみやげは?』
「そういやそんな事言ってたな」
 そこでふと、ゼノムはシェハーダタを発つ直前の、アストライアとの遣り取りを思い出した。
『あの子可愛いなあ……』
 そう呟くアストライアの蒼穹のコアに映り込むのは……銀細工の髪飾りを付け、涼しげなワンピースに日除けの藤色のショールを羽織った若い娘が、霧のヴェールに護られた喫茶店のテラス席で、冷たい飲み物と焼き菓子で休息を取っている姿。
『あたしもあんなふうに、おしゃれしたい』
 溜息が聞こえて来そうな彼女の言葉に、機動生命体にも年頃の女の子ように悩む者も居るのだなと、ゼノムは感心と益々の好奇心を覚えたものだ。
 と、同時に。
 アストライアに対して明確な仲間意識を持っているゼノムは、仲間として彼女の願いを叶えてやろう、叶えてやらねばなるまいと、そんな思いも抱いたのだった。
「なあ。ライアが付けられるような、服とか、装飾品とか、そういうのは造れないか?」
「ライアさんのですか」
 間近に佇む三角形の機影を見遣り、俄に黙り込むツァイ。何しろ、この大きさ。対応する服飾品を果たして造れるものだろうか。むしろ其処までいくと服飾というより武装か装備かといった代物になる気がする。
「一時的なもので構わないのなら、幻術を使えば実現できそうですけれど」
 その言葉に、「おしゃれが出来るかも知れない!」と希望が見えたか。アストライアのコアが、今まで以上にきらきらと輝いているような、そんな気がする。
 何を考え、何に関心を抱いているのか……これはきっと、その答えの一つ。
(心の中も、僕らとそんなに変わらないのかな?)
 少なくとも、目の前にいる彼女は、年頃の人間の女の子と同じ物に興味を持っている。ツァイにはそう思えた。

 一連の騒動が終わって程なく。
 固めた雪を山盛りにしたテトテトラが、シェハーダタに到着したという精神感応があった。
 その際に、ダークネス――俺の先を越した男として、少なからず意識していたゼノムは、彼の発した言葉に敏感に反応を示した。
『なんだ、殲滅しちまったのか。発生源調べて潰しとこうと思ったんだが』
 魔物が生まれ出る土地が、この大砂漠の何処かにあるというのか?
 ……ならば、やるしかあるまい。
 探し出して、叩き潰す!
 一方、安全な地図の作成を目指す叶星にとっても、そんな最重要危険地域が存在するならば、絶対に地図に記しておく必要がある。
 それに――北の魔物退治の際、発生源と思しき場所から、量は少ないが赤い魔鋼が出たという。
 もしかすると、この辺境……故郷近くにも、知られざる魔鋼鉱脈が眠っている可能性もあるのだろうか? 俄には信じ難いが、魔具職人を志す者として気にならないかといえば嘘になる。
(一先ず、ライフラインの危機は去ったけど……)
 動物や特産品の喪失で、急に困窮してしまった辺境の故郷。
 鉱脈とまでは言わずとも、魔鋼の一つでも見つかれば、新しく動物を買う資金に位はできそうだが……
(どうしたものかな)
 気になること、気になる物。
 悩む者、決意新たにする者……錯綜するそれぞれの思惑を、西へ傾いだ二つの陽光が、ほんのりと赤く照らし出していた。
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