集散
第一節
 惑星ティーリアが史上初めて、機動生命体の来訪と襲撃を受けてから、早数ヶ月。
 唐突にもたらされた、『侵略者』――敵となる、母星勢力に属す機動生命体襲来の報。
 ……否、より正確には、襲来の予兆を感知したとの知らせ。
(たいへんなんだよ)
 あたたかい日が終わって、たたかいの日がやってくる。半ば日課状態でもあったおにもつ運びの最中、襲来を報せる精神感応を受け取って、オリーブグリーンのすごくまるい機体――大長老(だいちょうろう)の中を巡る想い。
 ティーリアの子たちが安心して暮らせるように、なにができるかなあ……おおらかな大長老の中でそれはもうおおいそぎで行われる思考演算。三つ並んだ深緑のコアが逡巡を示すように、幾度も煌く。
 都市の重要機能が、時には、街そのものが、ある日唐突に破壊される……かつて経験した始めての襲撃から、数ヶ月。実際にあの時の光景を目の当たりにした地上人にとっては、まだ数ヶ月。俄に当時を思い出し、慌てふためく住人も少なくはない――のだろう。
 ……どうにも確信に乏しいのは、今、利根川 るり(とねがわ るり)がいるこの街が、都市部から離れていること、そして、来訪者らの為に作られた『滞在地』であり、侵略者に対抗するための人員と物資がもっとも集まり易い場所……惑星ティーリアに措いて最も特殊な環境を有する街だからだ。
 襲撃の報せがあって程なく。
 各都市――特に、世界に名を知られる六つの主要都市と、それらに本部を置く有名機関――への緊急連絡を終えた『機動魔閃護撃士団』は、地上に残っている人員を集めて、敵本隊襲撃前の対策会議を開くこととなった。
 とはいえ、滞在地に残っている全員で、という訳にも行かず。会議報告待ちの団員と所員の一部や、滞在地に居を置く市民勢、物資輸送にやってきて一服していた行商人らは、滞在地唯一の食堂兼酒場に集まって、あれやこれやと意見を戦わせていた。
 いつに無く白熱する会話。何か結論を出すためでもなく、取り止めなく終わりも無い、予想と希望の披露合戦。しかしながら、この騒がしさは、座禅を組んでいる最中のるりには丁度良かった。
 気になる話題に、気になる会話。
 さりとて、それに心揺れぬよう努め、規則的に繰り返す深呼吸。
 閉じた瞼に隠れる、ぱっちりとした紫の瞳。今は暗がりだけが見える視界の中、ナハリ武術館門下生として教わってきた精神統一の鍛錬を心中で復唱し、集中力を高め……
 ……時折、思い出したように沸いてくる、美味しいおにぎりの作り方。
(今晩の研究所への差し入れおにぎりの具は何にし……はっ。いけない)
 そんな、夕食の献立に悩む料理人宜しく過ぎる雑念を振り払いつつ、るりは黙々と座禅を組み続ける。
 ……尚、当人が好きな具は明太子マヨネーズらしい。

 そうして、邪念と瞑想の狭間でるりが一人戦っている一方。
 滞在地の東側、機動生命体の停泊地として使われている荒野部に、大長老すらもが若干小さく見えてしまう程の巨躯が、鎮座していた。
 陽光を眩く弾く白銀の装甲。全体的にスレンダーな輪郭の中にあって、機体後半部から広がる二つのウイングは、特徴的な機影を作り出す。その造形は、異星人が使用する『航空機』を彷彿とさせる。他にも、機体上部に甲板状の部位を持つなど、機動生命体としては至極珍しい形状をした戦艦――ディアナ・ルーレティアだ。
 会議開催の報を聞き、考え事をしながら戻ってきた大長老。荒野部に向けて高度を落とす深緑の三つのコアに、西方大陸山脈と、麓にこぢんまりと纏まった街並と……何か緊張でもしているのか、何故か妙にそわそわふらふらした様子の、ディアナの姿が映り込む。
 ……全長700mもある巨躯がふらふらすると、それだけで結構な風が起きるもの。地面擦れ擦れに停泊中のディアナ周囲は、撒き上がった砂煙で薄っすらと濁り始めていた。
『お帰りなさいませ!』
 兎角、大長老を見つけたディアナは、甲板部に鎮座する蒼緑色(エメラルドグリーン)のコア二つをそれはもうきらきら。機体前方先端に据えられた女神を模した半透明の像までもが、彼女の心境を表すかのように、陽光を浴びて蒼い光を蓄えている。
 ――恐らくは史上初、人類の手によって生み出された機動生命体『くり』。その愛らしい振る舞いを見てからというもの、ディアナの心は掌サイズのちっちゃな同胞にぞっこんだった。初めてくりを見た際の、彼女の取り乱した様子――全長700mでの身悶え大回転による二次被害――は、目撃者の間での語り草である。尚、主な被害内容は、洗濯物大乱舞・積載資材崩壊・牽引動物大パニックの三本である。
 そして、くりに『意識』を伝播した、いわば片親ともいえる大長老にディアナの興味が向かうのも、自然な思考の流れだったといえよう。
 そんな訳で始めの頃は、お近づきになりたい余りなディアナの興奮も相俟って、のんびりな大長老はおぼふ連打で話を聴く一方になったりもしたものだ。だが、そんな大長老のおおらかな所が、くりと重なって見えたのか、
『このおおらかさがくりさんの愛らしさを育んだのですね!』
 と、感動すら覚えている様子だった。
 それもそのはず、くりとの遭遇で新たに、かつ、密かに心に生まれた『目標』を思えば、くりの可愛らしさの秘訣、その一端を垣間見ることが出来たのは、ディアナにとって本当に感激に値する出来事だったのだ。
 とまれ、始めの頃はそんな具合で、興奮冷め遣らぬとばかり、少々ペースが合わない事もあったが、ディアナは元来は大人しい性質の持ち主である。たまにこうして、憧れの先輩に廊下で出会った新入生のようにそわそわした仕草を見せたり、世話焼きが高じて当時のような遣り取りに発展することも無くは無いが……少なくとも、落ち着いて話が出来るくらいの余裕は取り戻している。
『ただいまなんだよ』
 お迎え有難うの念も込めてそう返しながら、ちょっぴり砂煙舞う大地へと着地する大長老。
『いい人見つかったのかな?』
『今、担当の方が探してくださっています』
 此処で言う『いい人』とは、パートナーのことである。
 極力、戦うことは避けたいディアナ。しかしながら、平和主義者は平和主義者なりに、迎撃や地上を守る方法を考えてもいた。
 色々と、思い付くことはある。だが、自分だけで――戦う為に作られたこの大きな体躯一つきりで出来ることは、余り多くない。
 その為にも、新しいパートナーを。思い、『機動魔閃護撃士団』に仲介を頼む事にしたのは……侵略者襲来の凶報を知ってから間もなく。つい、小一時間前の事――

 ……侵略者があれだけ派手なことをやらかした手前、『反来訪者』を目的とした抗議行動の一つ二つは、起きて当然と覚悟をしたものだが。
 惑星を代表するといって過言ではない六大都市の速やかな来訪者受け入れ宣言、その後の復旧活動と惑星文化への多大な技術的恩恵、協力的な地上人の精力的活動の甲斐あってか、少なくとも、表立って――行きつけの酒場やら飯屋で、皆して来訪者の愚痴で盛り上がるといった、勢い任せの叛意なら兎も角――大きな抗議が起きたという話は、現在までの所耳にしていない。
 ……日常的に生命を脅かす『魔物』という敵性存在のせいで、襲われること自体にある程度の耐性があるからなのか。
 魔術文明における妙な常識、『こういう術が掛かってればこうなって当然』……原因と結果の因果関係を深く考える習慣が余りない為に、『そういうものなんだな』とでも思われているのか。
 やはり、何か、違和感というのか、解せない部分を微妙に感じはするものの。
 それが『来訪者』たる機動生命体と異星人に対して有益に働いて居る分には、放っておいて構わないだろう……個人的に気になる、程度のものにわざわざ突っ込みを入れて問題提起するのは、藪を突いて蛇を出すようなものだ。
 何しろ、襲撃への備えなど、考慮するべき事柄は多い。
 故に、使える物は最大限活用するべし。
 特に……気付いたら何故かそういう事になってしまっていた、『魔鋼研究所所長』だの『機動魔閃護撃士団最高責任者』だのといった仰々しい肩書きは、シャルロルテ=カリスト=アルヴァトロスにとって利用するにはうってつけであった。
 半ば一方的に流れで得た物とはいえ、自ら利用すれば認めた事になってしまうが、そこはそれ。いずれこれらの肩書きを所望する者が現れれば、その時にはさっさと譲ってやればいい。代わりに自分は名誉会長か特別顧問あたりの役職をでっち上げてそこに納まれば、活動に支障は出ないだろう。案外、悪くはなさそうだ。なさそうだが、今の所その構想が実現する目処もなさそうである。
 もっとも、パートナー仲介や、物資関係の管理に関しては既に、所長権限に措いて『専任』を任命して押し付けて、もとい、任せてある為、然程立場は変わらないような気も、したりしなかったり。
(そういえば、あいつがパートナー欲しいって言って来た時だったね)
 不意に脳裏に浮んで来る、小一時間前の出来事――

 ――慌しく会議準備に奔走していた本部内。会議資料として自分用にタブレット端末に用意したデータに再度目を通しつつ、シャルロルテは整った眉を微かに顰める。
 ……やることが多い。
 敵性勢力への対抗手段が急務となる今、責任者だからといって、護撃士団や研究所に与するあらゆる案件に関わっていたのでは効率が悪い。身も持たない。
 かくしてシャルロルテは、団員と所員を若干名呼びつけて、有無を言わさず。
「君、今から仲介責任者。君は物資管理担当。宜しく」
 折れそうに華奢で、高貴ささえ漂う210cmの長身。
 美術館に飾られていてもおかしくは無い程の整った容貌は、その高みから見下ろすように、意図を無言のまま告げていた。『所長自らがする仕事じゃないだろ』、と……
 担当者は、答えるしかなかった。
 『はい』か『イエス』で。
 ……くりを介して、パートナーを所望する大人しく女性的な雰囲気の声が聞こえて来たのは、その時。
 ディアナからだった。
「できれば、平和主義な方をお願いしたいですが、どなたでもかまいません」
 『機動魔閃護撃士団』の理念が対侵略者組織ということもあり、所属している者のほぼ全てが、有事の際には積極的に戦場へ出る事を希望している。その辺りのことはディアナとしても承知の上。故に、平和主義者という希望は、彼女の言葉通り『できれば』程度の緩いものだ。
 だが。
 希望を聞いた団員と所員は全員一致で、次の瞬間に所長の口から飛び出る言葉を、一言一句違わず脳裏に過ぎらせていた。
「バカじゃないの?」
 大当たり!
 ……と言わんばかりの表情をしている所員一同には目もくれず。
「ほら、初仕事だよ。しっかりやるんだね」
 任命したてほやほやの担当者に言い捨てると、自身は会議に向けての詰めの資料集め。
 ……シャルロルテ個人としては、平和主義の戦艦などと言う、一見矛盾した存在自体には興味が無くもないのだが。何分、時間的猶予があるとは言えない。まぁ、直接手は掛けないが、観察だけはしておこう――

 ――斯様な逡巡を、銀の双眸が幾度か瞬く間に、短く繰り返して後。
 シャルロルテは今まさに眼前で行われている『対策会議』へと、意識を戻した。
 来訪者滞在地に幾つかある宿舎の一つ、機動魔閃護撃士団の『本部』でもある、建物一階部分。間仕切りのない室内には、横長の空間に合わせて凹字に長机が配置され、外周を囲むように椅子が居並ぶ。
 凹字の底面部中央――俗な表現をするならば、いわゆる『お誕生日席』というやつだ――に所長であるシャルロルテが座し、向かって右側面には護撃士団や研究所に籍を置く団員と所員のうち、隊長・班長に当たる立場の者が。左側面には各都市や組織から出向で滞在している騎士や外部職員などが、席に就く。
 そして、凹字の上部に当たるシャルロルテの真正面、机の無い壁面には、此処ではない何処か別の部屋と、そこに居る人物の像が、映し出されていた。
(やる気になればできるんじゃないか)
 端正な面持ちは変えずに、内心で悪態を吐くシャルロルテ。
 ――侵略者襲来の第一報は、滞在地に居る術士らが個人で念話の術を使い、本来の所属団体への伝達を行うことで、各都市や組織へと周知された。
 術の行使による時間差も然程は生まれず、伝達速度自体は申し分無かった。だが、やはり段階を踏んでの意思疎通は面倒だ。術士同士であれば兎も角、異星人と地上人が遠隔地で意思疎通をするのに間に術士を挟まねばならぬというのは、くりが出来る前の機動生命体との伝言ゲーム状態とあまり変わらない。
 大都市の然るべき場所へ行けば、通信魔器による都市間通信を使っての遣り取りは出来る。しかし、今度はそこへ行く手間が掛かる。
「面倒だね。同じ物一式、用意できないかい?」
 そんな所長の鶴の一声に、オルド・カーラ魔術院が動いた。
 かくして、機構都市ツァルベルにある魔術院本部から護撃士団本部へ、虎の子の通信魔器一式が院長以下による気合の転移魔術で以って、急遽、届けられることに。流石にただではなかったが。
 ちなみに、通信魔器配備の際、魔術院本部への働き掛けに大きく貢献した所員は、おはなし装置製作主任になっていたりする……と、これは余談。
 正面画面は六分割されて、各都市代表集団の居る室内がそれぞれ映っている……恐らくは、来訪者訪問直後の都市間会議も、こうやって行われたのだろうと、当時に思いを馳……
「……じっとしてなよ」
「おぼふ」
 隣に用意された席から離れそうになるくりを摘んで引き戻し……もう少し、賢くしたいのだけれどと、今一度に銀の眼差しの裏に過ぎる思考。これはこれで可愛がられているし、口調が変わったりすると残念がる者――大長老とか、ディアナとか――が出そうだし、今後の為にも同じ物を用意しておきたい所だ。暇な時に。
 ……そんなくり増産計画が別の形で、かつ、意外に早く来ようとは、この時のシャルロルテは知る由もない。
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