集散 |
第三節 |
風通りのいい、石組みの壇上。 金色メッシュの入った赤髪と、纏うマントをなびかせて、ロードは今日も声高らかに群集へと呼びかける! 「君の熱き想いで君の手で大切な人を場所を守ろうではないか」 所が変われば人も変わる。 勝手知ったる都市であっても、中心部と郊外ではまた人のありようも様々。 『ロードナイツセブン』や『ロード』の存在は知っていても、本人を一度も見た事が無いという者はまだまだごまんと居る。 加えて、組織知名度の上昇と共に、ロード自らが行う宣伝活動もまた有名となりつつあり、いつしか『ロード演説』と称されるようになっていた沙魅仙の呼びかけが始まると、毎度直ぐに人だかりが出来た。 「その想い、心、志こそ貴い。それこそが『貴志』。そんな君たちの一歩を待っている」 逆手に携えた愛用の銛『鳴海』の底で、地面を叩いて打ち鳴らし。 風向きの変化に体半分を覆うように纏わり付くマントを、片腕で弾いてばさりと翻す。 「共に歩もう志士達よ」 来たれ同志、その足と想いでこちらへ踏み出すのだ――と、腕を差し伸べ相手を促す、演説最後の決めポーズ。同時に、集まった群衆から拍手が起きるのが、勧誘演説の定番となりつつあった。 意気揚々、演説を終えた沙魅仙が壇上を降りてゆく。 最近はオペじいに頼めば、その場にある物だけでマントを風になびかせる事のできる『ちょっと高い場所』をあっという間に作って貰える。お陰で勧誘に使う目立つ場所に事欠かないし、終了後は崩して材料を返せば元通り、自然に優しい即席舞台。 やがて沙魅仙が舞台を降り、止んでいく拍手と、解散し始める群衆。 そんな、減り始めた人垣の中、未だに拍手を続けたまま、俄に歩み寄る浅黒い肌の女が一人。 「感激しちゃったわぁ」 毎回一人二人は演説に感銘を受け、協力を申し出る者がいる。 彼女――ミシルはそれを利用し、群衆の一人を装って自然に接触を図ってきた。 「ロードさんのお話、直接聞いてみたいと思ってたのよぉ。来て良かったわぁ」 会話の端々で抜け目なくロードを讃え、話を聞いていて是非力になりたいと思った……などと、何食わぬ顔で心にも無いことを並べ立て、堂々たる二枚舌で沙魅仙からの心証を上昇させようと試みる。 沙魅仙は背筋を伸ばし実に誇らしげに、再びにマントを翻して、先程演説の最後に見せたあのポーズで告げる。 「ロードナイツは志士の来訪をいつでも待っている。志を共にするならば、貴君を『貴志』として歓迎しよう!」 感激したように、差し伸べられた沙魅仙の手を取るミシル。真っ当に褒められると照れ隠しに怒る沙魅仙が妙に御機嫌なのを見るに、効果は覿面のようである。 だが、執事カニスチャンには、あからさまな警戒の色が浮ぶ。どうやら、相手が絞り屋ミシルだと感付いたらしい。 即座に沙魅仙への耳打で、危険性を訴えるカニスチャン。 ……吹き込まれる数々の悪い噂に、沙魅仙の眉が判り易く跳ねた。 「貴公……まさか良からぬ企てをしているのか!?」 「あらぁ。何を聞いたのかしらぁ」 警戒の色を強める沙魅仙を相手に、悪びれるでもなく、ミシルは今までと同じ調子で返す。 「知ってるわよぉ、ロードさん。もっとおっきなことやろうって考えてるんでしょぉ?」 切磋琢磨も悪くはない。だが、今こそ力を合わせる時! と、一致団結を理念に掲げての呼び掛けは、市民には好意的に迎えられるものの、損得勘定に五月蝿い商人勢からの助力は、やはり芳しいとは言えなかった。碧京での魔鋼獲得交渉が他商人との折衝もあって殊の外に難航したのは、記憶に新しい所だ。 ……そして、彼女はそれこそが、付け入る隙と見た。 「アタシねぇ、商工会なんかには、結構顔が利くのよぉ。『貴志』じゃなくてもいいわぁ。『雇って』みなぁい?」 罠だ! と、更に警戒を強めるカニスチャン。 表向きには、仲間にすればお得ですよと聞こえるが。どんな形態であれ、ロードナイツに関わらせれば、利益はこの女が全部持っていってしまうだろう。そして、『顔が利く』という物言いは、敵に回すと現在抱いている構想が完全に頓挫すると、暗に脅しているに違いなかった。 いかん、詰んでる……内心穏やかではない執事。 だが、沙魅仙はそこまでの深読みはしていなかったらしい。 「悪い噂は気に掛かるが、力にならんとするその志もまた、無碍にはできん……」 なびくマントの動きが止まったことすら忘れ、悩む。 悩んで、やがて。 沙魅仙はうむ、と一人頷いて、手にした鳴海を打ち鳴らし、尊大に告げた。 「貴公が私と共に歩むに相応しいか否か、天に問おうではないか!」 そして、彼は。 着衣の懐から、『さいころ』を取り出した。 「双六で勝負だ!」 『わか。それはフラグというものですぞ』 間髪入れず届く、オペじいからの精神感応。 どうやら、生まれながらのロードは、格が違うようである。 滞在地の東側。広がる荒野部。 刻一刻、時は進む。惑星ティーリアを照らす二つの青み掛かった太陽が、西側に聳える山脈の天辺を目指し、頭上を通り過ぎようとしている。 もうじき午後になろうかというこの時間、いつもであれば午前の訓練から戻ってきた沢山の機動生命体が、午後に備えて東側荒野で休息する姿を見る事ができるのだが。 今日ばかりは。朝に訓練で上空へ向かってそのまま、防衛の為に宇宙に留まっている者が多く、荒野部の様子は普段に比べて随分と味気ない。 大型の敵が現れるにはまだ少し時間がある、と伝え聞いてはいるものの。最初の襲撃情報が出てからはもう数時間。小さな相手との戦いは既に始まっているのだろうか…… そんな、広々としつつも心持ち物足りない景色の中、佇むオリーブグリーンのすごくまるい機影は、言わずもがなの大長老。他の機動生命体――特に、ディアナのような最大級の戦艦など――と一緒に居る時は、中くらいに見えてしまう大長老の機影も、今日はいつにも増してすごくまるくてすごくおおきい。当然、450mの機体が伸び縮みしている訳ではなく、比較対象の有無による錯覚だが、中々不思議なものである。 そんな、大長老の周囲をぐるぐると。えんじ色の髪と、まるいイヤリングを揺らし、走る人影。 巡ること二周分。準備運動代わりの走り込みを終えたるりは、少し緩んだ髪留めを結び直すと、大長老に向かってお辞儀を一つ。 「それではおささん、宜しくお願いします!」 『うん、お手伝いもりもりするからね。いっしょにがんばろうね!』 「はい!」 いつも見せているにこにこした表情で大きな頷きを返し、るりは一呼吸と共に――何も無い東の荒野へ向けて、身構える。 その身体が、俄にひらりと、翻った。 軸足で身を支え、振り上げる利き足。上半身に捻りを加え、鋭く空を薙いだ爪先……を追うように、空中に薄っすらと浮かび上がる、確かな軌跡。そして、軌跡は瞬き一つ程の刹那の間に衝撃派へと変わり、るりが見据えた荒野の先へと押し出され、やがて融けるように消えていく。 間を置かず。るりは振り上げた利き足を地に着ける事無く、今度は爪先でなく足の裏を使って空気を押し出すように、かつ、連続で素早い蹴りを繰り出した。 一つ、また一つ。蹴り出した足が何も無いはずの空気を踏み付ける感覚と共に、息も付かせぬ速度でるりの足裏から弾き出されていくのは……横から見れば半円状、傘のように緩やかな弧を描く、まるい衝撃派! その様子に、大長老の中に不意に広がる『なんかいいよね』。 『まるいこいっぱい出てる! すごいねるりさん!』 「はい、まるくなるように、練習しました」 精神感応を介し伝わってくる『なんかいいよね』に、益々にこにこと表情を綻ばせるるり。 しかし、ここまでは、いつも通り……型や動きは異なれど、閃士であれば誰しもが使うことの出来る、挙動と共に現れる超常現象『特殊効果』。 鍛錬の甲斐もあり、繰り出す形や速度は、ある程度自由に操作できるようになった。 本題はここから。笑顔はそのまま、深呼吸を挟み、るりが気を引き締める。 「今のを、おささんの力を借りて、『必殺技』にしてみます」 『おさもじょうずに出来るように、がんばるからね』 繋がる心に伝う、るりのちょっぴりの緊張。それを気遣うように大長老から返ってくるほんわかとした優しさ。違いなく気持ちが一つになる感覚に意を決し、るりは再び荒野へ足を振り上げた。 「行きますっ」 先程と殆ど同じ挙動で、空へと繰り出される連続蹴り。 だが、今度は。 傍らに停泊する大長老から伸びるサブアームが、るりの蹴りとそっくり同じ動きで、連続で空を叩く! すると、サブアーム先端から、るりのものよりも何十倍もおおきくてすごくまるい、薄いみかん色をした衝撃派の膜が、青い空に広がった。 みかん色――大長老の噴炎と同じ色、即ち、機体が蓄えているエネルギーそのものが発光する際に得る色らしい――の膜は、滞在地を護るかのように暫く空にふわふわと浮んでいたが、次第に力を失い色褪せて、やがて見えなくなった。 その間、数分程。決して長いとは言えない時間だったが。 二人はみかん色が完全に見えなくなるまで、初めての『必殺技』の顛末を見届け、そして。 「やややややりましたー! できましたよおささん!」 上手く行き過ぎて逆に動揺したのか。ちょっぴり挙動不審気味に、飛び上がって喜ぶるり。そこに再び伝わってくる、大長老のなんかいいよね。 『やったね! まるいこばりやー、大成功なんだよ!』 「あとは、緑色になれば完璧ですね」 『練習で緑のまるいこにできたら、なんかいいよね』 その言葉に大きく頷きを返し、にこにこと見上げる大長老のすごくまるい機影。 ……ふと、ぱっちりとした紫の眼に映る、幾つかの欠損。 無敵装甲を『おすそわけ』した名残だ。 無敵装甲の転用については、様々な期待が持たれているが……一番の利用目的は、重要設備強化や、会議で構想として提示された避難シェルター外壁などの、建造物への利用。同じ『防御』でも、個人より都市単位を優先するのは、一般市民の命運を預かる各都市運営部の判断として当然といえよう。 個人装備への転用は大長老本人も、そしてまた、今は遥か南方大陸辺境にて日々の脅威と戦っている職人、ツァイ・ヴァージライも構想として抱く所ではあるが……魔武器職人の匠の業と、その本質すら解き明かすかも知れない天上の民の解析能力。今は知る由もない互いの思惑が交わる日は、果たして訪れるのや否や。 いずれにしても、いつも大長老を近くに感じて居たい、そんな思いもあって、もし出来るなら大長老の装甲で籠手か何か、身につけられる装備を作れたら……そんなるりの希望は、叶うにしてもまだ随分と先の事になりそうだ。 |