集散 |
第五節 |
……かくして、ディアナが世界二週目を始めた頃。 麗しの碧京へと辿り着いた沙魅仙は、幾度目にしても飽きぬ東方大陸特有の異国情緒を、存分に堪能していた。 大陸西側の港にオペじいを待たせ、自身はその足で、街から街へ。 自然との調和重んじる、東方大陸の文化。その安らぎと安らぎと癒しに溢れる風土は、沙魅仙の心を何処までも穏やかにしてくれる。 「と共に此処の文化にわたしはココロオドル。興奮も冷め遣らぬ」 街道すらも整地は最小限。山越えの最中、木陰に溶け込むようにある休憩処――宿泊も出来るという茶屋で寛ぎながら、その外装や内装をくまなく眺め見ては、感嘆の息を溢す。 「この洗練された意匠はどうだ。悔しいが今までの私は浅かったと言わざるをえぬ」 終いには、出される茶菓子の形状にまで感動しまくる始末。 とはいえ、実際のところ東方大陸自体が大陸文化をあえて売りにしている面もあり、食事処や宿泊処では、外来向けの凝った作りの家具や食器で客をもてなす事が多かった。 外来の多い碧京近郊は特に、そういった『文化推し』の傾向が強めに見られるが……首都から離れ地方へ向かえば、実生活に溶け込んだ、より素朴でより色濃い、ありのまま飾らない東方大陸文化を堪能することが出来た。 雨に流れた山肌、剥き出しになった岩のくぼみを利用して作られた素朴な休憩処最上階、三階席の窓際から景色を眺めれば、目に飛び込むのは青々と茂る立派な木々。漂う大自然の香りに、沙魅仙は思わず身を震わせる。 「これぞ、ロードに相応しい」 「……ホント、なんでこんなのでやってけるのかしらぁ」 半眼で嘆息を吐きつつ、お気に入りの陶器を手にご満悦の沙魅仙を見遣るミシル。 此処へ来る途中、「素晴らしい!」と止め処なく溢れる感動の赴くまま、迷わず吸い込まれるように立ち寄った店で、沙魅仙はその煙を吐く入れ物――『香炉』に一目惚れしてしまった。 まるくぽってりとした流線型のシルエット、香を入れる為に開けられた縦長の穴、滑り止めも兼ねて側面に付けられた小さな出っ張り、底面に付けられた短い足……何処かしらペンギンを彷彿とするその造形が、沙魅仙の美的感覚にびびっと電撃を走らせたようである。 ……などと、双六に興じていたり、異国情緒に感動する余りリラックスモード全開だったりと、一見心配になっても来る所だが……このロード、目の付け所と行動力は悪くない。善意と熱意を主体に推し進めようとするのは、生粋の商人からすれば詰めが甘いと思わざるを得ないが……だからこそ、彼の元に人が集まっているのだと考えれば、そこは美徳と考えるべきであろう。 なお、ロードナイツセブンの存亡、もとい、ミシルの入隊を賭けた双六勝負は、オペじいの読みどおり乱立したフラグを華麗に回収する結果となった。だが、オペじいとカニスチャンの善戦もあって、彼女の『取り分』は思ったよりは少なく済んだようである。 『何にせよ、見事に鴨にされたと言わざるを得ませぬぞ』 「カモではない、コウテイペンギンだ」 ……なんて遣り取りがあったというが、真相は当人のみぞ知る。 一方。多忙を極める魔鋼研究所。 お裾分けの対価に目出度くオリーブグリーンの無敵装甲を装着したくりに、大長老はハイパーなんかいいよね。少なくとも対衝撃性能はばっちりだ! そんなリニューアル・くりを傍らに、研究所の一室では『量産型くり』の製作が大詰めを迎えていた。 量産型ということでくりとは色を変え、黒いとげとげ姿の…… 「くりと見分けがつくように、『うに』とかがいいと思うんだよ」 「……名前は何でも構わないけどさ」 「うに。りょうさん。くり。せんぱい」 「君は自分で喋れるだろ。バカじゃないの?」 組み上がったばかりの量産型から、テストも兼ねて聞こえてきた大長老の声……を真似して、自分で喋らずわざわざうにを介して発声するくりに、呆れた視線を投げるシャルロルテ。まぁでも、今のでうにくり間通信も問題ないと判ったのだから良しとしておこう。 それにしても……『おはなし装置』については、設計図通りのものを巨大化して機動生命体の外装に装置出来るものにするか、少し設計を変えてコア内部取り込み型への改良を行うか……等々と構想はしていたのだが、当人らへの適用よりも、量産による自律型おはなし装置増産の目処が先に実現範囲に入るとは。 ――件の対策会議において、侵略者による直接攻撃もだが、撃墜などで落下した機動生命体による二次被害の懸念も焦点となった。丸ごと落ちてくるのは無論、海に落ちれば津波が起きるだろうし、墜落の衝撃で機体が粉微塵になる大爆発を起こされようものなら、余波だけでもかなりの威力となりうる。 この『うに』が各地に配備されれば、精神感応による時間差のない襲撃速報、墜落地点予測なども実現の目処が立つ。住人の避難シェルターへの誘導など、被害軽減への迅速な対応も可能になるはずだ。更には、るりが言った『監視用』を上空に配備できれば、一層に索敵精度を増し、都市単位での速報など、効率のよい防衛態勢が取れるようになるだろう。 念話魔術の能力次第で通信距離が変わるために、大都市ですら十分な通信の出来る施設が限られている現状、強固な通信体制の確立は繋がるのは、大きな成果と言って過言でない。 ……ところでそういえば。 そのるりはどうしたのだろう。 作業を続けている研究員を気遣って、ついさっきまで、食事の準備や仮眠用毛布の配達など、甲斐甲斐しく世話を焼いていたような気がするのだが。 「おにぎるの研究しすぎて、倒れちゃったんだよ」 「……は? おにぎりで? バカじゃないの?」 しかも、倒れた原因は『空腹』。作り過ぎによる疲労ではなく、製作に没頭して自分の食事を忘れたかららしい。それを聞いたシャルロルテがもう一回「バカじゃないの?」を発したのは言うまでも無い。 ちなみに、大長老が『おにぎり』を『おにぎる』と表現するのは、間違えて憶えているからでなく、「かわいくてなんかいいよね」という薄っすらとした感情に基づいてのものである。 で、あるからして。 「おにぎり。おにぎる。……おにぎる!」 「なんでそこを訂正するんだよ。逆だろ。バカじゃないの」 やっぱり気に入ってしまったくりに、即行で反応せざるを得ない所長であった…… 「で、さっきの話なんだけどぉ」 不意に掛けられた言葉に、夢見心地に意識を自然と一体化させていた沙魅仙が、我に帰って咳払いを一つ。 「き、聞いていたぞ。ちゃんと。うむ、続けてくれ」 そんな彼らが話しているのは、沙魅仙が打ち出した『ワールドマーケット』の構想について。 目指すのは各地の特産品を売買するバザー。フリースタイルの個人売買によって、交流を促し、掘り出し物の発掘に繋げ、都市物流の過不足調査と供給に活かそう、という試みである。 「これねぇ……そぉねぇ、アタシだったらぁ、全然関係ないとこでの開催を考えるわぁ」 「ほう、というと?」 「誰だって『自分の庭』で好き勝手されるのは、嫌なのよぉ。碧京なんか特に、でしょぉ?」 ミシルの言に、むむ、と腕を組み、少年のような童顔な面持ちで精一杯、眉間に皺を寄せて唸る沙魅仙。その脳裏には、魔鋼入手の交渉で四苦八苦、そして、その危機を何とか乗り越えた経験が喚び起こされる。 だが、だからこそ。独特な流通形態、商人らとの水面下での衝突……それらの経験があってこそ、沙魅仙としてはフリースタイルバザーの着想を得、ワールドマーケットを実現したいと想いを抱く切っ掛けとなった、ともいえる。 「無名の団体がバザーやるなんて言ったってぇ、碌に手伝いも参加もいないでしょうけどぉ。『ロードナイツセブン』っておっきな看板掲げて、新しい土地でバザー開けばぁ、新しい名所の誕生ってわけよぉ」 商人らと利益競争――切磋琢磨と称すれば、一概に悪い物でもないのだが――がしたいわけではなく、彼らの利害を出来うる限り考慮して慎重に折衝し、『協力』を取り付ける形で、バザーの『許可』を得たい……と考えていただけに、協力どころか新興勢力として対立しかねないミシルのこの提案には、難しい顔をせざるを得ない。 「商人の一人たる貴公が報酬の増加を望むのは判らぬでもないが……」 「別の形で協力させればいいのよぉ。バザー出品者の募集とかぁ、開催の宣伝とかぁ、誘致協力もねぇ。一番問題なのは『足』の確保なんだけどぉ……」 独自開催での、最大のデメリット。 それは、交通の便だと、彼女は言う。 しがらみの無い土地であるということは、裏を返せば元々人が余り集まらない・立ち寄らない場所ともいえる。地形のせいでそもそも人の往来が困難であるとか、居住するに旨みが無さ過ぎて近場の条件のいい土地に人が集まってしまったとか、理由は場所により様々ではあるが。 「理想を言えばぁ、輸送路確保もぜーんぶ独自でやっちゃいたいのよねぇ。どんなに無関係な土地選んでも、陸路と海路だと近い街が美味しい思いするでしょぉ?」 そんな話に耳を傾ける沙魅仙の脳裏に過ぎるのは、以前に大長老から聞いた『空の定期便』の話。 各地を直通で繋ぐ交通手段が得られるなら、無関係な土地での開催も悪くは無い。それに、大長老自身が地上運輸事業の円滑化に色々と寄与していた。より良い航路の提案や、運行ダイアグラム演算は、今後にも活かせる重要な助力といえよう。 思案にまた一層、小麦色の童顔が難しい表情を浮かべる。お気に入りの香炉と見つめ合うように、机に置かれた流線型を映す黒い瞳……それにしても、見事だ。今度はこの香炉に合う香を見つけねば。そう、言うなれば『ロードの香り』! そうか、独自開発という手も……! 「げふんげふん」 見つめる余りに脱線した思考を咳払いで呼び戻し、沙魅仙は「しかし……」と話を続ける。 「都市圏から離れたのでは、現地の過不足調査が難しくなるのではないか?」 「現地開催に拘るならぁ……許可でもいいけどぉ、現地の団体に『委託』って形で華を持たせてやるのが手っ取り早いかしらぁ」 「ふむ、ノウハウの有る者に任せ、迅速な実現を図るのだな」 「どの道ぃ、許可しろって交渉しても中核に関与させろって言うでしょうしねぇ」 自分なら絶対そうする、と言った口振りである。 率先してロードナイツの懐……中核どころか核のど真ん中にに食らいついて来た時点で、言わずもがなだが。 「取り分減るしぃ、アタシは気が進まないけどぉ……ロードさん自身は、儲けたいわけじゃないんでしょぉ?」 「いかにも」 胸を張り、大きく頷いて見せる沙魅仙。掘り出し物が見つかれば、という気持ちはあるが、そこはそれ。情報の取得と、交流の促進による団結の促進が先で、掘り出し物発掘はそれに伴う目標の一つに過ぎない。副産物として見つかれば御の字といった所だ。 「バザー開催自体を餌にすれば、多分食いつくわよぉ。頑張れば頑張るだけ儲かるしぃ、率先して盛り上げてくれるんじゃないかしらぁ」 なんだ、いいこと尽くめではないか。 ……と、聞いている分には思えてくるのだが。 取り分が減る、というミシル個人の事情の他に、やはりこれにもデメリットがある。 委託して任せてしまうという性質上、本当に重要な……不足物資の情報など、儲かりそうな話を独占秘匿し、出し渋りによる物価高騰を狙うなど、商戦が激化する恐れもあるのだ。市場操作の為に知らない所で不足物資を更に不足させられたのでは、全く以って本末転倒である。 ぐぬぬ、と唸る沙魅仙の眉間の皺が、更に深くなってゆく。 「商人とは聞きしに勝る曲者だな……」 「どっちにしろ、ここ――碧京が一番、特殊で面倒だからぁ。折角来たんだし、根回しの下地位は作っといてあげるわぁ」 ――あの所長の言う実績ってのにも丁度いいし。 という、思惑は微塵も見せず。 「とにかく、もう少し詰めないと駄目ねぇ。一箇所で派手にやるのか、小規模で複数同時か、順番か。一回で終わりにするのか、何回もやるのか、一回始めたらずーっとやりっぱなしにするのか……組み合わせでも色々違ってくるわよぉ」 「より具体的な内容を提示し、理解を求めつつ、互いに譲歩や協力する点を見出さねばならん、ということか……」 相変わらず、難しい表情で唸っている沙魅仙の目の前。 考え過ぎで頭から煙が出た、とでも言わぬばかりに。 お気に入りの香炉もまた、芳しく白い細い煙の帯を、頭から立ち上らせていた。 |