集散
第四節
 そんなこんなで、編み出した必殺技にるりが手応えを感じていた頃。
 魔鋼研究所では、無敵装甲の解析に先立って、艦長ことエリーヌ・ゴシュガンクが残して置いた過去結果の検証が行われている所だった。
 タブレット端末から、内容が閲覧し易いようにと、空間投影される解析データ――どう見ても謎の文字配列と図形にしか見えないが、天上の民以外にこれは理解できるのだろうか。
「要素は過去解析から推測できんことも無いんだがね」
 今は握り拳一個分になっている艶消しのオリーブグリーンを前に、難しい顔でごちる艦長。
 その手元が端末を操作し、投影される画面が別のものに切り替わる。
「試行してみんことにはな。推測の域を出ん」
「……試行って、これ……バカじゃないの?」
 輪を掛けて険しい表情を浮かべるシャルロルテを始めとして、所員もこぞって見遣る画面の表示。
 そこには、棘だか針だかという程に鋭く聳える、棒グラフが映し出されている。
 計算で弾き出された、精製に必要な出力だ。
 隣に参考用として表示した、戦艦一機が保有する総エネルギー量平均の棒が、棒にすらなっていない。その余りのぺたんこっぷりは、角度によっては汚れと見紛う物悲しさである。
 余りの酷さに。
「バカじゃないの?」
 もう一回言った。
 出力さえ確保できれば、機動生命体が行う物質精製の要領で、精製の可能性が拓けてきそうだが……実際、彼らの母星圏では、エネルギーから物質を作り、機動生命体を生み出しているのだろうし。
 だが、その肝心の必要出力が桁違い過ぎる。
 母星圏で惑星が丸々一つ機動生命体生産に使われているというのは、ひょっとすると無敵装甲精製の為なのか……などと、脳裏を掠める推測。何にせよ、そんな惑星規模の設備を今から用意する余裕はない。
 ならばと、別のアプローチを考え始める、研究者一同。
 例えば。本来の製造法である、エネルギーからの直接精製ではなく、既に物質化した何かから合金を精製する要領で、段階を踏んで無敵装甲を生み出すことはできないのか?
 恐らく、直接精製よりは、よっぽど実現精度は高いだろう。
 ……だが、簡易計算で弾き出された結果に、またも曇る一同の表情。
 実現可能と推測される出力で想定するに、設備は小規模で済むが、合成回数が馬鹿のような桁に跳ね上がっていた。しかも、想定出力を基礎にして最終的に出来上がる量が……なんか、せつない。
 実証実験ならこれでいいかも知れないが、これでは実用化には時間が掛かり過ぎる。
 ただ、最終段階である無敵装甲には至らずとも、中途の段階で精製される合成物に十分な強度が見込めれば、それを防衛用建材として利用するのは有効な手段かも知れない。
「仕方ないね、現物確保は上の連中に頑張って貰おうか」
 何処か物憂げな雰囲気を漂わせ、おもむろにシャルロルテが手元の端末に指先を添えると、表示されている画面の端に、つい先刻に見た光景――映像記録しておいた、大長老からの無敵装甲お裾分けシーンが、繰り返しで再生され始めた。
「工作艦だけが変成出来る理由については、何か判るかい?」
「さっぱり判らん。まぁ、こっちは解析した記録がないだけだがね」
 精製には馬鹿馬鹿しい量のエネルギーが必要なのに対し、変質は艦種の中で最もエネルギー量の少ない工作艦だけがそれを可能とする。お裾分けシーンを見ても……大長老がすごくまるくておおきい為、工作艦自身の移動やらなにやらで作業開始から終了までの時間はそこそこ掛かったものの、撤去作業における箇所ごとの作業時間は存外に短い。
 何にせよ、無敵装甲と合わせて工作艦の特性そのものに対しても、造詣を深める必要があるということか……
 しかしながら、変質が可能だというのなら。
 無敵装甲を別の物質へ、更に合成なり融合なりさせて、当該の物質を強化することはできないのか。
 所長がその一番の候補として見ていたのは、『魔鋼』。
 くりの試作段階に於いて、魔鋼が機動生命体のコア化するというのは既に周知。魔鋼とコアは極めて近い性質を持っていることが判明している。コア化の為には、魔鋼に対し『意識』に類する要素を付与する必要があるが――今はさて置き。
 もしも、無敵装甲による魔鋼強化が可能ならば、性質の近いコアにも強化を適用することができる。撃たれても壊れない、或いは、非常に耐久度の高いコアを持った機動生命体が誕生するわけだ。
 まさに夢の技術。
 ……なのだがしかし。
 先程から、映し出されている波形が、極端な動きを見せている。
 擬似的に再現したコアと、魔鋼、無敵装甲。仮ではあるが、情報だけで出来たそれぞれの性質を、合体させてみたり分離させたりのシミュレーションを繰り返しているのだが。
 コアに無敵装甲の要素を付与すると、コアをコアたらしめている『意識』の部分が、消えてしまう。 魔鋼に無敵装甲を合わせてからコア化を試みても、『意識』要素が弾かれてしまう。無理矢理付与した場合は、魔鋼がお釈迦になる始末。
 結論。
 コアを無敵化すると機動生命体が死ぬ。
「……駄目だな。計算上は」
「駄目だね。計算上は」
 これで何度目になるのだか。
 まざまざと見せ付けられる結果に、研究所に満ちる溜息。
 さりとて、逆に考えれば。敵勢力側にも、コアが無敵の機動生命体は絶対に存在しない、という確証が取れた訳で、この結果にも一定の意味はあったと言えよう。
「これ以上は割に合わなさそうだね。別のを進めるよ」
 行き詰まった箇所で悩み続けるのは、猶予に乏しい現状、時間の浪費と言わざるを得ない。
 華奢な両肩を揺らして嘆息を溢すと、端末を弄り別の案件を提示するシャルロルテ。
 その白い指先が、こつんと目の前の塊を小突いた。
「全く、何が『無敵』だよ、バカじゃないの? 子供が付けるような名前して」
 物言わぬ物質に文句を言ってもどうしようもないのだが。
 所長のその言い草に、居合わせた所員の何人かは深く頷いていたという。

 見上げれば、延々と広がる、ティーリアの青空。
 その遥か上空に点在する色とりどりの光は、防衛の為に布陣する、同胞らのコアの輝きだろう。
 敵尖兵との交戦は、既に始まっている筈だが……最終防衛線たる惑星上層は、物々しい布陣を除けば、まだ静かなものだ。
 とまれ、喜び勇んでの御出迎えで、無事に新しいパートナーとの合流を果たしたディアナは、白銀の機体底面、三つ目に当たるコアにパートナーを乗せ、街から街へのパトロール飛行中。
 地図を作りたい――という、ディアナの希望を叶えるべく、蒼緑色のコアの中では、パートナーがせっせと地形を覚書き。そんな彼女が見落としをしないようにと考えてか、ディアナは蒼白色の噴炎をとりわけ細く絞って、ゆっくりと空を進む。
 それにしても……何処をどう守ればいいのだろう。
 ざっと惑星を一巡りしただけでも、直ぐに目に付く大きな都市が、五つはある。
 一番大きく目立っているのが、滞在地と同じ西方大陸にある、魔都スフィラストゥール。山脈を背に広がる扇形の都市圏は、他都市の追随を許さぬ広大さ。衛星都市まで加えた範囲はまさに圧巻の一言に尽きる。
 その次に、八角形に配された守護塔と、それが発する八角形の障壁が目を惹く、北東大陸は機構都市ツァルベル。
 巨大な南方大陸、上からだと実に殺風景で味気ない大砂漠が大半を占めている手前、そのほぼ中央に堂々と居座っている砂漠商都シェハーダタは、妙に目に付く。周辺に広がる農耕地帯のせいで、オアシス近辺の街並が浮き上がって見えるせいもあるだろう。
 中央大陸南部の、始まりの街グリンホーンに至っては、街もさること、港湾に構築された大桟橋とそこに集う数多の船舶が目を惹く。
 最後に、同じく中央大陸、山岳都市ダスラン。街並は他都市に比べて華やかさに欠けるが、魔鋼の採掘場である巨大な『穴』がとても目立つ。
 侵略者は、文明の破壊と知的生命体の根絶を目標としている。人がより多い、発達した都市を優先して狙おうとするのは道理。然るに、この五つの都市は真っ先に攻撃対象になるだろうと、直ぐに察しが付く。それくらい、空から見た時の存在感が、他の街より抜きん出ていた。
 知名度で言えばもう一つ、東方大陸・碧京が六大都市に名を連ねているが……東方大陸全体の建築様式が他都市に比べ独特な為、上空から見ても都市その物が自然に紛れて、余り目立たない。
 そして、その独特な文化が、ロードの心を惹き付ける要因であり――

「うむ、助かったぞ、礼を言う」
『お役に立てて何よりです』
 そう、あれはグリンホーンの真上を飛んでいた時だったか。
 丁度、東へ向かって航行中のディアナを見つけた沙魅仙が、碧京へ行くのなら運んではくれまいか……と、オペじいを介して打診したのだった。
 ディアナは戦艦であるため、輸送艦のような艦内空間は存在しない。しかし、飛行機と船舶を合わせたようなその外観には、機動生命体には珍しい『甲板』状の部位が存在する。航行速度を考えると、生身で人が乗るのは無理と言わざるを得ないが、同じ機動生命体なら話は別である。
 かくして、沙魅仙がオペじいに乗り、オペじいがサブアームで甲板部の縁に掴まる、という方法で、ディアナに輸送して貰うことと相成ったのだった。
 ……他、沙魅仙に付属して若干二名程も同道する事になったが、ディアナにはコアが三つあったお陰で、何とか誰も留守番せずに済んだ。
 尚、甲板部から見える前方、機体先端部にディアナが有する蒼い女神像を見た沙魅仙は。
「あの像の位置、あれこそ、ロードが立つに相応しい場所ではないか……!?」
 などと、そこに立ち悠々とマントを棚引かせる己の雄姿に思いを馳せていたが、案の定、オペじいに、絶対吹っ飛ぶから止めておくのが無難だと嗜められた。
 ……そんな一幕を経て。
 沙魅仙一行を碧京へと届けたディアナは、地図作りを続けるべく、更に東へと進路を取る。
 東方大陸を越えての東回り。眼下には青々とした海が広がり、もうじき『奈落の口』を越えようかというところ……はて、海面近くを飛んでいる白い機影は、ジョナサンだろうか。
 やがて進行方向たる東の水平線には、西方大陸が薄っすらと見え始め――世界一周地図作りの旅も、もうじき一区切り。
『それにしても……困りました』
 戦艦として生まれ持った、巨大な体躯。それを活かし、街の盾になって上空で戦おうか……戦術の一つとしてそんな構想を抱いていたディアナは、甲板部の座した二つのコアに上空の様子を、機体底面のコアに地上の様子を映しながら、悩ましげに呟く。
 幾ら戦艦が巨大といえど、我が身一つで全部の街の盾になるのは、流石に至難といえよう。
 それでも、他の都市が一度に全部見渡せるなら、せめて砲撃で応戦か牽制くらいはできるだろうが……
 惑星は、丸いのだ。
 グリンホーン上空からなら、ダスランと……宇宙近くまで上がれば、辛うじてシェハーダタとツァルベルくらいは見えるかも知れないが。
 シェハーダタからはグリンホーンしか見えないし。
 スフィラストゥールに至っては、他の都市は全部見えない。
 何処か一箇所を護れば、他の都市はほぼがら空きになってしまう。敵の位置が把握できない限りは、攻撃のしようがない。もっとも、複数の機体で臨むのであれば、その限りではないが……大半の戦闘向きの機動生命体は上空で防衛線を張っている。現状で使えるのは我が身一つ、と言って過言ではないだろう。盾になることを考えるのならば、敵の動きを先読みする等、何かもう一工夫考える必要があるかも知れない。
 それならばと、ディアナは再び思案を巡らせる。
 もう一つの考え……誰も居ない広い土地に陣取って、全て討ち取ってしまうのはどうだろう。
『候補は、色々ありますね』
 ごちながら、作りたての地図をパートナーと一緒に確認。大都市周囲には、交易の利便からか、小都市や街、村が点在している。全く何も無いところは……
 西方大陸は西側沿岸、魔物だけが住む魔境、『魔の領域』。同大陸、草原地帯を除いた東部荒野の一部も、候補にできそうだ。
 中央大陸と北東大陸が交わって造り出された、惑星最高峰の山岳地帯。
 同じく中央大陸、西部の山岳に口を開ける灼熱の裂け目、『炎の谷』。
 南方大陸、だだっ広さに定評がある、大砂漠各所。
 そして、海――船舶では越えることの出来ない海峡、『奈落の口』とその周辺。
 ……だが。
 『陣取る』に相応しい場所は見つかれど、その構想にもまた欠点があった。
 先述の通り、『侵略者』は文明の破壊と知的生命体の根絶を目標とし、人がより多い発達した都市を優先して狙おうとする。
 それはつまり……文明の気配がない荒野や海に、わざわざ訪れようとはしない。ただ待っているだけでは、来てくれないのだ。
『どうすればいいのでしょう』
 益々困った様子で、呟くディアナ。噴気孔から吐き出される蒼白色の噴炎も、心なしか元気がないように見える。そんな彼女へと、コアの中から届くパートナーの励まし。
『そうですね、一緒に考えれば、きっといい方法が見つかりますよね!』
 励ましに気を取り直し、再度、惑星上空を回遊し始める白銀の機影。
 盾に成るにも、待ち構えるにも、もう一工夫……少し街や地形をもっと詳しく見れば、妙案が浮んで来るかもしれない。
 パートナーと一緒に頭を悩ませながら、ディアナは二度目の世界一周へと、再びティーリアの空を舞う。
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