集散
第六節
 ――延々広がる大砂漠。
 南方大陸を覆う黄土色の大地を舞う、アストライアらしき機影を視界の端に、ディアナは砂漠商都シェハーダタ上空を通過する。
 シェハーダタでは……いや、上空から見た大都市は何処も、なにやら大きな建造物を作っているのが確認できる。
『どこの都市も、何か一生懸命作っておられましたね』
 建造場所は、郊外であったり街中であったりと、都市によっててんでばらばらだったが……守護塔を新しく作っているようにも見えるし、全く別のものであるようにも見えるし……ただ、普通に人が住む為の家ではなさそうだというのだけは、判別ができた。
 何を作っているのだろう、何が出来るのだろう?
 興味有り気に、コア内のパートナーと予想はしてみるものの、結論は出ず。
『きっと、会議で相談していた、対策用の物なのでしょう』
 一先ず、ディアナとパートナーに判ったのは、そこまで。
 ちなみに正解は、『光線狙撃銃』を都市防衛用に巨大化した、製作仮称『光線砲』――の、土台部分だが……本当に『土台』部分しか出来ていない現状、前情報なしでそれだけ見て正解を導き出すのは、流石に無理というもの。
 尚、『光線砲』は未完成の武装。各都市に先行して砲塔枠組みの建築を進めて貰うことで、時間消費を最小限に抑えよう、という対策会議での方針に基づいての分担行動である。内部設計は研究所の『光線銃巨大化企画班』が、所長主導の元、現在必死こいてやっている最中だ。
 ……そこではたと。
 何か閃いたのか、ディアナの蒼緑色のコアが三つが、俄にきらりんと光る。
『敵を引き寄せるには、人がいると思わせれば良いのですよね』
 本当は誰も居なくても、居るように見せかければいいのではないか?
 しかし、『建築』という作業は、こうして見ているだけでも、とても時間が掛かるというのが判る。大都市より更に目立つ何かを、敵が来るよりも早く更地に用意することなんて……できるのだろうか。
 ならばやはり、都市の盾に……
 いやいや、どうにか誘き寄せて……
『困りました』
 尽きない悩みに、幾度目だか零れる呟き。
 ディアナの世界二週目も、もうじき終点が見え始めていた。

 元々、体力には自信がある。
 その自信を裏付けるかのように、るりは空腹による昏倒からも程なく復帰。ナハリ武術館門下生として日々鍛錬に励んできたのは伊達でない。それに……と、るりは首から胸元に提げた小さな巾着袋を、そっと手に取った。袋の中には、大長老と同じ形をした細工品が納められている。お守り代わりの大切な、お気に入りの宝飾だ。
 とはいえ、流石に他の皆に心配されて、今は余裕を持っての食事休憩中。
『がんばるこは偉いこだけど、むりはいけないんだよ』
「ご心配お掛けしてすいません。もう大丈夫です!」
 有事に備え、いつでも出撃できるよう体調を整えておかねば……思い、それに沿って行動していたはずが……今は宇宙に居る勇魚吠を見習って、美味しい夜食を皆さんに! ……とついつい、熱意の赴くままに『美味しいおにぎり研究』に没頭してしまった。
 判っていたはずなのになぁ、と珍しくはにかんだような笑みを浮かべる。しかし、それもほんの一瞬で。るりはまたいつものにこにこした表情に戻ると、好物の明太マヨ味のおにぎりを手に……そういえば、と見上げるぱっちりした紫の瞳に、すごくまるい機影が映り込む。
「おささんや、機動生命体の皆さんは、人間のようなお食事はされないのですか?」
『うちらは、かたちのあるものを吸収する能力は持って無いんだよ』
 奇しくも、別の場所、別の時間に、ツァイがアストライアに対して似たような質問をしていたりするのだが――斯様なことを、お互い知る筈もない。
『じっとしていたら、だんだんエネルギーが溜まっていくんだよ』
「何もしないで居ると満腹になるということでしょうか? 不思議ですね」
 今まで機動生命体の活動を見ていて、薄々感づいてはいたものの。
 使っていないだけで食事できるような機能もあるのでは? と考え、もしも食事が可能なら、大長老や他の機動生命体と集まって、皆で親睦を深めながらの昼食会! ……と、そんな情景を思い描いていただけに、機動生命体が食物摂取能力を持っていないのはやはり残念だ。
『あっ。そういえばね。うちや他のみんなはミサイルとか弾丸とかしか作れないけど、ぼかんのアテレクシアは艦長さんがエネルギーで異星人のみんなのたべものを作れるようにしたんだって。すごいよね!』
「そうなのですか!」
 ではもし、逆のことができれば……!?
 ……と、想像力は働くものの。現実には無くても全く困らない機能。もし、実現するにしても、またまた随分未来の話になってしまいそうである。
 しかしながら、機動生命体のエネルギー充填行為は、飲食と疲労回復のどちらに当たるのだろう。
 どちらでもあり、どちらでもないというのが、正解かも知れないが……
(ほんものの『おしょくじ』って、どんな感じなんだろう)
 食べる機能が備われば、そういった感覚も、判ったりするのだろうか。
 まるいおにぎるを頬張って笑うるりの姿に、不意にそんな事を思う大長老だった。

 量産型くり、通称『うに』。
 かくして目出度く完成した試作二号――『うに一号』は量産型試験機として、機動魔閃護撃士団本部で運用が始まることになった。
 量産型だけに、続く『二号』『三号』の製作も着々と進められており、各都市主要機関へ順次配備されるとのことである。配備順序の決定は、ディアナが地図作りの際に確認した、狙われ易そうな都市順を参考にするらしい。
 意思疎通用なら大長老の提言のように音声変換のみでよかったのだが、上空配備への転用にも備えて、自主思考機能は残す事になった。なお、『うに』のコアは、量産型ということでくりを利用してコア化を行っているのに加え、もう少し賢くしたい……という所長の思惑もあって、同調によるコア化直後から研究員らによる自主的な教育が色々と行われたために、
「固有名詞『うに』。識別番号『一』。活動を開始」
 ……中々に事務職っぽい仕上がりである。
 ちなみに、くりの案件を見るに、魔鋼のコア化に既存の機動生命体コア内で同期を行うと、最初の精神構造は親元の機動生命体に似てくる。もっとも、あくまで似てくるというだけで、学習次第ではこのうにのように異なった性格に成長を遂げるはずだ。
 本当は、まっさらな所に知識や性格を設定してしまうほうが楽なのだろうが……余りにまっさら過ぎる状態は、機動生命体が母星で生み出された瞬間と同じでもあり、敵側の精神感応に反応し、操られる危険性がある。
 それを考えると、仲間の機動生命体のコアで同期を取ってコア化するほうが断然安全なのだ。
(これ……おさ以外だと、初期状態はどうなるんだろう)
 ただ、テトテトラはやめたほうがいいような、そんな気はする。生まれた瞬間から好奇心赴くまま自由奔放に動き回って、行方不明になりそうだ。いや、きっとなる。そして、保護者に回収されるに違いない。
 ……と、不意に。
 そんな動きたてほやほやの『うに』に、上空で迎撃中の防衛線から通信が。
 どうやら、尖兵として交戦した敵戦闘艇の捕獲に成功したらしい。
「戦闘艇ってことは、無敵じゃない方だね」
 指定した場所に大人しく浮いたまま、微動だにしないうに一号を見遣りつつ、流石に少々疲労の翳る面持ちでごちるシャルロルテ。
 しかしながら、機動生命体の持つ金属強度自体は、惑星ティーリアで普遍的に使用されている金属に比べても、かなり優れている。直接防御用ではない、例えば、衝撃派や津波防護用シェルターへの流用などには、十分に期待できる。
 光線砲も凡その設計の目処は立った。あとは素材か……と、随分目減りしてきた魔鋼を見遣る。
 会議でも既に、万一の機動生命体の破損に備え、予備用コアの準備案が提示されており、その為の魔鋼集積を各地で行う概ねの合意が取れている。もっとも、くりのような掌サイズなら兎も角、本来の機動生命体のコアは最小艦種の工作艦でも直径10m近く、体躯の大きな艦種によっては、直径20mを越す巨大なコアを持っている場合もある。形状によってばらつきもあるため、機体とコアの大きさは比例しないが、それでも、直径5m以上のものは最低限想定せねばなるまい。
 言わずもがな、直径5m以上の塊など、一朝一夕に集まる量ではないため、戦闘が激化するまでには……という、猶予を見越した方策として提案されたものだ。
 そも、コア化以外にも、惑星ティーリアの民にとって、魔鋼には様々な使い途がある。魔鋼集積案は悪い話ではない。故に、集積と共に、いつでも採掘・提供できる体制を整えよう、というのが大筋だったのだが……碧京だけは、意見には賛同したものの、主要交易品を大盤振る舞いできないとして魔鋼の提供自体に難色を示し、会議が一部紛糾する場面もあった。
(気持ちは判るんだけどね――)

 ――ロードナイツセブンが、何か大きな事業に乗り出すらしい。
 そんなまことしやかな噂が、巷でちらほらと囁かれ始めている。
 碧京から始まったというそれは、まだ噂の域をでないが……沙魅仙の進めているワールドマーケット構想が具体化し、本格的に動き出せば、碧京の立場もまた変わってくるに違いない。
 その時期が早まるのか、遅くなるのか。
 全てはロードの手腕に掛かっている、といって過言ではないのだろう。

 日の暮れた空。
 甲板機構に据えた二つの蒼緑色に映り込む、夜の帳と星々の光。
 その中に混じって、急激に輝いては直ぐに消える、幾つもの光条と光点。
『本隊の一部が到着したみたいです』
 刻一刻と近づく実戦の時に、ディアナの中では未だ続く思案。
 出撃したままの数多くの同胞。空いたままだった滞在地東の荒野には――ついさっき、スゥイ・ダーグ MAXが素材として置いていった、全長10m程度の戦闘艇が二機。機関砲一門だけのごく単純な構成と、レーザー砲を二門備えた少し上等そうな機体が、それぞれ一機ずつ。
 コアを無くし沈黙した機体の周囲には、既に沢山の研究員が集まっている。
 るりもその中に混じり、初めてみる艦以外の機動生命体を、ぱっちりした瞳でじっくりと見遣る。
「このくらいなら……必殺技やまるいこバリアでなんとか出来る気がします。いえ、して見せます!」
 いよいよ街を、人々を、未来ある子供達を脅威から護る時!
 俄に湧き上がる正義感に、ぐぐっ、と拳を握り、やる気を漲らせるるり。
『避難用のシェルター完成するまで、わるいこが悪さしないようにばりやーできたら、なんかいいよね』
「いいよね。いいよね」
 変わらず優しく響く、大長老の声に。
 新しい外装を身に纏ったくりが、くるくる回りながら、同意するようにそう溢していた。
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