集散
第二節
 吹き込む風に翻り、緩やかに棚引くマント。
 童顔な面持ちに浮ぶ、険しい表情。顰めた赤い眉の間に刻まれた皺が、健康的な小麦色の肌と相俟って、一層濃く見える。
 彼こそは、【ロード】の呼び名もすっかり板に付いてきた、『ロードナイツセブン』代表、沙魅仙(しゃみせん)
 そして、何時にも増して真剣な顔つきで佇む彼の真正面に、鎮座する一機の機動生命体――沙魅仙のパートナーたる、工作艦・オペレートアーム。
 真剣な表情はそのまま、沙魅仙は対峙するオペじいを黒い瞳できりりと見上げ、告げる。
「じい! もう一勝負だ!」
『宜しい。受けて立ちましょうぞ』
 ……些か、妙な遣り取り。
 来るべき侵略者との戦いに備えての模擬戦であれば、練習相手となるのは他の機動生命体。沙魅仙の言にオペじいが『受けて立つ』のはおかしな話。
 二人の言い草の通りに、沙魅仙とオペじいが対戦するとしても。生身の地上人と機動生命体が戦った所で、勝敗は明らか。
 であれば、これほどまでに神妙な顔で、一体何の勝負をしているのか。
 その答えは……不意に、マントを翻し颯爽と歩き始めた沙魅仙、その足元に描かれた沢山の図形と、彼が今まさに手にした『さいころ』が示していた。
「次こそは……あの時、『二マス進む』のコマにさえ停まっていれば、逆転だったものを」
『はてさて、それはどうですかな』
「じいこそ、一マスしか進んでおらぬではないか。今度こそはわたしが……はっ……!?」
 放り投げたさいころの目は六。数字の大きさに意気揚々、歩を進め六つ先のマスに立ち止まる沙魅仙。だが、改めて見遣った足元に記されていたのは……
 『ふりだしに戻る』。
 ……二人は絶賛、双六(すごろく)による真剣勝負の真っ最中であった。
「……何故だ!?」
 我が身の窮状に、沙魅仙がその場に崩れ落ちる。
 ちなみに、現在使用中の双六は、沙魅仙自身が駒になっている事からも判る通りの特大版。地面に直接描いて作った、オペじいことオペレートアームの力作である。
「私はコウテイペンギン、生まれながらのロード。だが、何不自由なく暮らしてきたわけではない、一敗地にまみれる事さえ覚悟はある」
 崩れ落ちた姿勢のまま、拳を握り身を震わせるロード。
「それが、どん底赤貧とは……天は我を見放したのか」
 震える声でようやっと絞り出し、いよいよ、泣き崩れたように地面に臥せってしまう沙魅仙。
 ……いやに大袈裟で芝居掛かった仕草である所までは良しとして。着衣までもがぼろぼろになって居るのは何故だろうか。
『いけませんな。『襤褸を纏えど心は錦』、ロードを称すからには、何時如何なる時にも相応の風格を備えんと奮起するものですぞ』
 そんなオペじいの言葉は、今この場ではパートナーである沙魅仙にしか届かないが……傍らで勝負の行方を見守っていた執事役のカニスチャンが、さも聞こえていたかのように同意の頷きを繰り返しているのを見るに、どうやらオペじいと沙魅仙の双六勝負は沙魅仙の連戦連敗、負ける度にオペじいにたしなめられているようである。
 ……一方で。
 双六に興じる一団から、少し離れた場所に。
 吹き荒ぶ風に煽られ、背景に同化して打ちひしがれる人影があった。
「こ、このアタシが……あんなのに……あんなのに負けてるっていうのぉ……?」
 わなわなと身を震わせていた女はやがて、ロードが気を取り直し立ち上がると同時に、膝を付いて崩れた。
 ――惑星ティーリア住人の大多数が持つ、因果に執着のない思考形態。だが、そんなティーリアに措いても、少しばかり趣きが異なる……科学文明を基本とする異星人に、ある程度近い思考の持ち主達がいる。
 商売人だ。
 中でも、代々続く名のある商家や、一代で財を築いたやり手商人などは、思考を異とする傾向が顕著。商家の中には、『考え方』そのものを家訓や秘訣として伝えていたり、そういった考えが自然と身に付くよう我が子を育てることも珍しくない。
 失敗と成功の原因を『そういうものか』で片付けていたのでは、利益など出るはずが無い。考えてみれば当たり前に聞こえる話だが……食うに困らない程度であれば、『そういうものか』でも案外不自由なくやって行ける事例も多々あり、利益追求志向の商人はティーリアでは間違いなく少数派なのだった。
 それだけに。数々の業績華々しいロードナイツセブン、その【ロード】と呼ばれる頭目ともなれば、とんでもないやり手に違いない。
 ……という、由緒正しい商家の娘ミシル・ミーミットの思惑が木っ端微塵に打ち砕かれる羽目になろうとは、誰に予測できようか。
 余りの衝撃に項垂れる彼女の耳に、遥か遠方、得意の音魔術で増幅した双六上の遣り取りが聞こえてくる。
「じい! もう一勝負……もう一勝負だ!」
 力強く再戦を申し込む沙魅仙の声と、ばさっと翻るマントの音。
 対照的に、見事ながっくりポーズで、置物のように背景に紛れているミシル。
 明日は、どっちだ!

 ……斯様な具合に。
 敵情視察のつもりで、予想外の大打撃を食う羽目になったミシルであるが。
 切っ掛けを作ったのは、シャルロルテであったりする。
 彼女が滞在地付近をうろついていると聞いてから、所員には妙な口約束はしないようにとあらかじめ言い含めてはいたものの……交渉事に関しては、同じティーリア住人同士であればミシルの方が一枚も二枚も上手に違いない。単に追い払うだけで諦める相手でもなさそうだし……仮に、有益な何かをもたらして呉れるのなら、それはそれで『使いで』も無くはない。
 あのペンギン――言わずもがな、沙魅仙の事だ――と競い合って頑張って貰おうか。そんな思惑を潜ませて、「実績を作れたら交渉してあげる」と、碧京(へきけい)への協力交渉を焚き付けてみたのである。
 ……が、ミシルは思惑通り『実績作り』に動き出すような素直な女ではなかった。
 何も、真っ向からやりあうだけが策ではない。
 此処に来て彼女は、ともすれば最大の商売敵となりうるロードナイツセブンを利用してやろうとあっさり方策転換、実情を探り始めたのである。私情より実利優先、ということであろう。
 無論、『所長』の言い草は切っ掛けの一つであり、彼女が方策転換に至る理由は他にもあった。
 一つは、ロードナイツセブンが間口を大きく設けており、、そもそも取り入り易かろうということ。活躍目覚しい上、まだまだ伸び代がある若い組織なのも高得点であろう。
 そして、もう一つ。組織の長である沙魅仙が、最果ての都・碧京……いや、東方大陸の異国情緒をいたく気に入り、碧京に足しげく通っているらしいとの情報を得たからだ。
 シャルロルテの言う『実績』、有望株ロードナイツセブンでの確たる地位、『ロード』からの信頼……交渉窓口を一元管理している碧京と優位な契約を結ぶ事に成功すれば、各種の旨みを一挙に手に入れられると、ミシルはそう踏んだのだ。
 故に下地を作るべく、先ずは沙魅仙の人となりを……と、我が目で確認に来た結果が、御覧の有様である。
 さりとて、そこは実利優先の現実派。
 御し易いはむしろ僥倖と、彼女は沙魅仙への接触の機を窺い始める……

 所は変わり。
 対策会議の続く、来訪者滞在地。
 仲介担当者からの連絡を、今か今かと待つ巨影。
 待ち時間を長く感じてしまうのは、新しいパートナーへの期待の大きさ故か。
(どんな方でしょうか)
 最終的には「誰でもいい」と、ディアナは言ったが……実質は中々そうは行かない。
 現状、機動魔閃護撃士団に所属し、かつ、パートナーを所望する地上人の多くは、機動生命体の数との釣り合いが取れずに地上待機せざるを得ない、いわばあぶれてしまった者が大多数を占める。相方が出来れば直ぐにでも戦場へ! と考えている者が殆どというわけだ。
 しかしながら、幾ら誰でも良かろうと、パートナーになった途端に「今すぐ宇宙へ行こう!」「えっ!?」……なんてちぐはぐなことにならぬよう配慮するのは、担当者の然るべき業務。ディアナとしても地上で出来ることを実現する為の助力として、パートナーが欲しいのが本音であろうし。
 兎角、風雲急を告げる現状、その辺りの折り合いが付けられそうな相手は、小数派になってしまう。選定に時間が掛かるのも道理。
 ……そんな、短くも長い待ち時間を経て。
 紹介されたのは、一人の女騎士。
 なんでも、中央大陸西部……聞いた所で全く耳に覚えのないような小都市の警護を担う、ごく小さな騎士団に所属している人であるらしい。騎士団の規模からして余り欠員を出せないらしく、同じ街の騎士団員と半月交代程度で滞在地にやってきては、訓練に参加しているそうである。
 現在は任務期間中で、中央大陸西部の街に戻っている。仲介担当者曰く、念話による連絡でパートナー締結の了承が取れたが、相手に来て貰うには時間が掛かり過ぎるため、ディアナが現地へ迎えに行くほうが圧倒的に早いだろう、とのことだった。
 勿論、念願を前にしたディアナが、じっとしていられるわけがない。
「判りました、直ぐにお迎えに上がるとお伝え下さいな!」
 くりを介し、礼と共に担当者へそう告げ……終える前には既に、巨大な機影は滞在地上空へと高く舞い上がって、スレンダーな機体後部に備えた四機の噴気孔から蒼白色の炎を吐き出し、進路を東に移動を始めていた。
 人の足では数日掛かる大陸間移動も、機動生命体ならばどうと言うことはない。
 十数分か、数十分か後に相見える新しいパートナーへの期待を胸に、白銀の機体は全速力で中央大陸へと飛立って行った。

 かくして、ディアナが滞在地を後にして程なく。
「――それじゃ、そういう方向で」
 一通りには、各都市部・組織ごとでの優先事項を取り決め、最初の対策会議は閉会を迎えた。
 ……魔鋼を巡る経済事情に関する部分に、未解決の案件を残す事になったのは、残念ではあるのだが。対立意見の妥協点を探し出す時間すら惜しい、というのが現実。
(あいつが上手くやってればいいんだけどね)
 ごちる内心、脳裏に過ぎるのは、いつの間にか姿を見なくなったミシルの姿――
 ……と、会議の終了を待っていたかのように。カップの上のくりから、大長老のやさしい声が聞こえてきた。ちなみに、くりは引き戻されて以降、ティーカップ上に蓋のように鎮座して、じっとしている。相変わらず何が気に入っているのか。
「無敵装甲のおはなし出てたね」
「聴いてたのかい?」
「うん。『かいせき』して、街を護れたらなんかいいよねの話、うちも賛成なんだよ」
 ティーリアの子たちの為に自分ができることを。大長老がおおいそぎで弾き出した演算結果は、『無敵装甲をティーリアの子たちの暮らしに応用できないか』『無敵装甲の端切れと交換で魔鋼を手に入れて、くりの強化やお話装置の増産ができないか』――この二つ。
 故に、シャルロルテが研究事項の上位に提示した無敵装甲の解析利用は、大長老の演算結果とも合致して、なんかいいよね。
「うちの無敵装甲ちょっとだけおすそわけするから、おすそわけのおすそわけで、くりにつけてあげられないかなあ」
 いざとなれば、艦内に匿えばいい……かも知れないが、やはり、ちゃんとしたものをつけてあげたい。それは、くりが誕生した時から、大長老がずっと考えていたことでもある。
 同様に、大長老の無敵装甲お裾分けの申し出は、解析を優先順位の第一位と考えるシャルロルテには願ってもない事だ。量にもよるが、一部をくり単体へ付与する程度ならば、装甲提供の対価としても相応ではなかろうか。
 細くしなやかな指先を顎先に宛がい、僅かな間思案の様子を見せていたシャルロルテは、やがて。
「悪くないね」
「でも、あんましべりべりされちゃうとおぼふだから、倒したわるいこからちょうだいするとか、できないかな」
「それは上の連中がやるつもりみたいだよ」
 敵の捕獲・回収については、現在出撃中のアウィス・イグネアからも試行の意思を確認している。現物の確保は打倒した侵略者からとし、入手までは過去の解析結果に依った研究になると予測されていただけに、それよりも早く実物解析を行えるこの機会を、逃す手はない。
 解析によって無敵装甲の構成要素が判れば……地上に居ながらにして、地上にある物を使って、無敵装甲に限りなく近い物質、或いは、無敵装甲そのものを精製・作成できるかも知れない。
「そっかあ。いっぱい用意できたら魔鋼と交換して貰って、『量産型くり』もつくれるんじゃないかって思ったんだよ」
「くりさんが増えるのですか!?」
 途端に、ちゃっかり聴いていたらしいディアナが食いつく。前述の通り、本人の姿は既に滞在地にないが……今はどの辺りを飛んでいるのやら。
 しかしながら、シャルロルテは整った面持ちの眉根を寄せて、「バカじゃないの?」とぴしゃり。
「くりはくりだけで十分だよ。『量産型』って部分は、やぶさかじゃないけどね」
「くりとおんなじじゃなくても、『おはなし装置』として動けば、それはそれで使えるよね」
 むつかしいことは解らない。
 でも、『意思の疎通』ができれば、一番ほっとするのではないかと、大長老は思う。
「私も少し考えた事があるんです」
 不意に、本部入り口から聞こえる聞き慣れた声。
 振り向けばそこには、会議の終了を知って顔を出した、るりの姿があった。
「空の高い位置に留まって、異変を知らせてくれる監視役みたいな小さいのを配備できたらいいんじゃないかと思ったのですが、どうでしょうか?」
「経過監督はするけど、設計の済んでる物は担当に任せるから。細かい事はそいつらに言ってくれるかい?」
「はい、そうしてみます!」
 元気よく返しながら、ぺこりと礼儀正しく一礼。差し入れをする時にでも伝えてみよう、顔を上げる合間、るりの脳裏に過ぎるちょっとした予定。
 とまれ、それ以上のことには附言せず。
「じゃ、おさ。早速だけどお裾分け貰うよ」
 シャルロルテはタブレット端末を手に、座席から立ち上がった。
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