東雲明星
第六節
 極地へ向かうと、日の動きはまた替わる。
 西方よりも、より低い位置に浮かんで見える二つの太陽。それとはまた別に、東の地平線には巨大で赤茶けた暗色の惑星――ティーリアの双子の兄弟にあたる星が、ゆっくりと姿を見せつつあった。
 寒々とした北方大陸上空。薄っすらと雪化粧を施した北の森へ、サイバーカラーの巨影がやってくる。
(メナスって街はここか?)
 強い魔物が出たとかで、腕試しの魔物狩りが集まっている。
 試乗会の折に魔物狩りの一人から聞いた話だ。
 見下ろすスゥイの灰色のコアに映るのは、閑散とした街と……
(やってるな)
 森の中で蠢く影に向けて、魔術か技か、何かしらの攻撃が放たれている。
 動き回る人影。命がけであれば当然だが、魔物狩り達は目の前の魔物に必死なのだろう、スゥイが頭上を浮遊していることにも気付かずに、戦いを続けている。或いは、空が暗くなったのは双子星が太陽を遮ったからだ、と思い込んでいるのかも知れない。
 魔都の騎士団を見た後だと、眼下の戦いぶりは一見して、荒々しく雑なものに見えてくる。彼らは皆、我流で腕を磨き、ここまでやって来た者達なのだろう。それに、魔都でなくわざわざ北の辺境へ腕試しにやってくるほどだ、ここには、騎士なんてお上品な奴らと一緒なんてまっぴら御免だ、という尖った気質の命知らず共が集まっているに違いない。スゥイはそう考えた。
 こうして上から見ているだけでも、邪魔だどけ、俺がやる……とでも言っていそうな仕草で、負傷者を差し置いて前に出て行く者の姿が確認できる。中々に血の気の多そうな連中だ。
 口惜しそうに引き揚げていく負傷者。
 スゥイはそれを追うように、辺境の街メナス上空へとゆっくり移動していく。
 ……大都市圏に比べると情報が遅いのか。誰かが警戒の声を発したかと思うや、街に滞在していた魔物狩り達が戸から窓から一斉に飛び出て、臨戦態勢を取る。
 音も無く空を巡る暗い星が、静かに浮ぶスゥイの輪郭と重なる。
 固唾を呑む人々の前。
 装甲の白に紛れた灰色の宝珠が煌いた。
『あの魔物よりでかくて強いヤツ、興味ないか』
 突如変わった景色に面食らっている相手に、何処か挑発でもするように響く声。
『オマエの力、試してみたらどうだ?』
 浮んでいるだけの機体に、表情などある筈もないのに。
 そう誘い掛けるスゥイは、不敵に笑っているようだった。

 中央大陸を、黄昏が包み込む。
 標高の高い山岳都市ダスランに辛うじて射し込む山吹色の残光を浴びて、大長老はオリーブグリーンの機体をほんのりチョコレート色に染め上げる。
 夕食は運び込まれたばかりの新鮮な魚介類。
「料理など、料理番に任せていたが、そうも言える状況ではあるまい」
 やったことはないがロードにできぬことはない、沙魅仙は自信満々で揺れる炎の上に巻き貝を並べていく。
 そして、じっと見守る。
 ……見守る。
 見守り続ける。
 そんな様子に、配給の列整備をしていたるりがにこにこと話し掛けきた。
「とても可愛らしい少年ですね」
「貴公! 無礼であろう!」
 ほぼ背丈が変わらぬるりからの『可愛らしい』発言に、背が低い事を指摘されたと思い怒り出す沙魅仙。どうやら年上らしいと聞いて、るりは、えっ、と驚きの声を漏らす。
「大変失礼しました!」
「全く、わたしはコウテイペンギン族の……」
「コウテイペンギンの……!!?」
 途端に、真ん丸く見開かれたるりの瞳がきらきらと輝く。
「きゃーーーーーー、やっぱりかわいいーーーー!!」
「きっ、貴公!」
 遠慮なく抱きついてきたるりに、沙魅仙がまたもや怒り出す。だが、ロードたるもの、寛容な心も忘れてはならない。ここは抑えるべきところか、などと思い頑張って言葉を飲み込む。
 ……その時。
 火に掛けていた巻貝が、ばくはつした。

「ふ、ふむ。今日は日が悪いようだな。此処は任せるとしよう」
 咳払いを一つ、マントを翻して調理場から離れていく沙魅仙。彼がいた場所には、無残にも消炭になった貝が数個、残されていたという。
 そんなハプニングもありつつ、無事に出来上がった魚介料理。
 年配者には良く煮込まれて柔らかくなった具を選び、子供達には甘くて美味しいところを選りすぐって器に盛り付けていくるり。働き盛りさんには、お疲れ様の意も込めての大盛りだ。
 食事を渡し列の整備をするるりの傍では、吠が鍋の火の番をしている。温かいご飯は困ってる人優先とばかり、吠自身の夕食は持参の塩おにぎり。今日は沢山動いたし、多めに作ってきて正解だった。質の良い海水から拵えた塩の味が、なんだか体に染み渡る。
 一通りに食事を配り終えると、るりもやっと夕食。既に陽の一つは西の地平に沈んで、残った一つが後を追うように朱色に輝いている。
「背が高くて素敵ですねー。モデルさんみたいでうらやましいです」
「ありがとぉ。でもあたし、ほんまはもっとでっかいんよ」
 それが切っ掛けで始まる海談義。
 やがて日がとっぷりと暮れ、空腹を満たした人々は、どっと出てきた疲れにまぶたを重くする。
 夜の冷え込みに備えカーキ色のマントを羽織ると、吠はまた鼻歌を始める。
 歌声に含まれる癒しの音色。内側に染みて行くような心地よさに、段々とあちらこちらから聞こえてくる穏やかな寝息。
 るりは絵本を読み聞かせていた子供達が寝静まったのを確認してから、そっとその場を離れた。

 眠れぬ夜を経て、慌しく過ぎていった激変の一日。
 二つの太陽と、二つの惑星。
 急かすでもなく、宥めるでもなく。
 星にはまた、新しい一日がやって来る。

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