東雲明星
第七節
 滞在地に一度も姿を見せないアンノウンがどうしているのかを知ったのは、数日経ってからのこと。スフィラストゥールから来た資材運搬員から伝え聞いた内容に、
「バカじゃないの?」
 真っ先にシャルロルテの口を突いて出てくる言葉。
 ……やっぱり、この方はこういう方らしい。
 この数日で、すっかり街らしくなった滞在地の景色。宿舎一階部分に設けられた、仕切りも無く広々とした部屋の窓から、アウィスは外を見遣る。
 エネルギー充填完了、みかん色をどどどどどと噴出して空へ浮き上がっていく機体。
(それじゃあ、今日もおにもつ運んでくるね)
(おさ。オレも行くぜ)
 先に飛び立った大長老を追って、紫の噴炎を吹くスゥイ。
 この数日、スゥイはいつも何処かへ出かけている。大長老のように荷物を運んでいるわけでも、テトテトラのように建築の手伝いをしている訳でもないし、一体何をしているのだろうか。
 ただ、一昨日くらいから、スゥイを尋ねてきている節のある……少し柄の悪い者達の姿を、ちらほらと見かけるようになった。身形からして魔物狩りを生業にしている者らしいとは判るのだが。
 一方、あちらにこちらにと動き回っている二機とは対照的に、家屋の建設が一段落して少し手が空いたテトテトラ。
 その興味は、大長老が『ミサイル』のお礼に貰ったという、『魔鋼』なる物質に注がれていた。曰く、物質精製能力で必要物資を作れないかと試したが、結局、ミサイルポッドから出てきたのは爆発しないミサイル――つまり、ただの金属の塊。だが、機動生命体が作り出す金属素材はティーリアでは大変珍しく、研究資材としてミサイルを引き取ったオルド・カーラ魔術院が、交換で魔鋼を幾らか分けてくれたのだった。
 つついたり、持ち上げたり、転がしたり、容赦なく割ってみたり。不思議な力を発する鉱石を、テトテトラは無邪気に弄りまわす。
(何か作っていいかな? 駄目?)
 でも、何ができるんだろう。外装はそのまま、内側のランドルト環状の部位をくるくる回して、テトテトラは色々と考を巡らせる……

 大桟橋の仮復旧が完了し、港としての凡その機能を取り戻した始まりの街グリンホーン。
 同時に、山岳都市ダスランへの物流も再開されたことで、沙魅仙をリーダー、もとい、ロードとする食料調達部隊は、魔都スフィラストゥールの衛星都市に当たる西方大陸北部の港町へと、活動の場を移していた。
 平地へと広がる広い都市圏は、少し小高い丘へと上れば、衛星都市からでも大体見渡すことができる。傷のように魔都を貫く痕跡を行き交い、瓦礫の方付けを続ける人々。
「民よ、わたしが貴公らの安寧と平和を約束しよう。安心して復興に精を出すがよいぞ」
 海から吹き上げてくる風にマントを棚引かせながら、それを眺める沙魅仙。
 ロードなにしてるんですか。
 不意に掛けられたそんな声に、沙魅仙はまた慌てたように咳払いをした。
 その魔都の痕跡では、るりが復興の手助けに勤しむ。
 未だ生々しい傷。瓦礫を片付ける周囲から、あらそういえば……などと聞こえてくる話し声。どうやら、話しているのは『来訪者』に関係することらしい。
「私にもお聞かせ頂けますか」
 興味を惹かれ、話の輪に入っていくるり。るりが直接接したのは大長老だけで、他の来訪者や、既に倒された侵略者達のことはまだまだ良く判らない。
 そして、そこでるりが耳にしたのは――

 ――少しずつ、厚みを増していく名簿。
 いずれ来たる外敵との戦いに備えて募った、参戦志願者らの名と能力が記された、いくばかりかの紙の束。
「全く、薄っぺらすぎだよ」
「仕方ありません、まだ数日ですし」
 相変わらず、皮肉めいたことばかり言うシャルロルテ。しかし、アウィスが自ら参戦志願者を募りに出かけようとすると、「家主が留守にするなんてバカじゃないの?」など文句をいいながら代わりに出かけては、名簿の枚数を増やして帰ってくる。だが、シャルロルテ自身の名はまだない。
 はらはらと、集まった紙を捲り、幾度目か中身を確認するアウィス。
 『色々付いてるやつ』
 『動きの早いの希望』
 『まるいこ好きなやさしい人がいたら、なんかいいよね』
 そして――
 俄に、『家主』のアウィスの脳裏に、直接流れ込んでくる声。
 同時に、アウィスは声の主へと三日前に告げた言葉を思い出す。

 ――防護門で、障壁を撃ち出すのを見たと、人づてに聞いたのです。
 わたしとパートナーになりませんか――

(よう、『相棒』)
「はい、なんですか」
 大陸を越えても変わらず届けられるスゥイの声に、アウィスは両耳に下げた銀色のピアスを揺らし、顔を上げる。
(名簿に命知らずを20人ばかり追加だ)
 滞在地に幾つか儲けられた宿舎の一つ、その入り口に掲げられた看板には、こう記されている。
 『パートナー仲介事務所』

 ……事務所の存在は、半日もしないうちにスフィラストゥールに届いた。
「気になるなぁ」
 いざ、本当にそういう仲になると、別れの時が辛い気がする。でも、あの緑のまるっこい子以外には、どんな子がおるんやろう。そんな好奇心に吠の心が揺れる。
 そんな話題とは無関係に。
 普通に朝起きて、寝ぼけ眼で朝市に繰り出ていくアンノウン。
 行き交う人に手を振る様は、なんだかもう既に近所の人に溶け込んで、普通に生活し始めているのが不思議でならない。
 今日もまた別の酒場から出てくる所を、朝の一服を吹かしていたダークネスが屋根の上から目撃する。あいつは滞在地とやらに戻らなくてもいいのだろうか。
 ……と、俄に暗くなる頭上。
 そこに居たのはいつぞやの機動生命体、ではなく。天を横切る見慣れた暗褐色の星。
 魔都の真上を越えてゆく、空を覆いつくさんばかりの塊に、ダークネスは不意に眼鏡越しの瞳を鋭く細める。
「嫌な軌道だ」

 同じ頃、アンノウンも地味に行き着けになっている食堂で、気になる話を耳にする。
「ああ、あの黒くてでけえのか」
 空を横切る月のような存在。
 惑星ティーリアの連星、双子でありながら生物の存在しない、不毛の惑星。
 ティーリア同様に魔鋼を多く含有している為に、星が頭上を跨ぐ時、わずかながら人々の魔力が引き上げられる。
 二つの太陽とは違い、この星の軌道は毎日少しずつ変化し、気紛れに位置を変えてゆく。
 そしてそれが、魔都と魔の領域を隔てる砦の真上……渓谷の合間を抜ける時、魔鋼に影響された魔物が砦へと群れを成して押し寄せてくることがあるという。
 毎回、大侵攻が起きるわけではないが……障壁があってさえ、多数の殉職者を出すことがあるというのに、『守護塔』が沈黙したままの今、もし大侵攻が起こったら……そんな不安が、知り合った人々の口から零れ出る。今日明日で直ぐに危険な位置を通過するものではないそうだが……
 アンノウンは成程なあと頷いて見せながら、空を横切っていく黒い塊を見上げる。
 さてしかし、これはかなりでっかい悩み事だ。
 そんな人々の不安を嘲笑うかのように、黒い星は着実に、砦への距離を縮めていた。

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