子午金環 |
第三節 |
オリーブグリーンに生えた、二つの角。 段々と縮んでいく角――みかん色の噴炎と共に、徐々に速度を落とす大長老。噴炎が完全に止まり、内臓式である噴気孔のまるいハッチを閉じると、大長老の身体はいつものすごくまるいシルエットへと戻る。 (もしもし、今日もおさがおにもつお届けにきましたよ) 空から降りてくる大長老。日々の積み重ねもあってか、街の側も中々慣れたもので。特に、物流拠点として栄え、商魂逞しい者達が多く居を構える、始まりの街グリンホーンと砂漠商都シェハーダタは、運搬業務に貢献する大長老を大歓迎。大なり小なり、金銭の絡む腹黒い思惑が混じっていることは想像に難くないが、両都市は我先にと機動生命体との協調路線を宣言、専用の発着場の整備に乗り出したり、意思疎通用の人員を配備したりと様々に便宜を図り、今まで空白となっていた第三の称号『空の物流拠点』の名を懸けて、水面下で苛烈な競争を繰り広げていた。 もっとも、大長老はこれらの誘致作戦に対しては、「ティーリアのこたちって何て親切なんだろう!」という具合で。どちらかだけと言わず別け隔てなく満遍なく訪れて、おにもつ運びのお手伝いをしているので、両都市の称号争いに決着がつく気配は今の所皆無である。 そんな大長老が目下、気になっているのは、先日ひょんなことから譲り受けることになった魔鋼だ。 『これって、どういうものなんだろう?』 皆で使えるとなんかいいよね、ということで、大長老自身は割れた欠片の中から三番目くらいに小さいやつを一つ持参、荷積みや荷下ろしの間に、魔鋼について話を聞いたりしていた。 街が用意してくれた意思疎通員は、一般有志か商人であることが殆どで、話の内容は金銭的価値に寄ったものが多い。 最上級なら拳大一つあれば一生遊んで暮らせるとか、魔鋼を扱う職人は成るのが難しい分、とっても儲かるとか…… ただ、それらから読み解けるのは、魔鋼が貴重なものだ、ということ。 大きな原因は、主要な産出地が、山岳都市ダスランと、最果ての都碧京の二箇所である事。小さな鉱脈は世界各所、探せばそれなりにはあるらしいが、ダスランは産出量が、碧京は採掘時点での純度の高さが、それぞれ頭一つ飛び抜けているという。 (ダスランって、こないだいっぱいおにもつ運んだ、おやまの街だよね) そういえば、すごくおおきな穴があったなと、ダスランの景色を思い出す。あれが魔鋼の採れる穴なのだろう。 なお、高品質の魔鋼としては、東方大陸は碧京で取れる碧色のものが有名だそうだが、色そのものは産出地によってばらつきがあるとか。 (うちみたいな色の魔鋼もあるのかなぁ) ふとそんな事を考える大長老。オリーブグリーンや深緑の魔鋼があったら、なんかいいよね。 艦の中がパンパンだぜ、状態になるまで目一杯荷物を積むと、タラップを引っ込めて丸いハッチを閉じる大長老。 (色々ありがとうね、いってくるよ) どどどどど、とみかん色を噴き出し浮き上がりながら、眼下で手を振るお手伝いさん達にサブアームを振り返す。乾いた砂漠の真ん中、型抜きでもしたようにぽつんと広がる青いオアシスの鏡に、白い雲とすごくまるいオリーブグリーンの機体が映る。 段々小さくなっていく人々、そして、段々遠ざかっていく街並み。 水辺に寄り添う、砂漠商都シェハーダタ。水面に映る自分の姿が、それと同じくらい小さくなってから、大長老は北へ向けて飛び去って行った。 消失した大桟橋の仮復旧も既に終わり、都市機能の殆どが回復した始まりの街グリンホーン。 侵略者に空けられた大穴の更地は、漸く家らしいものが建ち始めている所だったが…… そのど真ん中、造られたばかりの舞台のような部分に、堂々と立つ人影。 「志あるものなら老若男女を問わない。無論、経歴も能力も」 海から吹き込む潮風に翻るマント。足を止める者もあれば、首を傾げて通り過ぎる者もあり。 だが、銛を手に胸を張る人物は、怯まない。 「故郷を友を家族を愛し、守ろうとする者に差などあろうか。その貴き想いを胸に秘めるなら、歩を進め示すが良い」 凄まじく尊大な物言い。 どよめく観衆に、見ている側の方が、ちょっぴり恥ずかしくなっても来るのだが。 彼はロード。ロードはこんな事に負けはしない! 「私と共にこの美しき星を護ろうではないか」 「ロードはん、今日も絶好調やぁ」 手製の塩おにぎりを頬張りながら、ちょっと遠巻きに見つめる吠。 「貴君らの熱き血潮、勇気、使命、そして愛。さあらば、共に進もう」 見下ろすような姿勢のまま、ロードは眼下の観衆に向け尊大に腕を差し述べる。 「貴公らの一歩を待っている」 締めの言葉に、何故か起きる拍手。 ひょっとして、演劇か何かと勘違いされているのでは……拍手を浴びて満更でない様子のロードに、一抹の不安を覚えたり覚えなかったりする貴志一同。 ……とまぁ、そんな具合に。 スフィラストゥールから再びこの地へと舞い戻った沙魅仙率いるロードナイツセブンは、より積極的な広報活動を行っていた。 物流拠点ということもあり、人の流入・流出もまた激しいグリンホーン。ここで出会った貴志らにとっても、全く知らぬ土地ではないだろうし、人材集めの舞台としては申し分ない選択だ。 一方、山岳都市ダスランは未だ復興の真っ只中で、人材集めには適さないことこの上ないが……彼らはダスランにも足を伸ばし、精力的に広報を行っていた。 今までの活動で、魔都スフィラストゥール、機構都市ツァルベル双方の守護塔が破損しているという話は耳にしている。修繕に魔鋼が必要であろうということも。規格外の代物とはいえ、守護塔も魔器や魔具の一種。ことに大型ともなれば、魔鋼が多く必要になることは、惑星ティーリアの住人であれば類推が及ぶ。 であれば、魔鋼の主要産出地であるダスランが重要な位置を占めるのも想像に難くない。広報を行い、知名度を上げ、更に現地に賛同者を得られれば、いずれ『大事』を成す際の助力となるはずだ。 あと、一度行った事あるから。 ……土地勘は、結構重要である。 兎角、『広報』は順調に進んでいると見ていいだろう。此処には居ないるりも、魔物襲来時の備えと並行し、スフィラストゥールでロードナイツセブンとしての活動を行っている。図らずも現在地が離れてしまったことで、可愛い皇帝ペンギン、もとい、沙魅仙の姿を見られないことは、残念がっているかも知れないが。 一先ず、布石は打てたのではないだろうか。 あとはツァルベル……だが。何分、危急を要す案件だ。如何にロードといえども、威厳だけで口説き落とすのは難しいだろう。ちゃんとした交渉材料を用意してゆかねば。 その為には……と、思考を巡らせた所で、沙魅仙はとあることを思い出す。 ロードたるもの、他に頼るばかりではなく自ら動くことも重要だ。 「ふむ、行ってみるとするか。『パートナー仲介事務所』とやらへ」 途端に。 それを聞いた吠が、ぱっちりした青い瞳をきらきらさせながら振り向いた。 ガッツポーズ中の好奇心は、待ちに待った状況に内心だけで抑え切れず、吠の表情にまで溢れ出る。 「あ、うん、なんでもないんよ? なんでも。楽しみなんはほんとやけどね?」 中々収まらない笑みに、指先で褐色のほっぺをもみもみ。 ……と、俄に。 二人の、いや、街の頭上に巨大な影が差す。 南側から北上し、グリンホーンの街並みを覆っていく、丸い影。 ……なんという既視感。 そして、見上げた先には、やはり。 「こないだの緑の子やぁ」 みかん色を徐々に弱めて、街が用意している発着場へと降りて行く大長老。その行く先を、顔ごと動かして仰ぎ見る吠。沙魅仙は折り良しとばかり、 「貴公らは引き続き人材集めを頼む」 貴志らと、執事と定めたカニ属の人外の徒に任せたぞと告げて、大長老の降りて行く先へと、マントを翻して歩き出す。 「では共に参ろうか。いざ新たな力を求め」 「どんな子がおるんやろ」 尽きない興味に、吠はまた自然と頬が緩んでいくのを、感じていた。 ――大地を翳らせる双子星が、西の水平線の下へ消えてなお、渓谷の合間には招かれざる客が忍び寄る。 防護門の内側、砦周辺を包み込むのは、相変わらず殺気立った雰囲気。 休む間もなく襲ってくる魔物との戦いに、草臥れた表情の者達が段々と増えていく。群れこそしないものの、襲来数は平時より明らかに多いらしい。 やはりこれも、双子星の軌道のせいか……聳える山脈の切れ目。谷間を抜け、魔の領域から吹き込んでくる風に、咥え煙草から棚引き後方へと流れて行く紫煙の糸。 砦のやや上方、大きく左右に広げた漆黒の翼で風を受ける黒衣の長身。 向かい風が強いのは有り難い。こうして、楽に空中に留まって居られる――その逡巡の通り、ダークネスはただの一つも羽ばたくことなく、まるで静止しているかのように、空中に浮び続ける。流されて背面に集まる着衣のしわと、なびくほどもない短い漆黒の髪が掻き混ぜられるように小刻みに揺れている様から、彼がかなり強い風に身を任せているのだと窺い知ることが出来る。 彼だけでなく、翼を持つ者は皆同様に、渓谷を抜けてくる風を利用し、宙に留まっていた。高度や左右位置などは、警戒と索敵を兼ねてばらばらではあるが、広げた翼をぴくりともせずに浮ぶ彼らの姿は、中々壮観だ。 眼下には、今しがた魔物の一体を仕留めた騎士の一隊が、防護門の内側へと急ぎ足で戻ってくるのが見える。すっかり疲れ切った表情。 折角集まった騎士と魔物狩りの不和も、疲弊に拍車を掛けている気がする……が。 今だけは。 砦からは然程遠くはない前方に、騎士も魔物狩りも、分け隔てなく釘付けだった。 渓谷を塞ぐが如く立ちはだかる、巨大な壁。 大小様々、形もてんでばらばらなはずなのに、的確に組み上げらた瓦礫によって造り出された、巨大バリケード。 そして、それを背に、機嫌良さそうに回転している、灰と漆黒の装甲。 (できた〜) 外周に浮ぶ円弧状の二つの装甲と、そこから伸びる四本のアームをくるくるしているテトテトラに、ダークネスは感心したような息遣いで、白い煙を吐き出した。 「あんな事も出来るのか。機動生命体ってのは、多芸らしいな」 ……魔物狩りを始めとした有志の参加は、あくまで本人らの意思によるもの。途中離脱しようかしまいが、そもそも自由だ。気が乗らない、などの適当な理由であろうと、戦線離脱を咎める権限は誰にもない。もっとも、敵前逃亡はあらぬ風評を誘発するリスクもあり、大多数の魔物狩りは余程でなければ意地でも戦場に出ていくのだが。同輩や競争相手が一堂に会している今は尚の事、悪評は一気に広まってしまう。 それでも、疲弊や負傷の度合いによっては、速やかに戦線から離脱する。引き際を察する判断力も、魔物と相対する上では重要な資質だ。 だが、騎士であればそうは行かない。騎士は、街とそこに住む人々を守ることが存在意義。 魔都の騎士は、残酷な言い方をすれば、生きた壁だ。誇り高き盾として、民を守る為に命果てるまで、脅威へと向かって行かねばならない。 特に今回、魔物の襲来回数の増加によって、体力が回復する前に次の出撃手番が回ってくるという事態が頻発していた。頑として退くことの出来ない騎士らの疲労は、魔物狩りよりも断然色濃い。 双方を合わせた頭数を鑑みるに、騎士と魔物狩りの混成部隊を作り、適性に出撃を調整すれば、今の魔物襲来ペースでも余裕を持って対処できるはずなのだが。全く、自尊心というのは面倒臭いものだ。 かく言うダークネスは、取りこぼしの掃討に出ずっぱりだったりもするのだが。 ……しかし、それも先刻までのことで。 ただの分厚い壁であろうとも、あれのお陰で、次の戦闘までにはかなりの余裕が生まれる。これは、疲労の蓄積を解消し、戦力を持ち直す絶好の機会。目に見えて明らかな恩恵に、積もる疲弊に休息を欲していた機動生命体共闘反対派の多くは、暫く肩身の狭い思いをしそうである。 兎角、礼の一つでも言っておくべきだろう。声が届くであろう位置にまで、ダークネスは向かい風を利用して、まるで空中をスケートするように滑らかに、テトテトラへと近づいていく。 あの宝珠のような部分が、あいつらの重要な器官なんだろう。思い、テトテトラが有する紺藍色の巨大な球体の傍に―― ――スフィラストゥールから、荷台に揺られて進む事暫し。 避難路の確保を終えたるりは、来訪者らの滞在地へ向かう道中に居た。 食料、日用雑貨、素材、そして、自分と同じように滞在地へ向かう人。諸々を乗せた荷台が、すいすいと山並みに沿って進んでいく。車輪もなく浮遊する台車ならぬ台箱を、大きな飛べない鳥達が、規則的な足音を立てながら、四羽で並んで牽いていく。 ……勿論、馬や他の動物が牽くものもあるが。鳥類が大好きなるりには、これ以外の選択肢はないも同然である。 漸く、魔都から取り除かれた、襲撃の残骸。テトテトラが瓦礫を軒並みバリケードに使ってしまった為、かつての襲撃痕は大通り顔負けの大砂利道と化していた。 しかし、それはるりにとっては好都合。遮るものなく遠くまで続く大きな道は、避難経路として申し分のない地形なのだ。 るりの知る大長老に比べると、ずっと小さな灰と漆黒の機体。くるくる回りながら瓦礫をあっという間に持って行ってしまったあの機動生命体とも話をしてみたかったが、最後の瓦礫と一緒に砦の向こうに行ったきり。 待っていればいずれは戻ってくるのだろうが、待つだけというのは、活動的なるりの性には合わない。一先ず、街での活動は一端切り上げて、一緒に戦うことになるかも知れない『参戦志願者』達の人となりを知るために、パートナー仲介事務所へ向かうことにしたのだった。 次第に見えてくる……一種独特の風景。 田舎然としているといえばそうなのだが、滞在地というだけに、休息している機動生命体の姿がそこらじゅうごろごろしていて、なんともいえぬ不思議な景色を作り出している。 ここまで運んでくれた荷台の主と、鳥達に礼をいい、るりは宿泊施設の建ち並ぶ方向へと、なんとなく道になっている所を進む。 行き交う人々。パートナー仲介所が参戦希望者を募っているだけあって、宿舎の多くは魔術師や閃士、魔物狩りなどが利用しているようだった。 そのうちの一つ。 建物自体が発する魔力の気配が妙に希薄な宿舎の入り口に、るりは目当ての看板を見つけた。 「こんにちは、お邪魔します」 開け放しの扉を軽くノックし、ぺこりとお辞儀を一つしてから、中へと足を踏み入れる。 事務所内はやけに静かで。事務用に置かれている卓では、高貴さを感じさせる意匠の着衣に身を包んだ長身が、黙々と何か作業をしていた。 来客の気配に気付き、顔を上げる人物。白い肌が作りだす造形は、人形のように整っていて、何処か人離れした冷たさすら感じる。 「すごく綺麗な方ですね……」 思ったままを口にするるりの姿を、銀色の瞳で一瞥して。 「登録希望かい? 紙はこっ」 身を捩り、隣の卓に手を伸ばしたところで、腰を超えて伸びる漆黒の髪が椅子の背に絡まって、その人物――シャルロルテは、整った眉の間に、心持ち不機嫌そうな皺を刻む。 折れそうに華奢な体躯相応に、長くほっそりとした腕で髪を肩から払い除ければ、床にまで届いていた真っ直ぐな髪が、絹糸の束のようにさらさらと波打つ。 そうして、もう引っ掛からないことを確認してから、シャルロルテは改めて名簿用紙に手を伸ばした。 「全く、なんでもっと取り易い所に置いとかないんだろうね」 ……作業をする為に、自ら広い机に移ったことは大分前に棚に上げてある。 るりはありがとうございますと、お辞儀つきで礼儀正しく礼をいい、名簿用紙を受け取って……その時に、間近にまできたこの人物から、魔力を感じられないことに気付く。 よくよく考えれば、今まで機動生命体とばかり接してきて気付かなかったが、成程、他の星から来た方は、こんな風に魔力を持っていないのだなと、るりは改めて知る。 「女性でしょうか? 男性でしょうか?? 政府の方ですよね?」 「どっちでもないよ。政府も外れ。何なんだい急に。バカじゃないの?」 「えっ、違う? し、失礼しましたー!」 あわあわしながら、さっきよりも美しく、かつ、深い角度でお辞儀をするるり。 その様子を、シャルロルテは椅子に腰掛けたままじっと見遣る。飛びぬけて高い背丈のせいか、座って居ても視線の高さはるりとあまり変わらない。 呆れたような息を零しながら、でも、些か辛辣な物言いとは裏腹に、シャルロルテは思う。 こいつ、おもしろい。 |