子午金環 |
第六節 |
薄っすら色づく景色が、目視できないほどの速度で後ろへと流れていく。 「何、なんやのこれ、ちょっとこれなんもみえへん! どないなってるん!? すごいなぁ!」 怖がっているんだか、喜んでいるんだか。試乗させて貰った機体の中で、大興奮している吠。 暫く滞在地付近を飛び回ったり、空に向かって光線を発射してみたりと、楽しみながら搭乗の感覚を掴んでいく。気紛れに成層圏まで上がって見れば、青いはずの空は真っ黒に染まる。地上から見た夜のような、薄ぼんやりとした黒ではなく、一片の濁りもない暗黒。 「これが星の外……宇宙かぁ。ここって、泳げるん?」 そんな会話を交わしながらの試乗会。 静止した折に周囲を見てみると、沙魅仙が乗っているらしい機体が……なんだろう、あの動き。 「ロードはん、いつもあの調子やしね。へそ曲げる機体はんもおりそうやぁ」 今の内緒ね♪ と、一本立てた指を口元に、ぱっちりとした青い瞳を片方閉じて見せる。 やがて、コアの外に出ると、乗せてくれた機体に手を振って礼を言い、吠はまたきょろきょろしながら歩き出す。 浮いていたり、降りていたり。 動いていたり、止まっていたり。 音がしたり、静かだったり。 滞在地東側の空き地に待機する、色々な機動生命体。当分はここに留まって、色んな機体に乗せてもらおう。習うより慣れろの心意気。 ……と、そんな折。 「……ん」 ふと、他とは明らかに雰囲気の違う機体が目に付いて、吠は足を止めた。 よくよく見れば、機体の一部に、反対側が見通せるくらいの大きな穴が空いている。 「この機体はん、なんか寂しそうやね?」 お腹空いてるんかなと、近づいてみる吠。 しかし、他の機体であれば、近づいて話しかければ何かしらの反応を示すか、意思疎通ができるように直ぐにコアの中に招いてくれるのだが。その機体は置物のように動く気配もなく、ただただその場に佇んでいる。 それに、他の機体のコアはどれも、磨かれた宝石のように艶やかな半透明をしているのに、この機体のコアには、全くと言っていいほど透明感がない。金属の板で蓋をしているのだろうか? しかし、これではまるで……殻の中に閉じ篭ってるかのような。 「……あたしやったら、元気ない時はご飯食べるか、歌うかするやん?」 彼らには、何が効くのだろう。 手を触れることが出来る位にまで近づくと、吠は動かない機体の傍に、寄り添うように腰掛ける。 俄に、聴こえ始める鼻歌。 慰めるような、包みこむような。 緩慢に漂う優しげな響きが、乾いた風と共に、辺りに染み渡っていく。 そんな気になる出会いがある一方、再会を喜ぶ者達も。 深緑の宝珠の内側、浮遊感と一緒にるりを包み込むのは……ほんのりと柔らかい、感謝の気持ち。 『協力もりもり、いっぱいありがとうね!』 「とんでもないです!」 改めて先日のお礼を伝える大長老に、思わず綻ぶるりの表情。ああ、やっぱり、この雰囲気がとても素敵だ。 ちなみに、現在の大長老感情は、『ハイパー感謝』である。 そんな、ハイパーでもほんのりな大長老の感情。でも、今日は。ハイパー出力でがんばって、るりに伝えたいことがあった。 なんでも受け入れるばかりをしているからか、大長老はこういうのは苦手だった。輸送艦ゆえなのか、元々備わっていた性質なのかは、解らないが。 でも、がんばる。 ……がんばるんだからね。 『おさといっしょに、これからものりのりしませんか?』 やはり、ほんのりと。でも確かに。 大長老は今、すごくがんばって告白しているんだということが、伝わってくる。 正直、るりにはパートナーとかは、よく解らない。参戦希望も、パートナーを探すというより、力を合わせて戦いたいという意思表示の意味合いのほうが大きかった。 でも、もっと大長老と仲良くなれたら。そう思う気持ちのほうが、もっと大きかったから。 「いいですよ」 るりはいつものにこにこ顔で、そう答えた。 『やったね!』 途端にコアの中に広がる、なんかいいよね。 勿論、今日のなんかいいよねは、ハイパーなんかいいよねだ! 『おさはむつかしいこと苦手だけど、おにもついっぱい運ぶのは得意だから、もりもりいっしょにがんばるよ!』 「私もまだまだ、知らない事が沢山あるんです。おささんや、仲間のみなさんのことも、もりもり教えてくださいね」 『うん。いっしょににいっぱい、もりもりしようね!』 のりのりできるようになるとね、いつでもお話できるんだよ。どんなに遠くにいても、るりさんの声は、おさにちゃんと届くからね。お話もいっぱいしようね。 そんな優しい言葉と一緒に、温かく柔らかい『なんかいいよね』が、コアの中をずっと満たしていた。 その頃、沙魅仙はとある機体のコアの中で、目を回していた。 本来ならば、コアの中は重力からも慣性からも保護されている筈なのだが……どうやら、地味に吠の予想が的中、荒治療を受ける羽目になったらしい。 『然もありなん』 ぐるぐるする意識の中に響く、低く落ち着いた声。 『高貴を称するなら尚の事、礼節は重んじるべきではないかな?』 「うぐ……貴公の言う通りである……」 ロードたるもの、寛容な心も大切な資質の一つだ。 沙魅仙はめまいが治まるのを待って姿勢を正すと、迷う事無く頭を下げた。 「すまなかった。この通りだ」 そして、上下のない世界で、水面のように揺れるマントを翻す。 「改めて問おう、貴公の名前を教えてくれ」 『オペレートアーム。正しくは、形状名だがね』 人類が言う意味での名はないと、その機体は言った。 『小回りは利くが、輸送には適さぬよ。承知の上ですかな?』 「友となる者に、多くを求める必要などあろうか」 『中々おっしゃいますな』 表情など、あるはずもない機械。 けれど確かに、その声は楽しげに笑っていた。 不意に、開け放しの宿舎から出てくる、黒髪の長身。 ずっと事務所に篭りきりだったシャルロルテが、あたりを見回して……たぶん、適当に目に付いたからなのだろうが、大長老のほうへとつかつか歩み寄ってくる。 その手には、砕き割られたうちで、二番目に大きい魔鋼の欠片が。 「今日一日、これコアに入れて過ごしてくれるかい?」 (おにもつ入れるところじゃないんだね。わかったんだよ) 三つあるから一つくらい塞がっても平気だろう。そんな安直な考えだったりはするが、大長老も割と何でも受け入れるので、特に滞る事もなく交渉成立。 そんな大長老は、これから荷物運びに飛び発つところだった。艦内には、沙魅仙とそのパートナーが格納されている。 目的地は、山岳都市ダスラン。ロードナイツセブンが目指す、次なる行動目標……ツァルベルとの交渉に備えて、魔鋼輸送の手配を先に済ませてしまう為だ。 貴志でもあるるりの手助けにもなるし、魔鋼のことが気になっている大長老にとっても、魔鋼に関わるおにもつ運びは渡りに船。それに、産出地であるダスランなら、魔鋼にまつわる情報も集められるかも知れないし、とってもおとくな感じなのだ。 惑星ティーリアでは、魔鋼は道具に加工して使うのが主流らしいと聞いている。ダスランで取れた魔鋼を持って行く予定の、ツァルベルという都市は、魔鋼を道具に加工するのが上手な人が沢山居るという。 (シャルさんにも魔鋼のおみやげできたら、なんかいいよね) 浮き上がっていくすごくまるい機体を見送るシャルロルテ。さて、事務所に戻るかと、踵を返したところで。動かない機体に寄り添って歌う人影が、銀の瞳に映る。 「君は行かなくていいのかい?」 「ん、相性調べと練習兼ねて、暫くこっちにおる予定」 それよりも、この動かない機体はどうしたのかと、吠は首を傾げる。 「片方、壊れてるだろ。そこに相方が乗ってたんだよ」 「え、ほんなら……」 「どうせもう動かないよ。他の探すんだね」 唐突に。シャルロルテは不機嫌そうに言い捨てると、そっぽでも向くように踵を返した。そのまま振り返りもせずに、事務所の中へと姿を消してしまう。 詳しいことは解らない。ただ、動かないこの機体が、かつて誰かと悲しい別れをしたのだということは、直ぐに理解できた。 吠は改めて、寄り添う機体を見遣る。 自分は元々、一人きりだ。広い海の中に、一人。だから、特定の誰かとの大きな別れというのは、良くは判らない。でも。 「一人で泳いでる時でも、耳を澄ましたら色んな音が聞こえてくるんよね。結構賑やかで……」 だから、寂しくないんよ。 今はまだ、その気持ちは届かないだろう。 でもいつか、この閉ざされた宝珠の中に、届けられたら。 そんな思いを胸に、吠はまた、鼻歌を響かせる。 ――双子星が、渓谷へと迫っている。 緊張感の高まる防護門周辺。 だが、それ以上に、街中も騒然としていた。 瓦礫のなくなった空き地に、突如、姿を現した第二の守護塔。 (そっくりに出来たよ〜) 持っていた魔鋼を、とりあえずそれっぽい所にサブアームでぎゅぎゅっと詰めて、蓋をするテトテトラ。塔の上層部壁面に作られたこの蓋は、開閉できる扉状になっていて、今入れた魔鋼が必要になってもいつでも取り出せる優れものだ。 ……という光景を目の当たりにして、珍しく困惑しているアウィス。 「これは……?」 (名無しが乗ってたからすぐ出来たよ) (たぶん、そういう意味じゃないとおもうぜ) だが、事実、この塔は数十分程度で出来上がってしまったらしい。 アンノウン自身は余り頭のいいほうではない。その背にあるギターの弾き方すら忘れてしまう程に。だから彼自身、なんでそうなるのかは理解していない。それでも、生まれ育った文明で培われ、意識しない部分に確かに染み込んだ感覚が、『なんとなく』でも機動生命体の武装の威力を上昇させるのだ。 なお、威力上昇したサブアームの想像を絶する作業効率に対してアンノウンは、嘘だか本当だか解らない適当な調子で。 「愛があればメカもパワー出るんだよ。愛の力だよ」 ……このところ、毎日聞いていたからだろうか。 シャルロルテの「バカじゃないの?」が、アウィスの脳裏に自動再生される。 斯様な次第で、一夜どころでない速度で街中に現れた守護塔もどき。無論、それを目にした人々の視線は、困惑に彩られている。 しかし、人々が向けるのは、戸惑いばかりではなかった。 たった数刻で生まれた、新しい守護塔。実際は外側を似せただけのハリボテに等しい代物だが、寸分違わぬその容姿のせいで、人々の目には『二本目の新しい守護塔』として映る。 もしかしたら、これが稼動して街を護ってくれるんじゃないか。 もしかしたら、東の塔ももうすぐ直るんじゃないか。 もしかしたら。もしかしたら…… 困惑に混じる希望。 騒ぎを聞いて駆けつけた人々の中に、馴染みの八百屋のあのおっさんがいる。 偽塔を作った後に、テトテトラのコアから出てきたのを見ていたのだろうか。やるじゃないかと、丸太のような腕で肩を叩かれ、アンノウンの細い身体が盛大によろめく。 それを気にする事もなく、彼もまたおっさんをばしばし。だが、威力不足か、おっさんは揺れなかった。 それにしても、両方が近い位置にあると、少し紛らわしい。何かいい呼称はないか、などと雑談を始める人々。 「『ふがしのとう』とかでいいんじゃねえ? 中身スカスカだしよ」 あっちが『ひがしのとう』だけに。 冗談なのか本気なのか、相変わらずさっぱり解らない様子のアンノウンに、たまらず突っ込みをいれてくるおばさんと、その遣り取りを見て起きる笑い。 不安も安心も、目には見えぬもの。だが、そういった感情の波は、確実に伝播してゆく。 人々の間にじわりと広がっていく感情。引き換えにして、遂に危険な軌道を取り始めた頭上の巨星に、アウィスの表情が強張る。 ……この安堵感を、まやかしで終わらせては、いけない。 |