子午金環 |
第八節 |
日の暮れた魔都の東部。聳える東の塔が、かつてのように光を灯す。 その隣で、新しく出来上がった同じ形の塔もまた、異なる色の光を灯し、眼下の人々を照らしていた。 塔の袂からは、沸きあがるように聴こえてくる話声と、笑い声。 祝賀会と称して集った人々が、騎士も魔物狩りも近所の人もみな入り混じって、好き勝手に飲み食いしていた。 魔物の大侵攻から街を護りきったことはもちろん、守護塔の復活、死者を出さず敵を退けた偉業、諸々を兼ねての祝宴だ。 発案はダークネスだったのだが……それを耳にしたアンノウンが、祝賀会をやるらしいという話を行き着けの店のおっさんやおかみさんに話すと、いつの間にか市民主催で会場が出来上がっていたという。何だかんだで、市井の民の底力は侮れない。 機動生命体は食事の必要がない為、会場付近に浮遊しているだけだったが、それはそれで各自、それなりに楽しんではいる様子だった。なお、労いに装甲を磨いてやるのはどうかという提案が出たときには、酔っているためかかなりの数が磨き隊に参加したが、結局朝まで掛かっても磨ききれなかったらしい。 そんな機動生命体らに、労いと助力への礼を言おうとして……ダークネスの喉から、音にならなかった言葉が、呼吸と一緒に吐き出される。まだ喉が潰れているらしい。これは当分、会話できそうにないなと、ダークネスは不精髭の生えた顎先を撫でながら、溜息を一つ。まあ、暫くすれば戻るだろう。 そんな事を考えながら、戦いで一層に乱れた黒い軍服の胸元から、煙草を取り出し一服。 が、煙を吸い込んだ途端、鳩尾の辺りに痛みが奔って、思わず咽返る。喉から上がって来る生温い感触と、口に広がるあの独特の臭いと味。繰り返される咳に混じる赤いものが、口元を押さえた手に零れる。 煙にむせただけかと見守っていた者達が、予想外の状況にざわめく。騒ぎに気付き、アウィスが人波の合間から顔を出す。 「傷はどこですか?」 大丈夫だ、見た目ほど酷いもんじゃない。 ……と、伝えたかったのだが。案の定、言葉は声にならず、思わず苦笑を返すダークネス。 それがまた、何かやせ我慢しているように見えてしまったのだろう。アウィスは嘆息交じりに近づくと、そっと組織再生の術を掛けた。 「んぁ、あー。あー……ん。悪いな」 「無理はいけませんよ」 そんな事を言いながら、アウィスはおもむろに、ダークネスのこめかみの辺りに手を伸ばす。そんなところ、怪我をしていただろうか。煙草を燻らせながら訝しげに瞬きする間にも、術が完了したのか、手を引き戻すアウィス。 そして、自身の銀縁の細いフレームの眼鏡を、軽く指先で押し上げる。 ……直されたのは、眼鏡らしい。 明け方まで続いた、祝賀会。 果物屋のおっさんも、食堂のおかみさんも、酒場のおっさんも、みんな活力一杯。 アンノウンは弾けないギターを適当にかき鳴らしながら、本来の役割と姿を取り戻した『東の塔』を見上げる。 これで、酒場のツケも大体返せたんじゃねえ? ――滞在地へと続々戻ってきた集団を、シャルロルテが事務所から見遣る。 帰って早々、テトテトラはラボ用の空間が欲しいという要望にしたがって、仲介事務所の横に新しく建物を拵えていた。 そして、なんだか暫く振りな気分で戻ってきたアウィスは、たった数日で謎の道具だらけになっていた事務所の中身に、目を瞬かせて暫く入り口に佇んでいたという。 程なく、ラボという名の機材置き場が完成すると、事務所はやっと元のこぢんまりとした趣に。 そして、質はともかく、魔鋼の量だけは、日に日に増えていった。沙魅仙の手伝いでダスランからツァルベルへの魔鋼輸送をする時に、はみだしものや、古い魔具などを、大長老が集めてきてくれたのだ。 「いつの間にか、かなりの保有量になってますね」 「量だけはね。お陰で扱い難いったらないよ。悪かろう安かろうもここまで来ると手に負えないね」 そんなラボの様子を外から眺める、大小様々な機体。 (テトラさんは、魔鋼で何かすてきなもの作れた?) (塔作るの手伝ったよ〜) (そっかあ。コアの外にいるこたちとの意思疎通がちょっと便利になる、すてきアイテムとかって作れないかなあ) (……っておさが言ってるぜ) 「……だそうなのですけれど」 大長老からスゥイ、スゥイからアウィス経由で、やっと届く会話。 シャルロルテは整った面持ちで、妙に冷ややかに溜息を一つ。 「なんでその機能最初から備わってないんだよ。バカじゃないの?」 その罵声は、誰に対してのものなのか。 それより、かなり魔鋼について分析を行っていたようだが、シャルロルテ自身は何か収穫があったのだろうか。 そのことを問いかけようとした時。 「ん、あ、なんや、ちぃいちゃいなぁ! いつからおったん?」 外から声が聞こえたかと思うと、案の定、吠が事務所へと入ってきた。 そこまでは、普通だったのだ、が…… 吠の後ろを付いてくる見慣れないものに、アウィスは目を瞬く。 「あの……?」 「ん? ああ、言って無かったね。試作一号機だよ」 「では、なくて、ですね」 さも当たり前のように言うシャルロルテに、流石のアウィスも困惑を隠しきれない。 一方、吠は、『それ』を指先でつんつんと小突く。 「ね、これも機体はんなん? 乗れるん?」 「一応ね、ま、乗るのは無理じゃない?」 何の違和感もなく話しているが。 そこに居たのは、拳大ほどのとても小さな、機動生命体だった。 だが、それより。シャルロルテは今、『試作』といわなかったか。 「あの、これは、あなたが?」 「僕以外に誰がいるんだい? バカじゃないの?」 「そうなん!? ほんとに!?」 吠も改めての発言に思わず反応。シャルロルテは大袈裟だねとでも言いたげに。 「解析結果をみたら、魔力と機動生命体のエネルギーが、同一次元由来みたいだったからね。同調取れないかおさのコアに一日放り込んで試してみたんだよ。そうしたら魔鋼がコアと同質の――」 ここから先の事は、謎の単語が沢山出てきて、二人共よく覚えていないという。 ……簡潔に言えば、機動生命体は魔力でレーザーを撃っているということだ。地上人が機動生命体のエネルギーを使って魔術を使うという現象は、機動生命体を一個の『超高純度魔鋼』として扱っているから、という理屈になるらしい。厳密にはもう少し違ってくるようだが、解釈としては大体こんなところだそうだ。 ただ、魔力を『魔術』という固有の現象に人力だけで変換できる理屈は、まだ良く判らないらしい。 一方、機動生命体側も、余りに小さい新入りの登場に、好奇心や興味が入り混じった、中々混沌とした状況になっていた。 (オマエ、何時から居たんだ) (おぼふ。ちいさすぎて気付かなかったんだよ) (武装着いてないの? 艦種なんだろ〜?) だが、生まれたてであるからなのか、同じ機動生命体とも、碌に会話が成り立たない。 (いつ。おまえ。いた。おぼふ。ぶそう。おぼふ。かんしゅ。だろ〜。おぼふ) とりあえず、おぼふが気に入ったようである。 |