子午金環 |
第五節 |
事務所自体は、受付と情報の保管、そして、斡旋が主な業務。 登録済みの参戦希望者は、事務所でなく、繁華街……というには、流石に物足りないが。宿舎を利用する者を相手に営まれている酒場や食堂の方を、普段の居所にしているようだった。スゥイが方々から集めてきた魔物狩り――裏では、『辺境戦隊あらくれーず』と呼ばれているとかいないとか――も、もっぱら、滞在地で唯一の酒場が溜まり場だ。 それだけに、事務所自体には、騎士団詰め所や、武術館合宿所のような賑わいはなく。似たようなものを想像していたら、存外落ち着いた雰囲気に肩透かしを食うかも知れない。 だが、静かながらも、閑散というわけでなく。自然と滲み出でている品のよさは、アウィスが然るべき出自を持つが故なのだろう。 ……ただ、今は。 知的好奇心全開のシャルロルテが、あれやこれやと魔鋼解析に精を出している為、居並ぶ謎装置も相俟って、室内の印象は雑然としたものに上書きされてしまっていた。 「何回やっても高次を示すね。なんだい全く。根源があんまり高次だと可視化するだけで一手間掛かるじゃないか」 事務所に入った途端聴こえてきた謎の愚痴に、思わず固まる三人。 シャルロルテはそんな一同を、銀色の瞳に映して。 「なんだ、君か。知り合いかい? いすっ」 またやった。 物が増えたせいで長い髪を引っ掛ける率も格段に上昇。シャルロルテの眉間の皺も、心持ち深さを増している気がする。 「曲線造形の癖に何してくれるんだよ。バカじゃないの?」 無機物にも等しく罵声を浴びせながら、そこだけは散らかさずに取ってある受付卓のほうへと、用紙を手に移動していく。適当に座れと指示をして三人が着席した所で、新しい紙を二枚用意する。 「それで。希望するものとか、あるのかい?」 「えっーと……うち、どんなんが自分との性に合うのか判らんわぁ……」 そういえば、大長老以外にどんな機能を持ってる者がいるのか、どんな性格の者がいるのか。実はよく知らないのだと、吠は改めて気付く。 「あ、でもうちもささやかながらも戦いたいんよね、既に一回は誰かと戦った経験ある方がいいなぁ……?」 「経験者ね。武装は戦闘重視でいいかい? 艦種は輸送と工作以外ならなんでもよさそうだね」 艦種。何やら、機動生命体には大まかな分類があるらしい。 見た目とかでわかるのだろうか。事務所の窓から見える停泊中の機体と、名簿に筆を走らせるシャルロルテとを、吠はきょろきょろまごまご交互に見遣る。 ちなみに、沙魅仙の分はるりが自動筆記中である。 そして、今度は自分達の能力や得意な事など、アピールポイントを記入する段になって。 沙魅仙は勿論、胸を張り尊大に答えた。 「生まれながらにしてロード。これ以上、なんの説明が必要であろうか」 「……バカじゃないの?」 「なっ。貴公! 無礼であろう!」 口癖発動までの時間差、僅か0.7秒。 ただでさえ……ただでさえあの異常な背の高さに沙魅仙の心がちくちく痛むというのに! まさかの対戦カード、『尊大』対『不遜』。 だが、ここにもう一人大穴が! 「あの、前から思っていたのですが。『ろーど』ってなんですか?」 「貴公までそのような……!?」 信じられない、と言った様子でくらくらしている沙魅仙。 フォローするように、吠が今まで観賞してきた文学や芸術の内容から知識を引っ張り出してきて、るりにこそこそっと耳打ちする。 「えーっと、民衆を導いてく偉い人のこと。やったと思う」 教えた割に疑問系。 「やっぱりバカじゃないの?」 元々冷たい印象なのが、輪を掛けてひんやりとした面持ちで追撃を与えながらも、シャルロルテは内心、彼らに興味津々だったりする。 だってこいつら、かなりおもしろい。 ――ここを離れたのは、何年前か。 望郷に浸る間もなく。アウィスは魔術院在籍時の縁者を訪ね、交渉を行っていた。 「お一人で構いません。守護塔の建造に詳しい方のお力添えを頂きたいのです」 だが、その手の人材は魔術院と都市行政の指示で、まだ修学中の学生まで総出で、復興作業に借り出されているらしかった。大長老がミサイルと交換で魔鋼を貰ってきていたし、少しは余裕があるかと踏んでいたのだが……どうやら、支部と本部で、かなりの温度差があるようだ。縁故を期待して機構都市を選んだが、魔都の支部に掛け合った方が手間が無かったのではと、若干の焦りが過ぎる。 当の交渉相手もこれから修繕に加わる予定で、むしろ君こそ元魔術院生として作業に加われないのかと、逆に交渉されてしまう始末。 だが、この誘いはチャンスだ。 「では、こちらが修繕の手助けをする『報酬』に、職人魔術師の手配をお願いできませんか?」 妙に強気な交渉に、相手は眉を潜めていた。幾ら組織再生が得意だからといえ、魔術師一人が出来ることには限度がある。 しかし、人手が増えるのは、魔術院側としては願ったり叶ったり。その方策で手を打とうと話が纏まる。ただ、成果次第だとの念押しから察するに、報酬を得るには相当に高い『成果』を要求されるに違いない。普通なら、到底無理な――そう、普通なら。 大陸同士の衝突が生み出す山脈の高さは、数千を数える。 その山頂に落ちる、巨大な機影。 離れても届く『相棒』からの声に、巨躯の後部の噴気孔が、紫色の炎を吐く。 弾かれた玉のように、聳える山の斜面沿いを、スゥイの機体が滑らかに急降下していく。瞬く間に麓へ辿り着いた巨大な白黒が、ツァルベル上空に影を落とす。 (呼んだか、相棒) 西側の塔に配属されたアウィスが、その言葉に応じるように軽く手を振って見せる。 白黒に映える、赤いライン。その中央、白い塗装に紛れて煌く、灰色の宝珠。 再び表れた機動生命体に、どよめく作業員。そんな皆へと、アウィスは告げる。 「ご紹介します」 騒然とする現場を席巻する、静かな言葉。 「私の、『相棒』です」 その頃、魔の領域では。 テトテトラが魔鋼の欠片を元気よく振り回していた。 (寄って来てる? そうでもない?) 血走った目、余り意味のなさそうな雄叫び。 噛み付いたり、引っ掻いたり、突進したり。 魔物と魔物が争う間に、魔鋼をちらつかせてみると、両者はこぞって襲い掛かってくるようなのだが……これが、魔力に反応してなのか、動いてるものを狙っているだけなのか、今一つ判別がつかなかった。 (欠片が小さすぎるのかな?) 逡巡でもするように、くるくると回りだす装甲。 そうして暫く、回転しながら眼下の争いを見つめていたが。 (聞いてみればいいよね) ランドルト環の中心部にある紺藍が煌き、やりあっていた魔物の片方が掻き消える。 挙動不審さは、動揺なのか、元々なのか。 テトテトラのコアに収容された魔物は、知性の感じられない動きで、コアの外に見える景色に向かっていきなり走り始めた。 『走っても出られないよ?』 何しろ球形の上、上下左右も無きに等しい。結局のところ、進んだつもりが同じ場所をぐるぐると回り続ける羽目になるのだが…… 精神感応の際の意識は、自動で疎通可能なものに変換される。 知性らしい知性は、案の定、感じられなかったが。 がむしゃらに走り回っている魔物の意志だけは、読み取ることができた。 「にくめしめしたりないちからにくたりないにくめしちからめしよこせめしめしにくくわせろちからくわせろよこせにくめしめしたりないたりない」 ……とても、うるさい。 『肉と飯は別なの?』 だが、聴こえてくるのは単純な単語の羅列ばかりで、質問に反応するような意志は微塵も感じ取れなかった。 これ以上はコアに入れていても収穫はなさそうだ。 早々に断じたテトテトラは、直ぐに魔物をコアから放り出す。ぺいっと。 ……支えもなく落ちていった魔物の体が、地面で爆ぜるような音を立てたような気がしたが。 その固体に対してのテトテトラの興味は、既になく。 (そろそろスゥイ来るかな〜) 落下地点を確認する事もなく、灰と漆黒の機体は、悠々と魔都へと飛び去って行った。 奥地で何をしていたのやら。 渓谷伝いに姿を見せたテトテトラの姿に、ダークネスは細い息とともに煙を吐く。周囲では、敵影かと思い一瞬身構えた者達が、肩透かしを食ったような表情で、再びに構えを解いていた。 何か用事があるのか、テトテトラは綻び始めたバリケードには構わずに、砦とその上空に待機するダークネスらの更に上を越えて、街の方へと飛んで行く。 「あの壁も限界だな。また忙しくなるぜ」 ちびて火の消えた煙草を咥えたまま、ダークネスは発破でも掛けるように、地上は防護門の前で臨戦態勢を取る者達や、共に周囲に浮んでいる者達へと、声を掛ける。 「焦らず行けよ。どうせ、つっかえたのが沢山居る。止めなんざ差し放題だ」 ……空腹と疲労と焦りは、人の心から余裕を奪う。 では、その反対であれば? バリケードによって得られた、束の間の休息。 それは、余りの緊張と疲弊に必要以上に尖っていた騎士らの心を、思った以上に解き解した。 倒してしまえば、どうせ同じ。そもそも、一体に止めを刺すよりも、内輪揉めで仕留め損なう方が、よっぽど格好悪いんじゃないか。誰が倒すかなんて、大した問題じゃない。倒せなかった時の方が、大問題になる。 お決まりの咥え煙草で、世間話でもするようにごちたダークネスのそれは、少しとはいえ冷静さを取り戻した騎士には、耳の痛い話であったようで。 現在の至上命題は、人々と都市を護り、人々の不安を取り除くこと。魔物狩りであろうと、騎士であろうと、必要ならば支援に回り、時に取りこぼしを仕留めと、できることあらば拘らず行動をしていた彼のほうが、よっぽど騎士らしいではないかと、恥じ入る者もあった。もっとも、これは彼自体が細かいことに拘らない性分だからなのだが…… 兎角、束の間の休息は、上手い具合に騎士らの本分を刺激することになったようで。砦周辺が殺気立っているのは相変わらずだったが、今までよりは断然、連帯の取れた行動が取れそうな雰囲気が出来上がっていた。 壁の向こうから聞こえる、複数の雄叫び。 崩れ、ひび割れてた隙間に覗く、異形の鈎爪―― 「――来るぞ」 反射に翳る眼鏡の裏で、鋭く細まるダークネスの漆黒の瞳。 刺し貫くような眼差しが、壁を突き破りまろび出る異形の姿を、瞬きもせずに捉えていた。 スフィラストゥールの街中。 ぶらり途中下車したあとのアンノウンは、音階も適当な歌を口ずさみながら、瓦礫がなくなり見通しの良くなった巨大な砂利道を適当に歩いていた。 やはり、直接被害にあった場所ともなると、暗い雰囲気が付きまとう。住居を失い、魔物から護ってくれる障壁が消え、更にはその魔物を呼び寄せる双子星がこんな時に限って街の上をうろちょろしている。 厳しい現実の上に不安を上塗りして、恐怖感を追加オーダー。セットに諦観もつけちゃう。 やんぬるかな定食一丁あがり。 「お? 俺、今、上手い事言ったんじゃねえ?」 すっげえブラックだけど。 もっとも、彼の中では、それをちゃぶ台返しして、『このやんぬるかなを作ったのは誰だっ!』するところまででワンセットだが。 何にせよ、守護塔が直るか、直るぞという話が聞こえるだけでも、市井の皆さんのテンションは段違いのはずだ。 しかし、アウィス達の用事というのは何なのだろう。 「結構経っちまってんなあ」 見上げた空に輝く太陽は随分と位置を変え、まだまだ東のほうにあると思っていた噂の双子星が、都市の上に差し掛かるか否かというところにまで迫っている。 こんなに時間があるんなら、他に何かもう一つくらい、愛する知的生命体達のために、一肌脱いだり着たりアイロンかけたりしても良かったな。 「あいつまた丁度よく飛んで来ねえか」 ごちながら、ひょろぺらな細身の身体を反らせて、天を仰ぎ見るアンノウン。 そのまま勢いに任せてブリッジしたり。 かと思えば前屈して、ぼろぼろのジーンズの股下から逆様に…… 「あ。居た」 ――崩壊した塔の回りに集まった者達が、首が痛くなりそうな角度でスゥイの巨躯を見上げている。 『なるほど、準備運動って感じだな』 「どちらかというと、採用試験ですね」 乗り込んだコア内で、交わされる会話。 その隣……スゥイが有するもう一つのコアの中には、職人魔術師が搭乗していた。同僚らに祭り上げられて成り行きで乗る羽目になってしまったらしく、とても不安そうである。 『早く済ませて魔都の応援に行くぜ。二人共、準備はいいか?』 途端に、スゥイの装甲先端、やや細長くなっている外装が、音を立てて掻き開く。 今まではどちらかというと流線型に近かったスゥイのシルエットが、Eの字に近い形にまで姿を変える。 更には、後部装甲までもが羽根のように開き、格納されていた六基のサブアームがまろび出る。 『初見殺し』と名高いスゥイの戦闘形態。 中央一点、前方装甲内部から露出した武装――主砲たるイオンスフィア砲が、紫色の光を貯える。 薄い灰色の世界に包まれた中、アウィスが、職人が呪文を唱える度、砲の先端に集まる光が輝きを増し、大きく大きく膨れ上がっていく。 がしり、と。スゥイの振るった巨大な六基の腕が、回りに散らばっていた塔の残骸を掻き集め、砂でも固めるようにぎゅっと一点に押し付ける。 『今だ相棒!』 刹那、完成した二つの魔術が、巨大な球形の光と共に解き放たれた。 紫色の太陽さながらに輝く光体が、押し固められた塔の瓦礫を飲み込み、覆い隠していく。 通常のレーザーに比べても、光弾の弾速は格段に遅い。 だが、それを差し引いても。 塔の袂で夢でも視るように光を仰ぐ作業員や職人魔術師、遠く街中から茫然と見つめる市民、コアの中で祈るように両の手を握るアウィス、二つの灰色に映り込んだ光を見守るスゥイ。 皆が皆、一様に。光が放たれ消えるまでの十数秒を、こんなに長く感じたことはない。 そして、紫の光が拡散して薄れ消えて行った跡には、大魔導師の名に恥じぬ威厳ある佇まいの守護塔が、堂々と聳え立っていた。 『報酬』として職人一人を借り受けたアウィスとスゥイは、一路、スフィラストゥールへと舵を取る。 ツァルベルの守護塔は、外観だけなら三棟全部修復できた。 ただ、やはり内部機構の完全修復には魔鋼が足りないらしく、三本分の魔鋼残骸の寄せ集めに、魔術院の保有分を吐き出して漸く、一本が稼動可能な状態に戻っただけだった。 それでも、修復の為の工期が大幅に短縮できたのは間違いない。想像以上の成果であった事は、誰も口を挟む余地がなく。二人は無事に、人手を借り受けることができた。 なお、魔術院の指示で、職人はそのまま乗りっぱなしで一緒に魔都へ向かっている……本当に拉致したみたいになっているなと、事務所を出る前にシャルロルテと交わした会話を思い出す。 数分と経たず見えてくる、扇形の都市圏。 いつの間にかなくなっている瓦礫は、テトテトラが片付けたのだろうか。 ……いや、それよりも。 「……あの」 『どうした、相棒』 「守護塔が、二つ見えるのですけれど」 灰色のコア越し、外の景色を見ていたアウィスが、おもむろに眼鏡を外す。 眉間を指先で軽く揉み解してから、眼鏡を掛け直し……再び外を見遣る。 だが、結果は同じだったらしく、アウィスの眼差しには益々困惑の色が。 「私、疲れているんでしょうか」 何しろ、外観だけとはいえ、かの守護塔を三本も修復したのだ。疲労が溜まっていてもおかしくない。 しかし、スゥイは。 『大丈夫だ』 冗談の気配など微塵も感じさせぬ語調で、はっきりと答えた。 『オレも二本見える』 |