黄昏幻日
第六節
 ――最果ての東に、空から降りてくる、すごくまるい機影。
 対面するように西回りでやって来た、見覚えのあるオリーブグリーン。
 順当に東回りでやって来た沙魅仙は、コア越しの景色に見える大長老に、ほう、と感嘆の息を漏らす。
「ロードの意向を察して駆けつけるとは。中々殊勝であるな」
 偶然であるとは露知らず。既に同志認定済の大長老の登場に、何処か満足げな沙魅仙。ちなみに、誰に限らず、一度出会った相手は沙魅仙の中では大体が『領民』『同志』『従者』のどれかに分類されている。自動的に。
 いよいよ至る、東方大陸。断崖絶壁に囲まれ、隔絶された大陸に根ざし生まれた、独特の雰囲気。
 ついに東の果てまでやってきたか、そんな思いで碧京の街並みを見下ろす沙魅仙。
 都市の街並みは、大抵が気候風土に合わせて作られるもの。魔術の存在によって、自然の影響を幾ばかりか無視――異星人からすると、凄まじく奇妙な場合もしばしばあろうが――することが可能な惑星ティーリアといえど、労力の軽減を考えればやはり、土地、気候、そこに住む者達の気質に沿って、街ごとの特色が育まれてゆくのも、ごく自然な流れ。
 とりわけ、他大陸とは離れた位置にある東方大陸は、物理的な距離もさること、大陸自体が他よりも極端に狭く、首都である『碧京』が全土を一括管理できる支配力を持っている。そのことも、他の大陸とは違なる趣を生んだ原因かも知れない。
 各地からの流入が多く、雑多に入り混じった活気ある街、グリンホーン。
 労働都市故に、景観に余り気を使っている様子のない無骨な佇まいの、ダスラン。
 歴史を感じさせる古めかしい様式を踏襲しつつも、要所要所に目の覚めるような先鋭的技術が潜む、ツァルベル。
 余りにも都市圏が広い為に、機能性重視で少し愛想のない高層建築街や、下町情緒溢れる郊外の佇まいまで、場所により色々な表情を覗かせる、スフィラストゥール。
 発展や賑わいは他の大都市に引けを取らぬものの、砂漠越えに使われる数多くの牽引動物の存在が独特の雰囲気を醸し出している、シェハーダタ。
 そして、ここ、最果ての都たる碧京は、大陸が狭いが故に貴重となる天然資源を大切にする気風が、街づくりからも見て取れる。緑と水、山と海、そんな自然の一部に溶け込んでしまうほどの、実に慎ましやかな佇まい。自然との調和を重んじる方策は、都市中心部から郊外に至るまで大陸全土に行き渡っており、その不思議な統一感がまた、最果ての地が持つ神秘的な雰囲気を強く印象付けていた。
 大陸沿岸の殆どが断崖絶壁に囲まれた東方大陸は、船が自然に着岸できる場所も限られてくる。空を自在に浮遊飛行できる機動生命体には、そんな制限は全く関係はないが……ここでおにもつ運びのお手伝いをするときは、港傍の海上に降りるのがいいのかな、なんてことを考える大長老。
 しかし、どこが魔鋼採掘場なのだろうか。
 純度の高い魔鋼が埋まっているだけに、地中から発せられる魔力に意識を集中すれば、鉱脈全体の位置はなんとなく把握できるが……
 ダスランは空から見ても地上から見てもそれはもう判り易く、巨大な掘削孔がぽっかりと山の中に口を空けていたものだが。自然との調和を重視する碧京では、無闇に景観を崩すことを良しとせず、鉱脈へ続く坑道も最小限で済ませているようで、上空からでは何処が入り口になっているのか良く判らなかった。
 兎角、解らないなら行ってみるしかあるまい。
 大長老が港から続く街道の上に停止したのを認め、沙魅仙はふむ、と逡巡の息を一つ。
「我々もあそこへ降りるとしよう」
 ……それにしても、段々世界を股に駆ける商人のようになってきた気もしないではない。このままではロードナイツセブンがロードキャラバンセブンイレ……げふんげふん、とかになりそうだ。企業戦士的にも、営業時間的にも、二十四時間戦えてしまいそうである。
 機動生命体の突然の来訪に、港や街中から集まる人々の視線――このところ、荷物運びの往復で、よく行く街の人々は目撃に馴れて来た感があっただけに、大騒ぎされるのは逆に久方振りな気すらしてくる。
 すごくまるい機体に三つ並んだ深緑のコアの一つから、細く伸びる光。
 同じく、若干小振りな機体に据えられた一つだけのコアからも、光が伸びる。
 スポットライトのように静かに届いた光の先端が、山並みの合間を縫うように作られた街道へ接すると、その中からそれぞれ、るりと沙魅仙が姿を現した。
 浮かび上がる輪郭、消えていく光と引き換えに、山間を吹きぬける風に煽られ、マントを颯爽と翻す、皇帝ペンギン!
 ……に、自動変換された姿を紫の瞳に捉え、にこにこしているるり。今日も対沙魅仙フィルターは絶好調のようである。
(それじゃ、気をつけてね。おさは海の上でまってるよ。なにかあったら、すぐに呼んでね)
「はい、行ってきます!」
 みかん色の噴炎を吐きだし、港横に広がる断崖絶壁付近へ向かって、ゆっくり移動していくオリーブグリーンを見送って……るりが振り向けば、やっぱりそこには皇帝ぺんぎん!
 さて、一方の沙魅仙はといえば。彼女はロードの手助けに馳せ参じたに違いない、と決め付けて、さも当然のように。
「では、参るとしよう」
 だがしかし、るりも、一瞬、ぱちくりと瞳を瞬いてはみたものの。
「はい!」
 指示されて行動することに慣れているから、というのもあるにはあるが……何も言わなくても判ってしまうなんて、『ロード』って凄いんですね! と言わんばかりの眼差しで付き従う。
 碧京自体が、高純度魔鋼以外で余り名前の出ない場所ではあるので、ここに来る目的が似たり寄ったりになるのは、ある種当然。とはいえ、今回目的が一致したのは、偶然なのだが……何だかんだでこの二人、息ぴったりである。
「それで、何をなさるんですか?」
「先ずは交渉相手を見つけねばなるまいな」
 食糧支援や炊き出しで、図らずも事前に繋がりを得る事になったダスランとは違い、碧京での活動はまだまっさらな状態。るりが他支部の門下生であることから、一緒にナハリ武術館の支部を尋ねれば、無碍にされることはないだろうが……貴志の募集・勧誘に行くとか、碧京の情報収集をするとかであれば兎も角、商談窓口に武術館は適さないだろう。
 何はともあれ、状況確認。二人は目撃者らの戸惑ったような視線を浴びつつも、あるがままの砂利道を少し加工しただけの道沿いに、碧京の街へと入っていく。
 上から見ると、自然に覆い隠されていた街並みも、地上からだとそれなりの存在感。
 伐採、整地を行い、建造物を構築する他都市とは違い、木と木の間の隙間を埋めるように複雑な形状で建ち居並ぶ建造物。中には、二階部だけが妙に高い木の上にあったり、家の中を木を貫通していたり……それに伴い、家屋は周囲の自然物に合わせた曲線的で流動的な形状の外壁が数多く用いられており、醸し出す雰囲気の独特さは、他都市に類を見ない。
 そしてなにより。
 碧京には、土産物屋と、芝居小屋と、飲食店と、宿屋が多い!
 最果てというくらいだから、田舎だろう。そう考え、閑散とした『辺境』のよくある光景を想像していた沙魅仙だったが……意外や意外、娯楽と観光資源が充実している模様で、交易のついでは勿論、異文化体験を目当てにやってくる他大陸からの旅行者向けの施設が、そこかしこに軒を連ねていた。
 東方大陸が『隔絶した文化圏』であることを、碧京の者らはしっかり意識しているようで、ここで育った独自の娯楽や風土を売りに、実に上手いことやっている。
「くっ、これは予想外だ」
 最新情報や、洒落た衣類、娯楽の類を交渉材料として考えて居た沙魅仙には、まさに予想外の事態。山間部であれば、得意の漁で海産資源を交渉材料に、とも思っていたが……宿泊施設が普通に、新鮮な海の幸山の幸を売りにしているではないか。なんたる事態。
 いやまて、まだわからんぞ。この風に棚引くロードのマント(ロード的最新ファッション)や、ロード英雄記(ロード的お奨め文学素材)ならば、それを覆し余りある成果を上げることが出来るやも知れぬ……!
 ……などと、割と都合よく前向きに沙魅仙が思考転換している間。
 るりは居並ぶ土産物を前に、ぱっちりした瞳を更にまんまるくしていた。
 碧京の名の由来でもある、碧い魔鋼。
 原産地だけあって、それらを使った魔具や魔器を扱う店も、直ぐに見つけることができる、が。
「すすすすす、すごいおねだん……!」
 拳大一つで一生遊んで暮らせると言わしめる高純度魔鋼。
 確かに、輸送費諸々分を除けば、他所の大陸で買うよりは安い……安いのか?
 豆粒程度の魔鋼が付いているだけの杖一本、腕輪一つ、首飾り一つ、どれを取ってもとてもるりが個人で手が出せるような値段ではない。本当に目玉が飛び出てしまいそうだ。
「こちらはまだ、何とか手が出なくもないですけど……どどどどどうしましょう」
 一応、純度が低めの二級品や三級品を使った品も取り扱われてはいる。ダスラン産の混じりもの一杯の原石に比べれば、濁りはすれども色味ははっきり出ているし、触るまでも無くしっかりとした魔力が感じ取れることから、多少はシャルロルテの魔鋼解析の役に立ちそうだが……それでもやっぱり、豆粒サイズでるりの手持ちが一瞬で消し飛んでしまう位の威力はある。
 状況視察代わりに、同じく店頭の魔鋼を使った商品を見ていた沙魅仙も、黒い瞳を険しくしている。
「確かに……他の土産物や日用品とは、比べるべくもないな……」
 とはいえ、ここにあるのは魔具。つまりは加工品だ。元々産出量が少ないのに加え、宝飾としての工賃が上乗せされているのは間違いない。ついでにいうと、土産物的な側面もあるので、装飾造形も東方大陸特有の技法がふんだんに使用されており、多少ぼったくりな価格設定になっている気もする。こういうものに興味が無ければ、適正な相場や価値の判断は難しい。
 流石に店売りの品の入手は微妙だ。加工前の原石なら、少しは手に入れ易いだろうか……まだまだ続きそうな沙魅仙の苦悩モード。無論、唸りつつもロードの嗜みとしてマントを風になびかせることは忘れない。
 そんな彼の様子に、珍しく悩んでおられる! と息を呑むるり。何故なら、余りに可愛いくて思わず抱きつきそうになったからだ。
 ……そんな二人の葛藤はさておき。
 ロードナイツセブンの名声効果で交渉窓口までは何とか辿り着けたものの、交易資源に乏しい碧京にとって高純度魔鋼は最大の輸出品目。そもそもの交換レートが桁違いであるのに加えて、沙魅仙の提示している内容には然程真新しさがないのか、どうにも微妙な反応。
 だが、反応が芳しくない原因は、それだけではなかった。
 物流拠点であるグリンホーンでは、ダスランや碧京から輸送されてきた魔鋼の中間売買も行われている。大陸間の運搬が海洋輸送が大部分を占める惑星ティーリアで、必ず通らねばならぬ海の交差点。となれば、そういった仲買市場が発達するのも自然な事といえるだろう。逆に言えば、仲買を介さぬ大規模な直接輸送を実現させたことが、ロードナイツセブンがツァルベルから高評価を受けることに繋がっているわけだが……当の仲買人らからすると、間を抜かされるのは実に面白くない。
 それに、商売に聡い商人らの間では、最近急に名を上げてきたロードナイツセブンは要注意株。ただでさえ魔鋼大規模輸送という介入不能な市場を開拓されてしまったのに、商売敵としてはこれ以上の市場参入は阻止したくてたまらないだろう。希少価値の高いものを取り扱うならば尚更だ。
 碧京では、高純度魔鋼の希少性と価格の維持に、輸入出方法や取り扱い場所、窓口を碧京自らが一元管理している。採掘や販売を担う業者が複数あれば、何処かを当たればそのうち条件に釣り合う所も見つけられようが、現状、流通方法や手順の決まっている碧京に措いては、自動的に一人の相手を巡って他の商人と競争する羽目になってしまう。
 生粋の商人らと渡り合うのは、如何なロードといえども流石に厳しい。碧京が公営で魔鋼に関する全てを担っていることが、結果として沙魅仙に不利に働いてしまっているのだった。
「むむ……よもや、これほど苦戦を強いられようとは」
 存外に手強い、最果ての都碧京。
 今まで順風満帆だったロードナイツセブンに訪れる、何気に大きな試練。
 だが、そう、ロードナイツセブン結成の折に、吠も言っていたではないか。英雄譚には試練が付き物であると。
 つまりこれは、天が、世界が、試しているのだ。ロードとしての器を!
「これしきで諦めたのではロードの名折れ。この試練、見事乗り越えて見せようではないか!」
 生まれながらのロードであるなら、試練は勿論、その先の克服と栄光まで約束されていて然り。
 途方に暮れるどころか、俄然やる気に。沙魅仙は鳴海を手に、背筋を伸ばして胸を張ると、向かい風に颯爽とマントを翻すのであった。

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