黄昏幻日
第十四節
「所長」
「バカじゃないの?」
 ……という、遣り取りも段々と聞き慣れてきた滞在地。
 ちなみにラボ――研究所の長と考えると、所長でも間違っては居ない。が、大半の者は事務所の長で認識している気がする。そのうち、対抗組織の正式名称が決まれば、それに倣った呼び方をする者も出てくるかも知れない。
 なお、『MAX団』の部分は、旧『メナス戦隊あらくれーず』の正式名称として採用されたらしい。
 閑話休題。
 とまれ、助手の加入と、高純度魔鋼の入手によって、魔鋼の解析は飛躍的に進んでいた。テトテトラが持ち帰った巨大な塊を見た時には、助手が大興奮の余り熱を出した、というまことしやかな噂が流れる一幕もありつつ。
 異星の機器との連動に可能性が見えて以降、構想で止まっていたものの製作が思ったより順調に進み、小型で簡易的な物ではあるが、魔鋼精製機に相当する物も出来上がっていた。ただ、不純物を取り除いた魔鋼は体積が激減。精製を繰り返し繰り返し、装置に詰められるだけ詰めて、精製後の物を更に詰め直して……と相当回数を経て漸く、小石程度を作るのが限界。
 それでも、出来上がる高純度魔鋼は、地上人の研究員が手にすれば、小躍りせずにおれないくらいの代物。研究や開発に使用するならば十二分。
 尚、精製品も魔鋼の質としてはなんら変わりない。しかし、天然信仰とでもいうのだろうか、元々純度が高い碧京産魔鋼の人気は未だ衰えを見せず、計画的な輸出も相俟って市場価格には然程変動が見られない。これは、以前に職人術士が魔鋼高純度化精製を成功させた折と同じだ。
 もっとも、同じく天然物である魔の領域産が幅を利かせるようになれば、今後どうなるか判ったものでない。危ないから採取は当分やめておけと、ダークネスは言っていたが……商魂逞しい者達が、黙って見過ごすだろうか。
 それに、大長老の考えていた空の定期便も、実現に足る要素は揃いつつあるようだし……
 もしかすると、惑星ティーリアの経済は、激変の時を迎えつつあるのかも知れない。
 ……などと、遠慮なく鎮座している無色透明の特大魔鋼を見遣りつつ、逡巡してみるアウィス。
「それで、御用というのは」
「これ、試してきてくれるかい。君じゃなくてもいいよ。使えるなら誰でも」
 ひょい、と急に手渡された代物に、小首を傾げる。
 曰く、以前に大長老が『シャルさんへのおみやげ』として持ち帰ってきた魔具、を一旦ばらし、魔鋼を追加して組み直したものだそうなのだが。
「杖でしょうか?」
 それにしては重心が妙な所にあるし、普通ならば柄になるはずの長い部分には、内部に穴が空いている。指を掛ける部分だろうか、輪になった部位は随分上の方に付いているし……
 はて、と。ひっくり返したり回したり、眼鏡の位置を直しつつ、暫くその外観を眺めていると。
「狙撃銃。弾は光線だよ」
「……ええと、つまり」
「簡単に言えば人間用レーザー砲だね」
 この人はどうして、こう想定外の物をさらりとぽんぽん出してくるのだろう。
 息をするように出て来る皮肉には慣れたが、この謎技術にだけは未だに慣れない。
「内臓の魔鋼をエネルギー源にしてるから、尽きるまでは撃てるよ」
「術への変換も可能なのですか?」
「それを試すんだよ。バカじゃないの?」

「――ということが、ありまして」
『珍しい物持ってると思ったら、そういうことか』
 本日の実習訓練直前。集合場所に向かう少し前、寄り道に魔都へと進路を取るスゥイ。
 移動力に優れた巡洋艦である彼にしてみれば、滞在地からスフィラストゥールまではほんの数分。本気になれば秒単位で移動できる距離だが、今は紫色の噴炎も心持ち控え目に、同じく魔都へ向かう機動生命体らと、速度を合わせて団体飛行中。訓練に参加を予定している中で、普段は防護門近くで都市防衛をしている者達の、御出迎え部隊だ。
 もっとも、スゥイの用事は御出迎えでなく、お届けの方だが。
『先に魔物で試してみるのか』
「はい。それに、他の方にも使ってみて頂こうと」
 ふがしの塔の守護塔化が成功し、一層に堅牢さを増した魔都の護り。比例して、余裕の出来た騎士や魔物狩りからの参加希望は増加の一途を辿り、搭乗する機動生命体が足りない、なんて事態も発生している。開催スケジュールの調整や、回数を増やす事で幾らか緩和してはいるものの……今は魔都の騎士や、滞在地に居を置いている者が大半だが、今後は他都市からの更なる増員もありうる。
 来訪した機動生命体よりも、ティーリア住人の方が圧倒的に多いのだから、当然といえば当然。しかし、それだけに。機動生命体に拠らない、侵略者への対抗手段の獲得は、大幅な戦力増強に繋がるだろう。
『そいつを大型にできれば……オレ達の新しい武装にもなりそうだな。それに、人だけで使えるなら、地上からの反撃も夢じゃないぜ』
 惑星侵略にやってくる機動生命体は、大型の艦だけではない。
『この惑星に最初に来た時には居なかったが、次はヤツらも来るだろうしな』
 それは、戦闘艇と呼ばれる、無敵装甲を持たない、ごく小型な――その大きさは、工作艦を更に下回る――機体。無敵装甲を標準装備している艦種に比べ、装甲は当然貧弱、コア以外の部分への攻撃も十分有効。ただ、その分を補うべく尋常でない数で団体を組んでくるのが、何よりも厄介な所なのだが。
 しかし、落とせる相手である以上、手数を揃えるなどの対抗策を取れば、十分対処可能だ。
『数が揃えば、そういうの使って、地上からの迎撃訓練もできるな』
 辿り着いた砦前。灰色のコアから伸ばした光に乗せて、アウィスを地上へと届けると、スゥイはコアを中心にした回転で方向を転じる。
 続々と砦付近の上空へ侵入してきた機動生命体のコアに、迎えを待っていた者達が搭乗してゆく。
 その様子を、地上から軽く手を振って見送るアウィス。スゥイは彼女へと、瞬きするようなコアの煌きで応じると、噴気孔に紫の炎を点した。
(忙しくなりそうだぜ)
 噴炎が長く伸び、ごう、っと音を立てて後方や地上へと温かい風を押し付ける。
 発進する白黒二色の機影。施された赤いラインが、青い空に一筋の残像を描く。
 西の山を駆け上り、空へと舞い上がっていく教官。その姿を追って、大小様々な機体もまた、重い噴射音だけを街へと残し、山の斜面を駆け上る――

 ――数十秒の時を要し、遅れて届く噴射音。
 重なり合って心身を揺さぶる振動に、ダークネスが薄っすらと瞼を持ち上げる。
 くあぁ、と大きく開いた鷲の嘴から零れる欠伸――今日は珍しい事に、元の姿で。西の山を越えて行く一団を視界の端に一瞥すると、またうとうとと眼を閉じる。
 居並ぶ二つの守護塔の真上、誰の視線も届かないであろう上空に浮ぶ、大きな円盤。
(次は何しようかな〜)
 丸まって昼寝を再開する彼を、横倒しにした機体の中心、輝くコアの上に乗せて。
 テトテトラは機嫌よさげに円弧状の外周装甲を回しながら、魔都の上を漂ってゆく。

 山岳都市ダスランからふと見上げた、西の空。
 今日は随分高い位置にまで上がっていく幾つもの機影は、空へと逆方向へ駆け上る流星群のよう。
「おー、やってんなあ」
 背伸びをしながら見遣る空、浮き上がった幾つもの光は、再び下降し何処かへ消えていく。
 街に着いて暫く。後からやって来た貴志が、見つけた装置を届けてくれたお陰で、今はもう意思疎通に弊害はない。
 でも、何も通じないのも、それはそれでよかったなあと、アンノウンは思う。
「ぼちぼち行くかあ」
 ひょろぺらい背中にギターを担ぎ、繰り出す街中。
 丁度、巨大な採掘口から運び出されてきた鉱石が、その傍の平地へと積み上げられていく。次の運搬予定は一日後。
 沙魅仙はマントを風になびかせながら、工夫に混じって鉱石を掘り出すオペじいを遠く見守る。
「これを終えたら、再び魔都で協力者を募るとしよう」
 いずれ空をも治めるために。
 やることは、まだまだ沢山ある。

 ――一気に駆け上った、成層圏。
 青から黒に変わった天……星々の瞬く宇宙を見上げて、頑張るぞと気合を入れてみる吠。
「今日はどんなことするんかなぁ」
 今日の相方はんもよろしゅうね、と搭乗するコアの中から笑いかけつつ、先導する教官機達についていく。
 暗黒の中、真上には一際に強く輝く二つの太陽。それを覆い隠すように巡り来る、暗い双子星。間近にすら思える距離を通り過ぎていく巨星の影に機体の輪郭を重ねて、スゥイは青く澄んだ惑星ティーリアへと、機首を反転させる。
 この星を必ず護ろう。
 一緒に護っていくんだ。新しい仲間と。
 追いついてきた幾つもの機体、その中に見える人影、そして、何よりも信頼する相棒の姿を思い描いて。
(準備はいいか? 始めるぜ!)

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