黄昏幻日
第十二節
 西方大陸の山伝い、裾野を進む道中。
 沙魅仙はふと、吠から聞いた訓練の模様を思い出し……練習がてら、試しに変形!
「お、おお……これが……!」
 瞬く間に姿を変えていくオペじいの外観。
 その輪郭は流線型の……見紛う事無き、コウテイペンギン。
 浮遊感に包まれたコアの中、沙魅仙は言い知れぬ感激と感動が湧き上がってくるのを感じていた。
 これはまさに、コウテイペンギン族の悲願。空をも駆るこの姿、まさにロードオブロード!
「わたしは今、空をも治める!」
 感極まっての堂々宣言。
 じーんとしつつ、その余韻に浸っていると。
『まだやることが山積みではないですかな』
「そうであったな」
 冷静な言葉にはっと我に返り、咳払いを一つ。
 そして、気を新たに。遠く見える広大な扇形の都市圏へと、友と共に全速前進!

 ……かくして、ペンギン変形に更に自信をつけた沙魅仙が、得意の魚雷泳法で空を駆り、魔都スフィラストゥール上空へと突入していった頃。
 聳える山脈を越えた西側の物騒な地域では、勇ましい音と共に、撒き散る土砂に埋もれて行く機体が一つ。
 差し込む自然光は後方へと遠のくが。半透明な紺藍色自身が発する光のお陰で、今の所は穴倉の中を知るのに不自由はない。
 ただ、地底へと掘り進め、潜れば潜るほど、感じ取れる魔力は益々強さを増し、妙な圧力が身体を包む。違和感は確かな頭痛に変わり、更には軽い吐き気のようなものまで生じてくる。
 間違いなく近づいている。面持ちは然程変わらずも、少し息苦しそうに。ダークネスは深呼吸するようにコアの中で細い息を吐いた。
 無重力の世界に身を委ね、消え行く煙と共に今は上下のない世界を見つめる。
 ……俄に。紺藍越しに浮かび上がる穴倉の中、光を弾く物を見つけた気がして、身を翻す長身。
 同時に、轟音を立て土砂を削り取っていたドリルの回転もぴたりと止まった。
 大雑把に掘り進めているように見えても、そこは器用な工作艦。地層の推移とは明らかに違う土の中の手応えに、テトテトラは直ぐ様に空色の噴炎を停止させ、浮遊状態でその場に静止する。
『ネス、これ魔鋼?』
 光る何かを壊さないよう、ドリルの先端で周囲の土を器用に突き崩せば、露になる結晶。
 ダークネスは、ああ、と一度短く応じてから、煙を吐き出す一拍を置き、改めて告げる。
「魔鋼だ。間違いない」
『やっぱりあったんだね。『とびっきり』』
 といっても、加工前、それも掘り出したばかりの高純度原石を目の当たりにするのは、ダークネスも初めてだ。市場流通品は大体が魔器や魔具として加工済みだし、原石として出回っているものも表面研磨くらいの軽い処理がされている。
 ……なんて事を考えている間にも、四方八方から感じる魔力の圧力に、ダークネスは軽くこめかみを押さえながら、コアが発する光に浮かびあがる土塊の壁を見回す。
「これ一つじゃねぇな。周りにも埋まってると思うぜ」
『じゃあ掘ってみる。戻して〜』
「ああ、悪い」
 応じると共に、するすると解けていくドリルの螺旋。細長かった機体も円盤状に、四本のサブアームを備えた、いつものテトテトラの姿へと戻っていった。
 先ずは目の前に見えている一つ。四本のサブアームが滑らかな動きで周囲の土を撫でるたび、徐々に露になっていく全容。
 やがて、ごろり、と緩慢な動きで転げ出てくる、透き通った結晶。
 疑う余地もない、高純度魔鋼。
 しかも、一つの塊が、ダークネスの背丈程もある。三流品でもこの大きさは珍しいというのに。
「こんなものがごろごろしてやがるのか」
 これ程異常な状態であれば、地上部での魔物のありえない変貌も頷ける。現に、彼自身が頭痛や気分の悪さを覚えているのだから。
「魔力酔いなんて初めてだぜ」
 それも、悪酔いか、二日酔いか。そんな不快な感覚。
『魔鋼って酔うんだね。お酒になる?』
「酒には……どうだろうな。出来てもしない方がいいと思うが」
 などと話している間にも、サブアームの大活躍によって、次々に転げ出てくる塊。
 ここに立ち込めている息苦しい程の魔力を使えば、術や技の威力は飛躍的に高まるだろう。だが、人がこの地に長く居るのは危険だと、ダークネスの勘が告げている。もしも、魔力の影響を受けやすかったり、敏感な者だったとしたら、『悪酔い』程度では済まないはずだ。
 そんな彼の不調は、テトテトラにも伝わっているのだろう。ある程度、土の中の結晶を掘り出した所で、サブアームの動きを止めて、
『ネス、平気? 戻る?』
「そうだな。出る物も出たし、引き上げるか」
『幾つ要るかな。ふがしと、シャルと、僕と、ネス? おさもいるかな?』
 掘り出した中から大きい順に塊を選び取ると、くるりと外装を回転、進行方向を逆転させ、真下へ向けた噴気孔に空色の噴炎を点す。
 程なく、穴蔵を脱し、魔の領域上空へと浮かび上がる機影。
 土の中に居たときは、テトテトラのコアが紺藍色であるせいか、その光を弾く鉱石もほんのりと紺藍に色づいて見えたが。
「ここのは無色、か」
 変形を利用し、籠型に変えた一本のサブアーム先端。そこに詰め込まれた必要分の高純度魔鋼が、差し込む陽光そのままの色を蓄えて輝く。
 眼下には、掘りたてほやほやの大穴。周囲には撒き散った土砂が散乱し、草原に残るのは不自然な黒丸模様。
 遠ざかって行くに連れ、ダークネスが感じていた違和感も薄れてゆき……魔都へ戻る渓谷の入り口に達する頃には、気分の悪さもすっかりと消え失せていた。今、感じ取れるのは、持ち帰った魔鋼の塊から発せられる、鮮明な魔力だけ。
 一塊が大きい程度では、妙な症状も出ない。同じ高純度魔鋼が取れるはずの碧京で、魔力酔いをしたという噂も報告も全く聞かないのは、実際にそんな症例が発生していないからだろう。
 碧京は産出量の違いが、採掘量の多いダスランの場合は純度の違いが、魔力酔いの起きない要因と見て間違いあるまい。
「一先ずこれで、ふがしは完成しそうだな」
『シャルもバカじゃないのって喜ぶかな?』
「それは喜んでんのか?」
 進む傍ら、真下の渓谷を通って同じ方向へ進んでいく魔物を見つけては、談笑交じりに原型の解らない液体に変えていく。
 やがて、バリケードを越え、防護門と砦の上空を越えて、魔鋼の詰まったサブアームをお買い物帰りのように揺らしながら、スフィラストゥールへ帰還する二人。
 多くの者は、見た事のない巨大な魔鋼の塊に目を丸くしていたが。
 砦付近で容赦なく行われた魔物処理や後片付けの様子を目撃した騎士だけは、微妙に引き攣った表情をしていたそうである。

 西へ傾ぐ陽の代わりに、明りの灯り始めた二つの建造物。
 魔都の街並を照らす東の塔とふがしの塔。
 帰る者、出かける者、様々な人々が明りを見上げながら通り過ぎてゆく最中。ふがしの塔の袂には……時刻には見合わぬ妙な人だかり。
「我々は未来を守らねばなるまい! この美しき星を!」
 吹き降ろす西風にマントをなびかせ、浮遊するオペじいを足場に眼下の群集に呼びかけているのは、沙魅仙である。
 一度は去った危機。だが、その再来も想像に難くない。
 この度の勝利は、皆の力が合わさってこそ。一人は皆の為、皆は一人の為、その心が導いた勝利。
 一人では小さくとも、個が精一杯にできることできうることを成せば、大きな力となる。
 だから、力を出すこと、出せぬ事を恐れず、出し惜しまずに、今出来ることをしようではないか……と、懇々と語り掛ける。
「もし何かしたいが出来ない何をすればいいかわからない。未来に託したい、未来を守りたい、そんな想いの者がいれば、ロードナイツはいつでも手を貸そう」
 情報に聡い者は、その名称を聞いた途端に、軽くどよめき。
 そうでないものは、何だろうといった表情で顔を見合わせる。
 だが、個々の反応には構わず、ロードはマントを颯爽と翻して、尊大に手を差し伸べる。
「君たちの歩みを待っている」
 ……という締めの一言と共に、大抵は拍手らしきものが発生するのだが。
 それが不意に、大きなざわめきに変わった。
 暮れなずむ西からやってくる円盤と……斜陽を浴びて朱色の光を蓄える、巨大な鉱石――魔鋼。
 ふがしへ近づくにつれ、眼下に増えていく人影。驚愕と驚嘆にまみれた視線を浴びながら、しかし、それを気に止める様子もなく。黒衣の長身は、紺藍色の中で煙を吐く。
「なんだ、また宴会でもやってたのか?」
『ふがしの塔完成祝いかな』
 機嫌良さそうにランドルト環状の中心装甲を回転させる機影は、勿論、テトテトラ。
 コア内のダークネスは、それは気が早過ぎやしないかと思いながら、判り易く自分達を追いかける地上の視線を見遣る。魔の領域から戻り、高純度魔鋼が手に入った事をオルド・カーラ魔術院に報せに行ったのがついさっき。魔術院からは直ぐに職人を手配するから先に魔鋼をふがしの塔に設置しておいてくれ、と頼まれたばかり。寄り道せずに真っ直ぐふがしを目指してきた自分達よりも早く完成祝いをするのは、流石に無理だろう。
 思う視界に映る、ふがしの袂に鎮座するどでかい物体……あれは、機動生命体か。
「あいつを見に集まってたのか」
 何をしに来たのかは知らんが、とは言いつつも。テトテトラよりもまだ一回りほど小さい機体がふがし前の空き地に着陸しているのを認め、合点が行ったように頷く。
「あいつも細工が得意なタイプなのか?」
『そうだよ。手伝って貰う?』
「その辺はお前さんに任せるぜ」
『じゃあいいや〜』
 斯様な会話が交わされているとは露知らず。
 頭上にやって来た機影が、立派な高純度魔鋼を携えて、あまつさえそれをふがしの塔に詰める様を、沙魅仙は感心したように見上げる。
 ロードにすら成し得なかった魔鋼の質向上をやってのけるとは天晴れなりと、何故か感慨深げに頷く。そして、相変わらず唖然としている群集へと、咳払いと共に告げる。
「みんなの心が、想いが合わされば、未来もまたこのようによりよい方角へと導かれていくであろう!」
 結果よければ全て良し!

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