黄昏幻日
第八節
 始まりの街グリンホーンの街中では、ロードナイツセブンの貴志らが、様々な活動を行っていた。
 ……はずなのだが。
 その輪の中にすっかり入り込んで、弾き方を忘れたギターを掻き鳴らし、一際に人々の注目を集めている男が一人。
 何やら、この惑星の未来の為にと仰々しい大義名分を掲げて真面目に活動してる団体があるらしい……という話を、行きずりの通行人から耳にして、気紛れに接触したのがつい先程。街を行き交う行商人らとは雰囲気が違うし、何が出来るか解らないままにとりあえず集まった愚連隊ともまた少し毛色が違う。勢いだけは若気の至りに溢れていたが、その真っ直ぐな所が逆によかったのかも知れない。
 街角で見つけた貴志の一人……に、まるで待ち合わせでもしていたかのように、細い腕をひらひらさせながら近づくや。
「よ。手伝おうか?」
 と、担いでいたギターを背から下ろし、アンノウンは相手が何か言うよりも早く、チューニングが狂って久しい六本の弦を適当に爪弾き始めたのである。
 ここまで、大体、歩いているだけで注目を集めていたアンノウン。それがまた奇怪な行動を取ったとなれば、注目が集まるのも当然で。通行人は勿論、一方的に手伝われている筈の貴志らもが、何事かと集結する事態に。
「そんで、こっからどうすんだ?」
 注目を集めるだけ集めておいて、ノリで対応を丸投げしてくるこの奇妙な異星人に、集まった貴志らは一様に、「えっ」と戸惑った顔をしていたという。

 ――青々とした海原に佇む、小さな大陸。
 断崖絶壁に囲まれた東方大陸の、ほぼ唯一と言っていい船着場。他大陸との交流の為、西側の一箇所にだけ解放された港、そのすぐ傍の海上に、浮遊状態で佇むすごくまるい機影。
 その隣には、小粒なもう一つの機影が、内陸を見つめるかのように浮んでいる。
(中々苦戦しておるようだ)
(そっかあ)
 到着した船からの積荷の揚げ降ろしをサブアームで時々お手伝いしながら、精神感応で話すのは遠く街中で交渉をしている各々のパートナー――魔鋼の入手に頭を悩ませている沙魅仙とるりのこと。
 ロード的最先端情報での交渉に失敗した沙魅仙が次に思いついたのは、山岳都市ダスランでの産出量上昇に貢献したように、工作艦としてのオペじいの能力を使っての魔鋼の産出量上昇。しかし、碧京の魔鋼鉱山はダスランとは異なり、入り口も搬送路も最小限、幾ら工作艦が小柄とはいえ、最低でも30mを越す体躯に人間サイズの坑道を使うのは至難だろう。かといって、ダスランのような大きな採掘場の新規開拓を、景観を重視する碧京が許可するとは到底思えない。
「この試練、中々に手強い……友よ、何か良い案はないものだろうか」
(私は器用さだけが取り得ですからな)
(おにもつ運びとか、おさいると交換じゃむつかしいかな)
 おさのミサイル、略して、おさいる。
 惑星ティーリアで珍しい金属である、機動生命体の精製ミサイルとなら、希少な魔鋼とも釣り合いが取れないだろうか。とはいえ、珍しいといってもそれは現段階でのこと。エネルギーさえあれば無尽蔵に製造が可能なミサイルと、埋蔵量が決まっている魔鋼とでは、いずれ価値も変動してゆくだろう。交換が可能なのは、最初の一回だけになってしまうかも知れない――
 それでも、僅かでも目があるのなら! とばかり、果敢に交渉に挑む沙魅仙。
 るりとしてはできれば、『ふがしのとう』の稼動に足る分を確保したくはあるが……余りに量が少ないようなら、シャルロルテが解析に使える分だけでも、とロードの手腕に希望を託す。
 ふとるりが巡らせた紫の眼差し。青々とした木々に覆われた景色の向こう側に、大長老のまるい機影の天辺だけがちょこんと覗いている。大長老が何か仕草をすると、都度都度に感嘆や驚愕の声が上がるのが、遠く微か風に乗って聞こえてくる。
 グリンホーンへ頻繁に寄港する船乗の中には、『おてつだい』にやってくる大長老をすっかり見慣れた者もいる。すごくおおきな大長老のサブアームは、やっぱり凄く大きい。それに、人間に比べれば当然、凄く力持ちで、サブアームによる荷物の揚げ降ろし作業効率はとても高い。その為、大長老を『お馴染みの機動生命体』として見知っている船乗は、率先して大長老に手伝ってくれーと声を掛けてくる。
 そんな様子すらも珍しいのか、手の空いている街の人々が入れ替わり立ち代りで、港近くの断崖に集まって見学や野次馬をしているのが、大長老の目でもある三つの深緑のコアに映り込む。気さくに大長老へ手伝いを依頼する船乗達の姿に、危険が無いことを理解したのか、騒いだり怯えたりと言った様子は徐々に少なくなっているようだが……機動生命体に対して警戒心や恐怖心を抱いている者が、まだ数多くこの惑星に居るのは、間違いないだろう。
 意思疎通の装置ができれば、そんな人々と機動生命体との架け橋になるはず。
 『ふがしのとう』の稼動に足る分を確保できれば最上だが、そうでなくとも、せめてシャルロルテが解析に使える分だけでも……
 街中で魔鋼の店を見回っている折、土産物屋で見つけた深緑色の硝子細工を手にるりは、めげずに交渉を試みている沙魅仙の背を期待の眼差しで見守っていた。

 ……かくして、ロードが四苦八苦している頃。
 割といつも通りの唐突な出会いを経て。先ずは仲良くなろうや、というお決まりの方策で、アンノウンは貴志集団に混じって、ロードナイツセブン・グリンホーン拠点、と言うには質素な街外れの倉庫の一角にお邪魔して、またまた適当な音階のギターを掻き鳴らしながら酒盛りを始めていたりした。
 個人・団体を問わず、絶賛協力者募集中のロードナイツセブンとしては、異星人側からのアプローチは歓迎するところ。しかしながら、彼は協力者としてやってきたのか、様子を見に来ただけなのか、貴志として正式加入するのか、どれが正解なんだ……と、始めのうちはその曖昧な雰囲気に戸惑う様子も見受けられたものの、普通に混じって普通に飯食って騒いで普通に親睦が深まっていくうちに、細かい事はいいんだよという感じになってきて現在に至る。
 正面切って勧誘すれば、気紛れなアンノウンのこと、「なんだかよくわかんねえけど、まいっか」などとノリであっさり了承するに違いない。もっとも、加入もノリなら退去もノリで、ある日突然、ふらりと姿を消してしまうかも知れないが。
 兎角、話してみれば皆同じ。アンノウンの愛する知的生命に違いなし。とはいえ、ここに居る貴志らがスフィラストゥールで出会った八百屋のおっさんや食堂のおかみさんなど、地に足のついた生活をしている者達とは少し違って、『自分の故郷、そして、この惑星の為に何かしたい!』という、若い情熱に溢れていた。当人自身の年齢などには無関係に、大きな目標に目を輝かせて邁進する様子は、純粋な少年少女さながらである。
「いいねえ、夢はでっかくねえとな!」
 調子よくそんな事を言って、そんなお前らに一曲プレゼントだ! と、再びギターを掻き鳴らすアンノウン。弾き方なんて適当でいい、音のずれなんて些細なこと。この愛があいつらに伝われば無問題!
 飲めや歌えやと倉庫の一角で続く小さな宴会。勢い任せについつい時間を忘れてしまうが……ロードもたまに風に吹かれてさぼっている事があるし、こうやって何もしないで騒ぐだけの日があってもいいだろう。沙魅仙に留守を任されている蟹人外貴志はそう考えたか、羽目を外して騒ぐ同志らを、静かに見守る事に決めたようだ。
 手拍子やら笑い声やら、屈託なく聞こえてくる様々な音。
 それらを耳に、アンノウンの脳裏にふと、この星の言語を覚えたりできないかといった考えが過ぎる。
 しかし、昔覚えていた筈のギターの弾き方でさえ、今は見る影も無くこの有様。思い出すのすらいまいち上手く行かないのに、まっさらから他所の星の言葉を覚えるのは、きっともっと難しいに違いない。
 無理か。俺頭悪いし。
 いやでも、メカだって愛の力でパワーアップしたんだ。知的生命への愛の力でなんとか、なんねえ?
 案ずるより産むが易し。ちょいと試してみっか、とばかり。ぺらぺらの革ジャケットの襟元に付けっぱなしになっている小さな装置を、ひょいと外してみる。
 ああ、うん。
 やっぱりちんぷんかんぷんだ。
「あー、何言ってっか全然解んねえや」
 突然、聞き取れない言葉を発したアンノウンに、鳩が豆鉄砲でも食ったような顔になっている一同。
 アンノウンはその様子にからからと笑いながら、取り外した小さな物体を指差して、もう一度、自分の革ジャケットの襟に取り付ける。あー、前もやったな、こういうの。なんてぼんやり甦る既視感。
 一方で、全く聞き取れない言語に遭遇した貴志らは、驚愕したり動転したり、また大騒ぎ。惑星全土がほぼ単一の言語体系であるティーリアの住人には、『意味の同じ単語を照合する』という習慣自体がない。更には、魔力もないのに動く不思議な装置に興味津々で、自分もやってみたいと挙手して賃借を希望する者まで。
 気前よく、ノリで貸し出している間、やっぱりさっぱり意味の解らない言葉。
 でも、どの星でも一つだけ。
「笑い声だきゃあ、付けても外しても、変わんねえんだよなあ」
 それが判っただけでも、何と無く満足な気分がして、アンノウンもまた自身が生まれた星の言葉と発音で笑う。
 やっぱり、知的生命体は最高だ。

 ……所は変わり。
 魔都スフィラストゥールにある、オルド・カーラ魔術院支部。
 少々古めかしく荘厳な見栄えの建物前、揺れも音もなく停止した馬車から降り立つは、長い漆黒の髪を棚引かせる長身。
 貴族然とした意匠の着衣と相俟って、建物前に佇む姿が妙に絵になる。その光景に、初めは見惚れるように視線を向けていた通行人らが、近づくに連れて感じる違和感に、今度は不思議そうに眉根を寄せて通り過ぎてゆく。
 かと思えば、何か合点がいったように頷き、暫しその姿を見遣る者も。それはまるで、魔力のない異星人のことをよく見知っているかのような素振り。
「……ああ、名無しがこっちに居たんだったね」
 その名無しことアンノウンが既にスフィラストゥールを出ているとは露知らず。シャルロルテは一人納得したようにごちて、魔術院の入り口へ続く短い階段に足を掛ける。
 軽く周囲を振り見れば、屋根の向こうの遠い景色に、一際高く突き出た二つの建造物。魔都の守護塔『東の塔』と、件のアンノウンがテトテトラと一緒に勢いで拵えた『ふがしのとう』だ。少々、周囲の建物が高くとも、その隙間から更に飛び出て見える辺り、流石は世界一の高層建築といった所か。
 一瞥の間に、そんな逡巡をさらりと過ぎらせて。
 開け放しの大きな鉄扉を潜り、中へと進む。学術機関でもあり、教育機関でもある魔術院。入り口入ってすぐの大広間中央に、石碑的な物が置かれている様子は、レトロな博物館や、古い建造物を大事に使い続けている由緒正しい大学かといった趣き。
 もっとも、古さを感じるのは、天上の民であるが故かも知れないが……シャルロルテ当人としては、旧時代的な物もそんなに悪くない。服装からすると、こちらの方がしっくり来るくらいだ。
 大広間からは、各施設へと続く大きな廊下が見て取れる。上層階へ続く階段も。さて、どれが正解か。
 学生か研究者かといった身形の者達が行き交う中、思案するように銀の眼差しを巡らせていると……大広間の傍らに、事務窓口らしきものが。先ほどから、行き交う学生諸氏の視線が度々シャルロルテに向けられているが、窓口の番をしている相手も例に漏れず。
 図らずも目が合った一瞬だけ、少しばつが悪そうに目を泳がせている相手の元へと、石造りの床を靴音高く進み、シャルロルテは持参した紹介状を広げて見せる。
「通信の専門家に話を聞きたいんだけど、取り次いでくれるかい?」
 紹介状を見た相手は、その内容と署名を確認すると、やや慌しく事務机の上にあった何かを操作して――あれはもしや、通信魔器そのものではないか。
 ひょっとして、校内放送程度の中距離音声のみの魔器は、一般にも普及しているのか? それとも、ここが魔術院という特殊な環境だからなのだろうか。
 整った面持ちの裏でそんな考えを過ぎらせている間に、どうやら専門家の紹介に留まらず、支部長が直接面会を希望しているらしく、奥の応接室まで案内される事に。
 広く長い廊下を真っ直ぐ奥へ進む道すがら、世間話として交わされるのは先日の大侵攻に纏わる話。死者を出さず危機を乗り切ったという偉業もさること、東の塔の復旧や、新しい塔の爆誕と、大侵攻当日は出来事が目白押しだった。それがつい先日の事ともなれば、未だに話題の中心に上るのは致し方ないことといえよう。
 その中で、『ふがしのとう』を将来的にどうするか、と言うのは、都市行政や有識者らの間でも色々と意見が交わされていると聞かされる。二本目の守護塔として防衛強化に充てようというのが意見の主流ではあるが、都市強化に繋がる何か他の機能も付けられないかなど、面白い提案が幾つか出されているという。
 さて、そんなふがしのとう、相変わらず正式名称は募集中だそうで。
 冗談交じりに、何かいい案はないものかと、案内の人に話を振られて、
「ふがしでいいんじゃないの」
 そう告げるシャルロルテの声は、至極、平坦だったという。

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