黄昏幻日 |
第十三節 |
――などと、ロードが追加演説をぶちかましている頃。 ロードナイツセブンの本拠地っぽい感じになっている始まりの街グリンホーンから、山岳都市ダスランへ向かう商隊の中に、弾けないギターで新曲を披露する男の姿があった。 じゃんじゃかと調律もろくにできていない撓んだ弦を引っ掻きながら、機嫌よく笑ってはいるが。 「はっはー、何言ってんだか全然わかんえや」 相変わらず、例の翻訳装置は会う人会う人が興味津々、気前良く貸し出しをしていたはいいが……又貸しの又貸しで段々と誰が誰に貸したのか追い切れなくなってきて、結局、いつの間にか行方不明になるという事態が発生していた。 「まあいっか」 なんとかならあな、愛さえあれば。 最近ずっと行動を共にしている貴志連中は、彼の発する聞き取れない言葉にも段々慣れてきた様子。それに、見た事あるもの、見た事ないもの、色んな身振り手振りを繰り出しあっては、伝わったり伝わらなかったりする状況を、彼はすっかり楽しんでいた。言語で通じないとジェスチャがどんどん大袈裟になっていくのが他所の星と同じだというのも、彼としては愛すべき発見だ。 たまに、どうしても何かを正確に伝えたい時は、魔術か何かで頭に直接意志を流し込んできてくれる。ただ、いつもそれをしてくる相手は、使えるだけで得意な訳ではないらしく、使用の度しかめっ面の難しい顔をしているが。 兎角、非常時の通訳代わりに、念話係を伴いつつも。 なんかそう言うノリだったから、という気紛れな理由で、アンノウンは物資を届ける商隊に混ざり込んでいた。 両側に聳える、垂直にすら思える険しい山。谷間の道幅はうんと広く、進む道の蛇行も緩やかで、一見すると真っ直ぐにも見える。 いや、真っ直ぐでも、曲がってても構わない。それより、山もでかいし、道もでかいしで、全然、景色が変わっているように見えないのが……グリンホーンを出立したのが昼過ぎで、既に日も落ちて辺りが暗いのがそれに拍車を掛けている。 間違いなく前進しているんだなと思えるのは、後方に残してきたグリンホーンの街並が、振り返ってももう確認できなくなっていることくらいか。微かな街明かりすらも、見えなくなって久しい。 進行方向には勿論、山に挟まれた道がまだまだ続いている。 「何日掛かんだこれ?」 終点がさっぱり見えてこねえなあ。続・人類みんな愛してるの歌を終え、沸いてきた笑いと拍手へ細い腕を振り上げて大袈裟に応じつつ、そんな事をごちる。 距離が相当あることを見越してだろう、揺れない荷台――車輪がなく浮遊する例の荷台には、動物が牽引する為の器具の他、谷間を吹き抜ける風を利用して進む為なのか、帆船のように帆と帆柱が据え付けられていた。今は大した風も吹いていないので、綺麗に折り畳まれている。 一方で、荷台を牽引する動物は、馬ではないし、ロバでもないし。顔つきは鳥や爬虫類を髣髴とするが、角が生えていることを考えると、違っていそうだ。かといって、牛でもないし、鹿でもないし。体毛は羊毛っぽくも見えるのだが……一体何なのか。 ただ判るのは。 物凄い馬力と体力を持っているということ。 今は無風のこの谷間で、歓声に応じて拳を掲げ立ち上がった彼のひょろぺらい身体が、進行方向から吹き込んでくる凄まじい風で薙ぎ倒されそうになる。それくらいの速度。 一応、なんという動物なのかと問いかけはしたものの、その時には既に翻訳装置は行方不明で、全力疾走中の『あいつ』の正体は不明なまま。 「むー、とか、おーとか、なんかそんな発音だった気はすんだけどよう」 一度しか聞いてないので、記憶の正誤も怪しい所だが。 まぁ覚えてたらまたそのうち聞いてみるか。そんな事を考えつつ、向かい風に薙ぎ倒されるままに荷台に座り込む。どこの惑星でもそうだが、必ず一つ二つ、出身惑星には居なかった不思議な動植物が根付いている。それがまた、面白い。 に、しても早い。まるで高速道路を走っているような感覚。なのに殆ど変わらない両側の山の景色ときたら。どれだけでかいんだか。この速度で移動できていなければ、目的地まで本当に何日掛かるか判ったものでない。 もっとも、急ぐ旅でもなし。アンノウンがそんな事を気にする事もないのだが。 そろそろ一寝入りしておくかと、ごろりと仰向けになって見上げる夜空。 その中に煌く、三つ並んだ、やけに大きな……見覚えのある光。 「あれ毬藻じゃねえ?」 段々と重くなる瞼に半分程を覆われながら、見上げる黒い瞳に。 自分達とは逆方向、ダスランからグリンホーンの方向へと移動していく深緑色のコアの輝きが、映っていた。 お休み前の一仕事。まだエネルギーが残っているからと、おにもつ運びのお手伝いに出かけた大長老が、惑星ティーリアの空をゆく。 そろそろ日没を迎える滞在地と、スフィラストゥール。 一方の中央大陸は、夜を迎えてから随分経つ。グリンホーンの街中は灯る照明で輝いて見えるけれど。 地上に降りれば夜真っ盛り。だが、東に向け航行する大長老が居る遥か上空からは、一巡して昇り始めた二つの太陽の光が、遠い東の水平線を白く染める様が確認できる。 おやすみなさいが近いから無理しないでねと、滞在地の宿舎に残してきたるりの代わりに、今は遂にお出かけデビューしたくりが、おにもつスペースに搭乗して同行中。 離れていても届く声。寝床に入って眠るまでの一時に、ゆったり交わされる二人の会話。 (るりさんのつよいこモードってどんなんだろうね?) 「つよいこモードですか?」 どうやら、必殺技の事を言っているらしい。言葉だけでは通じない事も、精神感応で届くちょっとした思念のゆれが、思いの伝達を補助してくれる。いつも完璧に、と言うわけではないのだけれど。 (『たきだし』で、すごくまるくてとてもおいしいおにぎるがいっぱい出来たりするのかな) 閃士としてならば、素手での戦いが得意で、中でも足を使った技の威力には自負があるるり。ただ、しっかり鍛えた分だけ、腿周りやふくらはぎが立派な筋肉質に育ってしまったことについては、年頃の彼女としては悩みどころではあるが。 閃士の力は戦う力。魔物であるとか、日々の生活であるとか、個人差があるにせよ、技を使うのは壊したり、倒したりといった事が多いわけだが…… 今は、大長老の言葉に、自分の挙動の後に一杯のまるいおにぎりがころころと生まれていく光景を想像、それがなんだか可愛くて、くすっと吹き出す。 (るりさんとシャルさんがいっしょに必殺技したら、『たきだし』のおにぎるからちっちゃいこが出来たりしちゃうのかな。なんかすごいね) 「ホエリィさんも一緒なら、もっともっとすごく美味しいおにぎるになりますね!」 ちっちゃいこ――試作機のようなものが沢山生まれる様子を想像している大長老に、るりはほんわかした気持ちを抱いて、にこにこした表情を更に破顔させる。 その表情の裏で。また侵略者の襲来があった時には、パートナーを組む他の皆と同じように、自分と大長老も戦う事になるのだろうか、こんなにおおらかでやさしい大長老を、戦いの中に借り出すような――前線に立って直接戦わなくとも、輸送艦として仲間の援護をする事もあるだろう――ことになるのかと思うと、心が痛んだりも。 でも、そう。あれは先日聞いた『てんじゅまっとう』の話。 ひとの、限られた命。寿命で、病気で、争いで。人生にはいつか終わりが来て、別れがくる。 この暫くの、大長老を始めとした沢山の素敵な出会いは、るりにとってずっと続いて欲しいと願う幸せの一つ。基本、前向きな性格のため、良くない考えには滅多と行き着かないが……もしも、それらが失われてしまったらと思うと、気分が落ち込む。 だから、ずっと続くということ――永遠というものに憧れがあって。 でも、永遠に近い機動生命体である大長老が、ひとをすごいと言ったことが、なんだか不思議で。話を聞いた時、街へ向かう荷台の上で、何故だか涙が出たのを憶えている。 宇宙には、知らないこと、想像のつかない事が、まだまだ一杯ある。 まだまだ、いっぱい。 ……これから先、侵略にやってくるわるいこと戦ったり、追い返したりするには、一時的にティーリアを離れる場面も出てくるかも知れない。 それも全部終わって、もう大丈夫だと判った時には……この惑星とお別れして、新しい旅に出る事にも、なるのだろうか。 ただ、これだけ長く居て、これだけ仲良しが沢山出来た星は、他にはなかった。ずっといるこ、そうじゃないこ。いろいろいるのかな。みんなどうするんだろうと、大長老はそんな事を考える。 (うちの機体名ね、『Orbis』の意味って『世界・空・星』……そういうおおきなまるいこのことなんだって) 天には星空、地には海。次々に流れていく景色を隔てる水平線は弧を描く。 もっと高くまで、あの青の外へ飛び出れば、この星がおおきくまるいことを、その目で確かめる事ができる。 段々と眠くなってきたるりを気遣っているのか、意識に響く大長老の声は、今までよりも更にほんわりとして優しい。 いざと言う時は、大長老の力を借りて皆を守る力を出せたら……いや、きっと。大長老が『たきだし』でおにぎるができると言ったように、大長老とるりにしかできないことも、いっしょなら見つけていけるはずだ。 自己満足かも知れない。でも、誰かの役に立って、感謝されて生きていけたら。そうして、大長老がすごいと思えるような『てんじゅまっとう』ができたら。 そんな強い想いを抱きながら、るりは瞼の裏の暗闇に、意識を沈ませる。 寝息のような落ち着いた波長に変わった念波を感じ、小声で囁くようにおやすみを告げる大長老。 今は枕元にでも置いているのだろうか。碧京で見つけた深緑の硝子を、「おささんと同じ形にして貰ったんです!」と嬉しそうに見せてくれたことを、遠く離れた夜空の上で思い出す。 (すてきなまるいこの夢、いっぱいみれたら、なんかいいよね) ゆっくりゆっくり、発着場へと高度を落としながら。 大長老は瞬く星を見上げるように、夜空を三つのコアに映す。 ――世界も空も星も、どこだってきっと、一緒に行けるんだよ。 |