黄昏幻日 |
第十一節 |
……本当に、魔術というのは出鱈目な代物だと思う。 もっとも、文明発展度によっては『空間転移』の技術すら開発・会得済みとなる天上の民が、言えた義理ではないかも知れないが……その天上の民の文明を以ってしても、空間を捻じ曲げて繋ぎ、向こう側に人や物を送り込むほどの出力を出すには、結構大掛かりな装置が要るものだ。 それが、魔術を用いれば、人間が一人、魔鋼の填まった杖を手に、数分間念入りに何か唱えるだけで、同じ事が出来てしまうというのだから。仮に転送装置と類似性があるとすれば、音声や思考認識で機械が作動してくれるという、操作が簡単、な部分くらいか。 なお、それを得意とする術者本人が知っている場所へ、本人だけが転移する場合は、魔鋼や念入りな詠唱も必要ないとか。眉間に皺を寄せて一生懸命長い呪文を唱えていたのは、他人を見知らぬ場所に転送せねばならないから、だったらしい。 ……なんて話を、『助手』として魔術院から一緒に付いて来た魔術師に聴きながら。 スフィラストゥールのオルド・カーラ魔術院支部長の計らいで、『転移の術』による送迎を受け、早々に滞在地へと戻ってきたシャルロルテは、ラボの中で何やら作業を行っていた。 行きは馬車で数時間掛かった距離も、まさに一瞬。楽なのはいいけど、なんてごちる手元、綺麗に片付けられた作業台の上では、試作一号こと『くり』が大人しく何かを取り付けられている。助手として派遣された魔術師若干二名は、シャルロルテが行う作業内容そのものもさること、今は背景と化している様々な機器にも興味津々である。 「こんなところだね」 一段落に、軽く息を吐いて手を止めるシャルロルテ。 と、同時に。山を越えて戻ってきた機動生命体の団体が、滞在地上空を航行する音が、ラボの外から聞こえてきた。 滞在地東側の空き地に、次々と着陸していく団体。それから程なく、コアから出てきた搭乗者らが、各自が溜まり場にしている食堂や酒場に向かって、ぞろぞろとラボの前を横切って行く。 一方で、吠は人の流れには乗らず、今日の訓練の事を話そうと、相変わらず沈黙したままのフリドの元へ。 「なんかちょっと汚れてきてるなぁ。でもこんな大きいと、あたし一人じゃお手入れできへんね」 乾いた風に煽られて、段々と砂を被り始めている機体を、手の届く範囲で軽く払ってみる吠。そういえば確か、魔物迎撃戦の祝賀会で機体を磨こう会が急遽開催されていたけれど、結局朝まで掛かっていた。凄い人数が参加していた気がするが、それで一晩掛かるとなると……自分一人だと、全部終わる頃には最初に掃除したところが前より汚れていそうだ。 「お手入れてどないしてるん? そういうのも工作艦がやってくれはるん?」 返事のない機体の傍、閉じたままのコアに一番近い場所に腰を降ろして、いつものように話し掛ける。 今日の訓練で、初めて『変形』をして、ちょっぴり感動したこと。 実験としてやってみた超音波探知が、上手くいきそうなこと。 それから、それから…… 魔都への送迎を済ませ、遅れて戻ってきた機体が停泊する様を見遣りながら、とりとめなく話す今日の出来事。 「スゥイはん凄い速かったんよ! フリドはんは駆逐艦やから……当てるの得意やったりする?」 いつも通りに、反応はないけれど。 なんとなく、今はこれでいいかなと、そんな気もする。 勿論、早く目を覚まして、次の訓練を一緒にできるのなら、それが一番だけれど。思いつつ見上げた事務所の上空には、静かに浮遊しているスゥイの姿。きっと、アウィスと今後のスケジュールを話し合っているに違いない。 ……と、もう一つ。 逆光気味な西側、見覚えのあるすごくまるい機影が山を越えて近づいて来る事に気付いて、青い瞳を少し眩しそうに瞬く。 「おさはんやぁ。るりちゃんの用事、上手く行ったんかな?」 くりの様子も見に行きたいしと、よいしょと立ち上がる。またあとでね、とフリドに笑い掛けると、吠は空き地に着陸してくる大長老の方へ歩きながら、大きく両手を振って見せた。 格納式の噴気孔をまあるい蓋の中に仕舞い込み、代わりに開くのはおにもつスペースのまあるいハッチ。続けて、するするとタラップが地上まで伸びると同時に、深緑色のコアからも光が伸びて……光の中からはるりが、タラップ伝いには沙魅仙とオペじいが、大長老の中から降りてくる。 「おかえりー。あ、ロードはんも一緒やぁ」 「いい所に戻って来たね」 出迎える吠の背面、不意に聞こえた声に振り向くと、そこには華奢なシルエット――シャルロルテが。 210cmもある長身の腰を過ぎて伸ばされた真っ直ぐな髪が、吹き込む西風になびいて、漆黒の絹糸のように滑らかに波打つ。 対する沙魅仙は、目一杯に背筋を伸ばし、ロードの嗜みたるマントを威風堂々翻す。どんなに背伸びしても50cmの身長差を覆す事はできない。ならばロードとしての威厳で凌駕して見せよう! 「早速だが、シャルロルテとやら。これを貴公に賜ろう」 毅然と胸を張り、マントをなびかせたまま、沙魅仙が取り出したのは、小石程の大きさの透き通った碧い石。 ずいっ、と小麦色の手で差し出されたそれを、対照的に色白な指先で摘み上げるシャルロルテ。 「なんだい?」 「最果ての都碧京にて入手した、高純度魔鋼だ」 ロードの偉大さに感激するが良い、とばかり、少々得意げにしている沙魅仙。 しかし、シャルロルテは、息をするように皮肉を吐き出す御仁である。 「ふうん。これっぽっちかい?」 「なー!?」 予想外の物言いに、電流でも奔ったように硬直している沙魅仙。そこへ、慌てて補足に入るるり。 「ここここれだけでも凄いんですよ! シャミーさんがいらっしゃらなかったら、爪の先程でも手に入ったかどうか……!」 「にぎりこぼしいっこで、ティーリアのこたちはいっしょう遊んで暮らせるんだって。だから、ちっちゃくてもすごいんだよ」 「そ、そうであるぞ! 貴公は無礼が過ぎるっ」 るりと大長老のフォローにはっと我に返ると、沙魅仙は腕を組みながら、むっとした様子で眉間に皺を寄せる。しかしながら、元の面持ちが童顔な為、少年が拗ねているかのようだ。年上の筈なのに。 ……あれ。 というか、今、大長老、普通に喋っ…… 「え、なに、なんなん、今のおさはんやんね? どこ? どっから聞こえてるん?」 「今のおささんの声、私以外にも聞こえてたんですか?」 真っ先に気付いた吠が、ぱっちりした目を更に真ん丸くしてあちこちを見回すのを見て、るりもまたぱっちりした瞳を驚いたように瞬く。 すると、シャルロルテが、こいつだよと、肩の辺りを浮遊しているいがぐり状の物体を、つんつんと小突いて皆の前へ押し出した。これは……『くり』か? 「そもそも僕は、おさにこいつに話し掛けてくれって、言いに来たんだよ」 今のを見る限り成功みたいだねと、涼しい顔でごちるシャルロルテに、一同は暫くぽかーんとしたあと、気侭にふわふわと浮んでいるくりへと視線を移動する。 そして、皆の視線を浴びたくりは、その場に居る皆が聞き取れる音声で、はっきりと言った。 「おぼふ」 「くりちゃんが喋れるようになってる!」 「おはなし装置、完成したんですね!」 「やったね! うちの声はくりからきこえてるんだね。シャルさんありがとうなんだよ!」 唖然とした空気から一転、盛り上がる一同。 見た目からは余り解らないが、シャルロルテとしてはちょっと気分がいい。そんなシャルロルテに、沙魅仙から向けられる視線。この者に敬いの心を抱かせるのは、碧京の商人を陥落させるより手強いやも知れぬぞ……! 一方で。このペンギン、凄く面白いね。という眼差しで、幾度かの瞬きと共に沙魅仙の黒い瞳とかち合う銀の瞳。 「ま、礼くらいは言っとくよ」 碧い魔鋼を手にそう告げると、用事は済んだとばかりに踵を返すシャルロルテ。何分、まだまだやってみたいこと、試したいことが色々とある。 なお、ラボに戻った際、助手の二人がその魔鋼を見るなり、「すげえええ!」「でけえええ!」といった意味の言葉を、研究者らしく小難しい言い回しで連呼しているのを目の当たりに、シャルロルテは漸く感心する素振りを見せたとか。後でその事を伝え聞いて、沙魅仙はやっと少し、溜飲が下がったそうである。 連れ歩く必要があるにせよ、パートナー以外との会話が可能になったのは画期的だ。 くりを介している、という点では、まだ伝言状態からの完全な脱却には至っていないが、少なくとも人間を間に挟む必要がなく、リアルタイムで意思疎通が出来るようになったのは大きな進歩。 なにより、くりサイズのおはなし装置の実現は、大長老ら大型艦への流用が秒読みに入った、といって過言ではない。 「設計自体は、済ませてあるんだけどね」 と、シャルロルテも言っていたし、あちこちから機動生命体の肉声(?)が聞こえてくる日も、そう遠くないのかも知れない。 ちなみに、音声を自動変換する翻訳装置――アンノウンがつけたり外したりして遊んでいた、小さな装置がまさにそれである――は、異星人全員が所持している。宇宙渡航が可能な文明を持つ天上の民らには、翻訳装置自体は別段特別なものではない。他惑星系の他文明と接触する折にはどうしても必要になる。この装置がなければ、異星人同士ですら会話が通じなくなってしまうからだ。 惑星ティーリアに滞在している来訪者が使用している翻訳装置は、機動生命体放浪団に加わった一番最初の天上の民が持ち込んだ装置を雛形に、改良・増産したもの。現在は既に亡き彼が放浪団に加わるまでは、精神感応を介して会話せねばならず、それはそれは面倒臭かった……というのが、当時から居る古参機動生命体達の証言。 兎角、その翻訳装置と精神感応を、通信魔器を作成する要領で念話の術によって結び付けることで、『おはなし装置』は実現するに至った。 異星から持ち込まれた機械と魔術の融合、それは新しい可能性の発見とも言える。 「次は何ができるんやろねぇ。楽しみやぁ」 事務所内を浮遊するいがぐり外装のくりを視線で追いかけながら、吠は卓の上に腰掛けて、素肌の覗く長い足をふらふらと揺らす。なお、くり用には防護外装として、人型、犬猫型、鳥型なども作って置いてある。元は人形師をしていたシャルロルテに掛かれば、この程度の造形や調整なんてお茶の子さいさい。魔鋼の分析に比べれば月とすっぽんの難易度。素材さえあれば大抵のものは作れてしまうだろう。 そして、それらの外装は、保護カバーであるいがぐり形態のままでも装着が可能で、お出かけ用の二重装甲として利用できる。誰の弁だか『くり専用おしゃれ着』とは言い得て妙な。 そのシャルロルテは、今は助手と一緒に高純度魔鋼を解析している所だろうか。ラボに行ったきりで暫く事務所に姿を見せない所長(仮)に、ふとそんな事を思う。 軽く息を吐き、アウィスが羽根ペンを持つ手を止める。喉を潤そうと手を伸ばしたカップの上に、くりがふわふわと邪魔をしにやってきた。 「次はあんまり間を空けずにやりたいな」 くりから聞こえてくるのは、何処か男らしい――事務所上空に待機している、スゥイの声。 アウィスは頷きながら、程よい温度になった茶を一口。それから、まだちょっぴり、躊躇った様子を見せてから。 「スゥイ……から見て、見込みの有る方はいらっしゃいましたか?」 「そうだな、あいつはどうだ、操作も上手いし機転も利きそうだ」 そんな会話を傍らに、茶を振舞われて一服していた沙魅仙が、髪と同じ赤い眉の片方を跳ね上げる。 「何の相談をしているのだ?」 「あれ、シャミーはん、知らんかったん? 実習訓練やってたんよ」 「おお。じいから話は聞いている」 碧京に用があって見送ったが、と呟く脳裏、いずれはロードとして戦いに赴く日も来るであろうと……格好良く戦っている自分の姿を、もわもわと想像してみる。しかも、まだ想像の段階なのに、何故か満足げだ。 一頻り想像を済ませると、うんうん、と沙魅仙は何やら一人頷くと、マントを翻しアウィスの元へと歩み寄る。 「この美しき星の未来を守らんと立ち上がった者同士、共に手を携えてゆこうではないか!」 「あ、はい。宜しくお願いします」 急に言われて、思わず瞳を瞬きつつも、丁寧な礼と共にそう返すアウィス。 それに対し沙魅仙は、うむ、と一際に尊大な仕草で大きく頷きを一つ。これだけの遣り取りで既に、事務所とロードナイツセブンの『提携』が完了したに違いない。彼の中で。 とはいえ、助力の申し出を断る理由は事務所側にも特にないので、多分、今後もこの調子で普通に協力したりされたりといった関係が続いていきそうである。 「では、わたしは次なる活動の場へ向かうとしよう。ご馳走になった」 出されたお茶の礼を言ってマントを翻すと、颯爽と歩き出す沙魅仙。 その姿が、玄関先でオペじいのコアへと吸い込まれる……一連の光景を、事務所上空に浮ぶ灰色の宝珠が見守る。 やがて、二人が魔都に向かって動き出したのを確認した所で、一旦途切れていたスゥイの声がくりから再び聞こえてきた。 「そういえば、本格的に訓練も始めたし、仲介事務所って名前のままなのもちょっと変だな」 今後はパートナー仲介以外、侵略者対抗組織として、戦力増強を主眼に置いた活動に一層力を入れていく事になるだろうし、何かより相応しい名称に改めておく方がよさそうではある。 先程の、沙魅仙率いる一団にも、『ロードナイツセブン』と立派な名称があるし。 カップを持ち上げた姿勢のまま、逡巡するアウィス。機動生命体と魔法使いが集まって団体になっているから、合わせて『機動魔法士団』なんてのは…… そこまで考えた所で、両耳の細いピアスを揺らしながら、軽くかぶりを振る。 (……安直過ぎるでしょうか?) 『オレは良いと思うぜ』 口には出さず直接送られた念波に応じ、スゥイも精神感応でアウィスにだけ直接言葉を返す。 『気になるなら、他のヤツにも聞いてみたらどうだ』 (そうですね……あとで、皆さんからも意見を募ってみましょう) 尚、その後。第一次選抜を潜り抜けた指導者候補も交えて意見を聞いたところ。 閃士も混ぜようとか、惑星防衛をするのだから護衛団や防衛団はどうかとか、迎撃するのだから攻撃的な要素も欲しいとか、いっそスゥイの名前を取ってMAX団にするのはどうかなど、色々な意見が出された。 ……流石に、全部取り入れると珍妙な事に成りかねないので、一先ず保留されることに。 「お手透きになったら、所長にも伺ってみましょうか」 「候補作っといて、最終決定はシャルにして貰うってのもいいかもな」 だが、もし、仮名称のまま、所長(仮)に申請したが最後。 「それでいいんじゃないの」 という平坦な声と共に、ふがしと同じく本決定してしまいかねない。 色々と『仮』が溜まってきた気がする仲介事務所。 『機動魔閃護撃士団・MAX(仮)』は、正式名称を絶賛募集中である。 |